バトル・ライオン

「朝だってのに蒸し暑ぃ……」


 時刻は朝六時。俺はミヤさんからこの時間に第三訓練場に来るように言われていた。ここはいくつか訓練場があるが、一番広いここはどうしてもこの時間しか押さえられなかったらしい。

 でも俺の卒業試験が朝日と共にってのも悪くない。


 そう、今日は教習最終日。長いようで短かった一週間も終わりなのだ。それはつまりミヤさんの眼福なお姿ともお別れって事なんだが……


「にしても、なんで人がいるんですかねぇ」


 俺がいる第三訓練場には俺と、俺が乗る訓練機と何故か大勢のギャラリーが詰めかけていた。

 ここの卒業試験は模擬戦形式でやると聞いているから賭けなんかも行われている。俺が所属していた間は卒業試験は行われていなかったが、いつもこんな感じなのか?


 朝っぱらからザワザワして賭けなんかしてるんだからどこぞの地下で作業してそうなもんだ。試験じゃなきゃ混ざってみたかったけど俺が主役の試験だからな。とりあえず訓練機に乗り込んで待機する。


 戦闘機の起動は案外簡単だ。というか車並み。訓練機だからってのもあるが、機体に付けられた鍵刺して起動用パスコードを打ち込むだけ。本来ならば脳波での本人確認がされるみたいなんだけど訓練機だからそれは無い。

 ヘルメットを被って外の映像が網膜に投影されると同じ頃に激しい吸気音が聞こえ始める。この機体のエンジンが動き始めたのだ。


 思考制御や操縦桿で腕など各部分の動きを確認していく。模擬戦中に問題あって動けませんじゃお話にならないからな。


 各計器の値もインプットされた教本に出てる通り。銃器の弾数はマガジン四つ分。センサー感度も良好……


 指差し確認で何度も値を見直す。


 六時半開始で残りは五分。それまで俺は同じことを何度も繰り返していた。

 緊張すると、今までの復習みたいな感じで何度も一連の流れを繰り返してしまうことってあるよね。そんなことだ。


 センサーに反応有り。


 視線を向けるとズームされ、対象物がはっきり見える。

 二百メートル位先のゲートが開きそこから何かが歩いてくる。

 戦闘機が歩くにしては音がしない。訓練機のようにうるさくないから絶対にやばい機体が来るぞ……


 模擬戦というからには相手は戦闘機で当然なんだが……


 レーダーに出てる相手が問題なんだよな。いや状況的には分かってるんだけどさ。

 ライオン、そう文字が出ている。


「ははは……ミヤさん、そりゃあ無茶だろうよ」


 現れたのは……


『教官ミヤ、推して参る!』

 耳に聞きなれた声が聞こえると同時にそれは構えた。


 それは、手に銃器を。背中に長剣を携えた白銀の獅子たる機体であった。



 


 同時刻、第三訓練場観客席。


「あ、あのー、これって模擬戦なんですよね?どうして訓練機以外の機体が?」


「そうか、お前は知らなかったな。あいつこれが休暇明けの初仕事みたいだからな……この模擬戦は言わばあいつから教習を受けた奴の伝統みたいなものだ」


 観客席では眠そうな若い職員とベテランの職員が二人で観戦していた。どうやら片方はこれを見たことがなかったらしい。


「こんなに集まってるのも半年ぶりの伝統行事だからってのもある。にしても、まさか格納庫が開くとはな」


「え、それってもしや……」


「ああ、三番ハンガーの中身だよあれが。うちの姫さんの専用機。俺も見るのは二度目さ」


 この模擬戦は伝統なのにあの機体は二度目?どういうことだ?そんな目をしている若い職員にベテランは笑う。


「簡単だ。今まであいつの教習を受けた奴ほとんどはあの機体を出させるまでの実力は無かったのさ。卒業試験自体はあの機体を出させた時点で問答無用の合格。あとは姫さんの自己満足だけだ」


「じゃあ相対している戦闘機乗りは……」


 訓練場では2機が近づいて何か話しているようにも見える。


「相当のもんだろうな。訓練の様子は少ししか見れんかったが、もしもあいつが実戦に出たならどうなるか」


 ベテランの目が細くなる。若い職員にはそれはある種の警戒と見えたが……?


