第16話 氷柱女房

目が覚めると、毒々しい草木と血のように赤い川が流れる平原に居た。空は闇に覆われており、川を流れる水と同様、毒々しい赤い月が浮かんでいる。


「此処は?」


 混乱する頭でボクは思い出す。


「あ!そうだ!!四天鬼の襲撃!!」


 病呪様が殺された後、ボク達は呪怨会が保有する別のアジトに移っていたが、突然大柄なヴァンパイアによって襲撃された。確かアイツは自身を新四天鬼の闘天鬼だと言っていた。


「殺された?それで人身御供の呪いのおかげで生き返った?でも、此処は?」


 辺りを見回すが、知らない場所だ。


「う!此処は?」


「え?」


 声が聞こえて辺りを見回すと、何人もの呪怨会のメンバーが居た。


「栄心!!無事か?」


「はい。大木さんも!!」


「ああ。何とかな。しかし…」


 彼も辺りを見回して首を傾げる。此処はよく解らない場所だ。


「全員起きたか?」


「へ?」


 声を掛けられて、振り返ると、ボク達のアジトを襲った四天鬼が立っていた。


「うわぁぁぁ!!!」


 恐怖のあまりボクは腰を抜かすが、そいつはそんな反応はお構いなしに喋る。


「俺は『闘天鬼』大島大輔だ。お前ら呪怨会の屑どもは、俺が一度殺して全員グールにした」


「「「なっ!!」」」


 言われたことを脳が理解するのに時間がかかった。グールにされた?ボク達が?


「俺からお前たちへの命令は2つ。1つは呪怨会のアジトを襲撃すること。俺には『眷属制御』の能力が有る。貴様らは俺を裏切れない。

 今まで重ねてきた罪は呪怨会を討伐することでそそげ!

 次にもう1つの命令だが、仙台に巣食うダンピュールを捕らえてこい!以上だ。

 働きが良かった者には俺から忍殿に頼んで日光耐性を与えて貰えるように手配しよう」


「「「なっ!!」」」


 言われた事は、予想もしていなかった事。


「巫山戯るな!!我らは呪怨会だぞ!!妖魔ごときの言いなりに成ってたまるか!!」


 1人の仲間が『闘天鬼』に飛びかかる。その速度は常人のものではなく、確かにグール化したことによって強化されている。


「止まれ」


「うっ!!」


 飛びかかる仲間に対して『闘天鬼』が放った小さな声の命令。その一言で、彼は体が動かなくなる。


「従わないならそれも良い」


 動きを封じられた仲間の肩に手を置く闘天鬼。その掌から禍々しい瘴気が吹き出る。


「ぎゃぁぁぁぁ!!!」


 全身が爛れた彼は悲鳴を上げる。


「断るのなら今まで重ねた罪に相当する罰を受けるだけだ。死ぬことはない。グールは既に死んでいる存在。この程度の瘴気では消滅しない。ただ、延々と瘴気に溶かされる苦痛を味わい続けるだけだ」


