ザ ネーム オブ ザ シップ イズ

 あと2話あるよ!!


★★★★★★★★★★★★★★


 さらに一ヶ月。

 とうとう調整が終わったと連絡が来た。


 オッサンからその連絡が来たのは深夜の一時。俺は楽しい夢の中だった。それはそれはとても楽しい夢でまるで竜宮城もびっくりな夢だった。

 うるさい電話の通知とそれで目を覚ました何故か俺の上で寝ていたメーデンに頭をペシペシされて目を覚ます。さらば絵にも描けない儚い夢よ。

 そんな目覚め方にもかかわらず俺たち三人はホテルの駐車場に停めっぱなしのレンタカーで深夜で空いている道を走った。深夜の首都高か湾岸線並に空いていた。

 運転するからってコーヒーがぶ飲みしながら戦闘機の訓練以来のペダルベタ踏みで走ったんだ。

 

 さすがに警察とかの前はノロノロ運転にしたが、造船所のある海岸沿いの道は警察はほとんどいない。なので思いっきり飛ばして数十分と掛からず到着したのだった。


 いつも通り造船所の敷地に入り、ドックの区域からは外れた目的の倉庫まで進む。そこからエレベーターに乗って地下にある隠されたドックへ進む。普段この時間は真っ暗のはずだが、今日ばかりは煌々と照らされその中心に鎮座するものには超巨大な布が掛けられていた。あの大きさを隠す物、一体どこから持ってきたのだろうか。


「おお、来たか!」


 布の中身を支えるでっかいアームの影から現れた見慣れたオッサンは多少やつれて目の下にとっても濃いクマを作っていた。


「オッサン……無理したんじゃないだろうな?パンダみてえになってんぞ」


「パンダァ?まあちょっち無理はした。だけどよ、意味のある無理だったぜ」


「嬉しそうに笑ってまあ……」


 わかりやすく寝不足なのか座っていてもフラフラと今にも倒れそうだが、とても達成感のある笑顔で手招きしている。

 奥へ向かうオッサンの後をついて行くと同じようにフラフラしている作業員が大勢。幽鬼の如くフラフラしていて鬼気迫る雰囲気ながらオッサン同様達成感が漂っている。


「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」


 やつれた様子のカナズチさんがパイプ椅子に座ってなにか飲んでいる。他の人たちも座って休憩中のよう。俺としては休憩も良いが寝て欲しい。呼ぶのも落ち着いてからでよかったのに。


「朝に呼んでくれても良かったんだぞ?その様子だと寝れそうにないけど」


「まあな。興奮して寝転がっても寝れやしねえ。なら呼んでしまおうってな、寝てたろ?」


「ははっ、思いっきり夢の中だ。ま、これが見れただけで眠気は飛んだよ」


 俺は布の中身を待ち遠しいように見上げる。アンジュはまだ全然眠そうだが、手を握っているメーデンはもうギンギンに目が覚めているようでアンジュを振り回す勢いだ。


「なら早速行くか。三人ともこっち来てくれ。特等席で見よう」


 立ち上がった彼に案内されたのはドック内の天井近くにある足場。体育館だとギャラリーと言ったりする部分か。

 エレベーターで百mくらい上がった場所にあって、見た目は広めの工事現場の足場だ。無いよりマシレベルのフェンスを触りながら進む。


「ここなら良いだろ……やってくれ」


 周囲を見渡して位置を確かめているのか。どうやら満足いったみたいで無線で何か指示を出す

 無線の指示から数十秒。目の前にあった布はスルスルと消えてゆく。

 何を言っているのかわからないと思うが現にそうなのだ。手品か?と言いたくなるほどに地面に垂れ下がった部分から消えてゆく。これはなんだ?


