ネイヴェル カノン・ファイア!

『浮上を確認』


 海中より突き進み、水を割って飛び出たるは白の槍。

 凄まじい飛沫を舞わせ、ヴェールの如く纏い、陽光によって輝かんと船はそびえ立つ。


 跳ね馬が水を撒くように海面を割って水はさらに高く舞う。

 白は陽光を反射して、濃紺の牙は静かに佇んでいる……


「レーダーに写った艦は十五……どれも右舷側か。アステール、上甲板主砲を全機右舷側へ回頭。同時に敵艦の位置と射程を照らし合わせて攻撃可能な艦を割り出せ」


 アステールの仕事は早くあっという間にレーダーに敵艦の位置が表示される。それを見てリーズリンデを左へ回頭、できるだけ一度の斉射で敵を狙える向きへ変える。


 同時に上甲板に配置された二列全12基の46cm陽電子砲が一斉に右を向く。右舷側はそのまま、左舷側にある砲塔は以前搭載された砲塔ジャッキにて持ち上げられて埋め込まれた砲塔の一部を露出させて砲身を向ける。


 重厚な金属音は動かしている俺らをも畏れさせるような雰囲気を持ち、無機質な振動は存在感を大きく示すものであった。


「アステール、陽電子砲の射程内にある敵艦は?」


『四隻です』


 大気圏内では陽電子砲は大きく射程が減衰する。かなりの遠距離ならば届いても針で突き刺すくらいの威力しかない。そんなの人にも意味が無い。


「先に決めたように実弾射撃も併用する。その場合だと狙える艦は幾つだ?」


『十隻です』


 なるほど、やはり大気圏内だと実弾兵器の方が有効か。でもこれだとダメだ。

 俺はモニターに映る射撃予測を見ながら指示を出す。


「それだと街に被害が出る。アステール、海の上に居る艦だけを狙う。幾つだ」


『六隻です』


「よし、ならばその六隻を確実に落とせ。照準は任せる」


 スロットルを動かし船の推進力を止め、さらに逆噴射を行う。船を照準したその場に止めるためだ。


 ……うん?なんでこんなに逆噴射をしてるスラスターが多いんだ?船の状態出してるモニターのあちこちにスラスター稼働の表示が出ている。

 確かに宇宙空間と違って今は海上だからそこまで強い制動力を必要としない。だから艦首の逆噴射専用スラスターじゃなくて姿勢制御スラスターだけで動きを止めたつもりで、それも艦首側だけのつもりだったんだが。なのになんで艦全体で逆噴射をしているのだろう。後でオッサンに聞いてみるか。

 

『7番から10番から砲塔に徹甲弾装填完了。他上甲板砲塔チャージ完了』


「照準の誤差は」


『修正済みです』


 アステールの返答と同時に椅子の中から専用のアームに支えられたハンディトラックボールのような物が出てくる。トラックボールの部分に小さなモニターがあるから中身は全然違う。そのモニターには1から12の数字が点灯している。銃の引き金のようなものが付いていて、押し込むと発射されるようになっている。


『主砲、艦を自動追尾開始』


 僅かに音を立ててほんの少しづつ旋回し角度を変えてゆく。

 

「主砲発射までカウントは省略。二人とも、耳塞いどけ」


 素直に二人は耳に手を当てる。早くしないと大きく照準がブレる。


「主砲、発射!」


 俺は左手を耳に当て、躊躇わずに引き金を引く。


 ドゴンッ!!!


 艦橋の窓が黒煙で覆われる。同時に腹の奥から揺るがすような衝撃、そして吹き飛ばされそうになるほどの爆音。ビリビリと宇宙船用に作られたはずの窓が震え、その振動は椅子へも伝わる。

