第12話 叡天鬼VS蛇虱人蠱

 巨大な蠱毒の尾がしなり、壁を砕く。


「流石に強力だな」


 私、本田啓生はその尾を躱し、返礼とばかりに念動力で蠱毒の頭を捕縛しようとするが…


「ギュルルル」


「駄目か」


 念動力の拘束を力ずくで解き、蠱毒は再びこちらに突進を開始する。


「拙いな」


 蠱毒の後方の小石と自身の位置を『置換』で入れ替え、再び攻撃を躱す。


「決め手がない」


 実はこの蠱毒、上級怪と言う割には強くない。確かに力や速さ、妖気の量等は全て此方を圧倒しており、忍君に近いレベルだが、能力があまり無い。さっきから毒液を吐く以外は鎌や毒針、巨体等に寄る物理的な攻撃だ。


「人為的に作った生まれたての上級怪。まだ能力が少ないと言うことか」


 もう一つは知能だ。蛇や虫並みである。素材に成った呪術師の自我は残っていないようで、呪術も使わず、単調な攻撃を繰り返してくる。此方を敵と認識して襲ってくる当たり、僅かに呪術師の記憶も残っているのかも知れないが、その程度だ。


「これなら倒すのは容易だ。しかしなぁ〜」


 練り上げた瘴気闘法で練り上げた力を念動力の応用で貫通力の高い衝撃波として跳ばせばおそらく倒せるだろう。だが、問題が有る。


「おそらく人身御供の呪いはまだ有効だろうな」


「ギュギュギュゥゥゥ!!!」


「ちっ!!」


 何度目か解らない攻撃を躱す。


「人身御供の呪いを打ち消すには濃度の濃い『対神威領域』に入れないといけないが、流石にアレには近づけん」


 単純に倒して終わりではない。何処の誰とは知らない一般人だが、人質を取られているに等しい状況なのだ。


「決め手がないな」


 そして、このまま戦い続ければ、体力と妖気の量から先にガス欠を起こすのは此方だ。


「ギュオォォォォ!!!」


 蠱毒が苛立たしげに唸り声を上げ、大量の毒針を周囲に撒き散らす。


「ちっ!!避けるのは無理だが…」


 念動力で針を止めるが、蠱毒は構わずに撒き続ける。


「くそっ!物量作戦に出たか!?」


 念動力は使っている間は妖力を消費し続ける。そして、消耗戦をやれば負けるのは此方だ。


「ぐぅぅぅぅ」


 針の量が増え続け、徐々に重くなってくる。『置換』で一旦移動しようかと考えたが、本当に死角無く周囲の全てに撒かれている。


「飛べば、その瞬間、毒針を食らうな」


 いや、もうこの際多少の毒針には眼を瞑ろう。それよりも早く戦闘を終わらせることが重要だ。


「一か八かだが」


 小石を蠱毒に向かって投げる。投げられた小石は毒針が貫通するが、威力を失わずに蠱毒の間近に接近する。


「此処だ!!」


 刹那のタイミングで小石と自身の位置を『置換』で入れ替える。


「ぐぅぅぅ!!」


 入れ替えると同時に全身の至る所に毒針が刺さるが、気にする余裕はない。


「此れでどうだ!!」


 『対神威領域』で蠱毒を覆い、『瘴気闘法』で限界まで練り上げた力を衝撃波にして至近距離から叩き込む。


「はぁぁぁ!!!」


「ギュオ!?オオオォォォォォ!!!」


 叩きつけた衝撃波は蠱毒の頭部と体の上部分を粉砕し、更に溶かしてしまう。


「やった。これで終わりだ」


 毒が回ってきたのか、体が怠い。私はその場で座り込もうとした。


「がふぅ!?」


 しかし、座り込もうとした瞬間、腹部に激痛が走る。


「なっ!?」


 何が起きたのか解らず、一瞬思考が停止する。


「ぐっ!これは!?」


 視線を下げると、自身の腹を巨大な百足の尾が貫いている。蠱毒の尾の一本である事に疑いはない。


「馬鹿な!?生きているのか?」


 人身御供の呪いは不発になったはずだ。再生能力があったとしても『対神威領域』で威力が弱まるだろう。

 『瘴気闘法』は再生を阻害する。今も此方の瘴気の影響で破壊した断面が溶けているのだから再生を阻害されている事に疑いはない。


「ギュギュギュゥゥゥゥゥ!!!!」


 なぜ生きているのか意味が解らない。しかしそんな事を考えている間に蠱毒の躰の側面から新しい頭が生えてくる。


「なっ!?こんな事が!!」


 ありえない生命力だ。


「ギュオオオォォォ」


「ぐっ!?」


 巨大な蠱毒の顎門が迫ってく。


「ぐぅぅぅ」


 逃げようと藻掻くが、腹に刺さった尾が抜けない。敵に触れている状況で『置換』を使っても敵も一緒に移動するだけなので、何の解決にもならない。

 

