第7話 読み切り》 人形探偵記

 水曜日 神楽高校 午前十一時五十三分


 女は学校内で特に物が散らかっている倉庫の扉を開けた。

 中に入った瞬間に目に飛び込む山のような段ボール。女はこれを一つ一つ掻き分けながら進んでいった。

 これらは学校の備品が入っていたり、授業の教科書などが入っていたわけではない。

 この倉庫を住まいとしている、通販好きな人物の賜物だ。


 名前:上杉塔子

 性別:女

 年齢:25歳

 職業:教師


 以上が現在段ボールをどかしている彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからは塔子と呼称する。

 塔子は何度か倒れてきた段ボールの下敷きになりそうになりながらも、倉庫の奥にいた人物に話しかける。


「あの……ちょっとレイネシア、さんの……知恵を借りたいんだけど……」


 人形のような白い肌と、濁りの無い金髪の少女は、椅子に腰を掛けながら塔子の方を向いた。


「生憎だが、私の貸し出しキャンペーンは行っていない。曲がりなりにも教師を続ける脳があるのなら、そっちを使いたまえ」

「ちょっと、こんなものだらけの場所まで来た人に向かって!話くらい聞いてくれたって良いでしょう!!」


 名前:レイネシア・ハーン

 性別:女

 年齢:18歳

 職業:学生


 以上が人形のような容姿をした彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはレイネシアと呼称する。


 レイネシアはイギリスからやって来た留学生である。

 しかし、日本の高校三年生を遥かに超越する頭脳と、極度の人見知りな性格のため、この倉庫に住んでいる。

 学校なのだから『住んでいる』というのはおかしい話だが、とにかく住んでいるのだ。

 最初の頃こそ学校の生徒達がこぞって見に来ていたが、彼女の人見知りでひねくれた性格が災いし、今ではここに来るのは塔子くらいである。


「で、どうしたと言うんだ?私はやっと通販で届いたドグラ・マグラを読むので忙しいのだが?」

「何てもの読んでるの!?あぁもう、勝手に話させてもらうからね!!実は昨日の夜、英語担任の佐川先生が階段から落ちたの」


 佐川先生とは、この学校の英語教師の名前である。

 彼は提出物関連にとても厳しい人で、一度忘れるだけで補修や留年になってしまうことも珍しくなかったそうだ。

 その事が有名で、あまり授業に出ていないレイネシアでも、彼のことは知っていた。


「その話なら私の耳にも届いている。確かそれは、佐川先生の不注意だったのでは?」

「えぇ……本人もそう言ってたんだけどね。実は今日、転校生の男の子が来たの」


 急に話を変えたまま、塔子は続ける。


「何故か……その転校生の子が佐川先生を後ろから突き落としたっていう噂が流れてるの!!」

「はぁ?その転校生が来たのは今日、つまり先生が転げ落ちたあとじゃないか」

「あっ、でも学校案内とかで昨日来てたの。それに、最初に佐川先生を見つけたのもその転校生の子で……。その子が来た時間帯も、もう生徒は皆帰った時間帯で」


 怪しまれる要素しかなかった。

 他に容疑者もいなければアリバイもなく、第一発見者。

 実際の事件で、第一発見者が事件の犯人の確率は、多く見積もって三パーセントほどではあるが、考える力の無い高校生ならばまぁ疑うだろう。


「つまり塔子先生は、私にその転校生の疑いを晴らせというんだね」

「そうなの!!だって証拠もないのに疑われて可哀想で……」


 状況証拠なら十分すぎるほどあるがね。

 レイネシアはそう思いながら、その小さな体を立ち上がらせ、スカートのシワを伸ばした。


「まぁどうせ暇な身だ。引き受けようじゃないか」

「学生なんだから授業に出てよ。制服も着て来てるくせに」

「日本人の目が怖いからやだ。あと、制服なんて面倒なもの着てるのも、こうしないと学校に入れてくれないからで……」

「レイネシアさん、なんで留学してるの?」


 レイネシアは目をそらした。


「こほん、今の話を聞く限り、二つの疑問点がある。まずはどうやって階段から転げ落ちたか、だ。普通に足を滑らせたのか、何かを踏んだのか。突き落とされたは無いだろう、嫌でも気づく」