 まるで地震のように船が揺れ、転覆こそ無いものの相当の揺れだ。窓から見える海は大きく波打っていた。

 それはかつての大戦で世界最大の砲と呼ばれた46cm三連装砲の砲撃であった。


 同時に小さな耳鳴りのような音と共に放たれる青白い閃光。その数、十六本。その全てが空に浮かぶ金属塊へと伸びていく……





「艦長!正体不明艦、砲塔をこちらへ!」


 外部を映すモニターを注視し、かの艦を監視する艦橋員が報告をあげる。


「敵対の意思ありですか……全艦へ通達、早急に洋上へ集合し、編隊を組め、と」


「了解!」


 通信士が機械に向かい、暗号化した無線を打つ。


「ああ、そうです。こちらとの距離を大雑把で構いませんから出してください」


 通信士から観測士へ視線を変え、かの艦の情報を求める。


「了解……出ました。約千mです」


「ありがとうございます……まずいですね」


 彼は顎に手を当て考える。

 敵艦はこちらに砲を向けた。敵対行動の意思ありとしたが、そもそもこちらには対抗手段が無い。この船はミサイル艦のため対艦武装は当然ミサイルである。


「装填完了まであとどれくらいですか」


「あと三十秒です!」


 間に合うか?彼はわからなくなっていた。相手は何時でも攻撃出来る。我々はどうすべきか?


「艦長!敵艦砲塔にエネルギー反応!来ます!」


 悲鳴のような報告に覚悟を決め叫ぶ。


「今すぐに退避行動を取れ!」


 落ち着いてなんて居られない。彼にしては珍しく崩れた口調で指示を出していく。

 艦橋内は騒がしい。それもそうだろう。突如現れた正体不明艦が何も言わずにこちらへ攻撃の意思を見せたのだから。さらに同じ宇宙船と言っても大気圏内で空中と海上ならば退避のしやすさは海上に分がある。つまり……


 ドガンッ!!


「ぐああっ!!」


「「うわあああっ!」」


 爆音と共に凄まじい衝撃が艦を襲う。だがさすが宇宙船と言うべきか、バランサーは強力な物を搭載していてすぐにバランスを取り戻す。


「なんなのですか今の衝撃は……陽電子砲にしても艦そのものを揺るがすような衝撃になるのか……至急、本艦の被害の確認をお願いします。僚艦は後回しで構いません」


「了解!」


 幸い艦橋に被害はなく、衝撃で数人吹き飛ばされて身体を打った程度。艦の運用には無く、すぐに統率は取り戻せた。


「被害報告出ました!第二機関室付近に被弾、装甲に大穴が空いています。詳細は調査中。そして右舷舷側に擦過痕、装甲が一部抉れています。しかし航行に問題はありません」


「わかりました。では各艦の状態を」


「了解」


 あれ程の衝撃、軽機動大量積載をモットーに設計された如何に装甲の薄いミサイル艦の装甲とはいえ大穴が空くほどの威力だ。


「艦長。洋上に滞空していた僚艦五隻、確認出来ません。連絡が取れるのは街の上からこちらに移動している九隻のみです」


「先程も言ったように確認はちゃんとお願いします。海上も船が落ちたことで荒れてはいますが、全て落ちたとは言わないでしょう?」


「し、しかし。無線、目視確認ともに確認不能です」


 報告してくる乗組員も信じられないといった様子だ。この目で見ずとも……


「くっ……本当なのですね」


 信じるしか無かった。僚艦へ繋ぐ無線は一番である本艦を除いて2から15までチャンネルがあるが、うち五隻分がロスト。つまりそれは先の砲撃で全て落とされたということだ。


「僚艦へ命令通達。洋上の敵艦へミサイル斉射、何としても沈めなさい」


「艦長!こちらはミサイル艦、あっちは重巡級ですよ!?分が悪すぎます!」


「うるさい!これは命令です。この計画までダメにされる訳にはいかないのです!薄汚れた傭兵如きには!」


 唾を飛ばし怒鳴るその姿は誰も見たことがなく、従うしかないと思わせるだけの恐怖があった。


「か、艦長、被害確認の追加報告です」


「なんです?」


「第二機関室へ被弾しましたが、貫通痕を確認。これ以上の運用は艦内設備運用に大きな影響が出る可能性があるとのことです」


 ミサイル艦など小型艦艇は中型のエンジンを一機、または小型のエンジンを二機積むことがある。この船の場合、推進力用のエンジンが一つ。艦内設備を機能させるためのエネルギー源としてのエンジンが一つ。

 それぞれのエンジンはある程度連動していて、もしも大きな負荷が掛かる運用をしたら被害を受けている第二機関室のエンジンによって無事な方のエンジンまで止まる恐れがあるのだ。