「特注の大きさで作らせた電気に反応する微粒子繊維で作られた布だ。消えてるんじゃなくて流している電流に反応して引いていっているんだ。まるで波のようにな。それよりもほら、出るぞ」


 下の方を見ると地面に垂れた布はもう終わる。そう、ついに現れるのだ。この数ヶ月の間、建造されていた宇宙船。

 

 俺の船が。


「おお……っ!」


「すごい……」


「これはこれは。待った甲斐があったね?」


 三者三葉。それぞれの感想を思わず吐き出すが、皆目は輝いている。メーデンなんて目をキラキラさせてフェンスから少し乗り出している。


 まず現れたのは白。スノーホワイトととも呼ばれる白で、人工的な光でも美しく反射して雪のように輝いている。

 形は槍のように鋭く、盾のごとく頑強。この艦の最大の武器の一つ。50mもの衝角だ。バルバスバウの位置にあって、この船のシルエットの中でも最も特徴的なものだ。


 消失の速度を増す布はどんどんその中身を露わにして行く。先頭側から消失しているようで次に現れるのは当然艦首。伊号四〇〇型潜水艦のような艦首には金色の船首像が輝いてその下には装甲の継ぎ目のようなものと魚雷の発射管が見える。


 鋼鉄で覆われた甲板は光を反射して輝き、美しさと重厚さを静かに俺に感じさせる。


 そしてわずかな時を置かずに新たな物が。

 白においては真反対、しかし統一感があって流麗さすら感じさせるその形状。

 この艦の主武装である前甲板、後甲板、前艦底部、後艦底部設置46cm陽電子連装砲が全8基16門。46cm陽電子三連装砲7基21門。総数37門。

 白の装甲に座するこの艦の濃紺の牙だ。


 次に現れたのは主砲が載せられたひな壇部分の延長にある艦橋の下に設置されている70mm単装陽電子砲8基。これも同様に濃紺の牙だ。数も口径も主砲には劣るが、連射力に長け、対空砲としてはレーザー砲と組ませることで艦上部の空を覆い尽くせるのだ。


 この艦の砲は二色に分かれる。砲塔部分は装甲と同じ白、砲身は濃紺である。まさに牙のような塗装が成されている。


 そして艦橋。

 主砲の載るひな壇状甲板の延長線上にあって、かつての大戦の戦艦のように高い部分にある訳では無い。

 1番、2番の主砲がある段を1段目とすると、4段目までが主砲、1段分単装砲用の段があってその上に艦橋が載っている。

 段の頂上にあって、見た目は装甲で覆われた細長いドーム。横から見るとクーペと呼ばれる車の種類に見える。外部を視認するための窓は艦橋前方の内、3分の1くらいの高さ位置まであって、雰囲気は第二次世界大戦時の重爆撃機コックピットの窓に似ている。ただ、本物の重爆撃機のように天井まで窓で覆われている訳では無いので視界は決して広い訳では無いだろう。

 それの補助のために艦橋の後ろ部分から短めに垂直尾翼のようなものが伸びていてカナズチさんの説明だと高感度センサーになっていて、艦橋内の視界の補助も行うそうだ。


 艦橋までが現になったら次に出てくるのは後部甲板の主砲たち。そして下の方に見える格納庫の入口。倉庫に直結しているから荷物の搬入にも使える。


 次は後部甲板の主砲のうち上にある11番、12番主砲の真下には14番砲塔があるのだけどその中間部分。

 側面装甲に膨らんだ箇所があってスリットのように見える。イメージとしては宇宙船クラスまで大きくしたF-4ファントム戦闘機の吸気口部分部分だ。フレームに沿うように作っているからかなり縦に細長いがな。でもあんなの前に無かったような?