 闘天鬼。いや、闘天鬼様の言葉にボクは背筋が寒くなる。仲間たちも皆青い表情をしている。そして、逆らった仲間の悲鳴は途切れること無くボク達の耳を打つ。


「おい!お前ら!!」


 大木さんの焦った声。何事かと振り返れば、何人かの仲間がフラフラと歩き始める。


「何処に行く気だ!!」


「嫌だ!あんな風になりたくない」


「苦しみから開放されたくて呪術師に成ったのに、延々と苦しみ続けるなんて御免だ」


「アジトの場所は解る。潰してくれば助かるんだ」


 ブツブツと呟く仲間に、大木さんは非難の声を上げる。


「待て!!お前ら!裏切るのか!!」


「もう、俺達は人間じゃない。裏切りじゃない」


「もう呪怨会は仲間じゃない」


 大半がアジトを襲うために出ていくが、ボクや大木さんを含め、数人が残る。


「お前らは逆らうのか?」


 逆らう選択肢は無い。そんな事をすれば待っているのは地獄だ。でも、流石に呪怨会を襲うのは気が咎める。


 それなら、選択肢は一つしか無い。


「仙台のダンピュールを捕まえてきます!!彼女は呪怨会も調べていました!!西沢にしざわ夏恋かれん!!捕まえてきてみせます!!」


「ほう!解った。ならすぐに迎え!!」


 ボク達は闘天鬼様の声に押されるように領域を出る。目指すは仙台。敵は西沢夏恋だ。


ー○●○ー


 真祖と成った俺、藤堂忍は再び分身体に意識を戻す。まあ、『多重思考』をゲットしたので、今までのように本体は意識がないなどということは無いのだが。

  分身体も本体に合わせて進化している。


「この姿で会いに行って兄貴解るかな?」


 とにかく兄貴の彼女。氷柱女房について話さないといけない。


「ん?」


 考え事をしながら地面を歩くように見せかけながら滑っていると、辺りを妙な力が包み込む。


「結界?」


 周囲を見ると、人々が意識を失って倒れている。ちょっとヤバげだ。


「向こうかな?」


 結界を張った相手が居そうな場所に向かって滑る。


「な、なんだ!!き、君たちは!!」


「え!?兄貴?」


 結界の中心に居たのは何とウチの兄貴である。確かに兄貴の部屋の近くだから居ても不思議はないけど、彼女さんを庇うようにして、怪しい格好の集団に囲まれている。


「その女をコッチに渡せ。蠱炭が潰された以上、直接妖魔を捕らえて、邪気を集める」


「な、何を言ってるんだ?君たちはいったい…」


「我らは呪怨会。俺は呪怨会最高幹部『六呪』の1人『炎呪』の火野ひの炎生えんせい死にたくなければ大人しくその女をこちらに渡して、全て忘れろ。その女は人じゃない。気にするな」


「な、何を!!」


「の、希さん!その」


「大丈夫!!雪穂さんは絶対僕が守るから!!」


 おう!おう!格好良いね!兄貴!!でも、流石に一般人の兄貴には荷が重いよな。助けようか?でも、流石に俺が出ていって呪怨会適当に蹴散らすと残念臭凄くない?


「良し!!此処は兄貴に頑張ってもらおう!!」


 とは言っても、手助けはする。


「先ずは『反神威領域』『吸血領界』『非同族弱体領界 』展開!!」


 呪怨会の連中が張ったチャチな結界が砕け散り、周囲を俺の吸血結界が覆い。辺り一帯が反神威領域になり、俺以外の存在が超常の力を使えなくなる。


「なっ!?これは!!」


「え、炎呪様!!?」


 突然の事に驚く呪怨会の呪術師達。しかし、兄貴の彼女である氷柱女房も表情を固くする。


「え!?雪穂さん?」


「あ!希さん!!その、これは…」


 驚く兄貴と、慌てる氷柱女房の声。何かと思い視線を戻す。


「あちゃぁぁ〜。そう言えばそうだった」


 氷柱女房の髪と瞳は黒から白銀へと変わっている。


 そう言えば、アレは術か何かで色を変えてたんだっけ?明らかに俺の『反神威領域』の影響だよね。


「えっと、何でいきなり色が変わったのか解らないけど、そっちも綺麗で良いと思うよ」


「あっ!!」


 何とも言えない空気で見つめ合う二人。いちゃつくなや!!非常事態だコラ!!


「『生物操作』」


「うわぁ!!」


「え!?希さん?」


 兄貴の体を操り、『炎呪』を殴りつける。


「ぐべぇぇぇ!!!」


「「「え、炎呪様!!」」」


 驚く呪術師達。今、彼らは全員術を一切使えない。俺の『反神威領域』で異能を一切封じている。その上、俺の吸血結界でこの場に居るだけで徐々に血を失っていく。その量は1秒毎に1ml程度。まあ、もっと本気で張れば量は増えるけど。まあこれで十分だ。この中で生存するのは40分程度が限界だろう。

 そして『 非同族弱体領界』兄貴だけは対象外にしているが、呪術師は全てのスペックが半減してしまっている。

 更に俺は『ベクトル支配』によって兄貴の打撃に生じる反作用のベクトルを反転させている。

 つまり打撃の威力が2倍に成るのだ。


「うん!明らかに自分でやった方が楽!」


 でも、それだと兄貴の立場がないからな。まあ、一発殴って相手のボスぶっ飛ばさせたから一応良いかな?


