第22話 氷と風
「待てよ!!」
「ん?」
帰ろうとしてたら土倉さんから鋭い声を掛けられる。
「お前!藤堂忍だな?」
「そうですよ!!あ!解りませんでした?いやぁ〜本当に美形に成っちゃって〜困るなぁ〜」
「んなこたぁどうでも良い。あのダンピュールの少女をどうするつもりだ?」
え!?どうするつもりって!!まさか土倉さん!!そっちの想像をしてらっしゃる!?
「いや、土倉さん!!少なくとも俺はそんないやらしい目的で捕まえてはいないっすよ!!と言うかもしかして土倉さん!!なんでわざわざ仙台まで出張ってきてるんだと思ったけど、まさか外見が幼い幼女ダンピュールを捕まえて良からぬことを!!!」
「巫山戯てんじゃねえよ!!解ってんだろ?あのダンピュールがどれだけ人を殺してきたか」
ヤバイ!!土倉さん真面目な感じだ!此処は俺も真面目に対応しようかな。
「解ってますよ。でも、過去は過去。死んだ命は戻らない。彼女を殺してもそれは同じ。心を入れ替えるように説得して呪怨会討伐に力を借してくれるならそれで良いと思ってます」
「そんな綺麗事が通じるかよ!!犠牲者が出てるんだ!!一般人に危害を加えた妖魔は討伐しないといけない!!それが陰陽師だ」
身構える土倉さんに俺も鋭い視線を送る。
「じゃあどうしますか?俺も引きませんけど?此処で俺達と戦いますか?」
俺の周囲の空間が歪み5名のヴァンパイアが現れる。
「ヴァンパイア!?四天鬼か?しかし5体?」
「土倉さん!!多分コイツラの中に四天鬼は居ないっすよ」
前川君が正解。彼らは四天鬼と同じか、それ以上に古株だけど、彼らは四天鬼じゃない。
彼らは順一さんや啓生さんと同じ様に猿の経立に殺されていた5人の男性たち。グールだった彼らが晴れてヴァンパイア化したのだ。実は全員自力でダンピュールには成っていたので、ヴァンパイア化の際に結構大量に血をあげることが出来た。四天鬼程ではないが、上級怪と呼ぶのにふさわしい力を持っている。
「陰陽師殿。此処は忍様の顔を立ててはくれんか?我らもできれば人はなるべく殺めたくはない。呪怨会の畜生共ならまだしも世のため人のために働く善良な陰陽師ではな」
「そうは行かねぇな!!言っとくが俺は引かねえぜ」
「ちょ!!土倉さん!!」
「黙ってろ前川!!」
意気込む土倉さんの後ろで前川くんは悲鳴を上げる。そりゃねぇ〜。巻き込まれるのは誰だって嫌だよね。
「そうかぁ。やむを得んな。私の能力は手加減ができん。死んでも恨むなよ陰陽師」
「氷坂さん!!出来る範囲で加減してあげてよ」
俺は思わず口を挟む。下手すると本当に土倉さんを殺しそうである。
「承知しております。雪化粧」
5名のヴァンパイアの1人氷坂さんが妖気を開放すると同時にあたり一面が雪に覆われる。
「曇天!霙模様!!」
更に空を分厚い雲が幾重にも覆い、霙が振り始め、一気に周囲の気温を下げる。
「コレは!?」
自身の頬に落ちた霙を指で拭った土倉さんは目を見開き、前川くんに向かって声を張る。
「前川!!すぐに反重力使え!!俺達に霙を降らせるな!!この霙、付着した場所から体力を奪うぞ!!」
「え!?」
すぐにこの霙の効果に気づいたんだ!!流石土倉さんである。でも確か俺が知ってる限り氷坂さんの能力で相手を生きたまま戦闘不能にさせる手段ってこのコンボだけじゃなかったけ?これ見破られたら殺すしかなくなるんじゃ?
「ちょ!!何っすか!!コレ!!反重力張るのがメチャクチャキツイ!!」
「『対神威領域』忍様の『反神威領域』に比べれば児戯だが、四天鬼のお歴々や我らの様な古参は使える。
安心せよ!私の『対神威領域』は四天鬼の皆様が使うソレほど強力ではない。最もこの中でずっと能力を使い続けるのは消耗が激しいだろうがな」
「だったら短期決戦でケリつけてやる!!」
土倉さんが雪の中に手を突っ込むと地面が隆起し、雪を突き破って出た岩が氷坂さんの足を包もうとする。あ!コレ知ってる!!最初に遭った時に使ってたヤツだ!!