「あれは新造した部分だ。前回エンジンを起動させた時、計算上ではエンジン冷却に問題無いとなっていたんだが、少々エンジンの出力を見誤っていたみたいでな。冷却装置の許容量ギリギリだったんだ。だから外部冷却装置としてあれを設置した。大気圏内では吸気を、宇宙空間では飛翔する超冷却された微粒子を取り込み用いて冷却する。デブリなんかは取り込まないようになっているが、万一取り込んだとしても構造を単純化することで対応しやすくしている」


 なるほど、冷却装置か。宇宙空間の温度というのはマイナス数百度と聞く。真空だから温度こそないが宇宙空間を飛翔する微粒子は冷やされる。それを取り込んで冷却を行う……宇宙世界ならではの技術だな。


 そうして最後に現れたのは船の中でもかなり目立つ主垂直尾翼とメインエンジンノズル、補助エンジンノズルだ。

 主垂直尾翼は大気圏航行時の艦体安定の意味合いと通信アンテナを兼ねている。もちろんこれが破壊されたとしてもどちらの機能も失われることは無いが、大気圏航行はかなり不安定になるそうだ。通信に関しては各所に設置されたアンテナを使うことで特に支障はないようだ。

 エンジンノズルはかなり濃い青色に塗装された物が五つ。先が窄まっていて、どれも直径が数m以上とここから見てもかなりでかい。

 特にメインエンジンノズルは艦の幅も狭まってるとはいえ艦そのものと同じだけの大きさを誇る。もはやノズルと呼んで良いものかと思うくらいだ。

 補助エンジンノズルもメインエンジンノズルと並ぶとかなり小さく見えるが、本来は駆逐級なんかのメインエンジンクラスのものを使用している。また、上下ある補助エンジンのうち、下段の補助エンジンに被せるようにこの船の主翼と呼ぶべきものが展開されるそうだ。主翼と言っても正式には大気圏内航行の補助翼らしいけどな。


 しばらくエンジンを見ている間に全て布が取り払われた。

 改めて船の全体を見てみる。まず出てくるのは、


「美しい……」


 というわけだ。

 この船の塗装は白、さっき言ったスノーホワイトがベースだ。そこに空色から瑠璃色までのグラデーションのラインが艦首から艦尾まで曲線を描きながら続く。また艦底部にはラインが絡まるようにして格納庫ハッチ部分が中央になるので、ちょうどその部分の装甲に花のようなマークをあしらっているそうだ。

 そしてさっきの主砲のように砲身など一部に濃紺が使われている。


 そのどこか統一感のある塗装がとても美しく、元から素晴らしいこの船をさらに良くしている。

 新品なので当然だが、くすみの無い白の装甲は光を見事に反射して輝いている。

 全長約600mの巨体が佇むことによる威圧感が美しさによって消えている。もっと船というのは無骨なものを想像していた。が、これを見るともはや芸術のようにも思えてくる。

 

 そして改めて思うのだ。


「ほんと……お馬鹿な船だよこれ」


「リュウ?それはいったい?」


 かなり小さく言ったはずだが隣のアンジュには聞こえていたらしい。不思議そうな顔をしている。


「いやな、考えても見てくれ。どこの世界に主砲クラスの武装を15基も積んだ船がある?」


「それは……ははっ、聞いたことがないね」


「この船は言ってしまえば戦艦級クラスエンジンの生み出す莫大なエネルギーを重巡級までの武装で消費しようってわけだ。しかもこの船は大きさに見合わず搭乗員数は約20名までを想定し、操縦とかに至っては最低人員6名で可能。人員は揃ってないが、今のところアステールの補助で戦闘も可能さ」


 一息ついて「それに」と続ける。


「部屋数とかもそれに合わせてしまえば良いのだからこの船のスペースの大半は倉庫と大量に積み込んだ各武装の固定具やエネルギー配管。倉庫も俺たちの食料や弾薬、飲料水、万一の時の予備装甲板を積んでも余裕がある始末だ」


「改めて言われると凄まじい船だね。軍なんかの船は交代要員や様々な部分を人で補っているから人数は多くなる……ここまで減らせるのも傭兵の特権だね」


 アンジュの言う通りだ。軍の艦船は大きさにもよるが、仮に重巡級なら一隻につき百名程度で運用するそうだ。

 あと傭兵だからと言って船の運用人数一桁は少なすぎる。最低でも20名は必要らしい。だがこの船にはアステールがいる。そして夜間も手動で進むつもりは無い。自由気ままに移動出来るんだからそこまで社畜じみた船の運用はしたくないのだ。それに、人を雇うとなると絶景巡りどころじゃなくなって金稼ぎばかりになってしまう。傭兵を雇うのは高いのだ。


