第6話、シナプスの奇蹟

たった数時間一緒にいただけなのに、こんなにも彼女が愛しい・・・



彼女の家に戻ると、シェラさんが目を覚ましたところだった。

僕の姿を認めた彼女の目からボロボロと涙がこぼれる。

僕への告白はヒュドラを倒した高揚感がさせたもので、本当は好きじゃないとか、実は他に好きな人がいるとか、えずきながら訴えてくる。


「でも、僕はシェラさんが大好きで、どうしようもないくらい好きで、シェラさんに嫌われたら死んでしまうんじゃないかってくらい好きなんだ」

そういって彼女の頭を抱き寄せると、彼女はワーッと大声をあげて泣いた。

御免なさい、こんな身体になってゴメンナサイと何度も泣いた。


「大丈夫だから。僕が絶対にシェラさんを治すから信用してください」


胸の中で何度もコクコクとうなづくシェラさん。


ノエルさんに連れられてトイレにいき、用意してもらった食事を済ませてベッドに横たえる。


「多分、イフリート召喚が過負荷となって、頭の中が少し壊れています。

最初に大雑把に修復してから、切れてしまった数千本の糸を一本ずつ繋ぎなおします」


「はい」


「シェラさんが動けるようになるまで、僕はここで眠り治療を続けます。どこにも行きませんから安心してください」


「はい」


「時々は、エッチなことをしちゃうかもしれません」


「あらあらん、できれば結婚まではキレイな体でお願いします」


「クスッ、もう裸も見られていますから大丈夫です」


「では、始めます。シェラさんは寝ていてもいいですからね」


「はい」


『治癒』

左手で脳内をモニターしながら、右手で魔法を発動する。


「ぐっ・・・」


「痛みますか?」


「あ、頭の中を刺すような・・・痛みが・・・」

そういってシェラさんは意識を失った。


「大丈夫です。傷ついたニューロンが回復するための痛みです」自分に言い聞かせるように言葉にする。


僕のモニターには、順調に修復中と表示されており、30分ほど続けると初期修復完了と表示された。

呼吸・脈拍・血圧も正常と表示されている。


「続いて、シナプスの再構成に入ります。

モニター拡大表示。シナプスの方向に注意して両端を確認したら復元魔法で処置します」


手順を確認するために口に出す。

ニューロンが記憶領域で、シナプスは記憶同士を繋ぐ接続ケーブル。

シナプスは隣のニューロンとつながっているとは限らない。

一つの知識が全く別の他の知識と関連付けされるときに、アインシュタインのいう思考のジャンプが起きる。

他の知識が、隣り合ったニューロン同士ではなく、まったく別方向のニューロンの場合もあるからだ。

このイメージが正確なものなのかすらわからない。あくまでも僕の主観・・・というか、以前見たTVの影響だろう。


もし、間違えて接続したらどうなるのだろうか?

