第11話 蛇虱人蠱

 これは面白い。もたらされた情報に柊女史は口元に笑みを浮かべる。


「禁断の果実か。西洋の悪魔崇拝者の手記に記述が載っていたな。さてさて本当に楽園を追い出される物なのかどうか」


 日本で見つかるとは僥倖。彼女は次に向けて準備を始めた。


ー○●○ー


「とりあえず、大丈夫そう?」


 鏡に映る水母に確認すると、彼女は頷く。


「うむ。お主の式神が確認した件の妖魔じゃが、氷柱女房だったのじゃろう?寒いうちは問題あるまい」


 兄貴の彼女の正体は氷柱女房だった。人を食い物にする妖魔じゃ無いから、一先ず危険は無いが、氷柱女房は熱くなれば一度姿を保てずに消え、冬になるとまた現れる。

 確か昔話では居なくなった間に他の女性と結婚していたから裏切られたと思った氷柱女房は相手の男を氷の槍で貫いて殺す。逆に言えば、夏に居なくなっても一途に思い続けて帰ってくるのを待っていれば危険はない。


 一つ上げるとすれば面白いのはその発生条件。確か氷柱女房は独り身の男が家の戸口に垂れた氷柱を見て、この氷柱のように美しい嫁が欲しいと独りごちると、本当に氷柱が女性に変化して嫁に来るというものだったはず、つまり兄貴は少なくとも彼女が欲しいと独り言を言っていた事になる。

 モテない男は辛いよね兄貴。俺もそっち側だからよく解かる。


「でも良かった。いくら分身体が居るとはいえ、どっちかしか動かせないから兄貴の彼女が人を食い物にするタイプの妖魔なら、呪怨会の件は四天鬼に丸投げしなきゃいけない所だった」


「まあ、それでも問題ないかもしれんがの。お主は気づいておらぬが、お主の強さも四天鬼の強さも相当なもの。呪怨会の頭がどれ程かに依るが、そうそう負けはせんじゃろう」


 だと良いけどな。そんな風に考えていると、部屋に亜夢ちゃんと森沢さんが入ってくる。


「主様!お話が」


「どうしたの?」


 2人の表情が固い。良くない知らせのようだ。


「土倉さんに教えてもらったんだけど」


 2人の話の聞き、元々白い顔から更に血の気が引くのが解った。


 『人身御供の呪い』どうやら呪怨会も簡単に終わってくれそうに無い。


ー○●○ー


「はぁはぁはぁ」


 必死に逃げる呪怨会のメンバーを、私、本田 啓生はゆっくりとした足取りで追う。


 既にネズミ達が追っているので焦る意味はない。むしろこれで我々がまだ掴めていない拠点に逃げてくれれば僥倖だ。


「ほぉ!此処か」


 たどり着いた建物は我らが感知していなかった場所。周囲に水辺がない。これは河姫が解らないわけだ。


 メガネの位置を直し、能力を使って外から中を確認する。


「十人ほどか。少ないな。あまり重要でない場所か? まあ、見つかって良かったと思っておこう」


 透視能力はこういう時に便利だ。この能力を発現した時に宮下亜夢が「覗き放題になる能力ってこと!?」と妻の前で大声で言ってくれたが、透視能力とは今のような普通は見えない場所に危険が無いか確認するために使うのだ。ああ、思い出しても忌々しい。


「さてと」


 建物内の適当な物に狙いを定め、もう一つの異能を発動。自身と其の物の場所を入れ替える。


 透視同様忍君に強化して貰った時に得た幾つかの異能の1つ『置換』である。「え!?痴漢!!それってどんな能力!?」等と忌々しい宮下亜夢が…止めておこう切がない。


「な!?馬鹿な!!」


「いつからそこに!!」


 突然出現した私に驚く呪術師共。驚いて止まっている余裕は無いだろうに。


「ぐぎゃぁ!!」


「え!?」


 念動で呪術師共の首を90度回転させてへし折っていく。一番労力を使わない討伐方だ。


 一秒にも満たない僅かな時間で全員の首を折るが、此処で予想外の事が起こる。


「う、うあぁぁぁ!!」


「くっ!何だコイツ!!これが四天鬼!!」


 折れた首が下に戻り呪術師達が全員息を吹き返す。


「どうなっている!?」


 コイツラ人間じゃ無いのか?いや、気配は間違いなく人間。ではこのありえない蘇生能力は何だ?


 私が混乱している間にも奴らは次々と起き上がる。ひょっとして今まで潰してきたアジトに居た呪術師達もすぐに立ち去ったから気づかなかっただけで蘇生していたのだろうか?