 そう考えているといつの間にか移動していた三人から呼ばれる。どうやら下に戻るらしい。

 それに気づき俺は急いでエレベーターへ向かうのだった。


 


 下に降りるとオッサンからデータチップを渡された。この船の詳細なデータが入っているみたいで、見といてくれだとさ。


「あー、そうだ。リュウ、呼びつけておいて何だが、しばらく寝る。格納庫の入口開けてあるから入って覗いて見てもいいぞ」


「了解だ。ほんとだ、カナズチさんも居なくなってら……よし二人ともどうする?俺は少し寝ようと思う」


「私もそうするよ。メーデンちゃんは寝れなそうだからここで待ってておくれ」


「うん」


 さてと、じゃあ隅っこにあるソファで一眠りしますかね。

 お、一気に暗くなった。オッサンたちが消したのかな。まあ寝る身としてはありがたいね。アンジュも相当眠かったみたいでもう寝息を立てている。

 俺も眠い。ついに完成した船を見た事の興奮は抑えられなさそうだけど少し落ち着いたことで吹き飛んだはずの眠けが戻ってきた。なので今ばかりは眠気が上だ。というわけでおやすみなさい。




 モゾモゾ。暗がりの中動く影が一つ。なんだろうか?答えは一つしか無いのだが。


 そうメーデンである。


 彼女は皆が寝てから暫くはポットに残されたお茶を飲んだり、デバイスで動画を見たりしていたのだけどそれも二時間程度で飽きてしまった。寝ようにも興奮とお茶の作用で寝れない。

 かといってリュウとかを起こそうにも寝ているのだから無理だ。全ての行動に如何に愛情たっぷりだからと言ってそんな真似はしない。

 

 でも座っているのもつまらない。まだ誰にも言っていない蘇った記憶を思い返すのも何度もやった。あれ以上蘇ることは無いだろう。いつか、伝えなければいけない。


 ただ、今は難しいのでとりあえず彼女はてくてくと船の先端の方へ向かう。

 端まで着いたらエレベーターではなく階段を使って目的の高さまで行く。エレベーターはうるさいからね。


 目的の高さの場所には作業のためと、船の衝角の関係でかなり張り出した足場がある。ちゃんと支えられているけど少し揺れる。ただ興奮ゆえかあまり怖くなく、その上もてくてくと進む。