「ぐうっ!くそっ!」


 視界の奥に妻の顔が浮かぶ。ああ、死ぬのか?経立に殺された後、折角生き返りダンピュールに成ったのに、結局此処で死ぬのか。


「嫌だ!嫌だ!嫌だ!まだ死ねない!!ぐぅぅぅ」


 念動力で必死に抵抗するが効かない。しかも、毒の影響で徐々に力も抜けてくる。


「あぁぁぁ!?」


 蠱毒の顎門が視界を覆い、私の意識は闇に閉ざされた。


ー○●○ー


「げっ!?結構手遅れ感有る状況!ヤバイな」


 亜夢ちゃんと森沢さんから『人身御供の呪い』について訊いた俺は、一先ず対策を練るために四天鬼を集める事にした。

 遣いに式神を派遣すると、順一さんはすぐに来てくれたが、啓生さんは結構ピンチみたいだったので慌てて助けに来たのだ。


「………」


 一緒について来た順一さんが無言で蠱毒に斬りかかろうとするが、俺はそれを手で制す。


「大丈夫。俺が殺るから」


 人差し指の腹を少し爪で傷つけ、出てきた血を電化させて放つ。


「ギュ!!!!」


 荷電粒子と成った血が赫い軌道を描き、蠱毒の頭部と尾は粉砕される。


「よっと」


 空中に放り出された啓生さんの体を森沢さんがキャッチし、その状態を確認する。


「うん!この程度なら大丈夫そう!解毒だけしとこうかな」


 因みに「この程度」と言うのは、蠱毒に胸から上を喰われ、口の中で咀嚼されかけた状態だ。喰われたと部分は捕食するために何度も噛み砕かれた様で正直直視出来ないような状態だが、何処も飲み込まれてはいない以上、高い再生能力を誇るダンピュールやヴァンパイアは放っとけば治る。

 確かに俺達基準では「この程度」の傷だ。


「主様!!お願いしたじゃないですか!!無言は駄目ですよ」


 後ろから亜夢ちゃんが抗議の声を上げる。


「へ?」


「技名です!技名!!今の攻撃、折角格好良い攻撃なんだから技名を言わないと駄目です!」


 技名って。啓生さんが負けたのに亜夢ちゃんマイペースだね。


「別に技名なんて無いけど?」


「私が考えて差し上げたじゃないですか!?瘴血荷電粒子閃光砲アビス・ブラッド・レイです!」


「その恥ずかしい技名を大声で叫びながら撃てと?」


 嫌だよ!!敵じゃなくて羞恥心に殺されるわ!!


「恥ずかしくないです!格好良いです!!」


 何処がだ!!格好良いと思えるのは一部の病気の人だけだよ!!


「ギュギュウゥゥゥ」


「あ!?また別の頭生えてる!」


 馬鹿なやり取りをしている内に孤独がまた別の頭を生やして此方に突進してくる。


「どういう能力だろう?」


 念動力で動きを止める。


「ギュ!?」


 驚いた蠱毒はなんとか拘束を解こうと藻掻くが、残念、俺の念動力と啓生さんの念動力では威力が違う。


「と言うかコイツ一応竜蛇だよな?」


 蛇が素材に使われているし間違いないだろう。


「心臓貰っとくか」


 手っ取り早く体を切り開き、心臓を発見してもぎ取り、電気で焼いて食べる。


「あ!やっぱり竜蛇だ!」


 これでまたちょっと力が増すだろう。竜蛇の心臓。ありがたいことだ。


「藤堂君!それ」


「ん?」


 森沢さんが指差す場所。先程まで蠱毒の心臓があった部分からまた蠱毒の心臓が生えてくる。


「ああ!心臓もか!」


 これはどうなんだろう?食べれば効果が有るのだろうか?それとも同じ個体のだからノーカンか?


「喰ってみるか」


 再びもぎ取り食べる。


「おおぉぉ!!」


 またちょっと力が増す。そして心臓がまた生える。


「こ、これはまさか!?」


 竜蛇の心臓取り放題では!?


「す、すげぇ!!」


 俺は生える側からもぎ取って胃袋に収めていく。流石に途中で腹がいっぱいに成ったからそこからは『分裂変化』で体から出した蝙蝠に喰わせて体に戻す。やり方で摂取を続ける。


「でもどういう仕組みだろう?普通再生能力なら心臓が再生しても2つ目以降は効果ないよね?」


「おそらく能力ではなく生物としての機能だからだろう」


「あ!?本田さん!気が付きました?」


 森沢さんの疑問に再生が終わり、意識を取り戻した啓生さんが答える。


「プラナリアと言う生物は頭を切り落としても頭が生えてくるし、頭からも体が生えてくるそうだ。栄養さえあればな」


「へ〜」


 啓生さんの答えに森沢さんが関心したような声を上げる。


 なるほど。材料にプラナリアを使っていたのかも知れない。


 それからもどんどんもぎ取っていくが、ついにその再生が止まる。


「あ!終わった!?」


「躯もよく見ると一回り縮んでいる。おそらく栄養を使い果たしたのだろう」


 なるほどそれでか!


 確かにもう蠱毒はピクリとも動かない。


「流石に無限供給はされないか」


 瘴気で残りを溶かす。これで退治は出来た。


「それにしてもどれくらい竜蛇の心臓食べただろう?」


 少なくとも三桁はいっている。かなりの量だった。


「あ!?」


「どうしたの?」


 俺の声に森沢さんは首を傾げる。


「いや〜」


 胸の奥が熱く、痛くなる。これは例のやつだ!!始まる!


 俺の妖気と邪気が急速に高まりだし、一緒に居る四天鬼が目を見開く。


「え?藤堂君?」


「これは!?上位種への進化!!」


 言い当てたのは亜夢ちゃんだった。その通り。ついに大妖怪の仲間入りである。


 俺は妖気の高ぶりに身を任せた。

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