ザ ホワイト スピア イズ イン ザ シー

 ガーッと音を立ててフォークリフトっぽい乗り物が船の中に様々な物資を運び込んでいく。

 今運び込んでいるのは注文していた食料品。その中でも日持ちするタイプのものだな。他にも幾つか新鮮な物を積み込む予定だが、出発まではまだしばらくあるから到着はその時になる。

 今日か明日明後日までに実体弾なんかを一通り積み終わったら試運転を行って、そこから再度最終調整を行ったら晴れてこの船は進宙というわけだ。


 それまで俺たちは暇なので自分達の部屋作りをしていた。

 全員個室を持っているが、アンジュはともかくメーデンは俺の部屋の方に居候するだろうから箪笥なんかも少し大きめのものを設置しておく。


 俺はこの船では艦長なので建前上かなり大きな部屋を持っている。軍艦とかだとスペースが大事なので違うそうなのだけど、傭兵はこの辺りも実力を図る一因になるそうなので渋々だがデカい部屋作りをしている。ただベッドだけはデカいのにしてある。寝心地は重要だからな。


 俺の場合なら居間と寝室、書斎の三部屋があって居間はテーブルやテレビなど地球でよく見たリビングを模して、寝室はデカいベッドのみ、書斎には船が完成するまでの間にちょいちょい購入していた様々な書籍、お酒の瓶を載せる台、そしてメーデン自作の楽器っぽい物など……なんというかごちゃごちゃと三人のものがまとまった部屋なのだ。

 基本木製の家具で纏めたゴシックな雰囲気である。暖炉なんかは置けないが、テーブルや椅子、本棚にはこだわっている。あと木製の折りたたみベッドも置いているからここでも寝れる。

 趣味全開で作り上げた部屋に満足しているといつものゴスロリを着たメーデンが入ってきた。なんというか……部屋に似合っている。


「カンテレ、こんな所にあった」


 カンテレ?確か北欧の楽器だったか?リーズだった頃にお母さんから習ったと前に聞いたことがあった。

 そ暇だからと作った彼女自身もさっき探してるっぽかったけど、にしてもなんで俺の部屋に?


「私の荷物に紛れてた。でもこっちに置いたままでも良いかも。いい?」


 この部屋に来る度にメーデンかアンジュの荷物が増えてるのはどういうことだ?お酒に関してはアンジュとわかる。株で稼いで取り寄せてるみたいだからな。医官じゃなくてトレーダーみたいだ。