「もう一つは?」

「その噂の出所だよ。流れるなら、流した人物がいるはずだ。それに、目的も気になる」


 イタズラだろうがね、とレイネシアは呟いた。


「それじゃあ、まずは噂を流した人を見つけるのが最優先?」

「転げ落ちた方法なんて調べられるはず無いし、まぁそうだろうな。それじゃあ任せた、私もやることがあるから」

「あっ、噂を流した人探し手伝ってくれないの?」

「だから、怖いっていってるだろう」


 ***


 どんな人と会うときでも、六人に聞けば会うことが出来る、六次の隔たりというものがある。

 塔子はいまいち信じていなかったが、その考えは覆された。

 噂の出所を探るなんていう作業に不安は感じていたのに、六人に聞くだけでたどり着いた。

 噂を流していたのは二人組の男子学生であった。

 スポーツカットで背の高い方を涼太、クセっ毛でメガネを掛けている方を周介といった。

 まず最初に、塔子は涼太に尋ねる。


「えっと、どうしてこんな噂を流したの?」


 少年二人は互いに顔を見合わせた。そして、何か決意したように塔子の方を見た。


「先生……俺見たんです!!転校生が佐川先生の靴にナイフで細工してるの!」

 と涼太は言った。続いて周介も

「僕も見ました!それだけじゃなく、転校生がビー玉を階段に置いてるのも!そして佐川先生が落ちて転校生が助けたあと、そのビー玉を片付けてたんです!」


 その言葉を聞いて、塔子の視界がグニャリと揺れた。

 何かの間違いだと叫びたくなってしまった。

 しかしそれを証明できるはずもなく、話だけ聞いて、すごすごと逃げるようにその場を去った。


 ***


 同刻。

 レイネシアは噴水に腰掛ける少年を見ていた。件の転校生である。

 こっそりと塔子のポケットから拝借した彼のプロフィールを見る。


 名前:東大河

 性別:男

 年齢:18歳

 備考:両親の仕事の都合により転校


 以上が彼のプロフィールである。名前が判明したため、ここからは大河と呼称する。

 大河が本当に無実なのかを定めるために来ているのだが、レイネシアには一人で噴水の側で食事をとる、ぼっちという印象しかない。

 思わずブーメランを投げた気がした。


 このときレイネシアはすでに、真相に目処はつけていた。それを証明するために、くしゃくしゃに丸めたティッシュを、大河に向かって投げた。


「いっ……!?」


 クリーンヒット!!

