第10話、ハサミ騒動
「それって、宰相への宣戦布告と受け取ってもよろしいので?」
「勘違いされているようですが、仕掛けてきたのはそちらです。
シェラさんに手を出されれば、たとえ相手が神であっても戦いますよ」
「神ですか?ヌエ様とでも戦うというのですか」
「ヌエ?ああ、女神がそんなことを言っていましたね。
もう一柱、禍々しいのがいるって。
あれ?そういえばあの女神・・・名前を聞いてなかった」
「エイジ様、マリュー様です」
オオーっと取り巻く人々から歓声があがる。
「マリューだと。おぬしらも紛い物の神を崇めるというのか。
分かった、もうよい。おぬし等は王国の敵とみなす」
王国じゃねえ、王城だろう!
マリュー様は我らの神!
城へ帰れ!
周囲から怒声が飛ぶ
「ふん」とばかりに女は取り巻きを連れて去り、取り押さえた二人は警備兵が連行していく。
「エイジ殿、マリュー様と邂逅されたとは真実で?」ギルマスが聞いてきた。
「ええ、シェラさんと二人で会いましたよ。
この世界の歪みをただせと言われました」
「歪みですか・・・どこが歪んでいるんでしょうかね」
後ろから声が聞こえた。
「新手ですか?」
「とんでもない。宰相の下品な手ごまと一緒にしないでください。
私は第二王子ボクチン様の配下です。今日は顔見世だけですよ。」
「でしたら、私たち二人は貴族の庇護下に入るつもりはないとお伝えください」
「そうみたいですね。
でも、第二王子も名乗りをあげたとご記憶ください。
あちらが第一王子ペーター様の配下で、その横にいるのが内務大臣の配下です。
あの屋根の上が第一王女アネリサの配下で、あそこの窓から身を乗り出しているのが財務大臣の配下。
それから、第二王女様もお見えになっていますね。
これで、王族・大公の関係者が揃いました。
こう宣言しておけば、侯爵以下はすべて諦めるでしょう」
「なんだか、ありがたいような・・・迷惑のような・・・」
「双方にメリットのある事ですよ。
おっと、第二王女様がお見えになりましたので、これにて失礼いたします」
「シェラ~!」
なんか、場違いのお姫様が現れた。
「あっ、とんでもない人が・・・」
「シェラさんの知り合いですか?」
「前に、護衛についたことがあるんです。
すっかり忘れていましたが・・・」
二人とも人間の姿に戻って待ち受ける。
「シェラ、私のシェラ~♪」
お姫様がシェラさんの首に抱き着いた。
6才くらいだろうか縦ロールの金髪がまぶしい。
「ジュリエッタ様、ご無沙汰をしております」
お姫様の後ろから、ドタドタと数名追いかけてくる。
「おじょーさまー」
「ふう、なんでこんなところでお茶してるんだろう・・・」
王城のジュリエッタ姫の私室である。
「すみません、お断りできなくって・・・」
当のジュリエッタ姫は話しつかれて眠ってしまった。
「すみません、お引止めしてしまいまして」
これ幸いと、王国認定・・・つまり、お抱えの交渉になっている。
「遠からず、この国を去られることは理解いたしました。
ですから、真似事でいいんです。
第二王女と交渉中だということを示せるだけで構いません。」
「本当にそんなことでメリットがあるんですか?」
サイレントの魔法で遮音は完璧だ。
「お手つきで生れてしまったジュリエッタ様ですから、邪魔者扱いされてしまうのは仕方ありません。
このまま存在感を示せなければ、近いうちに政略結婚の道具にされてしまいます。
ですが、優れたマスタークラスのお二人を王国認定に迎えられる可能性があるというだけで手放せなくなるわけです」
「僕たちも他からの勧誘を断る口実になると」
「さようでございます。
王城へはフリーパスで、滞在費用はすべてこちらで負担させていただきます」
「口は堅いですか?」
これは、念のためである。
双方に秘密がある場合、機密保持はそれほど難しくない。
こうして、第二王女ジュリエッタに僕らの交渉権を預けることとなった。
対価は王城へのフリーパスと情報である。
王城内の公になっている場所にマフユの痕跡や合成モンスターの情報はなかった。
僕たちはジュリエッタ王女の側近であるサラさんに案内されて豪華な宿についた。
5人くらい入れる浴槽と寝室の他に三つも部屋がある。
貴族用の宿というのは、本人以外にお供の居場所が必要なので部屋が多いらしい。
この程度でないと、本当に交渉の相手なのかと信用されないらしい。
夕食は断って、ギルド本部へ行き宝石を換金してもらう。
宝石一つで職人の年収分だといわれた時には驚いたが、二つ換金してもらった。
受付のお嬢さんにお勧めのスポットを聞いて町に繰り出す。
アクセサリー屋さんでネックレスや腕輪などを物色し、屋台で串焼きを頬張る。
洋服店でお揃いの服を買いペアルックでスイーツを楽しむ。
「やっぱり、シェラさんはどこにいても美しいです」
すれ違う人が振り返る。同性でも引き付ける美しさがあった。
僕たちはそこかしこで永遠にも思える長いキスをした。
「無粋なことは止めていただけませんか?
遠目に見られるだけなら文句は言いません。
えっと、確か第一王子の関係者ですよね」
「すみませんね。なにしろ雇い主が品定めを催促してきますので」
「やれやれ・・・小脳シェイク!」
シェラさんの治療で脳を調べたときに、小脳に刺激を与えると平衡感覚と運動調整機能が狂うことが分かった。
つまり立っていられなくなり、四肢への力の加減が分からなくなるのだ。
治癒の流れを逆流させる応用業だ。
もちろん、大脳をシェイクしてやれば廃人にすることもできるが、そこまでやるつもりはない。
「な、なにを・・・」
何をされたのか分からなければ対策の立てようがないし、瞬間的だったのですぐに回復するだろう・・・運がよければだが。
ふと思いついて髪を切ってやろうと思ったのだが、この世界にはハサミが存在しなかった。
「シェラさん、鍛冶屋へ行きましょう」
「え、ええ」
「こういうナイフを2丁。
片方はここに穴が開いていて、もう片方は突起状になっていて組み合わせて使えるようにしてほしい」
「妙なナイフだな。
本当に使ってくれるんなら喜んで作らせてもらうが・・・」
組み立て式のハサミである。
あったら便利ってくらいのものだが・・・
「なんじゃこりゃ!
おい坊主!こいつは誰の考えたもんだ。すげえよ。
これなら、布や革が思い通りに切れるじゃねえか」
3回の手直しで満足のいくものになった。
「髪の毛を切るのにも便利だよ」
「ちょっとついて来い!」
「どこへ?」
「仕立て屋に決まってんだろ」
「こんな時間に?」
「一刻でも早く教えてやりてえんだ。
使い勝手を聞いて、満足のいくものを作りてえ」
「分解できる必要はないんだ。
この軸の部分を固定してやればもっと使いやすいよ」
「うっ・・・いや、こいつで感想を聞く」
一瞬で大騒ぎになった。
王都中の仕立て屋と鍛冶屋が集まり、改善されて量産されていく。
ついでに、握りばさみも作ってもらい拍車をかけていく。
「おっちゃんの儲けとかどうするんだい?」
「そんなもん、後からついてくるさ。
とりあえず仕立て屋に行き渡らせるんだ。
口コミで広がれば全部の家に欲しくなる」
「おっちゃんねえ、貴族用に一本作ってよ」
「貴族用?」
「ああ、第二王女に渡してやるんだ」
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