 そうして歩き、目的の物まであと1mという所まで来た。これ以上は足場が無いので進めない。が、ここまで来れば十分だった。


「………」


 それは人の形をしていた。


 人の形を模した加護を願うもの。

 物を模した加護を願うもの。

 どちらも物によって意味は多少違うが、根本的な意味は同じである。

 すなわち、航海安全だ。これから進む星の海。その道中で悲劇が起きませんように、と願うもの。


 彼女の前にあったものは美しく形作られた女神そのもの。

 かつて生きた地球で見たような中世絵画風の見た目ではなくいくらか現実に近い見た目になっているが、それは天へ舞わんとして片手を伸ばす女神そのものだった。

 その手は何かを求めるようで、その口は何かを伝えようとしているようで、その無機質ながら生命力溢れた瞳は何か遠くのものを見据え、欲望に満ち満ちていた。


「これは……私?」


 身体の造形はともかく、首より上の表情や硬質なはずなのに柔らかさを感じる髪の表現など、まるでかつての自分そのものの写しのような。

 だけど見た目は大人だ。何か写真でも用意したのか、わからないが何かを見て似せたのは確かだろう。

 鏡があったのなら見比べてしまう程。造り手の腕も確かだが、これのモデルが現実離れした美しさを有していたことが改めてわかってしまい、誇らしい。

 ずっと見ているとその目に吸い込まれそうになる。

 惹かれるように手を伸ばすと───


「当たりだよ。メーデン。いや……」


 後ろから声がした。

 呑まれそうになっていたのに気がついて手を戻す。

 そして彼女は振り返る間もなく反射的に答えていた。


「私はメーデン。でも、リーズだよ、リュウ」


 振り返って見ると聞きなれた声の主は暗くて良くは見えないが、そこに目元に涙を浮かべた泣きそうな顔で立っていた。




「なあ、いつからだったんだ?」


「夢を見たのは一ヶ月くらい前。まだ曖昧だったけどこの間にどんどんハッキリしてきたの。でも不思議と混ざることは無かった。それで分かったの。私はメーデン。でもリーズ。私はリーズでメーデンであるって。記憶も全て繋がってるんだ。違和感は無いよ?全部自分のものだもの」


「そうか……」


 俺とメーデンは彼女がいた艦首近くの足場に座って艦を眺めていた。このドックは外から光が入らないが、いくつか残っている灯りに装甲が反射してとても綺麗なのだ。それを二人で眺めていた。


「俺は……いやいい。ただこれは聞かせてくれ。その肉体はリーズのものなのか?」


「わからない。でも違うと思う。私の、メーデンとしての記憶はリュウにポッドから出された時から。リーズとしての記憶はあの街で終わっていて、まるでビデオを繋げたみたいな感じで繋がってるの。感覚的には魂を入れ替えたって感じかな。………嫌う?」


 彼女はこちらを潤んだ目で見てくる。全く、俺がそんなこと言わけないってわかってるはずなのに。だから俺はお望み通り頭を撫でてやる。ほら嘘泣きだ。すぐに笑顔になったぞ。

 へにゃっと笑った彼女の頭を撫で撫でしながら俺は続ける。


「まさか、リーズはリーズだ。メーデン……うーんどっちで呼ぼうか」


「どういうこと?」


「いや、メーデンってのはこの世界でのリーズの名前だ。だけどその肉体の中身はリーズの魂ということになる。つまり名前が二つあるからどっちを呼べば良いのかってな」


 つまり、この世界において中身であるリーズは肉体が新しくなり、出会った当時は記憶も蘇っていなくて、確信なんてなかったからメーデンと名付けた。だけど記憶が蘇った今は自我や記憶なんかはリーズのものだから肉体の名前を優先していいのか?ってことだ。


「それなら大丈夫」


 彼女はかつてと違ってかなり胸を張り、自信満々に宣言した。


「私はメーデン・リーズリンデ・ノワール。メーデンはこのまま名乗り続ける。リュウがくれたプレゼントだもの」


「プレゼントって……いいのか?」


「うん。女として、大好きな男に名前付けてもらえるほど幸せなことない」


「そ、そうか……」


 メーデン……いやリーズってこんな性格だったか?

 ふんすと鼻息荒く、自分はこれでいいというオーラが出ていた。


「私はこれからそう名乗る。でもいつも通りメーデンって呼んで?」


「わかった。そうだ、アンジュには伝えようと思う。大半を知っているからな」


「そうだね。話さなきゃいけない」


 夜が明けたらアンジュにも話そう。これから長い付き合いになりそうだからな。


「話は逸れちゃうけど、リュウ。この船って名前決めてるの?」


「船の名前?決めてるぞ。まあメーデンは嫌がるかもな」


「なんなの?」

 

「いやまあ……隠してもしょうがないか。

重巡級宇宙船『リーズリンデ』とな」


 多分顔真っ赤にして頭を抱え込むぞ。なにか恥ずかしい事があったらリーズはいつもそうしたんだ。


「俺の女神さまって事で付けたんだが」


「えっ!?」


 ほら顔を赤くした。凄く恥ずかしそうに膝の間に頭を埋める。それで何かボソボソ言っている。


「ほんとの女神さまの名前使えば……」

 

「なんか不敬な気がしてな。嫌なら変えるよ。これからその名前で登録されちゃうから」

 

