第6話 蠱炭

 すっかり日が沈んだ夜の街で、俺は首を傾げる。


「さてと!先ず何をするかな?」


 ミッションは2つだ。


 1つは兄貴の彼女が何の妖魔なのか突き止め、有害そうな奴なら兄貴に気づかれないように始末すること。


 2つ目は大島さんを殺した妖魔を退治することだ。


「でも、どうすれば良いかな?」


 うん!此処まで来てノープランだった事に気づいたよ!!


「兄貴の彼女は、式神に兄貴を見張らせるか?それしか無いよな」


 とりあえず、兄貴の部屋に向かおう。一歩前進だ。


「しかし、妙だな?」


 高速で移動しながら街中を見るが、動物の死骸から生じたゾンビは勿論、怨霊さえ、一つも見当たらない。


「人が大勢居るのにこれか?」


 着いた時にも思ったが、アレはまだ昼間だった。夜、お仲間が活発になる時間でもこれはおかしい。


「ん?」


 ふわり、と通り抜けた夜風に微弱な妖気を感じ、その風を掴む。


「よっと!」


「ひぃぃぃ!!お、お助けぇぇぇ!!!」


「何こいつ?」


 掴んだ物は何やら動物だ。耳は小さいがフサフサの尻尾が有る。俺が掴んでいるのは尻尾だ。涙目でジタバタと足を動かしている。


「お前、何?」


「じ、自分は、唯のしがない鎌鼬でございます!上級怪様の前を横切りましたご無礼!平にご容赦をぉぉぉ!!」


 うん。なんか物凄い必死な感じで謝られた。と言うか、前横切ったくらいで不快にならないよ。何処の大名様だよ。


「鎌鼬?妖魔なのか?」


「ええ。鼬が転じた妖魔でして、鎌風を起こせますが、所詮はしがない下級怪。貴方様の様にお強い上級怪様が態々気にする存在ではございません。道端の石ころだとでも思って捨て置いて下さいぃぃ」


 うん。だから、そんなに必死に命乞いしなくても大丈夫だって。


「この辺りに住んでるの?」


「ええ。まあ、逃げる途中ですが」


「逃げる?」


 ん?どういう事?俺から逃げるって訳では無いよね?


「何から逃げてるの?」


「それが、よく解らないのです」


「逃げてるのに、何から逃げてるか解らない?どういう事?」


「少し前、蠱毒が街中に10匹程、跋扈する事件が起こりまして」


「え!?こっちでも!!」


「え?ええ」


 やっぱりかぁ〜。ネットでキットが売られてたから、全国に広がってるかとは思ってたけど案の定だよ。


「それで、どうなったの。そいつら」


「陰陽師の連中が駆けつけてきまして、ある程度討伐しました」


「へ〜。守護無しで片付けれたんだ!東北支部の陰陽師は優秀だね」


「それはどうでしょう?奴らは5匹の蠱毒を葬りましたが、1匹倒すごとに大損害を受けておりました。おそらく現状東北支部は壊滅状態。まともな動きは取れないかと」


 あ〜。やっぱり苦戦したんだ。でも、待って、10匹居て、陰陽師が倒したのが5匹?え?


「残りの5匹どうしたの?」


「それが、恐ろしい呪いの力を宿した禍々しい炎を操る男が陰陽師が撃ち漏らした蠱毒を焼き払いまして」


「恐ろしい呪いの力を宿した炎?その人は陰陽師じゃ無いの?もしくは妖魔?」


「人の様でしたが、陰陽師でも無いようでした。陰陽師はあんな禍々しい力を使いません」


 なるほど。何者なんだろう?


「それで、それは解決済みでしょ?何で逃げてるの?」


「それがその…」


 鎌鼬は逡巡するように視線を彷徨わせた後、口を開く。


「焼き殺された蠱毒共の亡骸に周囲の怨霊や悪霊、下級怪が、吸い込まれ始めたのです」


「え?なにそれ?」


 驚きこそしたが、ちょっと見えてきたかな。この街に怨霊が居なかった理由。


「自我のない怨霊は水が流れるように焼け焦げた蠱毒の亡骸に向かっていき、触れた側から吸収されていきました。悪霊も抵抗しようとしている様でしたが、結局は同じ結果に」


「下級怪も吸い込まれたの?」


「ええ。何か恐ろしいことが起きているとは皆感じていたのですが、何なのか解らなければ、対策も取れません。何名か様子を伺おうと近づいたのですが、ある一定まで近づくと、その者達の焦点が合わなくなり、そのままフラフラと亡骸に近づいて触れ、吸収されてしまったのです」


 なにそれ!!結構ヤバゲの物じゃねぇ?