「構わないが……自分の部屋に何置いてるんだ?」


「服。寝るのはこっち。リュウと一緒」


「そうか……良いけどさ」


 俺は彼女のカンテレを棚の上に立てかけるように飾る。邪魔にもならずインテリアとして見えるだろう。

 そこまでしたあたりで今度はアンジュも現れた。


「おや、私は終わったから手伝いに来たけどみんなここに居たんだね」


「みんな早いな。でも俺も終わったから手伝いは大丈夫だぞ」


「それならそろそろお昼にしないかい?」


 時計を見たら午後一時。昼にはちょうどいいか。

 なので階層的には個室とかの一つ下の階にある食堂へ向かうのだった。さて、新たな船での初めての食事だ。アイアンくんに腕を振るって貰うとしよう。腕無いけどな。





 この船は大きく分けて五つのエリアに分類される。

 メインエンジン、補助エンジンのある機関部。俺たちの部屋とか多目的部屋がいくつもある居住部。

 予備装甲板や食料、飲料水タンクなどが纏まっている倉庫部。倉庫部に隣接して、強固な隔壁で固められている弾薬庫部。

 そして船の制御を行う艦橋部だ。


 倉庫部には各武装へのエネルギー回路が通っていたり、弾薬庫部もオートでの装填のため様々な機械があったり。


 さらに艦橋部にはこの船でのアステールの端末で、本来機関部近くの倉庫内に収められている中央制御装置が分類されたりと色々な物が重なり合っているのだ。

 だからこの船の持ち主である俺も迷う訳で……


「ここ……倉庫部だよな。ならこっちに行けば……」


 俺はマップを表示したタブレット片手に船の中を彷徨っていた。頭を掻きながら何度か通った覚えのある道を進む。


 元々、機関部に行こうとしていて、機関部までは辿り着けたのだ。だがそこから艦橋への行き方がわからない。


 行く時は倉庫を突っ切ったから迷うことは無かったのだけど、後々のために居住部を通って帰ろうとしたらこうだ。

 迷うのである。位置的には機関部の真上だから前の方に進めばいいはず。


 そう思って進むと、後甲板に配置された主砲塔とエネルギー回路が通る場所に出た。マップを見れば、この先にあるのがアステールのお家こと中央制御装置だ。

 迷いはしたが、何とか自分でも道がわかるところに出れたようだ。


 と、そこまでやったタイミングで最初からアステールに聞けばよかったと気がついたのだけど……まあしばらく船の中でアステールに話しかけることなんて無かったのだ。

 また感覚を取り戻していけば良いだろう。今はお目当ての艦橋に向かう。


 居住部に出て階段を昇れば艦橋はすぐだ。本当ならエレベーターが通っていて、倉庫部から艦橋まで一気に昇れるのだけど今は下の倉庫部で作業している人達が使っているから使えなかったのだ。

 

 倉庫と言ってもただ広い空間がある訳じゃなくて幾つかの階層に分かれている。船の中に運び込むのは機械で出来るが、細かな分配は人の手でやるのだ。パワードスーツみたいなのは来ているがそれでも人力。階段は辛そうなのでエレベーターは彼らに譲らなきゃいけない。

 でもさっきちょっと外見た時は食料品なんかは一通り積み終わって、今はミサイルや魚雷、電磁投射砲の砲弾なんかの搬入待ちだ。このまま何も無ければ明日に試運転出来るそうだ。

 何も……無ければな。



 ウーウーウー



 ほらな?起きるんだよ。こういう時って。

 幸い、今いるのは艦橋だから外部と連絡は取れる。

 俺は艦橋内部に幾つかある席の一つの通信機器を操作してオッサンに繋ぐ。


「オッサン、なにがあった?前にも聞いたような警報だが」


『わからん。ただドックとかで起きた問題じゃねえ。外だ。街とかの問題だ』


 街か。とりあえずアステールに何か情報は無いか集めてもらって、今のうちにメーデンとアンジュを艦橋に呼ぶ。


「知っての通り問題が起きた。コロニーに続いてだが……のんびりは出来ただろ?」


「うん。船も出来た。それに新しい景色も見たい」


「私も満足さ。ここは自然豊かで居心地良いけど、やっぱり星の海の方が私の性に合ってるよ」


 みんな宇宙がやっぱり好きなんだな。


「なら、万一の時は出航する。荷物は積み込んであるだろ?」


「「もちろん」」


「よし、後はオッサンからの連絡待ち……っと来たか」


 機器を弄って通信を繋ぐ。すると、どこかミスったか艦橋全体のスピーカーから声が出てきてしまった。真面目な内容のはずなのに、どこかエコーのかかった声になってしまっている。


『リュウ、さっきの警報の原因がわかった』


 同時に画面に幾つか画像が表示される。


『今どき珍しい敵襲だ。所属は不明……もしかしなくとも俺たちがコロニーで遭遇した連中と同じだろう』


「宙賊か……ここまで大規模な攻勢仕掛けるって何か理由があるのか?」


 この半年間、俺は宙賊について色々と調べていた。今後の稼ぎのためと、コロニー襲撃事件の反省も込めてな。


 調べたのは出現報告の多い場所から行動原理なんかだ。宙賊というのは地球のような私掠船のようなものではなくて、夢破れた傭兵や、敗走したものの生き残った軍人などが落ちぶれた末路なのだとか。

 基本その日生き延びる為に船を襲うが、宙賊行為でかなり稼いだ奴は傭兵としてやり直すこともあるそうだ……


 今回襲ってきている連中は画像を見る限りかなり金はあるようだ。画像も粗いが、そこまで大きな破損が見られない綺麗な船で、装備も潤沢。少なくともその日暮らしな宙賊とは思えない。