「だが、相手は姫さんだ。どんなに天才でも勝てんよ」


 それは確信しているようでどこか、恐れているように若い職員は感じ取れた。


 視線を訓練場へ向けるとついに獅子と機械がぶつからんとしていた。

  



 昇る朝日を反射して、その身は大地に投影し、煌めき歩むは白銀の獅子。


 獅子を模した雄々しい頭部、本物の四肢の爪のように装甲は鋭く、鬣の如く肩部装甲は広がり、力を示すように機械の腕は太く足は力強い。その全てが強者であると叫んでいた。


 その機械の腕ではそれぞれ巨大な銃を握り、それを構え明確な殺意が向けられる。

 百mほど空けて向かい合った俺たち。カウントまでの間に相手の機体を観察する。


 なるほど。機体はともかく武装は訓練用のも───


 地面に土煙っ!

 反射的に機体を右へ。


「無線は無し……いきなりかよ」


 そりゃあ模擬戦言うくらいだから実戦通りってのはわかるけどよ!

 俺は自分でも知らずのうちに笑いながら思考を機体の隅々まで巡らせる。


 俺はスラスターを動かし一気に後退、俺の意思の宿った機械の腕に機関砲を握りしめミヤさんの機体を照準する。


 コールサイン、ライオンのミヤさんの機体……めんどいライオンでいいや。


 ライオンは滑るように俺の照準を避け左回りで回り込んでこようとする。

 姿勢制御スラスターだけで機体を動かして照準をズラさずそのまま発砲。

 当たると思った。だが、ライオンは機体の性能でその弾を避けこちらへ近づき、お返しとでも言うようにどこを狙っているのか悟らせないように発砲している。そう判断した時にはもうその瞬間瞬間スラスターの青白い光と共に肉薄されていた。


 思考制御で弾くように機体を動かして闘牛のイメージでライオンの突進を避け──


「なっ!?」


 ライオンは武装を手放して俺の機体の腕を掴み、地面に叩きつけようとした。した、というのは俺がスラスターで機体が倒れないようにしたからだ。


 ギリギリのところで体勢を戻して、各部スラスターでライオンごと回転し、振り払いながら足の動かしでしっかりと地面を掴みバランスを戻しつつ距離をとる。

 ズガガッと地面を擦る振動がコックピットまで来るが怯んではいられない。


「ふぅ……ガッツリ掴まれてなくて良かった……」


 戦闘機は思考制御、すなわちイメージで全て動かすことが出来る。機体をこう動かしたい、そう思うだけで機械の指一本まで動かせる。というか、今俺は操縦桿は握っているだけで動かしていない……


 スピードスケートのように滑りつつ速度で振り切るつもりで後ろ向きに動きつつ銃を連射する。

 対してライオンは銃器など気にする様子もなく突っ込んでくる。当たった弾なんてあちこちに弾かれていくのが見えている。外の音はスラスターの音とかで聞こえないが、多分カンカン弾く音がしているんだろう。


 っとあぶねえ。速度でもこっちは負けてるんだ。また掴まれたら堪んねえ。


 今度は手に持った銃器でこちらを突き刺そうと速度を乗せた突きを放ったライオンだが装甲を擦った程度でかわせた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 この後退しつつ突きをかわすまでの動作で一息。


 この間にもこちらの銃は弾を吐き出し獅子を止めようと奮戦するが意味もなく。対してあちらの銃撃はこちらに軽微とはいえ確実にダメージを蓄積しているが……まだ無視はできる。

 さて、模擬弾とはいえ千数百発を受けてもビクともしないライオン。はっきり言って古代の獅子狩りの気分だ。自分の手段が何一つ効いていない……


 操縦桿を動かす暇さえ与えてくれない。これが本当の軍人か……そりゃあ俺みたいな初心者が抗えるもんだとは思ってなかったけどさ。でも見た感じミヤさん全力でこっちを仕留めに来てるんだよな。見たことない機体だし大方あの三番ハンガーの中にあったんじゃないか?だとするならば期待には答えないとな!


