第4話、慈悲があるなら介錯を
「御免!」
正直なところ、切腹という行為を知らなかったら危なかった。
僕の掴んだ刃先は、それほどまでに本気であると告げている。
「ぐうっ・・・は な せ・・・」
彼女の瞳は涙で歪んでいた。
「何を馬鹿なことを・・・、侍ですか貴女は!」
「こうするしかないだろう・・・、役立たずとそしられ、武人としても女としても認められない私など、存在すること自体が無意味なのだから・・・」
「役立たずなんて言ってないでしょ。それに・・・貴女は女性としても、その・・・綺麗です」
「き れ・・・、では、同行をお許しいただけるのですね!」
少しはにかんだその笑顔に、僕は否定の言葉を告げることが出来なかった。
「僕は、あいつを泥の中から引きずり出すことに集中しますから、あなたの事を守る訳にはいきません」
「当然です。私がエイジ殿を守るために来たのですから」
「それと、あなたの能力を教えておいてください」
「ジョブは剣士で属性は火になります。
一応ゴールドクラスですから、近接だけでなく中距離でも戦えます。
召喚術で呼び出せるのはサラマンダーと・・・その・・・イフリートも・・・」
そう言うとシェラさんは顔を真っ赤にして俯いた。
「?」
「ご存じ・・・ないのですか?」
「えっ?」
「その・・・最高位の精霊を呼び出すことが出来るのは・・・その・・・」
「はい?」
「・・・しょじょの・・・」
急にボソボソ声になったので、最後の部分は聞き取れなかったが・・・処女?
シェラさんは耳まで赤くなっている。
なにこの生き物!可愛すぎるよね!
それに、魔法剣士だよね。召喚術まで使えるって凄くない?
普通のパーティーメンバーとして考えると一級品の戦力だよね。
ビジュアル的には申し分ないし、こんな局面でなければ大歓迎だよね。
「・・・あと、屋外で必要なことは一通りできますが、その、一般的な家事は、得意ではありません」
「いえ、その情報は要りませんから」
大まかな打ち合わせをして湿地に入る。
通路になっている板の上を歩くと、触手が飛び出してくる。
太さ10cmの触手を掴んで重力制御を発動すると、手元で千切れてしまった。
「くそっ、意外と脆いな・・・」
「触手の粘液は大丈夫なのですか?
触れると金属がボロボロになると聞いたのですが」
「ええ、この鎧は耐性がありますからね。
普通の刀だと切っただけでボロボロになるって聞いてます」
「そうですか。
すみません、ちょっと試したいので次の触手は私にやらせてください」
「いいですけど、刀は一本だけですよね?」
「ええ、」
言い終わらないうちに次の触手が出現した。
「・・・エン・・・」
一言の呟きと、抜刀からの横薙ぎ一閃。流れるような動きをみせる刀身は青白い炎を纏っていた。
すぐに引っ込む触手と、地表に残された触手の切れ端。
微かに髪を焼いたような匂いが漂っている。
当のシェラさんは、刀身をじっと見つめ大丈夫みたいだと呟いた。
「シェラさん、今のは?」
「刀に炎の魔法を付与しただけです。
抜刀時に発動できるよう、集中しておく必要はありますし、多少温度を高くしてやらないといけませんけど」
「お見事です。
熱で焼き切るイメージですね」
「はい。これなら魔力の消費も少ないですし、何時間でもいけますよ」
「ふう・・・
先ほどは失礼しました。
あらためてお願いします。僕と一緒に来てください」
「えっ・・・あの・・・その・・・喜んで」
えっ?なんで頬が赤くなってるの?
