第4話

 昨日はあの後何事もなく、時間は過ぎていった。凛ちゃんの家でひたすら怠惰に過ごした。

「あーあ、今日も学校か……。まだまだ土曜日は遠いし、こういう日って学校行きたくないんだよなー」

「まーまー、そう言うなよ。凛ちゃん、楽しんでこーぜ⭐︎」

「柳、何もしなくていいくせに、偉そうに言わないで。授業の内容も分からないバカのくせに…」

「おぉ、そのちょっと柔らかめの罵倒がちょうどいいくらいだよ。その調子!凛ちゃん」

「は、うるさいんだけど。その反応はウザいから」

「はっはー。またまたツンデレだなぁ。それはそうとしてもう時間じゃない?」

「え、あっ、ホントだ。もうこんな時間じゃん。なんか柳が来てから私の時間が狂いつつあるんだけど、どうしてくれんの?」

「いや、それは俺の責任じゃないでしょ。すぐ人のせいにするのは良くないよ」

「うわー。アンタ誰よ。お母さんみたいなこと言わないで」

「あーまだお母さんに対してこじらせてるんだ。俺が見たときは仲良さそうにしてたのに。やっぱりまだ反抗期とか思春期とかなんだなぁ」

「うっさい。そんなんじゃないし。行くよ」

 いやー、すごい強い口調で話すな。こんな子を見てるとなんだか心が温まる。もう俺にはない新鮮な心なんだろうな。

「おはよう!凛!」

「りーん!おはよーう!」

 道で会った友達に、教室でも凛ちゃんはみんなに声をかけられる。見ていれば分かる。いつもその中心にいて、空間を明るくする彼女は見ていて気持ちが良い。

「うん、おはよう!」

 凛ちゃんも元気よく返事をする。これが親が子を思う気持ちなのだろうか?生きていたころの俺の記憶はないけれど、気持ちはまだ人間なんだなと改めて思う。ただ凛ちゃんにしか見えないだけだと。

 教室に一人の女の子が入ってくる。昨日に凛ちゃんのクラスメイト全員の顔を見たわけではないが、見覚えのない女の子だった。

 それに気づいた凛ちゃんが声をかけた。

「美姫ちゃーん!ヤッホー、大丈夫だった?風邪って言ってたけど……」

「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがと」

 美姫という子は凛ちゃんとは性格が反対に感じる。静かというか、冷静な女の子といった雰囲気だ。

 彼女たちの後ろでその様子を見ていたのたが、振り返った美姫ちゃんと目が合った気がしたが、俺は誰にも見えないのだ。気のせいだろう。だが、美姫ちゃんはもう一度俺を見た。

 足がなく、宙に浮く俺の姿になのか、ただ異質な俺の存在になのか美姫ちゃんは目を見開いて、驚嘆の顔をした。

「…………」

 周りにいる凛ちゃんのクラスメイトたちの騒がしい話声が耳に入ってくるが、二人の間の空間はとても静かだった。

「君、俺のことが見えるの?」

「喋った!!」

 クールそうな美姫ちゃんが突然大声を出して、周りのみんなが彼女を見る。そんなこと気にも留めず、彼女は俺を指差して立っている。俺も自分のことが見える二人目の人間がいることに驚いた。他の人には俺は見えてないから、彼女のとった行動は側から見れば変なことを言って、なぜか指を差している変人だ。

 凛ちゃんはその行動の意味に気づいて、美姫ちゃんの手を取り、教室を駆け出していく。俺も彼女たちに引きずられるようについて行く。二人は女子トイレに入っていく。俺は凛ちゃんから入るなという約束をしているから入らない。二人の話声が聞こえる。

