第17話 舞台は整う

 呪怨会の幹部『六呪』の糸井唯は苦笑いを浮かべていた。


「強いですね」


「はぁ!はぁ!何だコイツ!!何なんだ!!」


 唯が操る糸で、大きな白い猪が宙に縛り上げられている。その様はまるで蜘蛛の巣に掛かった哀れな獲物のようだ。


「元はただ、ちょっと長生きしただけの猪の経立。それが地元の信仰を集めて土着信仰の土地神として祀られてるんだから笑える話ね」


「我は神だ!!神だぞ!!敬え人間!!」


 猪は食って掛かるように唯に吠える。


「人々の信仰心を糧に力を得て、生贄のおかげで格も中級怪に上がってる。でも、所詮獣ね。今までさんざん生贄を喰ってきたんだからもう良いでしょ?」


「ひっ!!」


 糸に力が籠もる。


「や、やめっ!!」


「さよなら!!」


「あっ!!」


 唯が糸を引くと、猪は無残に分解される。


「人の思いって本当に凄いね。経立にコレだけの力を与えるんだもの」


 唯は猪の経立の亡骸から力を回収すると、その場を離れる。


「そう言えば!」


 歩きながら唯が部下に尋ねる。


「仙台の事は炎呪さんにお任せしちゃったけど、大丈夫かな?お手伝いに行ったほうが良い?」


「その事なのですが、つい先程、炎呪様が死亡したとの報告が有りまして…」


「え!?死亡!!」


 部下の言葉に唯は目を見開く。


「はい。恐らく藤堂忍が、仙台に居るのかと」


「六呪の中でもっとも戦闘能力に長けた炎呪さんでも藤堂忍には敵わなかったのですね」


 これで六呪は既に半数が殺られた事になる。


「創呪さんは術を作るのが専門で戦闘はあんまり得意じゃないですし、禁呪さんも禁術を含め、使える呪術は一番多いけど、戦闘ってなると死んだお三方よりは見劣りするんだよね」


 少し考えて、唯は頷く。


「良し!本部に戻ろう!!」


「仙台はよろしいので?」


「よろしいも何も、もう失敗でしょ?とりあえず、集めた妖気を持って本部に帰るしか無いよ。『反魂の術』が完成すれば、六呪のメンバーも復活するかも知れないし」


「確かに、我らの目的は藤堂忍を倒すことではなく、『反魂の術』を完成させること。

 死者の復活。そして不老不死は会長の悲願ですからね」


 藤堂忍を狙ったのはあくまで研究のため、生前の記憶と自我、性格を完全に保ったままヴァンパイアに成った稀有な存在を調べることで、『反魂の術』完成の手がかりになると思ったからだ。


「西沢夏恋はどうします?」


「ああ。そっちが有ったね」


 西沢夏恋。藤堂忍や彼の配下と同じく、1度死んでからダンピュールに成ったにも関わらず、生前の記憶と自我を保ったままの稀有な存在。


「本部に帰る前に西沢夏恋だけは捕まえていこうかな?」


 唯は呟くと、部下に指示を出す。


「東北一帯に居る呪怨会のメンバーは、仙台に集結!西沢夏恋を捕まえる」


「はい!!」


 唯の命を受け、呪術師達が慌ただしく動き出した。


ー○●○ー


「仙台って!遠すぎません!?」


「旅費と宿泊費、それに遠方手当も出るんだからグダグダ言うな前川!!」


 僕は新幹線の中で土倉さんに愚痴る。京都の陰陽寮本部からの指令は何と仙台で暴れているダンピュールを討伐しろと言うもの。


「仙台に陰陽師は居ないんですか?」


「本来は東北支部の管轄だが、蠱毒騒ぎで東北支部は壊滅状態らしい。だから俺達が派遣されるわけだ」


「え!?コッチでも蠱毒騒ぎ有ったんですか!!危なすぎでしょ!!何で僕らみたいな下っ端が行くんですか!!『守護』を派遣しましょうよ!!」


「新たな大妖怪が生まれたそうだ。妖魔界隈で勢力の均衡が崩れる恐れが有る。そうなれば何が起こるか解らない。本部もピリピリしてて、『守護』は皇居当直の3名を除いて、9名全員厳戒態勢。

 適当な任務に守護を動かせば、いざという時の即応力が減る。アイツラが動くのは俺達がこの任務に失敗して死んだ後だろうな」


「なんですかそれ!!俺達まるで捨て駒ですよ!!大体新しく生まれた大妖怪って藤堂さんですよ!たぶん。大丈夫ですって」


 藤堂さんは人間に被害を与えるような性格じゃないし!