「変えて欲しいよ……」


 そうか……いいと思ったんだけどそう言うなら仕方がない。他に名前あるかな。


「ポセイドンとかは?海だから船っぽくない?」


「船って基本女性名だ。神様とはいえオッサンの上に乗りたいか?」


「やだ」


 即答だ。メーデンもオッサンの上に乗るのは嫌らしい。

 ならばなんだろう。

 船、水、空で関連する神様……というかほかのものも。


「うーん、アンドロ○ダ」


「アウト。それはダメだ。色々ダメだ」


 まるでどこぞの破壊兵器二門備えた宇宙戦艦じゃないか。俺はあのデザイン好きだぞ。ロマンの塊だからな。


「メーデン、アストライアってのはどうだ?」


「悪くないけど……他のに使えそうじゃない?」


 アストライアはギリシア神話に登場する天体の女神さま。宇宙船に使えるかなと思ったけど、メーデンの言うように他のものに使えそうだ。例えば……新兵器とか?



 それから一、二時間ほど俺とメーデンは足場に座って船の名前を出し合っていた。色々出たものの二人揃ってしっくり来るものがない。昔の人は船の名前を決める時には地名とかにあやかると聞いていたけど、それでもなかなか難しい。


 そもそも宇宙世界の船なのだから地球の名称にこだわるのもどうかと思うが、俺たち二人のプライド的なものだ。そこまで重要視する訳でもないが、何となくそっち方面にずっと考えていた。


 すると立ち上がって近くで船をしばらく眺めていたメーデンが、口を開いた。


「リュウ、船の名前決めたよ」


「お、思いついたか。なんだ?」


「リーズリンデ、使っていいよ」


「え、マジで?あんなに嫌がってたのに?」


 この二時間くらいずっと嫌がってたのにどうしてだ?確かになんか決めた時の言い方に違和感はあったけど。


「考えてたの。私の名前が船の名前になることのメリット」


「お、おう」


 なんだ?すげー真剣な目してるけど。いや確かに彼女の名前使おうって言ったの俺だけど。


「それでね、思ったんだ。もしそれが船の名前になったら私の名前何度も呼んでもらえるって。船が大事にされるなら私が大事にされてるって事なんだなって思ったの」


 うーん?メーデン、ちょっと何言ってるか分からないぞ?

 リーズリンデは確かにメーデンの名前で、呼ぶのは当たり前だ。で、それを船の名前にすることでリーズリンデって名前をもっと呼んでもらえる。船は元より大事にするつもりだから、リーズリンデって名前の船が大事にされるならメーデン自身が大事にされていると……

