第18話 西沢夏恋1
地面から小さな手が跳び出し、仲間の足を捕まえてアスファルトの中に引きずり込む。仲間は必死に抵抗するが、途中で液体のように成っていたアスファルトが本来の強度に戻り、アスファルトに沈んでいた足の先が切断される。
「ぐぅぅ!!」
彼は痛みで一瞬苦悶の声を上げるが、直ぐにその場を飛び退く。切断面は
既に塞がり、痛みも無い様だが、新たな足が生えることはない。僕たちはまだ再生は出来ない。
「相変わらず厄介な能力!!」
「あははは!!だから言ったのに!お馬鹿さん!!」
水面から顔を出すようにアスファルトから出て、ボク達を嘲笑した西沢夏恋は再び地面に潜る。
「攻防一対の能力。でも、コッチだって!!能力は有る!!」
地面に手を付いて自分の中に有る妖気を開放する。
「きゃぁぁぁ!!!」
ドドン!!と言う腹の底に響く重い音を響かせながら地面が爆発し、地中に潜んでいた夏恋が悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
「うぐっ!!グールの癖に!!能力を!?」
グールには、能力を持つ個体と持たない個体が居る。前者は数が少なく、グールと遭遇した場合圧倒的に後者の可能性が高い。
しかし、そこは流石四天鬼直属、ボク達は全員能力持ちだ。それに呪術師だった頃の呪術も相変わらず使える。
「呪殺方陣!!」
「「おう!!」」
3人の仲間が倒れる西沢夏恋を囲むように位置取り、呪術を発動させる。
「これは!!」
地面に浮かび上がった複雑な模様が集合した三角形の図形が、中心に居る西沢夏恋目掛けて小さくなっていく。
「なんだか知らないけど、こんなの意味ないよ!!」
彼女は吐き捨てて地面に手を付けるが、そこで目を見開く。
「え!!何で!?」
「アスファルトに潜れないか?」
「何かしたの!?」
方陣を作る仲間の1人が発した嘲笑するような問いかけに、能力が使えない原因に思い当たった西沢夏恋は表情を険しくする。
「何かと言うか、見てのままだ。お前は壁や地面に潜り、その中を遊泳する能力が有るようだが、今のお前は地面に触れられていない。
我らの張った呪殺方陣の呪力が間に有る」
「…それでか!!」
夏恋は忌々しそうに方陣を見た後、その視線を彼に向ける。
「なら、アンタを殺せばどうなるの!!」
凄まじい速度で移動した夏恋は、瞬時に彼の目の前に現れる。
「はぁぁぁ!!」
「ぐぅぅぅ!!」
鋭い爪が生えた手刀で彼の腹部を貫く。
「「「ああぁぁぁ!!!」」」
仲間たちが一様に悲鳴の様な声を上げる。
「ふふっ!!え!?」
勝ち誇る夏恋は腕を引き抜こうとして表情を歪める。
「ぬ、抜けない!!」
「ぐぅぅ!!あ、甘く見たな!小娘!!」
彼はニヤリと笑い、両手で夏恋の腕をガッシリと掴む。
「捕まえたぞ!!」
「この!!離せ!!」
夏恋は藻掻くが、腕が抜けることはない。
「離せっ!!!」
「ぐぅぅぅ!!」
右腕を掴まれている夏恋は、まだ自由な左手の爪で彼の顔を切り裂く。
「死んでも離すか!!このまま行けば此方の勝利だ!!」
夏恋は逃れようと更に斬撃を加えるが、彼は一向に離さず、そうしている間にも、徐々に地面に浮かび上がった呪殺方陣が夏恋の足元に迫ってくる。
「このぉぉぉぉ!!!」
「呪殺方陣!!発動!!!」
「きゃぁぁぁ!!!!」
地面から跳び出した極太の光が夏恋を包み込む。
「ぐぅぅぅ!!」
仕事をやり終えた彼は満足げな表情で倒れ込む。その腹部には肘あたりで焼き切れた夏恋の右腕が刺さっている。
「勝った!」
「凄い!!勝ったぞ!!」
呪殺方陣の威力を知る仲間達が勝利の歓声を上げる。でも、ボクは嫌な予感がした。
「ふ、ふざけるな!!」
「「「え!?」」」
「な、何で!?」
「嘘だろ!?」
「あの呪殺方陣を喰らったんだぞ!!」
ボロボロに成った西沢夏恋がフラつきながらアスファルトから浮かび上がってくる。