 獅子へ向きながら後退していた機体を反転、ライオンに背を向けてほぼ飛びながら距離をとる。瞬間的なスラスター噴射だからライオンは咄嗟にこちらを追随する動きをとった。

 が、俺は反転して進む以外にスラスターは使わず、噴射したのもわずか数秒。すぐに速度は落ちて左右へ動きを振りやすくなる。

 対してライオンは速度が乗ったままこちらへ突っ込んできたから進路を変更することが出来ない。

 さっき俺はスラスターで進んだ直後に惰性で動きながらすぐに右へ動いた。つまり、ライオンは俺の左側をものすごい速度で通過したのだ。


 その背中へ連射してわずかでも動きの低下を狙う。足を地面につけて固定砲台のように微妙に照準を調整しつつ撃ち続ける。もっとベテランなら動きながらでも出来るんだろうけど俺にはこれで精一杯。


 だがほんの数秒でその場から離れてライオンから距離をとる。これの繰り返しだ。

 この数分間ライオンと戦闘してわかったのは接近したら負けということだけ。銃撃こそ双方し合っているが意味があるのか分からなくなる。

 あまりの高速戦闘にペダルとか操縦桿で操作なんかしてられない。それだけ相手は早い。


 同じように固定砲台のように撃ち、接近されたら離れるを繰り返していた時だった。しびれを切らしたのかこちらが離れて止まろうとした瞬間に足を弾くように射撃、わずかなブレが発生し、すぐに持ち直したがスキが出来てしまった。動きが止まったこちらへ突っ込んでくるライオン。


 この戦闘でそのスキは致命的だ……っ!




「すごい……」


 観客席で若い職員が興奮したように拳を握りしめて戦闘にのめり込む。


「ああ、ほんとナニモンだあいつ。姫さんともう五分はやり合ってるか。引き撃ちだがそれでも姫さんが攻めきれてねえ。それに所々確実に当てるために止まっているが、それも有効だ。理解してるのかどうなのかはわからんが」


「そういえば先輩、この模擬戦って勝敗はどうやって決めるんですか?」


「そうだな、ものにもよるが基本は相手に致命傷になりうる攻撃を当てた場合になる。この模擬戦ならばどちらの攻撃も致命傷判定はでない。致命傷判定になるのは頭部、またはコックピット周辺への連続した攻撃。高威力の武装を使ったのならばその限りではない。あとは長剣だが、突き刺すなりどこかぶった斬るなりすれば致命傷判定にはなったはずだ」


 模擬戦というのはローカルルールも多いが基本は致命傷の取り合いである。先に致命傷を与えれば勝ちという単純なものだが、実戦形式のため有効である。


「なるほど……今は二人の実力が拮抗していってことですね?」


「馬鹿言え。んなわけねえだろ。姫さんが攻めきれてねえのは事実だが、それでも圧倒的にあいつの方が弱い。引き撃ちの選択したおかげだ。ま、模擬戦ってのもあるし姫さんもいくらか遊んでる」


「そうなんですね……ならもっと掛かりますか?」


「いんや、姫さんの性格的にそろそろ決めに行く。姫さんの模擬戦は五分が限度だからな。特に朝は」


 そういうベテランはこれから起きる戦いに期待しているようだった。




 撃ち続けてマガジンは既に二つ消費、空のマガジンを放棄して新しいやつを装着し直すまでは攻撃出来ない。これも隙になるが、さっきの大きな隙は機体同士がぶつかりかける事態になった。

 火花を散らし轟音を立てそれぞれの装甲を擦り合いながら交錯する。


「くぅッ!」


 凄まじい振動で生じた機体のバランス喪失はコンピュータが制御を俺から一時的に奪い取って立て直すことで解消、ライオンはぶつかった時の速度のまま訓練場の外側を大きく回るように移動し、こちらへずっと銃口を向けている。が、なぜか撃ってこない。


 機体をすぐにライオンが動く位置に対しての対角線上に移動させ、それぞれ同じ方向に円を描くようにして動かす。


 余裕と呼べるほどのものでもないが、ライオンからの攻撃はまだ軽い。今のうちに銃器のマガジンの交換を行う。銃器からは自動でマガジンが吐き出される。

 背中のウェポンラックに備え付けられたアームがマガジンを掴み脇の下を通す形で装填を行う。どうしてもその機構の関係上数秒は掛かってしまう……


 俺は速度を上げてライオンからの攻撃の前に出て側面から銃撃するようなイメージで機体を動かす。


 背中のウェポンラックが手持ちの銃器にそれぞれマガジンを装着し直したのを確認し、再度発砲。

 先程のイメージの通りに攻撃しているが、相変わらず弾かれてるからもう諦めた方がいいんじゃ?と思い始めた頃だった。


 しばらく双方円を描くように発砲し合っていたのだが、突如ライオンが発砲を止めて前後に加速減速と不規則な動きをし始める。各部にブースターを付けた戦闘機でないと不可能な動きだ。