大発見につながるのか、とんでもない勘違いにつながるのか・・・


ペアであることを確認した両方のシナプスに復元をかけると、両端から繊維状のシナプスが伸びて絡み合って接続が完了する。

一か所に一分。半日続けても700本程度。

損傷を受けたシナプスは1万か所以上あった。


一週間続けても大きな変化は見られなかった。

多少顔色がよくなり、起きている時間が少し長くなったくらいだ。

劇的な変化は、8日目の昼過ぎに起こった。

一組のシナプスをつなぎ終わった途端、一気に太さが2倍になった。

HPもMPも限界値が2047になり、現在値も回復していく。

どうやら、成功したらしい。



治療をしながらシェラさんと話すのは楽しい。

10日目からは、こうして治療を進めながら会話を楽しんでいる。


「すごいんです。エイジさんの話を聞いていると、新しい魔法のイメージが湧いてくるんです」


例えば、音は空気を振動させて伝わると教えたら、空気を固定してサイレントなる魔法を編み出した。

これはトイレ用であるが・・・

空気砲や雷・・・狙いは定まらないが・・・、氷生成に身体をキレイにするクリーン。

従来の魔法に当てはまらない物理的変化を魔法で実現していくのだ。


活性化した脳細胞が自己修復も促し、治療は一か月で終了した。



遅くなったが、と言いながら僕とシェラさんのギルドレベル昇格が告げられた。

二人そろってG1クラスに昇格したのだ。

この上のマスタークラスになるには、少なくとも三人のギルド長が認めなければならないそうで、王国全体でも9人しかいないそうだ。

そのうち4人はギルド長で、残り5人は王都に住んでいるらしい。


「でも、マスタークラスとかあんまり興味ないんですけど」


「エイジさん、マスタークラスになると、生活費はすべて国の負担になります。

つまり、収入のほとんどをコレクションにつぎ込めます!」


「でも、僕は生活費かからないし・・・」


「結婚していれば、妻の生活費も含まれるんです」


「はあ・・・」


「ところで、そろそろ休憩にしましょうか」


僕たち二人は、次の町サンドに向かっていた。

昇級後、シェラさんの家族に別れを告げて、馬車での移動である。

僕には影響ないが、ガタゴト揺れる馬車は体への負担も大きいし、馬の休憩も必要になる。

本当はシェラさんを抱いて歩いたほうが早いのだが、馬車は家族からの心遣いなのだ。


今後、一番気を付けないといけないのは機能停止である。

今はシェラさんと一緒なのだから、機能停止に陥る訳にはいかないのだ。


お約束のように登場した山賊も、最低限の脅しで退散してもらった。

シェラさんの雷である。

至近に落ちる雷は威力絶大である。バリバリッと、それこそ空気を切り裂くような音がする。

それに、僕が障壁を張っていないと、自爆する恐れもある。

なんとか、簡単にかつ正確に発動できる雷系の攻撃魔法を考えてやらないといけないかなあ。


シェラさんは、リハビリの間にMPの最大値をさらに4倍まで増やしていた。

MP8191なんて常軌を逸した数値らしい。

ちなみに雷が消費MP50で、イフリート召喚が200である。

しかも魔力の回復スピードがとんでもなく速い。初級の火魔法なら連続して発動してもMPが減らないほどである。

やはり、太くなったシナプスの影響だろうか。



サンドの町は砂漠の縁にあった。

冒険者カードの提示ですんなり入場できた僕たちはその足で冒険者ギルドに向かう。


「バーバラ様にお目にかかりたいのですが、本日はご在席でしょうか?」


「はい。失礼ですがお名前をうかがってもよろしいですか?」


「ルソンからシェラが伺ったと、お取次ぎいただけますか」


受付嬢が二階に上がっていくと、ほどなくしてドドドドドッ!と階段を駆け下りてくる金髪のアマゾネス!…いや、そういえそうな女性が下りてきた。


「シェラ!」


シェラさんに駆け寄って抱きしめる。それはもう、窒息しそうなほどに強力な抱擁だった。


「バーバラさんもお元気そうで」


「ノエラは元気か?ついでにスケベ爺は死んだか?」


「祖父も母も元気ですよ」


「そうか、残念だ。まあ、立ち話もあれだ、部屋にいこう」


「あっ、彼もいっしょに・・・」


「うん?そのガラクタがお前の連れなのか。

どう見ても壊れかけの鎧にしか・・・いや、失敗作の鎧か」


「私の婚約者でエイジ様です」


「ぬわにぃ~・・・私のシェラを誑かすとはいい度胸だ・・・と、言いたいところだが、ドッキリか?

どう考えてもあり得んだろ、笑わせるな、ガハハハハッ」


「失礼なことを言わないでください。

私の最愛の人なんですから」


「まて・・・ひょっとして、幻影の魔法でもかかっているのか?

私にはガラクタにしか見えないのだが・・・」

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