「え、凛、どうしたの?急にこんなとこまで連れてきて、ってそれより凛はあれ見た?浮いてる男?みたいなやつ」

「あ、うん。見たよ。それで話があっ……」

「だよね!あれって見間違いじゃないよね。なんなのあれ、凛は知ってる?」

 美姫ちゃんは凛の話を遮って興奮して言った。

「美姫、ちょっと落ち着いて、話するから。柳、今は誰もいないし、中入って来て。」

「え、いいの?凛ちゃんがダメだって言ったんだよ」

「今回だけは特別」

「やったぁ!初めてだなぁ、グフフフ」

「あ!!さっきのやつだ。なにこいつキモ。さっきまで驚いて、何か凄いと思ってたんだけど落胆したわ。凛何か知ってるの?」

「私もあんまりは分からないんだけどさ。突然私の部屋にいたんだ。柳って名前らしくて、それ以外は何も覚えてないんだって」

「そうなんだよ。あ、どうも柳です⭐︎美姫って名前なんでしょ?よろしくね、美姫ちゃん」

「ってこんなこと言ってるバカなんだけどね。今までは私以外の人には見えなかったんだよ。それに私以外触れない」

「本当だ。触れないじゃん。触ろうとしても何も感触がない。でも見えないって……私見えるよ」

「今まではね」

「ってことは教室で見えてたの私だけ?!」

「そうだよ。美姫めっちゃ目立ってたよ。ハハハハ。みんな見てたもん。気にしてないと思ってたけど、やっぱり柳がいてビックリしただけなんだ」

「何それ……。私今までそんなことしたことなかったのに……」

 美姫ちゃんは赤面している。よっぽど恥ずかしかったのだろう。どうにか慰めてあげないと。

「大丈夫だよ。心配する必要はない。美姫ちゃんの驚いた顔も仕草も可愛かったよ⭐︎」

「は?何それ、それで慰めてるつもり?ウザ、死ね」

 ズギューン!なんて直球な言葉だ。凛ちゃんとは違って本心から言ってる。それに悪意も感じないよこれ。初めての感じだ。でも悪くない、気持ちいいぞ!

「もう一回言ってよ。もう一回」

「は、キモいんだけど」

「あぁ、やっぱいいわ。ハァァァ」

「ってこんな感じのやつなんだけど、何か柳って幽霊らしいのよね。だから今私に取り憑いてるのを成仏するのを手伝ってるの」

「はぁ、なんだか漫画みたいだね。コイツは幽霊で凛がコイツを成仏させるのを手伝ってると、うん、意味が分かんない。だけど取り乱すのは私の領分じゃないからね。ね、凛」

「ちょっと、それどういうことよ!」

「ま、でも出来ることなら手伝うよ」

「あぁもう、本当に美姫は美姫なんだから!でも分かった。ありがとう。困ったときは美姫に手伝ってもらうよ。でも何で美姫は見えるんだろうね」

「それは、私も分からない。アンタは何か分かる?」

「アンタではない!美姫ちゃんも柳と呼ぶといい。なぜ見えるかって、知りたい?」

「「うんうん、分かるの?」」

「それは俺も知らない」

 ゴフッ!凛ちゃんの右ストレートが入る。

かなり本気だった。どんどん加減がなくなってきている。痛気持ちいいけど、思ったより痛いんだよ、それ。凛ちゃん。

「あぁ、二人ともどこに行くんだい?俺を置いてかないでよぉ。こんなにももがき苦しんでいるっていうのに酷くない?」

「そんな笑顔で言われても、キモい。凛、行こ」

「あはっ!美姫ちゃんにそんなこと言われたら嬉しいな。もう成仏しちゃいそうだよ」

「あっそ、良かったじゃん。成仏できそうで」

 美姫ちゃんはそう言って二人とも去っていく。少し距離が離れて、俺は飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで回らずに凛ちゃんの目の前に現れる。

「え!?」

「こういうことなんだよ。美姫。なぜか柳は私についてくるの」

「うわ。ご愁傷様。そんなことなら尚更私は凛のこと手伝うよ」

 俺たちは学校で一人協力者を見つけ、三人で考えて、色々なことをした。俺を殴ったり、罵倒したり、できることはやった。何がキッカケなのかそれでも分からなかった。

「ねぇ、柳は何がしたいの?自分のしたいことをするのが一番なんじゃないの?」

「凛ちゃんも成仏大作戦やる気になってきたねぇ。俺かい?俺はね海に行きたい」

「何で?」

「なんとなく。夏っていえば海でしょ!」

ガン!殴られた俺は床にひれ伏した。

「ホント下らないわね。ふざけて言ってるんでしょうけど。まぁいいわ、もうすぐ夏休みだし気分転換に海、行こうか」

「わーい、やったー。ありがとー、凛ちゃん大好き!」

こうして俺たちの時間は過ぎていった。

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