 その時だ、ライオンから色々と物が落下する。それを見て俺は警戒を強める。

 ライオン……ミヤさんの戦闘機だが、相手は見るからに高性能な機械。誤操作ならばともかく、背中のウェポンラックのほとんどと両手の銃器まで一度に落とすことは無いだろう。


 センサー類を表示するモニターなどを見てもライオンには変化がない。ただ、軽くなったようには見える。

 そうしてライオンが新たに武装として手に取ったのは背中のウェポンラックに残されていた長剣。それを二本。両手にそれぞれ持ち右手を前に構えて円を描く動きを突然止めてこちらへ突進してきた。九十度の動きをされたから俺は少し反応が遅れる。極短時間で肉薄されライオンは二剣を左右に振り切った。後ろに飛び退くように回避し、機体に大きなダメージを与えられることは避けた。が、同時に両手に持っていた銃器は破壊されてしまったのだ。


「くっ、今度は接近戦かよっ!」


 武装が破壊された今、盾にできる武装は無く俺の両手が剥き出しだ。如何に戦闘機と言えど、脆弱とされるマニピュレータでさえ大気圏に突入出来るほど頑丈だとしても。あの鋭い剣戟は防ぎきれない。


 かの宮本武蔵のように二刀流でこちらに隙を与えぬ剣戟を繰り出し、こちらはジリジリと後退しつつ避けるしか出来ない。左、右と一歩ずつ下がりスラスターを動かして浮かび上がることも出来ない。助走距離こそ必要無いが出力を上げるための時間が無い。

 そして落ちることの無い剣戟速度。あの腕には大きな負担がかかっているはずなのに。


 本来二刀流というのは片方を防御に使い片方で一撃を加えるための物だ。だがこちらは攻めることが出来ない以上守る必要すらない!


「くっ、背中の長剣も取り出せねえ……腕にも剣とかあったら……」


 そう吐き出した時だ。それは単なる感情の発露で特に意図した訳でもないが、俺の乗るこの機体はそれを待ちかねていたかのように腕の装甲を稼働させた。


 ライオンの鋭い二本の同時攻撃に俺は頭の前で両腕をクロスさせることしか出来なかった。


 ガキィンッ!!!


 先の銃器と同様に切り裂かれると思っていた。この戦いで双方で初めての明らかな損傷になると思っていた。


 だが違った。硬質な音で反射的に閉じた目を開けるとまだ戦いは続き、俺の機体は前腕部より飛び出た短剣でライオンの長剣を防いでいた。

 無意識のうちに俺の足はスラスターのペダルを踏み続けて、さらに先程のコンピュータが足を動かして辛うじて後ろに倒れるのを防いでいた。腕は操縦桿を押し込んで長剣を抑え込んでいた。


「こなくそ……っ!!」


 改めて思考を機体の全てに巡らせてコンピュータ任せではない俺の意思で機体に一歩踏ませる。金属が軋むような音とともにパワーの差でこちらが圧されているがライオンは前に進もうとする力でこちらを押し込んでいる関係上、地面を直接蹴るように右へ急速に移動すれば!


