リピート

ぷーる

第1話

その人は僕の前に突然現れた。

僕に刃物を向ける男に向かってビニール傘一本で立ちはだかっていた。男は突然の来客に怯んだのか倒れ込む。

「やっと見つけました。この車両でしたか。」

そういうと、さらにこちらへ襲いかかってくる男の攻撃を傘で受け止め一撃をくらわせた。逃げる乗客。倒れる男。傘を持ってこちらへ向く女の人。

僕はというと、一歩も動けずその光景を見るしかなかった。


今から1時間前。

僕は、いつものように朝会社へ向かうため駅へと急いでいた。外はかんかん照りで熱中症にでもなるんじゃないかという暑さだ。

駅までたどり着くと、いつもより人が多いことに気づく。

(なんだよ、電車遅延中かよ。)

電光掲示板には三十分遅れと書いてある。

このままでは遅刻しそうだ。仕方なく、いつもは利用しない車両へ乗り込むことにした。まあ乗り換えはあるけど、こっちのが早く着きそうだ。人もまばらだから座れそうだ。

俺は1つだけ空いている席へと腰を下ろした。

15分くらい乗っていた時、ウトウトとしていると少し前の席で悲鳴が聞こえた。

女性が慌ててこちらの方へ走ってきている。肩を抑えているが血が滲んでいるようだった。

席に座っていた人たちも異変に気づき前方を見ている。そこには男が1人ギラリと光る刃物をもって立っていた。

男は逃げ惑う乗客の1人を捕まえて今にも刃物を振りかざそうとしていた。考えるよりも早く僕は走り出していてその男の手首を掴んでいた。男は標的を俺に変えたのか俺に蹴りをくらわせて襲いかかってくる。避けることもできず右腕を切りつけられる。蹴り飛ばされて倒れた僕はもうダメだと目をぎゅっとつむった。




そして目を開けると先ほどの光景が広がっていたのだ。

倒れ込んだ男は激しい雄叫びとともに女の人に向かって行ったが、するりと交わし男の腕に思いっきり傘を打ちつけ刃物が落ちた。そのまま蹴り飛ばして男は動かなくなった。

「ほらっ立って」

見たところ二十歳前後の女の人は華奢な腕からは想像できない力で僕を立たせてくれた。

「やっぱり誰も応戦してくれなかったみたいですね。どうぞ、この傘で正当防衛しましたって言ってくださいね。私はもう行かないと。」

女の人は俺に傘を預けるとスタスタと前の車両へと行ってしまった。いつの間にか止まっていた電車からはギラギラと太陽が照り付けていた。


それからはもう大変だった。犯人は逮捕され俺は救急車で運ばれた。傷は深かったが幸いこれからの生活に支障はないようだ。

それから事情を聞かせてほしいと警察が来た。

車両を襲った男は世の中に恨みがあったと供述しているらしい。死人が出なくてよかった。あの場で血がついた傘を持っていたので、僕が犯人を倒した事になっていた。いくら女の人が急に現れたと説明しても納得してくれない。あれだけ人がいたのにあの女の人を目撃した人がいないのはおかしい。


それから三週間後、無事に退院した僕は会社や取引先からも質問攻めにあい、何故かヒーロー扱いされるようになった。僕が倒したわけじゃないことを説明するが警察同様信じてくれない。。

あの女の人は一体何者だったのだろう。まさかスーパーヒーローで瞬間移動とか空飛んだりとかスーパーパワーを持ってたりして?

あれからほぼ毎日、あの女の人について考えているが、答えは見つからない、、。


(あーあ、どこにいるんだろう。もう一度会いたいなぁ。会ってお礼を言いたい。)

そう考えながら、カフェでコーヒーを注文しようと並んでいると、


「サイズがですね、ショート、トール、グランデ、とありますが。」


「では、カフェオレのMサイズください。」


レジで聞いたことあるような声がして見てみると、、まさかのあの女の人がいたのだった。

「あのーすいません。ちょっとお伺いしたいのですが、、」


カフェ店内で1人カフェオレのトールサイズを飲む女性に声をかけた。


「はい。なんでしょう。ナンパでしたら他をあたってくださいね。」


にこやかにあっちへ行けと言う女性。


「あの、僕のこと覚えてませんか?三週間前の電車事件で、助けてくれましたよね?あの時はありがとうございました。どうしてもお礼が言いたくて。それからあの時、僕のことを知ってるみたいな言い方だったと思うんですが、、」


女の人は僕を見ると目を見開き固まってしまった。


「えっ。ちょっと人違いだだと思いまさぁ、、ので。」


(慌てぶりがもう嘘じゃん。)

「あの、あなたに聞きたいことがたくさんあるんです。ちょっとここ座ってもいいでしょうか?」


「構いませんが、話すことは何もありませんよ。」


また笑顔に戻ったその人は冷たく言い放った


「え、いや、話してください。あなたはどうしてあの男を倒せたのかどこから現れたのか僕のことを知ってるのか。教えてください!」


「あなたの事は、知っています。でもそれはあなたがあそこに現れるということだけで、あなたの名前も仕事も知りません。あの男はあの日あなたを殺すことになっていたのです。それを私は止めただけです。」


「............。」



(え?この人は何を言ってるんだろう。)

「あ、あのお名前聞いてもいいですか?

僕の名前は須崎碧です。28です。」


「私の名前は、成瀬葵です。年齢は秘密です。」


「あ、同じあおいなんですね。

えっと、さっきの話は、どういうことでしょうか。僕があの電車に乗ることも、犯人に殺されそうになることも全部知ってたんですか?」


「はい。見てましたから。」


「え、えっと、ん?どこで?」


「言っても信じてもらえないのでこの話は終わりです。」


「えええ!!めちゃくちゃ気になるところで終わりにしないでください」


「あなたもう帰った方がいいですよ。そろそろめんどくさい奴が来るので。」


「え?めんどくさいやつ?」


「おいおいおいおいおいおい!!

なんでいなくなっちゃうのー?めちゃくちゃ探したじゃん俺!かわいそ!俺!」


僕とあおいさんを割って突然メガネの男の人が現れた。


「いなくなってません。ちゃんとマック行きますって言いました。」


「うん!ここマックじゃねえから!タリーズだから!」


「あれ、だからエムサイズとか伝わらなかったのかー。」


「あれっじゃねえ!あれっじゃねえ!

方向音痴が1人で出歩いたらこういうことになるから、店の名前すら間違えてるから!

てか、こいつ誰よ?」


2人の会話をただ呆然と見ていたら突然こっちにぐるっと顔を向けてきた。


「あ、こんにちは。三週間前に電車で事件があって葵さんに助けていただきました。須崎碧といいます。」


男の人の顔がみるみる青白くなる



「な、な、な、なんだと?!

あおいお前!なんで会っちゃってんの?!」


「違いますよ、この人がナンパしてきたんです。私から話しかけてません。」


「いやいや、バレちゃったら意味ないから!どっちが話しかけたとかじゃなくてさぁ!」


「あ、あのどういうことなのか教えて頂きたいのですが、。バレちゃったらってどういう意味ですか?」


「え?!えー、えっと、それは信じてもらえないから言わねえ!」


「ええー!もう話が進まないので、まずは話してください!」


「すみませんが、店内ではお静かに願います!!!」


3人で振り向くと店員さんが般若の顔をして立っていた。



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