「四天鬼。六呪の方が2人も殺されたのだから相当な強さだろうとは思っていたが、想定以上だ。時間を稼いでくれ。巫蠱の術を使う」


「解った」


 1人が後ろに下がり、残りが私に向かって呪術を放ってくる。


「無駄だ」


 対神威領域を展開し、術の威力を弱めた後、念動力で操った大気で押しつぶして術を消す。


「死なないのはどういう理屈だ?」


「ぎゃぁぁ!!」


 今度は大気で押しつぶす。これで流石に死ぬか?


「あ、あがぁぁぁ!!」


 潰れた蛙の様に成っていた呪術師が蘇生され、体も徐々に下に戻ろうとするが、途中で蘇生が止まり、息を引き取る。


「今度は死んだ?」


「なっ!?死んだ!」


「馬鹿な!!人身御供の呪いがなぜ作動しない」


「人身御供の呪い?」


 何かカラクリがありそうだ。


「一筋縄ではいかんな。情報を貰おうか」


 手近にあった小石と呪術師の位置を入れ替える。


「え!?」


 驚いて固まってるようでは生きていけないぞ。そいつを念動力で捕縛し、細く伸ばした爪をそいつの頭に刺す。


「記憶を吸い出させてもらう」


 爪から流れ込んでくるそいつの記憶。


「なるほど。肩代わりさせる呪いか。厄介だな。しかしきちんと発動しなかった理由。おそらくはこちらが張った『対神威領域』の影響で呪いが弱まったからだろう。それなら…」


 対神威領域の広さを私のその呪術師だけギリギリ入れるくらいまで小さくする。

 

 『対神威領域』は領域内のある自身以外の異能や異能の源となる妖気や呪力等の神威を一定まで弱め、一定以下の物は消し去る。そしてどの程度まで弱めるかは、領域を張る者の強さに比例し、領域の広さに反比例する。つまり、領域が狭ければ狭いほど消せる量は増える。


「この中でも『人身御供の呪い』とやらは機能するかな?」


「ひっ!!は、離せぇぇぇ!!」


 記憶を吸い上げた爪から今度は血を吸い上げる。


「ひああぁぁぁぁ!!!」


 徐々に呪術師の体が干からびていき、最後は物言わぬ躯となる。


「さてと…」


 今度は蘇生する様子はない。成功だ。


「さてと、問題はもう1つだな」


 後ろの呪術師が行っている術。巫蠱の術で作ろうとしているもの。 蛇虱人蠱。


「作らせるわけにはいかないな」


 後ろの呪術師を置換で側の石と入れ替えようとするが、他の呪術師が代わりに入れ替わる。


「何!?」


「『禍移し』人から人へ異能の影響を移す。時間稼ぎだ」


「そうか。なら、お前からだ」


 そいつに爪を突き立て血を奪う。当然人身御供の呪いも発動させない。


「あ、あがぁぁぁ!!」


「さてと」


 干からびた死体を捨てて残りの呪術師達を見据える。


「「「ひっ!!」」」


「どうする?蘇生のカラクリは解った。もう蘇生できないぞ?それでも術を完成させる身代わりに成るか?」


 青い顔で顔を見合わせる呪術師達。誰だって死にたくはない。一方でこちらも拙い状況だ。適当に命を奪えば関係ない一般人も死ぬ以上、人身御供の呪いを発動できないようにして処理しなくてはいけないので雑魚相手でもどうしても時間がかかる。上級怪クラスの蠱毒を生み出されては一気に形勢が悪く成る。


「はぁ〜」


 後ろで巫蠱の術を進めていた呪術師がため息をついて口を開く。


「ぁぁあぉぉおおお」


「ん?」


「「「ああぁぁぁ!!!」」」


 そいつが出したおかしな声。私は意味がわからないと首を傾げただけだったが、どうやら他の呪術師達は違ったらしい。目を血走らせて襲いかかってくる。どう考えてもまともな精神状態ではない。


「仲間を捨て駒扱いか?厄介な」


 一人一人手間を掛けて処理する以上、恐怖心もなく一斉に襲いかかられてはどうしても時間がかかる。こっちは人質を取られているような物なのだから。


「くっ!!」


 仕方がない。なるべく早く終わらせるしか無い。襲いかかってくる呪術師を次々となるべく早く処理していくが、全員倒すには結構な時間を使ってしまった。


「くそっ!!」


 生き残った巫蠱の術を制御していた呪術師から濃密な妖気と邪気が放たれる。


「遅かったか」


「クククッ!アハハハハ!!終わりだ四天鬼!!!」


 その言葉を最後にその呪術師の皮膚を突き破るようにして鎌や毒虫の尾、羽根等が飛び出し、呪術師を醜い化物へと変える。


「これが上級怪か!忍君と同じ」


 ノッソリと佇む巨体と肌に打ち付けられる妖気に私は冷や汗が流れるのを感じた。



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