 勢いのままライオンは横を通り過ぎて長剣でブレーキをかける。パワーのある機体の欠点だが、その分制動性もあるわけで。すぐにこちらへ反転し向かってくるまで十秒と掛からなかった。が、背中の長剣を右腕に装着するのには十分な時間だった。


「はぁ、はぁ……気がついたら機体、ボロボロだな……ははっ」


 今の右への回避で大きな負担を掛けたつもりは無かったがどうやら今までの戦闘で負荷が蓄積されていたらしい。というか、今までの銃撃などの攻撃。当たっていても大したダメージにはならないと無視していたけど、無視しちゃ不味かったみたいだ。

 さっきの長剣での押し込みで関節部のアクチュエータを初めとして様々な部分が悲鳴をあげている。ミヤさん、多分これを狙っていたな。卒業試験として俺に様々な動きをさせつつ、こちらに銃撃して各部分に少しずつダメージを与えていく。そして全身に通る大きな一撃を与えることで一斉に各部の限界を越えさせる。よって行動は厳しくなる。


 モニターには頭部と胸部を除いて全身レッドアラート。ジェネレータにはほとんど攻撃されていないから出力は安定しているが、機体が満足に動かせるかと言われたら無理だ。まともに動かせるのは剣なら一刀のみ。


 ライオンが膝を曲げて構えた。スラスターの光が強くなる。

 ならば俺も同じように構え出力を上げていく。


 双方スラスター出力が限界まで高まったと同時に飛び出した!


 わずか百メートル弱。すぐに機体は接近し……俺は無我夢中で剣を奮ったのだった。




 それは一瞬だった。

 スラスターにより土煙が舞い上がり最後の瞬間を覆い尽くす。聞こえたのは音のみ。何かが切り裂かれるような、そんな音だった。


「な、何が……」


「剣がぶつかった音じゃねえ。大方姫さんがあいつの機体の装甲ぶった斬った音だと思うが……土煙が晴れねえとな」


 ベテランは最後まで油断出来ないと真剣な目で土煙の先が現れるのを待つ。


 全力のスラスターの爆発力が二機分、さらに激突時の衝撃で発生した土煙はそう簡単には晴れず、観客席にいる面々はその瞬間を固唾を呑んで待ち続けた。


 本来戦闘機からするはずのない音だったのだ。どのような勢いで剣を振ればあのような音がするのか。あの専用機を相手にあそこまで善戦したのは何者なのか。観客の興味は尽きなかった。


 そしてついにその時が訪れた。


「な、んだありゃあ……」

「嘘だろ……ぶった斬ったのは……」


 土煙が僅かに晴れ、その内側をさらけ出した。


 そこには胸部を左手の長剣で貫いたライオンと、右腕を振り抜いた状態で機能停止した訓練機、そして……


「まさか……だと!?」


 胸部を貫こうとした腕が足元に落ちているその光景は全員を驚かせた。

 審判さえもその光景を前に固まっている。


 すると、審判の代わりに他の職員が前に立った。


「この模擬戦、規定に従い、勝者は教官ミヤとする!」


 あくまでも模擬戦のルールに従った結果である。

 片腕喪失と胸部の完全破損。どちらが大きな被害かは一目瞭然である。

 一部からはブーイングもあったものの、ほとんどは機体の被害状況からその結果に異論はなかったのだった。





「はぁー、やっと終わりか。これでミヤさんともお別れ。あの格好を見れなくなるのは残念無念」


 乳袋、臍のラインまではっきり出ているある意味ロマンの塊なミヤさんはあのあと少し話しただけでその後会えていない。

 俺はと言うと問答無用で合格。免許の発行するからその間に荷物を纏めておいてくれとのこと。このカプセルホテルみたいな部屋でしたことなんて寝るくらいだからな。記憶なんてほとんどない。訓練用の耐負荷装備は既に返却したから新しいのを買う必要がある。

 カタログ見てると案外デザイン性良いのも多くてこれから戦闘機を所有する身としては嬉しいことだ。

 それにもう一つ。建造中の船の装甲が最低限張り終わってここから武装を購入して組み付ける必要があるそうだ。宇宙船とだけあって艤装のタイミングも俺の知る船とは違うようだ。


 メーデンも寂しがってるだろうからな。とりあえず今日は帰って豪勢な飯でも食いに行くかね。


 そんなことを考えながらスーツケースに荷物を詰め込んでいた時だった。


「さっきぶりだな。リュウ」


「ん?あ、ミヤさん。どうしたんですか?」


「これをな」


 私服に戻ったミヤさんは何が大荷物だが……とりあえず何かカードみたいなのを渡してきた。


「戦闘機の免許だ。元々、私にあの機体を出させた時点で合格は決定していたんだがな。あんな結果だ。文句なしってとこだな」


 なるほど……


「さてと、じつはこう話しているが私もあまり時間が無い。だから手短に話すが、私は今回の模擬戦でこことの契約が切れたから別のところに移動することになった。同時に軍から少々呼び出しが掛かったからそちらに出向くことになる。本当なら君の船に乗っても良かったのだがな。仕方がない。だからまた会うと言ってもしばらく先になりそうだ。だけど連絡先は教えただろう?何かあったら連絡するといい」


