第15話 太田 悠里

 鼻歌を歌いながら夜の街を歩く。すれ違う男の人たちがチラチラと此方を見る。


「慣れないな〜。この感じ」


 生前は確かに太っていたし、容姿にも恵まれていなかったが、外見が変わるだけで此処まで反応が変わるとは…


「やっぱり人間は愚かだな〜」


 こう言うと私まで亜夢ちゃんの病気が移ったように思えるけど、でも私は人間じゃ無いからどうしてもこんな感想になる。

 森沢透子と言う人間の少女はあの時死んだ。此処に居る私、ヴァンパイアの森沢透子はやっぱり人間じゃ無いから、人間を異種族として見てしまうんだよね。


「此処かな?」


 道行く人たちの視線を無視して目的地のビルの前に来る。


「廃ビル!だけど!!」


 藤堂君が真祖に成ったおかげで、私達はヴァンパイアに成ることが出来た。能力も大幅に増えており、晴れて上級怪の仲間入りだ。


 そんな新しい能力のウチの1つを私は使う。


「出ておいで!」


 私の体中から無数の雀蜂とセアカゴケグモが飛び出す。虫たちは見る見る間に大きくなり、雀蜂は体長1m程、セアカゴケグモは体長3m程まで巨大化する。


「行け!!」


「「「………」」」


 虫たちはビルの壁を突き破って次々と侵入していく。中から本来居ないはずの人の悲鳴が聞こえる。


「ぎゃぁぁぁ!!」


「何だ!コイツラは!!」


「む、虫だぁぁぁ!!」


 中では何度か破砕音も聞こえる。おそらく中の連中が呪術で虫に反撃しているのだろう。


「ふむ」


 虫の中の何匹かは『分裂変化』と『巨大化』によって作った私の一部なので、視覚は共有される。中の様子を確認するがすべて死体に成っており、復活する気配もない。『対神威領域』もきちんと機能したようである。


「終わったかな?」


 ビルの中は死体ばかりである。


「良し!回収しなきゃ!!」


 また体から大量の虫を出す。今度は普通サイズのまま。但し数は多い。すべて蚊と蛭だ。


「血が勿体無いもんね!!ご飯!ご飯!」


 実は藤堂君の領域に流れる血の川や血の池の血は飲むと乾きは満たされるが、能力が増えたりするような強化は起こらない。

 やはりまがい物と言うことだ。強化には本物の人血が要る。


 蚊が死体から血を根こそぎ抜き取り、周囲に飛び散った血を蛭が綺麗に吸い取る。


「死体も有ると騒ぎになるな」


 濃縮した瘴気を当てると死体は泡立ち始め、溶けて無くなる。


「良し!この調子で全部片付けなきゃ!!」


 虫たちを全て私の体に戻して、死体処理を始める。実はコレが結構難しい。威力強すぎると地面まで溶けちゃうし。

 ビルは倒壊させる予定だけど、後で一般の人が瓦礫を片付ける時に、溶けた床とかが有ったら騒ぎになるかもしれないもんね!


 黙々と作業をこなし、ついに最後の死体を片付ける。


「終わった〜」


 もう明け方だ。戦闘よりも事後処理の方が時間がかかる。


「日光耐性得てなかったらヤバかった〜」


 藤堂君は真祖の中でも特別らしく、ダンピュールをヴァンパイアにする時にデイライトウォーカーにするか普通のヴァンパイアにするかは選べるように成ったらしい。ダンピュールの時に自力で日光耐性獲得してたら絶対デイライトウォーカーだけど。


「やっと私もお天道様の下を歩けるよ!」


 朝日が挿し始めた道を伸びをしながら堂々と歩く。


「良い天気〜」


 そんな独り言を口走りながらちょっと浮かれて道を歩く。ああ〜太陽って素晴らしい!!

  

 ー○●○ー


 もう限界だ。終わりにしたい。ビルの屋上の端へ進む。


「ブスで、貧乏で、良いことなんて無い人生だったなぁ」


 涙が溢れてくる。所詮人間は他人を外見で判断する。子どもの集団では特にそれが顕著だ。


 金持ちの娘の美少女が貧乏人のブスをイジメていても、誰も助けてはくれなかった。


「さよなら」


 もし来世が有るなら、次は人間には生まれ変わりたく無いな。


 そう思いながら私は、屋上から飛び降りた。


「え!?」


 落下する私の目に、下を歩く少女が映る。


 巻き込んでしまう!!