『確認出来るだけで駆逐級だけだが数は15。この星のあちこちで確認されてるが、幸い都市部というのはかなり限られる。船の数もすぐに確認されるだろう』


 なるほどね。船の数は思ったより多いな。なら、この街の人はどれだけ死ぬかね。この街の状況と照らし合わせれば……万は行くか。


 あとは船の位置を見る感じ、統制が取れている。初めて遭遇した宙賊みたいにその場に留まって撃ってくるのとは違う。確実に計画的に襲っている感じだ。


 この街、いやこの星の街はリゾート地というだけあってかなり装備の整った軍に守られているのだけど、船なんかがある軍基地は街から離れた場所にある。

 本来なら近くに置くべきなのだけど、ここに来るセレブたちが言ったそうだ。「軍なんて野蛮なもの、街の近くに置かないで」と。


 つまり街に何かあっても軍が出動するまでには時間が掛かる。街の防衛に最初は大きな穴があるわけだ。そりゃあ宙賊もそこをつくよな。


 さらに言えば宇宙港も街からは遠い。俺たちが泊まっている宿がちょうどこの造船所と宇宙港の中間地点辺りだからどれくらいの距離かは何となく分かるだろう。まあ深夜の道をベタ踏み走行で数十分。昼間なら……な?


 オッサンの声音が変わり、何か懇願するようなものになる。同時にスピーカーから聞こえてくる船の外がかなり騒がしくなった。

 メーデンやアンジュはなにが起きているのか完全には分かっていないから不安そうだ。


 地球での記憶。俗に言うテンプレって奴はこういう時に機能する。主人公を望む訳じゃあないが、都合が良すぎるよな。


『リュウ……こう頼むのはどうかと思う。だけど友がいるこの街は俺の第2の故郷なのさ』


 だよな。この状況で真っ先に動ける船は……


『頼む。救ってくれ』


 この船だけだ。

 俺は傭兵として、オッサンの友人とて通信機のマイクを掴み、応える。


「任せろ。こちとら傭兵……報酬は貰うぞ?」


『ああ!何でもやる。幾らでも払ってやる!』


 その返しに俺は苦笑しながら報酬を伝える。


「そこまでのもんじゃねえ。美味い飯屋教えてくれ。それでいい」


『飯屋……わかった。最高のとこ連れてってやる』


「青汁バーガーは勘弁な。なら幾つか確認したい。武装はどれだけ積み込んだ?」


『主砲の実弾、それも徹甲弾以外は何も。魚雷、ミサイル、電磁投射砲、全部使えない。レーザー砲は問題無いが大気圏内だからなんとも言えん』


 使えるのは主砲のみか……それに大気圏内だから陽電子砲である主砲の射程もかなり落ちる。レーザー砲は大気によって僅かだが屈折するから長距離だと狙っても難しい。かと言って主砲の実弾のみというのも……


「やるっきゃないか。オッサン、船はあとどれくらいで出せる?」


『ドック内の人や設備の避難はもう終わった。船のハッチさえ閉めてくれればいつでも始められる。気密と水中ということに注意してくれ』


 始める?なんだそりゃ。

 とりあえず俺の席である操舵手席に座って全てのハッチは閉めて、気密チェック。あと水中モードってのがあったからスイッチを入れる。



 ここでこの船の艦橋内部について説明しよう。

 艦橋も中は三段に分かれている。その中に船を動かすのに必要なものが纏められている。

 まず一段目。ここには左から通信士、砲雷士、レーダー士の席がある。まだ誰も座る人が居ないからな。

 二段目には左から機関士、操舵士、航海士の席がある。これも俺以外座る人が居ない。


 三段目には艦長席があるが座る人は……居るな。今メーデンが座っている。

 自信満々に腰掛けて様になっている。小さいけど。あと副長席というのもあるけど、これはほぼ補助席だ。艦長席の隣にちゃんと椅子はあるけど、座る人いないし。



 話を戻そう。俺の席は当然操舵をするために特化している。

 飛行機のパワーステアリング操縦桿を模した宇宙船用の操縦桿、左右にいくつものスロットルレバーやボタン、足元にも幾つかのペダル、座る椅子自体にも、肘掛部分に幾つかキーパッドやタッチパネルが付いている。