「そうですか。しか──」


「敵艦、主砲にエネルギー反応!数砲塔本艦へ向いています!」


 この船は今洋上で、街側へ向けて進み、位置的にはその敵艦から離れようとしていた。仮に自分が敵ならば追撃を仕掛けるならばこの船だろう……


「やはり来ますか」


 状況を把握出来ていた乗組員は全て同じ考えであった。そしてある者は祈り、ある者は懺悔し、ある者は笑った。


 しかし、この者は違った。


「エンジン出力が一時的に大幅低下しても構いません!全力で射線から逸れなさい!同時にミサイルの発射を!」


 鬼気迫る命令に様々な障害があるながらも無理やり命令遂行の為に、生き残る為に乗組員は腕を動かす。しかし、本のページを一枚捲るよりも早く彼らの運命は定まっていたと知らされる。


「敵艦主砲、来ます!」


 彼らが見たのは閃光か、または青い空か。それを知るものは洋上の人のみである。






「命中……か。まさか一射目を生き残るとはな」


 俺は人を殺した実感をどこかフワフワした感覚で感じながらも不思議と落ち着いて居られた。コロニー脱出の時にネジが外れたのだろうか。


『主砲のエネルギーを感知し急速に回避行動をとったようです。そのため徹甲弾が数発外れてしまいました』


「構わない。直線的な陽電子砲と直接狙った実弾砲、この距離でもズレたら外れるさ。それより今は残りだ。さっきの斉射で合わせて四隻落とした。これで合計九隻。ここからは引き撃ちだ。アステール、後部甲板の主砲で適宜撃ち続けてくれ。当てなくてもいい。こちらは何時でも落とせると思わせるのが狙いだからな」


『了解』


 彼らは何を思ってミサイルを撃ち込んだのかは知らないが……邪魔なのと、オッサンの頼みだ。威嚇に近いが、落とせそうなら落とさせてもらうぞ。


「両舷微速」


 俺は沖に向けて舵を切り、後部甲板を街の方に向けるように動く。


 敵を砲撃しておいてなんだが、朝も早いからな。モーニングコーヒー代わりに陽電子砲をデリバリーさせてもらおう。もちろん、向こうが取りに来る側だがな!


「リュウ、どうするの?倒すの?」


「全部は落とさない。最後は軍に持ってかせて俺らはトンズラ。めんどいことは押し付ける。向こうが忙しい時にコーヒー飲んでのんびりが理想だな。アステール、軍の位置は?」


『現在街より10km地点。──軍より通信です』


「繋いでくれ」


 了解という声と共に通信が起動し軍人と思われる人物と通信が繋がる。


『こちら惑星ルファ駐屯第十八部隊。貴艦の状況はこちらでも把握している。ここまでの戦闘感謝する。ここからは我らが引き受ける』


 彼の事務的だが、そこには感謝の念が含まれているように聞こえる。


「こちら傭兵組合所属の傭兵だ。そう言って貰えるとありがたい。この船は試運転の状態で出したからそこまで激しくは動かせなくてな。こちらこそ任せたい」


『そうであったか。了解した。ここまでの健闘、本当に感謝する』


 そう言って彼は無線を切った。範囲を狭めた状態のレーダー画面の端には十隻程の小型艦が映っている。それが彼らの船なのだろう。相変わらず敵のミサイル艦は追って来ているが、アステールの砲撃が掠ることによっていくらか距離を開け始めた。そして少しして軍の艦艇が見えた辺りで上昇を始め、逃走に移る。追撃はしない。そこから先は軍のお仕事だからだ。


「オッサン、終わったぞ。あとは軍に任せることになった。船はどうすればいい」


『リュウ、ありがとよ。感謝してもしきれねえ……っと船だったな。それなら……今送った場所に停めてくれ。造船所が管理する場所だ。先に人を送っておこう』


 メールが来るような感じで場所が送られてきた。ここからそんなに離れちゃいないな。ま、のんびり行くとしよう。


 で、二人はいつまでそこで耳を塞いでいるのかな?