「『凍結』」
しかし、氷坂さんが一言呟くと、岩は全て凍りつき、砕けてしまう。しかし、そんな事は土倉さんも想定内だったのだろう。
身体強化の術だろうか?人とは思えない速度で氷坂さんに迫る。
「うわっ!!いつ見ても速っ!!」
前川くんがそう呟く。確かに速いね。
「人間にしてはだけど…」
「なっ!!」
氷坂さんに接近し、そのまま術で硬化させたであろう拳で殴りつける土倉さん。しかし、その拳は空を切る。
「遅すぎる!!」
いつの間にか土倉さんの背後に居た氷坂さんの呟きと同時に、土倉さんの胴体に、肩から脇腹に向けて袈裟懸けに十字の傷が入り、鮮血が吹き出す。
「ぐぁぁぁ!!!」
「そして脆すぎる」
真っ白い雪を真っ赤に染めて倒れる土倉さん。誰の目にも勝負は明らかである。
「ち、畜生!!ま、まだ、勝負は…」
血を流しながらなんとか立ち上がろうとする土倉さん。
「止めておけ。その傷で無理に動けば命に関わる。それにこれ以上続けるなら殺すしかなくなる」
「上等だ!!コラッ!!妖魔と戦って死ぬなら本望よ!!」
「それに、状況は更に悪くなるぞ」
「何を!!」
「気づかないか?さっきから貴様の体に霙があたっていることに?」
「なっ!!前川!?」
土倉さんが首を下に向けて視線を前川くんに送る。
「ご、ごめんなさい。つ、土倉さん。な、なん、だか、すごく、ね、眠くて」
前川くんはフラフラと足元が覚束なく成り始める。
「た、唯で、さえ、は、反、じ、じゅう、重力、張るのが、普通よりキツイのに、このね、眠気、じゃ、維持、でき、ない」
言いながら前川くんはどさりと雪の上に倒れ、寝息を立て始める。
「て、テメェ!!何シやがった!?」
「この雪化粧が唯の雪なわけが無いだろう。この雪は冷気と睡魔を放ち、敵を鈍らせ弱らせる」
「なっ!!このっ!!」
「貴様は少しは術で抵抗しているようだが、それでも少しだ」
雪化粧の雪が蠢き、土倉さん体を包み込む。
「眠れ!春には目覚める」
「こ、の…」
その言葉を最後に土倉さんは意識を手放す。
「終わりました。忍様」
「うん。お疲れ様」
「呪術師はよろしかったので?」
「大丈夫!ちゃんと追ってるよ」
そう。戦闘のドサクサに紛れて、呪術師達は逃げた。でもこっちにはまだヴァンパイアが4名控えていたのだ。追わない理由がない。
「ま、捕まえれたらソレが一番かな?」
ー○●○ー
「くっ!!速いですね」
糸井唯は悔しげに吐き捨てる。さっきから追ってきているヴァンパイアとの距離が徐々に縮まってきているのだ。
「操呪様!!敵は四天鬼では有りません!!返り討ちにしては?」
「出来ればソレが理想ですけどね!!」
唯は髪の様に細い糸を網目状に張り巡らし、呪力で鉄以上の強度にする。
「コレには気づきにくいでしょう」
気づかずに突っ込めば体がバラバラに成る。まあ、バラバラに成ってもヴァンパイアである以上死なないだろうが、ある程度足は鈍るはずだ。
「ほぉ!凶悪な攻撃だな。まあ」
ヴァンパイアがニヤリと笑う。
「意味はないが」
ヴァンパイアは網目状の糸に頭から突っ込み、案の定バラバラに切れるが、血は出ず、そのまま進んでくる。
「嘘!!」
「くっ!!この!!!」
呪術師の1人が呪力で作った火炎玉を打ち込む。
「おっ!」
その火炎玉はヴァンパイアの腹を貫通するがヴァンパイアは痛がる素振りも見せず、腹の穴もすぐに塞がる。
「無駄だよ。俺の能力は『風』だ。体を気体にすることくらい造作もない」
「なっ!!」
「だったら!!!」
唯は糸を展開させ球状にしてヴァンパイアを囲む。
「こんな物で動きを止められると?」
「ご安心を!!糸は唯の触媒です」
「ん?」
糸が怪しく輝き、球状の結界が構成させ、ヴァンパイアを閉じ込める。
「コレで追っては来れないでしょう!皆さん!!退却です」
唯達呪術師は慌てて逃げる。一方、結界に囚われたヴァンパイア余裕そうに顎に手を当てる。
「ふむ。確かに密閉空間を作るのは理に適っているが…」
「んん!!」
「「「操呪様!?」」」
一気に結界構築の負担が増し、唯は目を見開き、足を止める。
「此方には『対神威領域』がある。『対神威領域』の影響を受けた状態でもこの結界を維持し続けられるかな?」
「撤退しますよ!!」
結界を保ったまま逃げる唯や他の呪術師の後ろ姿を、そのヴァンパイアは笑みさえ浮かべて見送った。
―――――
―――
「此処まで来れば大丈夫でしょう」
全力で駆けた唯と呪術師達は、森の中で歩みを止め、息を整える。
「はぁ!はぁ!」
「そ、操呪様!!はぁはぁ!」
唯以外の呪術師達は息を切らし、座り込んでいる者も居る。
「お前たち情けなさすぎるでしょ!!」
「そ、そうはおっしゃいましても」
仲間たちの醜態にため息を吐く唯。そんな唯に嫌な感覚が走る。
「結界を壊された!?」
「「「え!?」」」
硬い表情と成る唯。そして、ソレがすぐに目の前に現れる。
「おや?もう追いつけたのか?」
「「「あ!ああ!!何で!?ヴァンパイア!!」」」
一行の前に降り立つヴァンパイア。唯は苦虫を噛み潰したような顔をし、他の呪術師は悲鳴を上げる。
「随分と速いご到着ね!!」
「風だからね!俺は」
自分達より圧倒的に速い相手。逃げることは不可能。
「やむを得ませんね」
意を決した唯は糸を出し、ヴァンパイアに襲いかかった。
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