 パッと見ごちゃごちゃしているが、ぶち込まれた操縦知識によってどれがどのような機能を司るのか手に取るようにわかる。


 また、艦長席を兼ねているからレーダー画面だったり、通信機器だったり、機関状態を見れるモニターだったりと大まかに一通り揃ってはいるがどれも専門には及ばない。

 早急に人員を揃えないとまともに運用出来ないな。


『ドック内の気密チェック完了。そっちはどうだ』


「ハッチ閉鎖完了……水中モードセット済み。何する気だ?」


『何って、このドックがあるのは地下115mだ。そこから船どうやって出すんだ。水中進むしか無いだろう?』


「この船がまるまる収まってんだからかなりの深さとは思ってたけどそんなに深いのか」


 確かに船の位置を見ればマイナスが出ている。紛れもなく地下にいるな。


『だからこのドックに水を入れることで水中ドックに変化させてそのまま海中を進む。出口は海中の一気に深くなる場所の岸壁にあるゲートだ』


「つまり水中から浮上してってことか」


 どこぞのさらば宇宙戦艦某もびっくりだな。真田さんはここにはいない。


『そういうことだ。さっきも言ったが、こっちは準備出来た。あとはそっちに任せるぜ』


「あいよ、任された」


 無線を切り、俺は椅子に座り直す。

 目線で艦長席に座るメーデンと副長席に座るアンジュにベルトを締めるように指示する。両肩辺りから股の辺りの金具にベルトが装着されるようになっている。


 確認が終わり、俺が操舵用のシステムを起動させるとアステールが他のシステムも起動させる。


「アステール、艦内の状態確認」


『艦内気密異常なし。他、全機構異常なし。エンジン内エネルギー上昇中』


「補助エンジンの圧力は上昇中で問題なし……上昇率も基準値内」


『補助エンジン始動十五秒前』


 いくつも配置されたモニターの表示は現在レーダーと機関系に絞ってある。どうしても画面数が足りないからな。これ以上モニターを置くと前が見えなくなりそうだし。


『補助エンジン始動。動力接続』


 メインエンジンをX字に挟むように配置された四機の補助エンジンがアステールによって始動する。同時に俺が接続操作を行う。


「補助エンジンの動力接続」


 席の側面に配置された幾つかのレバーのうち補助エンジンのものを動かす。車のギアを変えるように簡単だが、これで接続が完了する。それを表すように微細な振動が伝わってくるのだ。


『動力接続を確認。起動確認』


「補助エンジンの回転現在1500」


『エンジン問題なし。艦内へエネルギー伝達開始。コンデンサーへ接続』


 補助エンジンが起動したことで生み出されるエネルギーが艦内の設備へ伝達され、同時にメインエンジン起動のためのコンデンサーへ溜められる。


 それを確認した俺は改めてオッサンに通信を繋ぐ。


「オッサン、船は問題ない。始めてくれ」


『了解だ。……ドック内へ注水開始』


「注水?」


 俺が聞き返し、オッサンが答えるより先に答えが見れた。なんとドックの天井付近の一部がシャッターのように開いて、その先から水が大量に流れ込んできたからだ。

 足場なんかは放置のままだけどいいのか?


『これが満杯になったら発進だ。この先だが、ドックのゲートを開くと人工の洞窟に繋がる。重巡級宇宙船が余裕で通れるくらいの大きさだ。その船なら問題ねえ。進み始めると洞窟内は僅かに傾斜が掛かっていて、洞窟から出る時には水深は160m程になる。宇宙船にゃ何の問題も無いから気にしなくていい。が、その洞窟から出る直前に船を支えるロックを解除する。その時に少し揺れるから注意してくれ』


 オッサンと話す間にもアステールから水位が伝えられる。思ったよりも早いんだな。


「了解だ」


 外を見れば水は主砲を覆い、そろそろ艦橋部分に掛かると言ったところ。そろそろだ。


『注水完了』


 アステールからの報告と同時にオッサンがドックのゲートを開く。足場の心配をさっきしたが杞憂だったらしい。船の目の前が大きく左右に開いていくが、足場も一緒に動いているからだ。