 俺は椅子に体育座りで耳を塞ぎプルプルしている二人を呆れ混じりで見るのだった。





 場所は変わって造船所付近の地上ドック。ここは宇宙船を建造するためのドックで、深さが最低でも50mもある。さらにここは戦艦級も物によっては建造出来るようで、幅が150m、深さ50mの溝が1200mも内陸に向けて続いている。


「元々試運転と同時にこっちに移動させる予定だったが、こうして外に出したんだ。ちょっと無理言って使わせてもらった」


「そうか……なんか悪いことしちゃったな」


「悪いわけねえよ。恩人だからな。っとそうだ、気づいちゃ居るだろうが、この船には姿勢制御スラスターが増設されてる。船出す前に伝え忘れてな。済まなかった」


「それのこと聞きたかったんだ。なんか姿勢制御スラスターのはずなのに全体で逆噴射が出来たからさ。あれどういうのなんだ?」


 そう聞くとオッサンはちょっと楽しそうに説明を始めた。


 見た目としてはノズルを備えた一般的な姿勢制御スラスター。角度がある程度変えられて、汎用性も高い。

 だからこそ脱出が出来た。

 この船に載せられた新型は角度を変えたりなんかの機能に手が加えられていて、真横からだいたい45度くらいしか動かせなかったのが90度丸々動かせるようになったりしているが、一番の特徴は回転軸だろう。


 ノズルそのものが回転するのだが、角度を変えた状態で回転出来るそうで、好きな向きに向けて噴射が出来る。つまり逆噴射も可能ってことだ。さっきはそれを自動でやってくれたようだな。


 構造的には、円錐状のノズルそのものに回転シャフトが付けられて左右どちらにも自由に回転できるようになっている。

 さらにノズルの根元にある蝶番のようなパーツで90度の角度を自由に変更できるようになった。


 これによって装甲表面に付けられたノズルは本体を中心とした半球状どの方向にも噴射できるスグレモノとなったのだ。

 ……その代わり操作がめんどくさい事になるそうだが、それはいつか使う時の俺に任せよう。


「で、本題だ。こっちには試運転の後に来る予定だったから本来積み込むべき物は無い。だが向こうで積み込みが出来ずこっちにいるから今からその積み込みをやってく。幸いまだこっち側に保管されてたみたいでな。そのまま積み込んでくぞ」


「ああ、頼んだ」


 見れば、海沿いに並ぶ倉庫の前に色々と積み上がっている。まさかミサイルとかをあんな風に積むわけが無いし……食品だろうな。


「積み込みは明日には終わる。それまでのんびりしててくれ」


 俺はオッサンに頷いて答えて、ちょっと用があるカナズチさんの元へと向かうのだった。




「うん?クルーの斡旋?」


 事務仕事をしていたカナズチさんは意外そうに聞き返してきた。


「カナズチさんなら誰かいい人紹介とか、斡旋してくれるとこ知ってるんじゃないかと思ってな。出来れば素性とかしっかりしてる人紹介して欲しいが」


 前にミヤさんに養成学校を紹介されたが、他にも無いか探してみたい。デバイスで調べても斡旋所ばかり。しかも信用出来るかは怪しいところ。信用出来る複数人から情報は仕入れておきたいのだ。


「そうだな、人は紹介出来ないが斡旋……正確にはスカウトだが出来る場所は知ってるぞ。国立の船舶員の養成学校だ」


「なんかそんなのあるって前に聞いたな。どんなとこなんだ?」


「そのまんまだ。船舶員の養成学校。ま、国立なだけあってそこから輩出される生徒は優秀だな。そして卒業したなら大抵は軍に所属する。むしろ軍から来てくれって言われるそうだ」


「軍に就職が決まっているのに傭兵がスカウト出来るってどういうことだ?」


 卒業したら内定してるって羨ましい限りだが、それなのになんで傭兵とかの不安定な領域に来るんだ?傭兵も軍も戦闘の危険はあるが、この宇宙世界じゃ当たり前だろうし。


「簡単に言えば様々な事情により軍が求める規定人数から外れた連中だな。成績不振による内定無しもあるが、元から傭兵を目指すやつとかもいる。ただその連中の中には軍じゃなくて企業に就職するのも含まれるから一纏めにするのは失礼かもしれないが」


「つまり俺はその養成学校で卒業する連中のうち、落第または傭兵志望のやつをスカウト出来ると。でも落第は勘弁だぞ?」


「ここじゃ落第と言ったがな。それはあくまで軍の基準での落第だ。船舶員養成の私立校もあるが、私立校の首席卒業と国立の落第を比べたら落第の方が能力的には上だ」


 軍基準で落第であって卒業や能力には全く問題無いと……つまり国立の首席卒業とかはバケモンなんじゃねえか?