「しまった‼︎潜っていたか!⁉︎」
「え⁉︎」
大木さんの言葉に僕は首を傾げる。
「奴が地中に潜れなかったのは呪殺方陣が邪魔をしていたからだ。しかし、呪殺方陣はその性質上徐々に範囲が狭まり、発動直前はほぼ体の真下に小さな正三角形として存在する程度。つまり、呪殺方陣発動直前には奴は壁やアスファルトに潜る能力が使えたはずだ。
直撃を免れたのだろう」
大木さんの仮設は恐らく当っているだろう。しっくり来る。
いくら何でも呪殺方陣の直撃を受けて動けるはずがない。
「この程度で私が、私が!!」
爪と牙をむき出し、此方にユラユラと歩いてくる夏恋。
「クソ!!もう一度呪殺方陣を!!」
「……ああ!!」
仲間の1人がそう叫ぶが、それを聴いた夏恋は即座に地面に潜り、呟いた仲間の両足を持って引きずり込む。
「ぎゃぁぁぁ!!!」
「ひっ!!」
腑に落ちる。そして理解できた。コレがダンピュールとグールの力の差。
「勝てない!!」
「馬鹿を言うな!!勝てるさ!!」
大木さんがそう言ってボクの肩に手を乗せる。
「大丈夫だ!!俺に任せろ!!」
大木さんの体から妖気と呪力がほとばしり、周囲を覆っていく。
「コレは!!結界!?」
「『業得の結界』この中で他人を傷つければ、自分はその倍の傷を負う」
「そ、そんな物!!もし事実だとしてそれなら貴方達も私を攻撃できないじゃない」
先程のダメージが残っているのか?肩で荒く息をしながら、それでも夏恋は強気に笑みを浮かべ、結界の効果を鼻で笑う。
「確かにその通りだが…」
大木さんはニヤリと笑う。
「呪う行為は傷つけるに含まれない」
「なっ!!」
「呪殺方陣!!!」
「「おうっ!!!」」
大木さんの掛け声を受けて、ボクと大木さんともう1人の仲間で呪殺方陣を発動させる。
「終わりだ!!」
「誰が!!」
迫ってくる呪いを無視し、夏恋はボク目掛けて走ってくる。
「ひっ!!」
ボクは咄嗟に身構えるが、そんなボクを彼女は障害物だとでも言わんばかりに跳んで避ける。
「え!?」
助かった。先ず最初に感じたのがそれだ。次いで疑問が芽生える。何で彼女はボクを見逃した?その目的は?
しかし、その答えは背後から響いた彼女の声で直ぐに知れた。
「結界が壊れればそれまででしょ!!!」
「なっ!?しまった!!」
ボクは思わず大きな声を出す。
こういった結界の強度は術者のレベルに影響されるが、同じ術者が張った結界でも総じて特殊な効果を持つ結界の方が強度は下がる。
大木さんは先輩で頼りになるけど、一流の呪術師ではない。そして『業得の結界』は、呪いが編み込まれたかなり特殊な結界だ。
「はぁぁぁぁ!!!」
「「「ああぁぁぁ!!!」」」
夏恋の爪が結界の壁面に鋭い斬撃を入れる。ボク達は絶望の悲鳴を上げる。
しかし…
「へ!?」
耳障りな音と共に夏恋の爪は結界に弾かれる。
「なっ!!硬い!?」
「そうだろうぜ!」
目を丸くする夏恋に大木さんはしてやったりと言う表情で笑う。
「俺がグール化して得た能力は『硬化』だ!当然結界の強度も上げられる」
それで結界を張る時、呪力だけじゃなくて妖気も出てたのか!?
「おい!誰でも良い俺達の外側からもう1度呪殺方陣を掛けてくれ!!それで今度こそ終わる」
「解った!!」
大木さんの言葉を受けて、3人の仲間が2重目の呪殺方陣を発動させる。
コレで夏恋はさっきと同じ避け方は出来ない。
「このっ!!」
流石に焦りが出た顔で、夏恋がフラフラしながら此方に走ってくる。
恐らく自分にもダメージが来ること覚悟で誰かを倒して呪殺方陣を崩壊させる気だろう。
「遅いさ!!」
しかし、大木さんの方が一歩速かった。
「呪殺方陣!発動!!」
「きゃぁぁぁ!!!」
呪いの力の中に夏恋は飲まれていった。
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