『リュウ、発進してくれ』


「了解だ。……微速前進」


 席の脇にある様々な機械のうち、補助エンジンのスロットルレバーを少し動かす。

 補助エンジンは四機あるとはいえ、出力を上げたところですぐには動かないが……どうやらこの船を支えるロックは動くことが出来るようで、オッサンの操作か、少しずつ進み始めた。


『さっき言ったようにこの先は少し傾斜が掛かる。まあすぐに洞窟の外に出てしまうがな』


 エンジンの出力も合わさってあっという間にドックを抜け洞窟に入る。

 ゴツゴツしているが、削られた痕跡のある洞窟は僅かにライトで照らされ、先の方に大きなゲートがあるのが見える。


『ゲートオープン。ロック解除まで残り十秒』


 そのゲートが開かれ、流れ込んだ水でわずかに船が揺れる。ゲートの先は真っ暗闇。そしてついに船を支えるロックが外される。ガコンと音を立てて外れたロックによって支えを失ったこの船……リーズリンデは右へと倒れる。ベルトで抑えられているが、結構な角度倒れる。操縦桿を倒すことでそれを何とかするが、まだ感覚が掴めない。

 船の免許制度にも問題があるが、重巡級の操縦なんて知識でしか知らないのだから!


 そしてとうとう船がゲートを抜け海中へと侵入する。さすが水深160m。確か100mより下が深海って聞いたからここはもう深海なんだよな。その名に違わず真っ暗だ。艦の所々に付けられたライトだけが煌々と光っているのが見える。ただそのおかげで船の輪郭がわかる。


「オッサン、船が海中へ侵入した」


『了解だ。……頼んだぞ』


「おう」


 補助エンジンの出力を上げる。そのまま艦首を上げ、浮上する。前進しながら浮上しているのではなくてほぼ真上に向けて浮上しているようなものだ。


『浮上したらしばらく海上に留まれ。多分実弾射撃をするんだろ?それは浮上した状態じゃ出来ないからな』


「そうか、確かに反動とか凄そうだもんな」


 空中に浮遊した不安定な状態で、一斉射で艦が横転する可能性の噂すらあった46cm砲は撃てない。


 そう話しているうちに海面は近い。


『浮上による気圧調整問題なし。浮上まで残り40』


 海面の明るさが見えることからだいぶ近い。エンジン出力を少し落として、浮上からの衝撃に備えるよう二人に伝える。


『残り20』


 モニターの地図を見る限り、湾になっている街のビーチからは1.5km程離れた位置に出るようだ。造船所がある地域からは案外近いが、艦首を外洋の方に向けて浮上する。

 さあ、いよいよだ。


 そしてとうとう衝角ラムが、艦首が、輝く白い槍が海を割ってついに陽の下へ晒された。白い飛沫を上げて海より飛び出る其の姿は美しくあり、勇猛としか言いようがなかった。






「パパー!ママー!どこー!」

「大丈夫か!今助けが来る!」

「ミサイルが来るわ!逃げて!!」

「クソっ、こっちに担架回してくれ!足が折れてる!」

「担架足りないのよ!危ないなら担いで!」

「火消すのが間に合わねえ!逃げろ!」

「パピー!マミー!僕はここだよー!」


 ……どうしてこうなったんだ。なんで、こんなことになったんだ。


 夢追うために傭兵を始めてもう十五年か。仲間を食わすのと、船の設備投資の為に毎日毎日金稼ぎ。休みなんて俺たちにはほとんど無かった。だから、たまの休みで俺の故郷のこの星に来たってのに。なんでこうなるんだ!