「とりあえず国立の卒業者をスカウトしとけばハズレは無いと……なるほどな」


 するとカナズチさんはタブレットになにやらパンフレットみたいなのを表示させてこちらに見せてきた。


「それで一つ提案がある。ここから四つほど星系行ったところにその国立養成学校の一つがあってな。そこがあと数ヶ月ちょいで卒業式をやるそうだ。それでスカウトしてこいって言いたいんだが、さらに提案だ。その国立養成学校から適当な傭兵を講師に招きたいそうだ。傭兵志望のやつへの講師としてな」


 ふーん、講師ねえ。

 こっから長かったから纏めると、その国立養成学校はこの星系付近の造船所とか傭兵と多くのネットワークを持っている人に依頼して適当な傭兵を招くそうだ。


 この辺りにはデカい造船所はここしか無いから前にも回ってきた物なんだそう。

 カナズチさんは今回はどうしようか迷っていたそうなんだがちょうどいいから俺にしようと考えたそうだ。


 なぜならその講師の報酬が少しの金と生徒の優先的なスカウトの権利。スカウトに応じるか否かの最終決定権は生徒側にあるが、成立したなら卒業と同時にクルー入りするのだ。

 クルーを求める俺にはピッタリなものなのだった。


「なるほど……優先的なスカウト権は美味いな。講師の期間は卒業まで。でもスカウトと言っても最終決定権は生徒側……考えられている」


「どうだ、受けてくれるか?」


 クルーを迎え入れる必要はあるし、こっちからスカウトが可能と。断る理由はない。


「ああ、喜んで受けさせてもらおう。積み込みが終わり次第出発する。相手方には先に伝えといてくれ」


「そこは任せろ。既に必要書類とかは来てるから後で渡す」


「了解だ」


 よーし、数ヶ月後には新たなクルーのお迎えだ。スカウト出来ればな。





 また数日後。俺とメーデン、アンジュは洋上の人となっていた。


 積み込みはあの翌日に終わったのだけど、細かな部分の調整とかで思ったよりも時間を取られた。だけどそのおかげでアステール曰く快調だそう。


「オッサン、カナズチさん、ここまでありがとな」


『コロニーから長かったようで短かったなぁ……』


 オッサンたちは声だけだ。リーズリンデが浮かんでいるのは造船所とかから1kmくらい沖。宇宙船の発進には広い場所が必要なのだ。


「ほんとにな。オッサンあの時いきなり来たから正直ビビってたビビってたんだぞ」


 あの時はやべえ人と思って船に戻ろうとしたんだっけな。


『はははっ!そりゃあ悪かった。でもよ、こうして酒飲む仲になれたんだ。許してくれても良くねえか?』


「とっくに許してるさ……っと補助エンジン起動。時間もあと少しだ」


『こっちにも管制から連絡来たぞ。動き出していいそうだ』


 なんだろうな、別れが惜しい。半年も居たから何度か飲みにも行ってるし……


『ちょおーっと待ったあ!!』


 え!?


『わたしが作った戦闘機、積むだけ積んで説明してないわよ!……はぁ、はぁ』


 戦闘機……そんなのも購入したな。

 にしても走ってきたのか息切れてるぞ。


『マニュアルとかも含めてこの数日で無理やり積んだわ。細かいのはそれを見てほしいんだけど……』


 この前話した女性は少し息を整えてから続けた。


『いい仕事をさせてもらったわ。マーキングなんかもちゃんと塗装してあるわ。量産機と言っても相当のスペックに仕上がっているから、乗る時は期待してて。……というかなんでこんな急いで出発するのよ』


 悪いな、国立の養成学校に行くのに到着期限ギリギリなんだ。でもこんな短期間で仕事を終えてくれたのは感謝しないとな。少し多めに振り込んでおこう。

 あ、マーキングで思い出した。


「オッサン、そういえば艦橋の側面装甲に何やら色々絵みたいのがあったがあれはなんだ。昨日までは無かったぞ」


 船に乗り込む前に見つけたのだけど艦橋の脇に絵が書かれていてな。依頼した覚えもないんだが……


『うん……?ああ、そういうことか。それは艦の識別に使えるアートだな。シップアートなんて呼ばれてる。軍艇の識別に使われたのが始まりだが傭兵でも使用する。なんも言ってこないから勝手に描かせて貰ったぞ』