 改めて言ってみないと理解できない理論だ。


「だから、この艦の名前はリーズリンデ」


 なぜかわからないが、そう言う彼女の姿に懐かしさを感じた。


 ああ、そうだ。思い出した。

 よくわからない理論を振りかざし、自信満々なその姿。

 背丈なんかこそ違うけど顔つきもそっくりで、一年くらい前まで毎日のように見ていた彼女そっくりだった。そういえば、無理やり婚約した時もこんな感じだった。


「いいでしょ?」


 服をなびかせくるりとこちらを向いて彼女は笑う。


「ああ、決定だな。この艦の名前はリーズリンデだ。そうだろ?メーデン・リーズリンデ・ノワール?」


「もうっ」


 おっと、彼女が胸に飛び込んできた。顔を赤らめた様子で、照れながらも嬉しそうだ。多分、こういうことなんだろうな。


 俺は彼女の背をポンポンしつつ耳に近づきそっと囁く。


「愛してるぞ、メーデン」


「私もだよ。リュウ」


 薄暗い中、金色の像を挟んで抱き合い、愛の言葉を囁きあう姿は、まるで絵画のようであった。




「……私が混ざるのは無粋かもね」


 寝ている場所に自分以外居ないことが気になって少し探し回って、この様子を見つけた。前から二人の間には何かあると思っていたけど、そういうことなんだね。

 聞こえない程度の大きさでそう呟き、二時間も足場の陰に隠れていたことで少し冷えてしまった身体を摩って彼女は元のソファに戻ろうとした。


 しかし、抱き合っている彼女の耳はかなりいいものだったらしい。


「アンジュ、来て」


 そう声をかけられたのだ。

 どうやら彼は気がついてなかったみたいだけど、彼女の意図を察したのか手招きをしている。


 コツコツと足場を鳴らしながら笑っている二人に近づく。


「居たのか……ならアンジュに話さなきゃいけない事がある」


 彼はやはり居たことに気がついてなかったみたいだね。ただやっぱり彼女は気づいていたみたいだね。メーデンちゃんじゃなくて……リーズだっけ?


 それから彼女は自身のことについて話し始めた。コロニー脱出の時に保護された空母の中で彼の事を聞くと同時に彼女のことについて少し察してはいた。ただ、全てを聞いた今だと……


「メーデンちゃん……違うね、リーズちゃん。辛かったね……大丈夫、誰も居なくならない。そんな傷を負ったとしても私が治してみせる。そんな辛さはもう味合わせない」


 自分でも分からぬうちに彼女を抱きしめていた。同じ女として、医官として。自らが決意を新たにするくらいハードな話だったのだ。

 私はそのまま数分間ずっと優しく抱きしめたままなのだった。

 



 アンジュに全てを話し終わった頃、時刻は夜が明け始めていた。陽が入らない秘匿ドックのなかも時刻に合わせて自動で灯りが付くようで勝手に明るくなっている。


 また灯りが付いたことで目の前の船がよく見えるようになる。

 金色に塗装された美しい女性の船首像を中心にあまりの大きさで遠近感が狂っているようで船首部分が恐ろしく横に拡がって見えるのだ。船体部の最大船腹は90m。補助エンジンなんかを含めると100mは行くようだ。


 その拡がった部分からこちらを静かに見据えているのは濃紺の砲口。二列に並ぶ主砲は地球では絶対に見られなかった光景だ。

 その奥には艦橋、そしてその脇の単装砲。戦艦を参考とするならば小口径の対空砲がかなり少ないように感じる。だがそれは間違いだ。前から見て膨らんだように見える艦体には無数のレーザー砲が格納されていて、極一部を除いて艦体の周囲のほとんどをカバーする弾幕を張ることが可能だそうだ。


 この膨らんだように見える艦体。この船の形状はフレームだけなら逆台形だ。だがそこに装甲板などを付けていくと形状は大きく変わって上底と下底の部分を残して側面は円柱のように大きな曲線を画くのだ。

 艦首から1番、二番砲塔直前まではかなりスリムなのだが、華が開くように艦の腹は広がってかなり大きい。だがそれは地球の戦艦大和なんかにも見られた構造だからそこまでおかしい訳でもない。そもそも全長がかなりある分そう見えるのも仕方ないだろう。


 そこから艦橋部を挟んでだんだん細くなっていってエンジンノズルへといくのだ。そしてここからでは見えないが艦底部にも色々とある。まずは13番砲塔。陽電子三連装砲だ。衝角ラムの根元にあって、一段凹んだ位置にあるため正面発射は出来ない。

 その後ろに88mm電磁投射砲を格納している装甲部。格納庫ハッチとほぼ一体化していて、電磁投射砲展開時は格納庫ハッチの前に降りてくるような位置になる。そしてこの船の一番大きなハッチである格納庫ハッチ。まるでF-16戦闘機の吸気口のように下側に張り出していて、通常時は隔壁とシャッターなどで覆われているが、ドックにいる今は解放されている。

 そのさらに後方に14番、15番砲塔。こちらは横に並んでいる訳ではなくて地球の戦艦のように縦に並べられている。


 艦底部にもレーザー砲やミサイルポッドがあって、それら全て真下に向けられていると言うよりは斜め下と言った方が良い。理由は電磁投射砲の邪魔になったりする関係だ。


 これが、この世界で新たに生まれた俺の船。リーズリンデである。

 この船が初めて動く時も近い。

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