 なんだよあの連中は。悠々とそれに浮かびやがってこっちにミサイルを撃ちまくってやがる。見える限りでも十以上、それら全てが街の至る所にミサイルを撃っている。この街は広い。生まれ育った街だからこそどれだけの大きさか知っている。


 これだけミサイル撃ち込まれりゃ建物はおろか、地下の様々なインフラまでめちゃくちゃになるってな。


 この街はリゾート地って関係上インフラに関しちゃかなり重要視している。地上に露出した物もあるが、大半は地下深くを通されて余程の災害でも無い限り停止することが無いようにされている。その設備は初等学校の遠足で見たことがある。


 だがそんな地下にあるやつでもこれだけのミサイルには無意味だ。さっき地面が大きく抉れてインフラ設備の一部が露出しているのが見えた。街中に電力を送る大送電線だった。


 ははっ、分かりやすく終わりだよな。

 この街は勝手に来やがるセレブ共のせいで軍港や軍基地が遠い。街に何かあっても軍が来れるのはまだ先。しかも傭兵が乗る船も宇宙港に置く決まりだからこの街にはねえ。今の時間、ここから車で飛ばしても二時間は掛かるかもな。


 クソっ、傭兵だってのになんも出来ねえのかよ!


 俺の足は今も街の外へ、宇宙港のある方へ向いているが、辿り着けるような気がしない。

 人が多すぎるから比較的人がいない海岸へ出ると、街の被害がよく分かった。

 建物は崩れ、爆発とその余波で燃え、あちこちで人々の混乱する声と……


 ドゴォォォォンッ!!


 ミサイルの着弾する爆音。


 ただ一つ幸いと言えるのは街が広大で、それに合わせて船も多いが、広大さ故にバラけて一点一点に落ちるミサイルの数は少ないことか。


 ……見ていることしか出来ねえ。


 船には仲間が居て飛ばすことも出来る。だが、法律で宇宙港に停泊させている船は許可が無きゃ飛ばせねえ。もしも飛ばしたら船の没収と傭兵としての無期限活動停止……つまり死だ。街救うために俺の人生賭けるほど馬鹿にはなってねえ。救いてえのはやまやまだが……


「おじちゃん、助けて!」


 そう幼い女の子に声を掛けられたのは路肩に座り込んでいた時だ。ずっとミサイルを撃ち込む船を見るしか出来ていなかった時だ。


「……どうした」


「パパとママがあの下にいるの!」


 女の子は震える手で崩れた家屋らしきものを指さした。近くでミサイルが爆発した痕跡がある。巻き込まれたのだろう……

 だがその光景はもはやこの街では普通になってしまった。瓦礫の下から赤い液体が流れ出ているのも珍しくは無い。


「無理だ。あの崩れ方じゃ……」


「私ね、知ってるの。おじちゃん傭兵なんでしょ。お金さえあればどんなことだってしてくれるんでしょ!」


 ははは、間違っちゃいねえんだけどな。改めてそう言われるとちょっと傷つくわ。しかもこんな幼い子供に。

 それに、震える手で金を出しているぞ?

 ボロボロの状態で、菓子一つ買えるくらいの硬貨を差し出している。


「お願い!助けて!」


 その女の子の絶叫とも呼べる懇願。普段ならば一蹴するところだが……


「任せろ」


 勝手に口が動いていた。本心とは全く違う。俺は今すぐにでもこの子供抱き抱えて逃げるべきなのだろう。あのミサイルの雨に撃たれる前に。

 だけど俺は駆け出してしまったのだ。同時に思い出してしまったのだ。俺の夢ってやつを。


「『人を助ける傭兵になりたい』か。人助けてえなら軍にでも行けって言われたけどよ、傭兵でやってくってのも存外悪くねえんだぜ」


 俺は無線機をオンにしながら瓦礫の下に潜り込む。瓦礫は大量にあるが、この家の箪笥が一番デカいのを支えている。そして出来たスペースに二人は居た。

 片方は脚が折れて血が止まらず呻いているが、彼らは生きている。無事な妻が行ったのだろう夫の応急処置を傷つけないよう夫婦を抱えて外に出る。そして無線の先……宇宙港に残る仲間へ船長として命令する。


「手前ら!船を出せ!法律?知ったことじゃねえ!責任は俺が取る。グダグダ言わず一人でも助けやがれ!!」


 そう叫んだ直後、


 ザバアアアァァァァンッ!!!!