 するとオッサンから塗装したばかりの時の絵がメール添付で送られてきた。


 その絵を言い表すなら……

 三日月を背負う白銀の天使、というのが正しいだろう。

 旗には「My beloved goddess」とあって、太もも部分にはこの船の名であるリーズリンデがアルファベット筆記体で書かれている……あれ、アルファベットってことは……


『言っとくが、酔ってたお前が書いたからな。文字の部分。相当酔ってたから忘れてても仕方ないが』


 確かに昨日は出立前の祝いとして酒飲みに行ったし、帰ったのは遅かった。それに腕がインクみたいなので汚れていた。そして何よりも記憶が無い。もしもその間にこれ書いてたとしたら?


「やべえ、めっちゃ恥ずかしい」


 顔がどんどん熱くなってくわ。

 そうだよ、思い出した。オッサンとカナズチさんと俺の三人で飲んでる時に造船所の連中が面白いことやってるってことで参加したんだった。最後の文字入れやったんだった。ノリノリで参加したんだった……恥っず。


 このシップアート、言ってしまえば飛行機に描かれるノーズアートと同じ意味を持つ。

 傭兵団などの所属を示すものとして扱われ、同じマークを使うのだ。


 ただしそんなマークを使うほど巨大な傭兵団は無いので大半が趣味に走ったものとなる。

 船首像と違って男性女性、有機物無機物と様々な意匠がある。

 この船の場合艦橋脇両面に描かれているが、他にも艦首付近や艦尾付近に描くこともあるという。


 つまり有名な船になれば同時にマークも知られ、船が違ってもそのマークが確認されれば味方が来たなんてこともわかるようになる。


「へえ、これが」

「私に似てる」


「ごめんなさい」


 とりあえず土下座した。女性乗るのに半裸の女性は不味いだろ?俺も悪ノリした所あったし……


「謝る必要は無いよ?いいものじゃないか。それにメーデンちゃんも喜んでる」


「え?」


 画像を注視する彼女はどこか嬉しそうだ。シップアート描く時に船首像に使った写真出したけどさ。似せた自覚もあるけど普通嬉しいもんかね。でもこの前の理論で行くとメーデンもといリーズとしては嬉しいのだろう。


「私もよく出来たものだと思ってるよ。外に出れば女性を使った物なんてたくさんある。一々気にしてたらねぇ」


「そうか、ありがとう」


 危うく出航当日に仲間割れするか?と思ったけど大丈夫なようだ。

 するとモニターに通知が。メインエンジン起動の準備が整ったようだ。


「オッサン、準備が出来た。そろそろ行く」


『そうか。寂しくなるが……また来いよ。船になんかあったら戻ってこい』


「そんときは頼らせてもらう。じゃあな……通信終わり」


 宇宙船が飛び立つ時は基本専用のチャンネルでないと通信はしてはいけないのだ。


 俺は操舵席に座りいくつか機器を操作して機関状態をモニターに出す。


「補助エンジン圧力上昇回転率1500」


 モニターの数値はどんどん上がり、規定値に達する。

 出航の許可は既に出ているから右側にあるスロットルレバーを五本あるうち四本動かす。残りの一つはメインエンジン用だ。


「両舷微速」


 船がほんの少しずつ動き出すのと同時に艦首を沖に向ける。宇宙船の離水には距離が必要だから海上から出る場合は色々と決められているらしい。

 二人は艦長席と副長席に座って外を楽しそうに眺めながら話している。車を運転した時とは違って集中力が相当に必要だから緊張する。


『補助エンジン回転率2000、メインエンジン圧力規定値内に安定』


「両舷半速」


 速度が増し、沖に出たことで波で少し揺れ始める。二人が酔わないといいが、俺はそんなことを気にする余裕が無い。なぜならぶっつけ本番だからだ。

 アステールの報告を聞きつつ速度を上げて離水の準備を進める。


「補助エンジン最大出力。一速維持」


 スロットルと同じ並びにあるレバーを一つ動かす。マニュアル車みたいなレバーで、いくつか動かせるようになっている。同時に補助エンジンのスロットルレバーが微速位置まで戻る。


