第4話 想像、警告、そして剣を握る。

「バカね! 魔物に魂を売ったヤツの言葉を信じる方がおかしいのよ!」

 ブロンド色の長い髪。碧い瞳。透き通るような白い肌。おとぎ話から出てきた人形のような姿をした少女が、突如ユウキを横切りアイの方へ駆けて行った。彼女は片手に付けていた手袋を外すと、そこには十字の傷が刻まれていて、それは光を放ち出す。

「イマジン……! 『パリティスタッフ』!」

 次の瞬間、彼女の手には身の丈程ある木製の『杖』が出現した。その先端には深い蒼の宝玉が付いている。

「『警告』」

 ブロンド髪の少女は瓦礫の山を駆けながら告げる。同時にアイは足元から延びる無数の糸を束にして、ブロンド髪の少女の方へ走らせる。束になった糸がぶつかる寸前で、ブロンド髪の少女はこう告げた。

「私の能力は『等価反射』。『受けた攻撃と等価の威力の攻撃を対象に返す』」

 一見、自身の能力を開示することは不利になるように思われるが、この行為には意味がある。

「次の口上、『宣告』。私の能力は『物体の操作権利さえも跳ね返す』」

 まず『警告』とは、基本能力を相手に公開及び認識させるもの。そしてその能力に対して『宣告』を行えば、拡大解釈した能力を相手に認識させることができる。

 杖の宝玉が光を放つと、襲い掛かってきた糸は勢いを失った後、今度はアイの方へ向きを変えて襲い掛かる。この状況の危険性を察知したアイは直ぐに言葉を返す。

「『戒告』。『物体操作の操作権はあくまで能力使用者にある』」

 行き過ぎた拡大解釈には条件が付けられる。それが『戒告』だ。相手の『宣告』に対して条件付けを行ったり、『宣言』の範囲や設定があいまいな場合にはその言葉をあやにして不利な条件を追加できる。

 アイの糸は勢いを失い、地面に広がって動かなくなる。それを見たブロンド髪の少女は足を止め、杖を正面に構えた。

「その程度の返しが限界かしら。つまりはザコってところね」

「あなたの『宣告』も大したことなかった。だからその程度で留めてあげた。おチビさん。それだけのこと」

「私は『フローレンス=ウォーカー』って名前があるのよ。それに、アンタもチビじゃない。いちいち強がっちゃって」

「強がりはあなたの方じゃないのかな? 次はかわせる?」

 アイは蜘蛛の腕を一斉にフローレンスへ向ける。一方でフローレンスは杖の宝玉を光らせる。

「それよりも……」

 フローレンスは呆れた様な様子でため息を吐いた。

「どうしてアンタはとっとと逃げないのよ!」

 フローレンスはユウキを睨め付ける。

「……でもよっ!」

「でもじゃない! 一般人は邪魔なのよ! 気が散る! 消えるか死ぬかどっちかにして!」

「けれど、さっきから俺の頭の中で声がするんだ……! 戦えって……『聖遺物』の名を呼べって……!」

 ユウキの言葉を聞いてフローレンスは目を丸くした。

「それ、どういうこと?」

「俺にも分かんねぇよ!」

「あー……もうっ! 全然どうして何がこうなっているのか分からないけれど……いいわ! アンタの勝手にしなさい! そしてダメだったら勝手に死ね!」

「お喋りが過ぎると思うのだけど」

 ふと、アイがそう告げた時、フローレンスの足元に無数の白い糸が迫っていた。

「……なっ!」

 フローレンスが驚いた時には既に遅く、それは彼女の足に纏わり付いていた。そしてフローレンスは糸により宙へ吊り上げられ、身動きが取れなくなってしまう。アイは不敵な笑みを浮かべ、蜘蛛の腕を振りかぶる。フローレンスは悔しそうな表情を浮かべて歯を食いしばる。

「さよならだね」

 ……俺のせいだ。勇気がないから、決断できないから、誰も守れず、ただ後悔する。

『いいのかな?』

 また、頭の中で声が響く。いやらしい問い掛けだ。コイツ自身、俺が考えている答えが分かるはずなのに。

「……嫌に決まってる」

 そうさ、嫌なんだ。この後に続く出来事を、自分にとって最悪な結末にはしたくなかったんだ。

『なら、やる事は分かるよね』

 あぁ、分かっている。だから頭に浮かんだこの言葉を強く叫ぶ。

「イマジンッ……!」

 ユウキの手の甲にある傷は輝きを放つ。次の瞬間に登場したのは巨大な盾。否、盾を模した、ユウキの身の丈程ある大剣だった。ユウキはその剣の名を叫ぶ。

「『アイギス:ブレード』!」

 そしてユウキはその大剣を大きく振りかぶり、そのままフローレンスの方へ駆け出した。

「『警告』する。俺の能力はッ……!」

 アイはフローレンスを殺す気でいた。だからこそ、この一撃に込められていた威力は相当なはずだった。受け止めたとしてユウキが致命傷を負う可能性は十分にあった。しかしながら、ユウキの警告がその可能性を打ち破る。