「っ!?……な、なんだあありゃあ」


 海岸線に居た人達の視線を釘付けにするそれは……


 天へと伸びる白い一本の槍が海中よりそびえ立っていた。





「艦長、ミサイル第三斉射終了しました」


 砲雷官が様々な機器を操作しつつ報告を行う。そう、この船こそ眼科の街へミサイルの雨を降らせた張本人たちである。


「了解です。引き続き装填を。同様に全艦同時発射を行います」


「「了解!」」


 狭い艦橋内で慌ただしく指示が飛び交い、船は動かされてゆく。


「艦長、軍港付近で監視中の隊より報告。軍艦が発進。到着まで300秒」


 通信官が手元に通信内容をメモして報告する。軍式の報告では無かったが、この状況では一番まともな報告様式だ。


「了解しました。ならば各艦に通達、次の斉射で撤退すると」


 指示を出すのは戦闘艦らしからぬスーツを着て、モノクルを掛けた初老の男性だ。揺れる艦内でもまるで執事のように直立不動を保ち、様々な指示を飛ばす。

 濃緑の制服を着た艦橋クルーたちはその指示に従って船を動かすのである。が、そこには指示に従う以上の何か。信頼がそこには存在していた。


「了解。にしても艦長、前の作戦失敗してるのにこの作戦意味あるんですかね?」


 彼ら乗組員にとってその質問は最もだ。そして艦長である彼は双方の信頼を何よりの大事とする。自分が部下に信頼してもらう為にはまずは自分が部下に対して真摯であれと。答えられるものならば答えてあげようというのが彼のスタンスである。

 そのスタンスに則り、彼は優しく答える。


「ふむ……確かにのコロニー襲撃は失敗に終わりました。逃げ果せたあの駆逐級の操縦者、余程の腕と見えました。だからこそあの網を抜けられたわけです……実際あの作戦は失敗しましたが、かつてと違い作戦計画が多少遅れた程度。所詮第二段階が失敗したくらいです」


 質問してきた通信官に彼は答える。双方が信頼しているが故にこの口調も許されているのである。


「本命はこの第三段階から。第一段階の小競り合いで様々な国籍の艦の鹵獲、第二段階のコロニー襲撃とは規模が違う。第三段階、様々な惑星での同時一斉襲撃。対象都市はどれも大規模でありながら守護者である軍基地が遠いもの。これが完遂されればあとは第四段階の完成とその発動まで小競り合いでも起こして軍などの目を逸らしておけば───」


 気分よく話していたところに割り込むように悲鳴のようなレーダー官の報告の声。


「艦長っ!!海中に謎の巨大な影を確認!正体不明!」


「レーダー官、ちゃんと正体を確認しないとダメですよ。なんなら艦底部にいる人員に確認を」


「し、しかし……」


「確認を急ぎなさい。正確な報告をお願いします」


 気分よく話していたところを割り込まれた彼は少々機嫌が悪くなっていた。自分でも窓の傍によって確認しようと、他の人員を信用しないくらいには機嫌が悪かった。


「艦長!確認が取れました!船です!正確な大きさは未だ不明ですが、重巡級は確かとの事!」


「重巡級ですか。不運な船か、敵か。まずはそれを確───」



ザバアアアアァァァァンッ!!!



 今のは何か。すぐにわかった。水から何かが飛び出た音だ。なのにこの衝撃はなんだ。水中から船が飛び出たとしてもここまでの衝撃が来るのか?余程の速度で飛び出たとしか思えない。


「至急確認と観測を。攻撃は私の指示を待てと各艦に通達をお願いします」


 この一大事。なのに彼の落ち着いた様子を見て、艦橋に居たクルーたちは彼により一層の信頼を寄せるのだが……その実、彼はこの時何度も自分の話を中断されたことに心底イラついていたのだ!

 そう、彼はイラつけばイラつく程に落ち着いて見えるタイプなのである。


「一体何者なのですか。計画を邪魔するのは。我ら、の崇高かつ救済の計画を!」


 答えるものは……いない。




★★★★★★★★★★★★★★


もう1話投稿してあるよ!

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