「リュウ、今の何?」


「後でにして欲しいが……ちょっと落ち着いたしまあいいか」


 簡単に言えば速度の段を一つ上げた事になる。この船は通常では最大で三速まであって例えるならば……速度の上限を30としよう。0〜10が一速、11〜20が二速、21〜30が三速となる。


 宇宙船の用語で言うなら一速が大気圏内速度。海上航行や離水時の加速に用いる。

 二速が準巡航速度。離水時の加速や足の遅い他の艦と足並み合わせる時に使う。

 三速が巡航速度。本来は最も効率のいい速度と言う意味だが、宇宙船ではエンジンの発熱と冷却が釣り合った状態の速度を指す。

 戦艦級ならだいたい光速の4〜5割と聞くな。前になんかのサイトで見かけた最高速を出せる船は九割行けるらしいが。


 ちなみにこの船は重巡級ながらエンジンは戦艦級の物を積んでいるので快速船と言ってもいいほどの速度を出せる。

 具体的には六から七割くらいって聞いたな。速度に振った駆逐級には劣るが、一般的な軽巡級には余裕で勝てるぞ。


 話を戻して、このマニュアル車みたいなレバーには他に完全停止速というエンジンを停止させるときに使う場所がある。また、特殊な状況でしか使用しないものとして一杯がある。

 エンジンの冷却を無視した速度を出すことが出来る。レッドゾーンってやつだ。

 通常では三速までしか使わないからほぼ無視して良い。マニュアル車と違って六つ目は無い。形状は似せてあるが、動かせる場所は五つしかないのだ。


「リュウ、ありがとう」


「おう」


 速度は一速の微速のまま。ここからは半速まで上げると同時にメインエンジンに点火、一気に離水という流れだ。


「アステール、半速に上げると同時に点火、一気に上昇する」


『了解』


 速度計とレーダーを見比べて問題なしと判断すれば離水は出来る。


「両舷半速、一速から二速へ」


『メインエンジン点火』


 アステールの報告と同時に今度は五本のスロットルをグッと押し、出力を大幅に上げる。

 そのまま操縦桿を手前に引き各部姿勢制御スラスターで上昇を行う。

 

 ジェットエンジンが回転するような音と同時に点火されたメインエンジンで速度は大幅に上がり、姿勢制御スラスターの上昇で少しずつであるが波による揺れが弱まったように感じる。


『前方障害物等ありません』


「わかった。二人とも、行くぞ?」


 そのまま補助エンジンの出力を最大まで上げて一気に操縦桿を引く。

 そして叫ぶ。あのセリフを。


「重巡級宇宙船リーズリンデ、発進!」


 600mもの白い槍が宇宙へ向けて飛び立ったその瞬間であった。


 大きく波打った海を割り、巨大な衝角が飛沫を上げて突き上がる。ジェットエンジンのような甲高い音が大気を揺らし、五本の赤と青の混じった噴射炎は大きく波紋を残して船を持ち上げる。艦底が波に触れる振動も弱まり、船が完全に持ち上がった。


 その後は離水の直後大きく揺れたもののすぐに持ち直し、四機の補助エンジンのうち下段の二機に被せるように斜め下に向けて展開された伸長式の前進式の補助翼を展開し安定を図る。

 ロマン溢れる前進翼は宇宙船に格納するという意味でも案外有用で、まず補助エンジンとほぼ同じ長さの物が展開し、そこから内部に格納されていたものを伸ばすことで倍の長さへ。そうすることで大気圏内でもある程度安定した航行が出来る。


 そして速度を上げて上昇すること数十分。俺たち三人はついに半年ぶりの宇宙へ戻ってきたのだった。



★★★★★★★★★★★★★★


ここまで読んでくれてありがとう!

第3章は書き溜め後に投稿していきます!少しでも良いなって思ったら評価や感想など貰えれば次の投稿が早まります!


あと、現在メインで進行している

NOチート異世界転生ファンタジー【魔銃使いとお嬢様】もよろしくお願いします!

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Wake Up from Cold Sleep!! 〜元特殊商人、絶景目指していざ行かん〜 文月  @RingoKitune

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