「『完全防御』。『この剣が受けるダメージは無効化される』」

 かん。と、小石でも当たった程度の衝撃がユウキの手に伝う。片手で握るその大剣で、ユウキは蜘蛛の腕をいとも簡単に受け止めてみせた。アイはそれを見て目を丸くする。

「あたしの攻撃が……効かない……?」

 そして追撃。ユウキは跳躍したまま、振るう大剣に力を込める。そしてユウキはフローレンスを吊り上げている糸を目掛け、思い切り大剣を振り下ろした。フローレンスを吊っていた糸は切れ、ユウキは咄嗟に落下するフローレンスを抱き抱え、地面に転がり込む。

「……危なかった」

 ユウキは安堵の息をつく。一方でフローレンスはユウキの腕の中でもがきまくっていた。顔を真っ赤にし、顔を上げるとユウキに罵詈雑言を浴びせる。

「危なかったですって?! 誰のせいでこんな事になってると思ってるのよ! それにいつまでこうしてるワケ?! とっとと離しなさいよ! 変態! バカ!」

「わ、悪い!」

 ユウキは慌ててフローレンスを放す。

「……全く。一体何なのよ、アンタは」

「トドロキ……ユウキ……」

「自己紹介しろって言ってんじゃないのよ! アンタ天然? まぁいいわ。それよりも見てよあの娘……」

 見ればアイは鬼のような形相で二人を睨め付けている。

「あーあ、ふてくされちゃって。嫉妬かな? 可愛い」

「殺す」

 蜘蛛の腕を一斉にユウキ達へ向けるアイ。それを見てユウキは大剣を握りしめ、攻撃に備える。迫り来る腕を見てユウキの手には汗がにじむ。ただ、一方でフローレンスが落ち着き払った口調でこう告げた。

「構えなくても大丈夫よ」

「……え?」

「もう私たちは大丈夫だから」

「それってどう言う……」

 その意味はユウキが言葉を終える前に分かる事になった。

「イマジン、『ハルペン=ムーン』」

 刹那。全員がその言葉の意味を知覚した時には、アイの首は胴体から離れて宙を舞っていた。

 次にごとり、と音がしてからアイの首は地面に転げ、胴体は首から血しぶきを飛ばしてその場に崩れ落ちた。

「…………え?」

 ユウキは絶句する。その場で起きた出来事が頭の中で渦巻いて、情報を処理できなくなっていた。

 大切だった人の首が撥ねられたこと。

 そして二人がかりで苦戦していた彼女は、簡単に殺されてしまったこと。

 それをやってのけた人物は女性で、とにかく美しい容姿をしていたこと。

 たなびく深紅の長髪は猛火の如く、整った表情には柔さと華やかさを備えていたこと。

 ただ、何よりユウキの脳へ優先的に割り込んだ情報は、この時の彼女がここにいる誰よりも深い悲しみを表情に浮かべ、止め処なく涙を流していたことだった。

 異様だと思った。彼女はまぶたを泣き腫らし、嗚咽を漏らし、壊れた様に何度も謝罪の言葉を口にしていた。謝ることなど何一つ無いのだけれども、それでも彼女は謝ることを止めなかった。

「……ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」

 ユウキとしたら助けてくれた人にそんな事を口にして欲しくはなかった。けれども彼女は半月の様に身をしならせた太刀を片手にして、アイの鮮血を派手に浴びて、無数の屍を背にして、なお謝り続けていた。

 ユウキは混乱したままでいると、彼女はユウキの方へ歩を進め、目の前に来た方思えばユウキのことを抱き寄せる。

「生きていてくれて……ありがとう……」

 そして彼女はより強くユウキを抱きしめる。何故、彼女がユウキに感謝の言葉を告げたのか、その時にはユウキは理由を知る由も無かった。後に、ユウキが知った事実はただ一つ。今回の最終的な被害報告としてタルタロス発生源から直径五キロ圏内の人間で、ガーディアン以外で生き残った者はトドロキ・ユウキ、ただ一人だけだった事だった。ただユウキが経験した事象の一つ一つに理解が追いつくにあたって、いささかこの世界の流れは早すぎたらしい。

 崩壊した世界。

 亡くなった父。

 魔物になった友人。

 頭に響く謎の声。

 突然使えるようになった大剣。

 そして、赤髪の女はユウキへ告げる。

「キミを立派なガーディアンにしてあげる」

 何もかも意味が分からなくて、でも今はもう分からないままでも良いやと思ってしまって、気を緩めた瞬間にユウキは赤髪の女の腕の中で気を失っていた。

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