 この前、食事中にミヤさんの連絡先は聞いていた。電話みたいなものだけど、星間で連絡できるというのだから驚きだ。あとその大荷物、どこか行く用だったんですね。


「契約が……分かりました。ここに来ればまた会えると思ってましたが、残念です。でもまた会う機会はありますよね」


「ある。いつかはわからないがな。それまで……」


 するとミヤさんは俺に近づいて自身の顔を俺の真横まで持ってきた。フワッと良い香りがするが、それを超える衝撃が襲った。

 そして吐息とともに彼女は口を開き、


「それまで、私の席は空けておいておくれよ?」


 そっと彼女の唇が俺の耳に触れるか触れないかくらいの距離で、俺以外の誰にも聞こえないくらいの大きさだった。

 やたら色っぽい口調にゾクッと来たが、何か言う前にミヤさんは笑いながら荷物を持って行ってしまった。


 そして、その部屋には顔を赤くした俺が立ち尽くして残るのだった。





 それから、色々手続きを終えてバスに乗って先に行ってしまったミヤさんを見送った後、俺はバスのロータリーみたいな所で人を待っていた……はずなのだけど。


「やーやー、一週間ぶりだね。免許は取れたかい?」


「連絡入れてねえのになんで来れてんだ二人とも」


 そこにはアロハみたいなシャツと短パンを着て星型のサングラスを掛けたアンジュとメーデンがこの前の旅行で乗ったような車で迎えに来ていた。というか、運転出来たのな。


「メーデンちゃんがこれくらいの時間だったと言ってね。面白そうだから来てみたんだ。そしたら大当たり!いやー、愛されてるねえ」


「そりゃどーも」


 俺は荷物を積み込みつつ彼女と会話する。メーデンは建物に夢中だ。


「で、私に愛は……」


「メーデンがもう少し成長してからな。はぁ、初対面のアンジュが懐かしいよ」


「そうは言ってもねえ。そうだ、このまま造船所まで行くかい?それとも戻る?」


「いや、行っちゃってくれ。オッサンから呼ばれてるんだ」


「りょーかい」


 マニュアル指揮のようにアンジュが脇のレバーを動かして車が前に進み始めた時だ。


「リュウ、他の女の匂いがする。誰」


 助手席で後ろを向いて目から上だけ出したメーデンがものすごいジト目でこちらを見ていた。

 椅子を横から両手でガッチリと掴み、ぎゅうううっとしている当たり今にも中の綿が飛び出てきそうである。そして俺も彼女の視線で今にも腸が飛び出てきそうな程に胃が痛い。

 

「誰。答えて」


「あ、あのだな。その〜」


 他の女の匂いって絶対に最後のミヤさんのだろ。確かにフローラルなすっごいいい香りだったよ。正直幸せだったよ。だけどそれも一瞬だしもうだいぶ落ちてると思ったのに!


「きょ、教官が女性でな。さっき卒業祝いで飯を……」


 半分パニクりながら彼女に弁明を続ける。


「ダウト。もっと近い。30センチ以内には近づいた。答えて」


 うそーん。メーデン?なんでそんな細かな距離までわかるの?密着してたしミヤさんの立派なお胸が確かに俺の腕に当たってたけども!

 あー!メーデンの目からハイライト消えてきたぁ!


「答えて。私のこれからに関わる」


「くっ……」


「答えちゃいなよ〜、どうせ私たちと同類なんだろうし」


 同類?どういうことだろうな。

 なんとなくわからないながらも俺は降参と言うように両手を上げた。


「俺の負けだ。メーデンの言うこの匂いはミヤさん、教官だった人のだろうな。ちょいと近くで話す機会があってな……」


 それからというもの、造船所に到着するまでよ数十分の間ずっとメーデンの目に攻められることになるのだった。



★★★★★★★★★★★★★★


もう1話投稿してあるよ!

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