 そう思って言ったが、土倉さんはそんな僕の意見を否定する。


「アイツだから余計拙いんだろうが!妖魔界隈の常識がないアイツなら悪気なく均衡を崩すような事する可能性有るぞ!!

 確かにアイツは直接的に人間に被害を出さないだろうが、間接被害は自覚できないから多分気づかず出すぞ!!」


「な、なるほど〜」


 確かにそう言われると擁護できない所が有る。


「気を引き締めろよ!相当ヤバイ相手みたいだからな」


 表情を険しいものに変え、土倉さんが呟く。


「はい!!」


 新幹線が駅に止まり、僕たちは車両から降りる。


 そう言えば、藤堂さん達以外の吸血鬼と戦うの、初めてだな。


ー○●○ー


「はぁ!はぁ!はぁ!見つけた!!」


 息を切らしながら、ボクは件の少女を見つける。


「アレか?栄心」


「はい!大木さん。間違いないです」


 ビルの屋上から覗く、あるビジネスホテルの一室。少女は寝ている宿泊客の首筋に牙を突き立てる。


「確かに、ダンピュールだな」


「はい!」


 ボク達はグール。向こうは格上のダンピュール。でも、ボク達は15人。相手は1人。


「数で押すしか無いな。行くぞ!!」


「「「はい!!」」」


 哀れな獲物の血を吸い上げた少女が、壁をすり抜けて建物の外に出ると同時に、ボク達は襲いかかる。


「え!?」


「「「はぁぁぁ!!!!」」」


 空中で突然現れ、爪を突き立てようとするボク達に少女・西沢夏恋は一瞬目を丸くするが、流石は歴戦のダンピュール。薄い笑みを浮かべて即座に壁に潜ると、そのまま、道路に敷かれたアスファルトから現れる。


「最近よく解らない人間に付け狙われて困ってたけど、グールまで徒党を組んで襲ってくるなんて、何事かな?」


 不快そうに表情を歪めて首を傾げる西沢夏恋。


「もうすぐ死ぬお前には、知る必要はない!!」


「本気で言ってる?グールがダンピュールに勝てるって?」


 大木さんの言葉を西沢夏恋は笑い飛ばす。


「貴様こそ、この数が見えないのか?」


「あはは!!本当に可笑しい!!私達の戦いは量より質。10体居ようが、100体居ようが、格下は格上には勝てないよ!だって、生物としての格がそもそも違うもの」


 西沢夏恋は体を折り曲げるようにして、堪えきれないと言った様子で笑う。


「そう思いたいならそう思いながら死んでいけ。掛かれ!!」


「「「はっ!!」」」


 ボク達15人は一斉に西沢夏恋に襲いかかる。


「本当にお馬鹿さん!!」


 襲いかかるボク達に、彼女は冷たい笑みを向けた。


ー○●○ー


「コレは予想外!!」


「確かに、しかし、あのグール達はいったい?」


 驚きの声を上げる糸井唯の後ろで部下の呪術師も目を丸くする。


 件の西沢夏恋が狩場にするホテルの1つを突き止め、張り込むつもりでそこに向かうと、西沢夏恋と正体不明のグール達が戦闘中だったのだ。


「敵対してることは間違いないだろうけど、あのグール達の目的はいったい?」


 グールが徒党を組んでいるなら、その背後に操っているヴァンパイアか真祖が居るだろう。しかし、気になるのはその上位存在は西沢夏恋をどうするつもりなのか?


「あっ!操呪様!」


「どうしたの?」


 呪術師の1人が何かに気づいたような声を出す。


「彼らは、元々我らの仲間では?」


「え?」


「四天鬼に壊滅させられたアジトに居たメンバーです」


「何ですって!!」


 確かに、よく見るとチラホラ見たことがあるような顔がある。


「四天鬼は殺した呪術師をグールにして使役するの?でも、今までは、まさか!!」


 ダンピュールは、グールを使役できない。しかし、ヴァンパイアは出来る。

 今まで、四天鬼は上級怪に匹敵する戦闘能力を有していたが、その正体は、特殊な能力を有した中級怪だった。4鬼ともダンピュールだったのだ。

 しかし今、四天鬼に支配されていると思しきグールが現れた。それはつまり、四天鬼が上級怪であるヴァンパイアに進化した証。


「あの四天鬼がヴァンパイアに進化したと成れば、普通の上級怪で収まるはずがない。間違いなく大妖クラス」


 それらに攻められたら本部はどうなるか。最早勝ち負けなどを論ずる次元ではない。


「嘘でしょう」


 糸井唯の額から冷や汗が溢れた。

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