そのあと、数十本の触手で試したが、本体を持ち上げることはできなかった。
触手が複数現れた場合はシェラさんが切り倒してくれるので苦にはならないが・・・
「いっそ、潜って持ち上げてみるかな」
「えっ?殿方の触手プレイって、誰得なんでしょう?」
「いえ、僕の場合、穴はありませんから触手プレイは成立しませんよ」
外装を取り払った僕の身体は、ラグビーボールにゆで卵の半身のような目があるだけで、耳や鼻・口もない。
ヘソもなければジェットの噴出口すらないので、触手の潜り込む余地はない。
「あれは?」
彼女が指さす方を見ると、これまでとは異なる竜のような首が3本生えていた。
迷い込んだ水鳥が数羽、ギャアギャアと逃げまどっている。
「ヒドラの頭でしょうね。あれならいけるかも!
シェラさん、フォローをお願いします!」
「はい!」
重力制御で湿地の上を滑っていく。50メートル近い距離を一気に縮めて一本の首にとりつく。
かろうじて腕のまわる太さだ。
「うおー」
フルパワーで持ち上げようとするが、びくともしない。
残り2本の頭がガンガンと攻撃してくる。
腕を片方づつ噛まれ、引きはがそうとするが、必死に堪える。
胴体や足に触手が絡みつき、引っ張られる。
「くっ、補助バッテリー開放!」
ブチッ、ブチッと触手の千切れる音がするものの浮き上がる気配はない。
「きえーい!」
シェラさんの声とともに、触手が切り払われていく。
ギンギンという音は、ヒドラの頭に切り付けているのだろう。
「ぬおー!」
ブチブチッ!
「ぐおーっ!」
ブチブチブチブチ!
浮いた?!
『精霊召喚、イフリート!』
シェラさんの叫び声に、反射的に首を向ける。
一瞬赤い炎に包まれたシェラさんだったが、その炎から飛び出してきたのは青白く輝く裸身だった。
スーパーサイヤ人みたいだ。
後ろで束ねていた髪はほどけ、凛とした表情は神々しくさえあった。
「いきます」
ヒドラの頭が生えた本体・・・イトミミズの集合体に突っ込んでくるシェラさん。
瞬時に燃え上がり蒸発していく触手。
やがて、僕の掴んでいた頭部も炎に包まれていった。
ヒュドラが燃え尽きるのに、どれほどの時間がかかったのかわからなかったが、それでも終わりは訪れた。
シェラさんは湿地の上に倒れていた。
全身には無数の火傷の痕が残っているが、命に影響するほどでないとセンサーが告げてくる。
シェラさんの身体を抱きかかえ、湿地から抜け出した僕は、レベルアップにより覚えた治癒をかけまくった。
火傷の痕や、元からあった切り傷が消えて、白磁の女神像のような彼女の姿にただ見惚れていた。
「私の裸、見たんですよね!」
「はい・・・」
「全身・・・見たんですよね・・・」
「はい・・・」
「殿方なら、責任取っていただけますよね?」
「でも、僕はこんな呪いを受けた身体ですし・・・」
「解けない呪いなどありません。
男らしく、責任取ってくださいませ」
「どうしろと・・・」
「殿方が責任をとるというのは、一つしかありません」
「こんな身体の僕でいいんですか?」
「浮気の心配はありませんし、頑丈で病気知らず。
食事代もかかりませんし、何よりヒュドラ退治の英雄です。
この魔石だけでもいくらの値がつくかわかりません。
いざとなれば、ヒドラの頭から出てきた神剣クサナギ・神鎧タチバナ・神盾シャチホコを売れば生活に困ることはありません。
私から見たら、超優良物件だと思います」
ヒュドラの残骸からは、数多くのドロップ品が見つかった。
二人で倒したのだから分配しようと言ったのだが、彼女はサポートしただけだからと分配を固辞した。
その次の話題が責任問題だった。
ちなみに、今の彼女はロボ収納から取り出したバスタオルを巻いただけの姿だ。
ドロップ品はすべて収納に保管してある。
「それとも、こんな女はお嫌いですか・・・」
嫌いなはずはない。ないのだが・・・
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