第2話 厄災に伴う父の死について。
赤の国。九龍地区。
ヒビの入ったコンクリートビルが群を成し、錆びた看板が頭の上でひしめき合っている。三流の錬金術師(アルケミスト)が建築した糞みたいな街並。ゴミは至る所に散乱しているし、地面に落ちた謎の物体をカラスや野良犬が食い漁っている。
ここはそんなところ。
ただ、そんな風景も嫌いじゃなかった。居心地のいい所だった。だけれども、そんな平穏はいつだって理不尽にもぶっ壊される。
瓦礫の山の中心で、少年は灰色の空へこう告げた。
「俺にも勇気なんてないよ」
少年は随分前からその場でうずくまっていた。日はもうじき沈むであろう。空気もだいぶ冷えてきた。仕舞にはつまらない雨だって降り出した。それはほこりっぽい臭いを撒き散らした。
でも、彼は動かずそのままでいた。何故そうなるまで外気に身を晒しているのか、それは彼、トドロキ・ユウキが優しいからに他ならない。意味が分からないと思う。分からなくていい。説明は省く。
「ねぇ、父さん」
その声は掠れていた。
「……俺はどうしたら良かったのかな?」
ユウキは震える手を伸ばす。伸びきる手前でそれはぴたりと止まって、引っ込んで、その手をもう一方の手で包むように握りしめる。
「でもさ……今度は守れるようになるからっ……!」
漆黒。地面に転げている瓜ほどの大きさをしたソレは、在るべきところに在るべきものを失った人の頭蓋だった。白い煙をあげ、鼻が曲がりそうな異臭を放っている。そして首から下の部位はコンクリートの瓦礫に埋もれていた。
「おい、ガキ」
遠くから声がした。ユウキはびくりとする。ユウキは反射的に立ち上がり、声のする方とは反対へ駆けだした。みるみる遠のいていくユウキの姿を見て、男は舌打ちをした。
「……ったく、逃げることねぇだろうに」
「仕方ないっすよ。アズマさんは孤児になったショタを捕まえて、毎日変態行為を嗜んでそうな顔をしていますから」
「待て待て待て! 俺どんな顔してんだよ!? 俺って普通の顔だよね、そうだよね!?」
「こんな凄惨な現場なんです。どんな人を見ても怯えて逃げてしまいますよ」
「流すなよ! ……それよりイズミ、その台詞の方がなんで先に出せなかった?」
「先輩のキャラを立てました」
「立てるポイントおかしいだろ! 立てるべきなのは気立てだろ!」
アズマはぼさぼさの黒髪の頭をがりがりと掻き、ため息を吐いた。その脇でイズミは飽く事もなく少し長めの茶髪を弄り続けていた。
二人は黒のスーツを身に纏っていた。それだけなら特に違和感はない。ただ、彼らは何故か片手だけに黒い手袋をはめていた。その不安定な風体には逆には統一性を感じさせ、何かしらの意味を彷彿させる。それは何かに従事する上で要求されたものなのか、単にファッションなのか、はたまた何かを封じ込める上で必要なものなのか、何を示すのかは皆目付かないが、彼らが特殊な存在であることを際立たせてくれた。
「それよりも、この焼けた頭部。あの子の大切な人か何かっすかね」
「……それよりもってのが気に食わねぇな。また俺の話を流しやがやって。まぁいい。そいつはきっとあのガキの親かなんかだろう」
「これが灰になるまでずっとそばにいたんでしょうか」
イズミは落ち着いた口調で、しかしどこか寂しげに呟いた。
「きっとな。さぞ苦しんでいただろうに」
悲鳴を上げて燃え続ける者を少年が見つめている姿をアズマは想像した。それが大切な人だと考えただけで胸糞が悪くなる。
「……助けられなかったことを悔やんでなきゃいいけどな」
「悔やまなかったら灰になるまでこんなところに居ないっすよ」
「だな」
アズマは灰になった死体の前に座り込む。
「だからこそ、魔物は俺たち『赤の守護者(レッド・ガーディアン)』が早急に始末しなくちゃならない。イズミ、周辺の魔力分布と影響度の確認、魔物が残した魔力の清掃員を依頼、そして――」
アズマは付けていた黒い手袋を外す。そこには十字の傷が刻まれていて、それは光を放ち出した。
「――戦闘の準備を」
アズマとイズミの背後。そこには単眼で筋肉質の巨体を持つ、人の形を模した化け物が複数立ちはだかっていた。タチの悪いギャグとしか思えない状況で、それを見たイズミはつい鼻で笑ってしまった。
「いやぁ、アズマさん。この一連の出来事って大厄災(グランドマキア)級では?」
「それ、この街が吹っ飛んだ時点で言う台詞だったな」
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