第19話 西沢夏恋2

痛い!苦しい!お腹が空いた!


 何時からだろう?それが日常に成ったのは?


 ママが新しいパパだと言ってあの雄を連れてきた時?


 いや、違う。もっと前から私は全身が痛かった。


 叩かれるのが嫌で泣くのを止めたのはあの雄が来るよりずっと前だ。


 ママは私が生きていようが死んでいようがどうでも良かった。ただ泣き声が煩いのは嫌がった。


 お腹が空いても、体が汚れて気持ち悪くても泣くと痛いので我慢した。


 あれ?でも私は確か食べ物を貰えてた。誰に?ママじゃない。


 優しい声を聴いた気がする。


 ああ!思い出した!時々ママの巣に訪ねてくる女の人。ママが『姉さん』と呼ぶ人は私に優しかった。お腹が空いた私に食べ物をくれたのもその人だ。

 お風呂に入れてくれたのもその人だ。


 よくママと喧嘩していたのを覚えている。


 ママはあの女が来ると嫌そうだったけど、私は来るのを楽しみにしていた。


 でも、あの雄の巣にママと私が移ってから、訪ねてくる事は無くなった。


「あれ?何でこんな昔のことを?」


 敵の攻撃を受け、薄れゆく意識の中で夏恋は自分の思考に首を傾げる。


「俗に言う走馬灯かな?でも…」


 それだけじゃ無い気がした。何より、全身が焼かれるような術を受けている今だからこそ思い出したいと思った。


「そうだ。優しい人は居た。ずっと私を心配してくれてる人が居た」


 何かが胸の中で熱を持つ。


 それはどんどん大きくなっていく。


「そうだよね!私も守られてた!!そうだよ!!」


「なっ!?」


 胸の中で芽生えたそれを夏恋は解き放つ。


「『吸威結界』発動!!」


 巨大な結界が周囲を覆い、彼女とその敵を包み込む。


「「「なっ!?」」」


 グール側が張った『業得の結界』は消し飛び、同様が広がる。


「コレは!?」


「神威を吸われている!?」


 せっかく発動した『呪殺方陣』は呪力不足のため途中で消え、地面に降り立った夏恋の体は徐々に回復していく。


「そうだよ!せっかく助けて貰ったんだもん!!私の体も大事にしなきゃ!!」


 傷が治った夏恋は爪と牙を剥き出し、前方のグールに襲いかかる。


「ぐぅぅぅ!!」


「大木さん!!!」


「『硬化』が!?」


 自身の肉体に難なく食い込んだ爪に大木は顔を顰める。


「妖力も吸えるのかよ!!」


 大木は何とか逃れようとするが、そもそもダンピュールとグールでは身体能力が違う。


「私ね!長い間人間や怨霊を食べてきたのに、いまいち能力は増えなかったんだ」


「いきなり何を?」


 いきなり話し始めた夏恋に大木は怪訝な顔をする。


「今、理由が解った。もうコレで十分だと思ってたんだ!!でも、違う!!私は絶対負けられない!!」


 大木に爪を食い込ませていた夏恋の右手がそのまま彼の体の中に水面に手を入れたようにスルリと入る。


「なっ!?」


「アハハ!!今までは壁や地面しか無理だった!!でも今は、生き物の体でも潜れるみたい!!」


「このっ!!」


 大木は慌てて飛び退くが、彼な体から抜けた夏恋の右手には既に何かが握られている。


「ありがとう!コレ!貰うね」


「俺の!心…」


 大木がその場に倒れ伏して動かなくなる。


「大木さん!!」


 夏恋は敵の悲鳴を無視し、抜き出した心臓を喰む。


「美味しい!!コレで私はもっと強く成れるね!!」


 夏恋は即座に加速し、次のグールに襲いかかる。


「くそぉぉぉ!!!」


 夏恋の新しい能力は『吸威結界』ともう1つ。それから元々有った『潜壁』の能力の強化だ。


「ぎゃぁぁぁ!!!」


 素早く敵に近づいた夏恋はその体内に潜ると、そのまま臓器を食い破って外に出る。


「アハハ!!やっぱり貴方達じゃ何体居ても私には勝てないよ!!」


 笑う夏恋。そんな姿に栄心は恐怖以上に怒りを覚える。


「ボクの仲間を傷つけて笑うな!!」


 高速で夏恋に接近した栄心はその体を爪で引き裂こうとする。


「遅いよ!お馬鹿さん!」


 一方夏恋は軽やかに爪を躱すと、逆に自分の爪で栄心の背を切り裂く。


「ぎゃぁぁぁ!!」


「さっきも言ったけど、グールじゃダンピュールには勝てないの!」


 夏恋の手が栄心に迫る。


「くっ!!」


「貴方の心臓も貰うね!」


 痛みを堪え、何とか夏恋の手から逃れようとする栄心。


「鈍いよ!お馬鹿さん」


 しかし、夏恋が言う通り、その動きは亀のように鈍い。


「畜生〜」


 逃げられないと悟った栄心は諦めてその場に倒れ込む。


「バイバイ!」