 レイネシアは急いで近くの草の中に隠れた。


「何だよこれ……もう、変な噂がたって一人だっていうのに」


 独り言も多いらしい。

 大河は地面に落ちたゴミをポケットの中に入れると、そのまま学校の中に戻った。


「……ゴミなんてそのままにしておけば良いのに」


 あと何回か試してみよう。

 レイネシアは、誰にも見つからないように学校に入った。


 ***


 ――倉庫


「……という訳で、涼太くんも周介君も嘘は言ってなかったの。用務員のおじさんに聞いたら、ビー玉を持ってきた大河君に、ビー玉を捨てるように頼まれたって言うし……」


 と、塔子はがっくりとうなだれる。

 対しレイネシアは、椅子に腰掛け、クッキーを片手に、通販で買ったというドグラ・マグラを読んでいる。


「ねぇ聞いてるの!?」

「聞いてるとも。やれやれ、最後まで結局私の予想通りだった。少しは仮想染みた不可解な事件にしてもらいたかったよ」

「ちょっとなにその適当な返事!!全く、人がこうやって頑張って……え、犯人わかったの?」

「誰が犯人かはわからなかったが、塔子先生のお陰で確信した」


 肘をつきながら退屈そうにレイネシアは言う。

 そんな彼女に、塔子は詰め寄った。


「だ、誰っ!?犯人は誰なの!?」

「その前に塔子先生、佐川先生が怪我をしたとき、何か課題は出てたか?」

「えっ?そう言えば出してるって、佐川先生が怪我をした日が期限だって……それが?」

「佐川先生はとても提出物に厳しい人らしい、私でさえ知ってる。そして、もし課題をまだ終わらせてない生徒はこう思うだろう。先生が来なければ期限が延びるのに、とか」

「あぁー、私も考えたことある……。え?」


 良くない予想が頭をよぎった。それは当たりらしく、レイネシアは淡々と続けた。


「本気で怪我をさせるつもりはなかったんじゃないか?仕掛けが杜撰と言うか、単純だ。まず周介は佐川先生の靴にナイフで細工をした。そしてそれを涼太は見た。対して涼太は階段にビー玉をばらまいた。そしてそれを周介は見た。大体、佐川先生は生徒が皆帰った時間帯に怪我をしたんだ。学校案内で残ってた転校生以外に、その二人が残っているのはおかしいだろう」


 レイネシアはまた、新しいクッキーを手に取った。


「じゃあ……二人が大河君のせいにしてるのは?」

「まさか怪我を本当にしたとは思わず、怖くなった二人は、利害の一致ということで話を合わせた。自分達は何もしていない。だって何かした犯人を見たんだから、とな」

「あっきれた!!」


 塔子の心からの叫びである。


「じゃあどうして大河君はビー玉を拾ったの?そのままにしておけば証拠になるのに」

「それは、あいつの性格じゃないか?」

「性格?」

 塔子は首を傾げた。

「昼間、あいつの近くに何度かゴミを落としてみたんだが、それを全部拾っていた。落ちているものを見過ごせない綺麗好きというか何と言うか……とにかく稀有な性格をしているんだろう」


 確かに日本人は几帳面な人が多いが、そこまで真面目に拾う人はいない。

 ただ、塔子は違うと思った。

 危ないから、また転ばないようにしよう。綺麗にしよう、倒れている人がいたら声をかけよう。

 彼は恐らく――


「優しいから、かな」

「理解に苦しむよ、塔子先生」


 塔子の言葉に、いつも通り悪態をつくレイネシア。

 しかしどこか、全てを否定しきれない何かが

 垣間見えた。


「それにしても意外だったなぁ」

「何がだ?」

「レイネシアさんが他人に興味を持つと言うか、わざわざその人の所まで行って、弁解のために行動するなんて」

「ひ、暇潰しだ!!」


 真っ赤な顔をして本に顔を埋めるレイネシアを見て、不覚にも塔子は「普段からこうすれば可愛いのに」と呟いた。


 ***


 涼太と周介のイタズラは結局バレ、佐川先生は二人を留年という処置をした。

 課題提出より、嘘をついて他人に罪を擦り付けたことが問題となったらしい。

 そう考えると、これはかなり軽い罰と言えるだろう。


 そして東大河はどうなったのか。


 彼はというと、涼太と周介のことを先生に言ったのは彼だということにされ、弁明の余地なく、『自身の無実を晴らすために平気で誰かを売る男』というレッテルを張られた。

 これには流石のレイネシアにも予想外だった。


「まぁ……今さらどうすることも出来ないか、おや?」


 誰かが段ボールを片付ける音がする。声も聞こえた。女性ではなく、男性の声ということは、塔子ではない。

 少なくともこの学校の生徒は、誰とも関わろうとしない私のいる倉庫に来ようとは思わないだろう。

 来たばかりの、何も知らない転校生とかなら別だがね。


「こんなところでサボり、段ボールを片付けてくれる綺麗好き君とは、良い性格してるじゃあないか」


 暇潰しには、困らなそうだ。




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