「大変そうだね。兄貴」


「え!?」


 俺は蝙蝠を従え、優雅に宙を滑りながら兄貴の前に現れる。


 因みに出現と同時に周囲に放った雷撃で、呪術師は全員意識を失った。まあ、仮に目が覚めても神経を焼いたから動けないけど。


「だ、大妖怪!!」


「誰だ?」


 氷柱女房の表情が絶望と恐怖に染まり、兄貴は困惑した顔に成る。


 あ!流石に俺だと解らないか!!


「俺だよ兄貴!忍!」


「し、忍!!」


 俺の言葉に兄貴は目玉が飛び出さないかと思う勢いで目を見開く。


「ま、また進化したのか?」


「そう!コレで最後。どう?すげぇだろ?」


「ああ。進化するたびにルックスが良くなってたが、今回は一段と凄いな。羨ましい!!」


 ふっ!僻め!僻め!


「まあ、もう兄貴みたいな平凡男とは住む世界が違うって言うか?イケメンの世界に入っちゃったって言うか?」


「ぐっ!だが、僕には彼女が…」


「その人氷柱女房って妖魔だよ。知ってる?氷柱女房って、昔独り身の男が自分の家の軒にできた氷柱を見て、この氷柱の様に美しい嫁が欲しいって言ったら本当に氷柱が変化して嫁いでくる。それが発生条件の妖魔なんだよ。つまり兄貴は彼女が欲しすぎて1人で彼女が欲しいと大声で言ったと言うこと!!」


「なっ!!そ、それは、その…」


 目が泳ぐ。やっぱりな。


「その点俺は、もうこの姿ならモテまくること間違いなし!!」


 まあ、実際にはモテた経験ない。でも、そもそも進化してから人前行ってないだけで、絶対正体隠して町に出れば女子のハートを鷲掴みだと思う!!


「う、羨ましい!!」


「ハッハッハ!!そうだろう!そうだろう!!」


 兄貴から羨ましいの言葉を引き出し、有頂天に成る俺、しかし、そんな場に冷ややかな声が掛かる。


「へ〜。希さんは女の子にモテたいんですか?私じゃ不満なんですか?やっぱり人間が良いんですかね?」


「へ?」


 何だろう?妖気を一切使えない筈なのに、辺り一面凍らされたと錯覚するような冷たい声音。


 俺と兄貴がぎょっして声の発生源を見ると、目からハイライトが消えた氷柱女房が兄貴をジッと見つめていた。


「いや、その、違うよ!雪穂さん。誤解だよ!俺はこの世で最も雪穂さんを愛してるよ。ただ、イケメンになれた弟が羨ましいってだけで…」


「あ!因みに兄貴!氷柱女房は雪女と違って最初から人に害を与えるタイプの妖魔じゃ無いけど、浮気したら氷柱の槍で刺殺してくるよ」


「え!?嘘!!」


「何で驚くんですか?浮気しなければ何の問題も無いのに、何か都合が悪いことでも?」


「いや、そんな事無いよ!!」


 おやおや。すっかり緊張感が無くなったな。


 俺は問い詰められる兄貴を見捨ててその場を離れる。


 それにしても呪術師共は氷柱女房を狙ったみたいだったな?


「何で妖魔を狙うんだろう?」


 俺が進化し、四天鬼や仲間も強化してヴァンパイアも増えた。戦力では圧倒的に上回っている。でも、敵の目的が解らないままではいつか足元を掬われそうな気がした。

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