 夏恋が手を栄心の背中に当てる。


「ぐっ!」


 皮膚が水面の様に波打ち、夏恋の白い手がスルリと入っていく。


「グールがダンピュールに勝てないかどうか!まだ解らないぞ!!」


「へ!?」


 苦悶の表情から一転、ニヤリと笑う栄心。その変化に首を傾げる夏恋。しかし、その答えはすぐに出た。


「きゃぁぁぁ!!」


 ドゥンという重い爆発音が響き、次いで、悲鳴と一緒に夏恋が後方に吹き飛ばされる。


「な!?何が!?」


 痛みと混乱でキョロキョロと辺りを見回す夏恋。


「ひっ!!」


 しかし、自身の右手が肘から下が無くなっていく事を知り、更に悲鳴を上げる。


「痛い!痛い!何で!?」


「お前調子に乗りすぎたんだよ!!」


 栄心は痛む体に鞭を打って立ち上がる。


「お前が張った結界は妖気や呪力をある程度吸収する。中に居る俺達は呪術や能力を著しく制限される。だが、全く使えなくなる訳じゃない。

 ボクの能力は『爆化』触れたものを爆発物にする能力。本来は最初に地面を爆発させたみたいに何かを爆発物にしてその爆発によって相手にダメージを与える。

 でも爆発の威力は爆発物を作る時に使った妖力の量で決まる。この結界の中じゃお前にダメージを与えられる程の爆発物は作れなかった」


「じゃ、じゃあ!何で!?」


「作った爆発物でお前を倒すのは無理。でも、お前自信が爆発物に成れば話は別だよね」


「なっ!?」


 栄心の言葉から何が起こったのか気づいた夏恋は目を見開く。


「お互いに相手に触れて能力を発動するタイプ。でも、ボクの能力の発動はお前より速いみたいだ」


「私の腕自体を爆発物にした?」


「そう!コレでお前はボクに易々と触れるわけにはいかなくなった。この相性の差なら、グールでもダンピュールに勝ち目が有る!!」


 見えた僅かな希望に栄心は痛みも忘れて夏恋に対峙する。


 一方、腕が無くなった謎が解けた夏恋は再び自分の腕の断面に目を向ける。


「私の腕自体を爆発物にした?せっかくあの人に守ってもらった私の体を爆発物に?」


 夏恋はジーと腕を見続けて、ボソリと呟く。


「許せない!!」


「うぅぅ!!」


 彼女の体から今までに無い濃密な妖気と邪気が吹き出し、栄心は思わず一歩下がる。


「許さない!許さない!!」


 夏恋の周りに彼女が流した血が浮き上がる。


「こ、これって!?」


 尋常でない状況に鳥肌が立つ。しかし、栄心は意思に力で己を律する。


「殺るしか無い!!殺るぞ!!」


 栄心は覚悟を決めて一歩を踏み出す。しかし、予想外の事が起こる。


「え!?ぐべぇぇぇ!!!」


 いきなり全身が重くなって地面に突っ伏す栄心。


「な、何これ!?」


 見れが夏恋も膝を突き、忌々しそうに立ち上がろうと藻掻いている。


「彼女の攻撃じゃない!?別の敵!?」


 状況を察した栄心は更に事態が悪くなった事を感じた。


ー○●○ー


「着いてみたらメチャクチャ複雑な状況なんですけど!!」


 思わず言葉が漏れる。しかし、そんな僕の態度が気に入らなかったみたいで土倉さんから恒例の怒声が飛ぶ。


「何気が抜けたこと言ってやがる前川!!良いからとっとと潰せ!!」


「潰すって誰をですか!?今ヤバイ感じで妖気と邪気出してるダンピュールの女の子を?それともそれと対峙してる哀れなグールを?もしくは何かその戦いを傍観してる呪術師達を?」


「全部だ!!纏めて潰せ!!」


 何その大雑把な指示。まあ良いけど。


「じゃあ纏めて!!潰れろ!!」


 久々の全力で能力を発動させる。


「え!?ぐべぇぇぇ!!!」


「くぅぅぅ!!」


 結界の影響で威力が弱まった様でダンピュールとグールは潰れること無く立ち上がれずに藻掻いている。


 そして呪術師達は…


「おっと!!」


「「「ぎゃぁぁぁ!!!」」」


 悠然と座っていた少女は糸で傘の様な物を作ると自分と周囲に居た仲間を僕の能力の影響から守る。一方、傘の外側に居た呪術師達は一瞬の悲鳴の後、地面に張り付いた赤いシミになる。


「僕の能力!強かったんだ!!」


 そう言えば小仁級がどうとか言われたけど、最初に遭遇したのが忍さんでケチの付きっぱなしだったからなぁ〜。


 そこまで強いと思ってなかった。


「よくやった前川!しかし、ちっ!!長引きそうだな」


 四つ巴の状況に土倉さんは舌打ちした。


 確かに厄介なことに成りそうである。


 僕は小さくため息を吐いた。

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