「あぶっ!!」


「へ!?」


 私の声に驚いたように少女は此方を見上げる。綺麗な娘。それが私の最後の思考。それっきり私の意識は闇に閉ざされた。


ー○●○ー


 今日は厄日だろうか。折角呪怨会のアジトを潰して帰る途中だったのに、空から女の子が降ってきた。それだけ聴くとどっかの映画みたいだが、その少女は重力に従って落下し、私は見事に下敷きにされた。


「人間だったら絶対死んでる!!」


 潰れた胴体や変な方向に折れ曲がった手足がものすごい速度で再生する。問題なのは事態に気づいて人が集まってきている事だ。明らかに異常な再生現場を見られてしまう。


「う、あぁぁぁ」


「え!?生きてる!!」


 件の私を潰してくれた娘は手足が曲がり、吐血しているが、私がクッションに成ったおかげか生きている。


「まあ、この怪我じゃ生地獄か」


 凄まじい痛みが有るだろうが、その痛みを脳が認識しているかも微妙だろう。


「とりあえず、移動しないと!見物人の記憶は後で亜夢ちゃんにお願いしよ!!」


 半死半生の少女を持って私はその場をヴァンパイアの全速力で離れる。


「さて!どうしようかな?この娘?」


 とりあえず今のままではかわいそう過ぎる。私は彼女の血を吸い出し、代わりに自分の血を与える。


「あ、あぁぁぁぁ!!!」


 狂った様なうめき声の後、彼女はゆっくりと目を開ける。


「こ、ここは!?」


「どっかの使用されて無い倉庫」


「貴女は?」


 ぼんやりしていた少女だが、はっ!と何かに気づいた様に跳ね起きる。


「ご、ごめんなさい!!飛び降り自殺に巻き込んで!!」


「ホントだよ!!もう止めてね!結構大変だったんだから」


「えっと、何で?」


 少女は私をしげしげと眺めてた後、自分の体を見る。まあ、言いたいことは解る。ビルから飛び降りた人と、その下敷きに成った人。ふつうどっちも五体満足じゃ居られない。


「こういう事だよ」


 私の左腕が急激に膨張し、そこから体高3mのセアカゴケグモが現れる。


「ひっ!!」


「大丈夫!!この子は私の一部だから、襲ってきたりしないよ」


「え!?一部?何この蜘蛛!!腕から出てきた!?腕?凄く大きくなって!?え?貴女、何?」


 誰じゃなくて、何と来たか!まあ、解ったと言うことだろう。彼女の顔は明らかに怯えている。


「何?か!!種族の事を言ってるんならこう答えようかな?ヴァンパイアの森沢透子だよ!!」


「ば、ヴァンパイア!!」


 彼女は私の言葉に大きく目を見開くが、その後、口を突いて出た言葉は私が予想していなかった言葉だった。


「え!?ヴァンパイア?虫とか腕から出したし、そもそもその腕も膨張してたし、もっと気持ち悪い感じのモンスターなのかと?え!?そんなにクールなタイプの人外なんですか!?」


「うおぉぉいい!!!突っ込むのそこかぁぁぁいい!!」


 いや!確かにね!!蟲使いはヴァンパイアっぽくないよね!!それは解る。


「仕方ないの!!そういう能力なの!!で、貴女なんであんな事したの?」


「それは、その、私ブスだし、家は貧乏だし、イジメられるし、生きてても良いこと無いから」


 あ〜。昔の私だ!この娘。


 綺麗事を言って説教するのは簡単だけど、それじゃ多分この娘は納得しない。


 なら!


「なら、綺麗に成ってみる?」


「へ!?何を言って?」


「成れるよ。貴女だって人じゃ無くなったんだもの。私の仕事を手伝ってくれるならね」


「人じゃない?」


「うん。死んだ貴女に私の血をあげて生き返らせたもの。貴女はもう人じゃない。グールだよ」


「グール。人じゃない?私が、綺麗に成れる?」


「うん。今もグール化で多少容姿が変わってるけど、ダンピュールに進化すればもっと美形になるし、ヴァンパイアに成れば私ぐらいには成れるよ。

 私だって成れたもの。今度私の写真見せてあげる」


「綺麗に成れる!私が!!」


 彼女は感極まった様に眼を閉じ、もう一度開く。


「やらせてください!!どんな事でもします!!」


「うん!有難う!!貴女、名前は?」


太田ただ悠里ゆいです」


「そう!よろしくね!」


 後から思えば、コレがきっかけだった。


 藤堂くんの勢力が大きく拡大するきっかけ。そして彼が望まない方向に変わっていくきっかけだった。

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