「それでその、下級怪が前後不覚になってしまう範囲が徐々に広がっておりまして、早く逃げなければそのうち街中そうなると思い」


 鎌鼬は顔を青くして説明してくれる。


 でも、これはどうなんだろう?妖魔や怨霊吸収してるんだから、人間にとっては良い物なの?ただ、何の為に吸収してるんだろう?


「それがある場所って教えて貰っても良い?」


「え?行かれるので?」


「だって下級怪が被害にあってるだけで中級怪や上級怪の犠牲はまだ出てないんでしょ?」


「それはそうですが、この辺りには上級怪はおろか、中級怪ですらあの狂った小娘しか居りませんし、中級怪や上級怪で近づいた者が居ないと言うだけで、大丈夫かどうかは保証しかねます」


 なるほど。まあ、確かに大都市なら陰陽師も必死で守るから、中級怪や上級怪の数は少なくなるよな。


「まあでも、気にしなくて良いから教えてよ」


 万が一、この体が吸収されても本体は痛くも痒くもない。せいぜいもう一度此処に来るために電車代が掛かるくらいだ。


「まあ、そうまでおっしゃるのなら」


 鎌鼬は渋々だが、絶対に自分は近づかないということを条件に場所を教えてくれた。


 先ずは兄貴の部屋に行き、見張りの式神を5体程付けた後、鎌鼬に訊いた場所に向かう。


「此処か!」


 そして、今、件の場所である一軒の空き家に来ているわけだが。


「なるほど。周囲から集まってきてる訳だ」


 それまで見当たらなかった怨霊が多数存在している。しかも、漂っているのではなく、一方向に流れるように進んでいる。


「さてと!」


 意を決して扉を開け、空き家の中に入る。


「これか!」


 家の中は人外が争った形跡がありグチャグチャだ。そしてリビングと思しき場所の中央に炭化した蠱毒の死骸が鎮座している。


「こんなに近づいても俺は平気なんだな」


 流れ込む怨霊がそれに吸収されている事からも鎌鼬が言っていた物は間違いなくこれだろう。


「触れてもなんとも無いよな?」


 ペタペタと触れてみるが、手が吸い込まれたりもしない。


「上級怪には効果がない?それとも俺だから?」


 単純に強力な妖魔には効かない可能性も有るが、『 反神威体質』のおかげかもしれない。そこは判断できないな。


「とりあえずどうするか?」


 有っても今の所害は無いよね?下級怪には有害だろうけど、あの鎌鼬みたいにもう皆逃げ出してるだろうし、人間にとっては怨霊や悪霊を吸収してくれるから良いものだろうし。


「問題は吸収された中身かな?」


 吸収した怨霊や悪霊、下級怪の力が全てこの中に蓄積されているなら、設置した連中の目的はそれかもしれない。


「空っぽにだけしとくか?」


 もう一度手を当てると、『吸力』『吸威』『吸邪』を使い、中に溜まっていた妖気や邪気等を全て吸収する。


「掛かってる術自体は壊しちゃ駄目だな」


 結構気を使うが、それほど難しくはない。10分程で中に溜まっていた力を全て抜き取れた。


「さてと!次に行くか!!」


 同じ要領で鎌鼬から教えてもらった残りの4箇所もまわり、溜まっている妖気や邪気を抜き取る。


「此処で最後だな」


 最後の一箇所も抜き取りを終え、良い仕事をしたと伸びをする俺の耳に轟音が飛び込んでくる。


「うるさっ!!何だ?」


 空き家の窓から音のする方を眺めると、大きな倒壊音を起てながらビルが崩れていく。


「事故?いや、違うな」


 あそこから妖気と何かしらの神威を感じる。何者かが戦っているのだろう。ビルはその戦闘に巻き込まれたわけである。


「というか、もっと周囲を気にしろよ!!何処の誰か知らないが、目立つだろう!!」


 ビルが倒壊して瓦礫と化す等よっぽどである。ニュースになってしまう。


「陰陽師の東北支部が機能停止状態なら、アレ、隠蔽できないんじゃ?」


 もしそうなら大変である。


「俺の『催眠』で目撃者の記憶をイジれば唯の事故に出来るか?」


 ビル倒壊とかそうそう有ることではないので苦しいが、それしか無い。


「行くか!!」


 俺は急いで現場に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る