第5話 人狩りの少女

 少女は微笑しながらホテルの一室に入る。ベッドでは宿泊客が静かに寝息を立てている。


「いただきます!」


 寝入る宿泊客の首筋に牙を突き立て、その生き血を啜る。


「あっ、ああぁぁぁ!!!」


 異変に目覚めた宿泊客は慌てて藻掻こうとするが、体は動かず、声も満足に出ない。


「ぁぁぁ………」


 徐々にその目から生気が抜け、やがて動かなくなる。


「よし!」


 血を飲み干された宿泊客に少女が息を吹きかけると、死んでいたはずの彼はスクと立ち上がる。


「貴方は明日予定通りに動いて、新幹線で地元に帰った後で、事故に遭ってね」


 少女の言葉に宿泊客は虚ろな目でコクリと頷く。


「ふふっ!!」


 少女は再びクスリと笑う。年間何千人もの人間が交通事故で亡くなっている。その数が数人増える程度なら死体の状態さえ偽装しておけば誰も疑問に感じない。少女の能力は獲物の死因を事故死に見せかけるのに都合が良かった。


「結構大柄な人で良かった!二ヶ月は保つかな?」


 狩りすぎてはいけない。厄介な同族や陰陽師に目をつけられる。20年前と同じ失敗はしない。少女はスルリと壁を抜け、ホテルを後にした。


―○●○―


 ホテルの朝食はバイキング形式だった。結構良い料理が多い。


「美味そう!!」


 美味しそうな料理をパン、おかず、野菜、デザートとバランスを考えて取る。


 バランス良く栄養を取るのは健康の基本だからね。ヴァンパイアはどんな食生活しようが健康に影響無いとか、そもそも分身体だから毒だろうが何食おうが平気だとか考えちゃいけない。


「うん!美味い!!ん?」


 上機嫌でスクランブルエッグを口に運んでいると、妙なものを見つける。


「今日は水族館に行くんだよね!」


「楽しみね。ねぇお父さん!ん?お父さん?聴いてる?」


「どうしたの?お父さん?」


 家族連れだろうか。小さな男の子と若い女性が楽しそうに話、向かいに座る大柄の男性に話しかけるが、彼は無表情のままだ。


「どこか具合でも悪いの?」


「ナンデモ、ナイ。イツモ、ドオリ、ダ」


 妙なイントネーションでそれだけ言うと、男性は無表情で機械的に食事を口に運び、女性と男の子は訝しげな表情でそれを見ている。


「気の毒に」


 思わず口をついて言葉が出る。あの男性はもう生きていない。殺した何者かが死体を操っているだけだ。あの男性に生き物には有る生気が無い事や微量な妖気を帯びている事からそれは明らかだ。


「俺には関係ないけど、それでもなぁ〜」


 気の毒なのは確かだ。しかし、やった奴はたいした奴じゃないだろう。俺も死体を操る力は有るから解るが、制御のレベルが甘すぎる。


「助けてやるか」


 おそらく助けてもやった奴には、此方の事はバレないだろう。


「よし!」


 そうと決まれば、早速『反神威領域』を広げて男性が纏ってる妖気を霧散させ、更に『催眠』で周囲の人間を全て眠らせる。


「これでいいかな?」


 男性に近づき、血を流し込む。最近グール作りも慣れたものだ。慣れて良いのか謎だが、まあ人助けに使っているので良いことにしておいて貰いたい。


「ぐぅぅ!!あ、あぁぁぁぁ!!」


「お!良かった!」


 思った通り、死んですぐに死体操作用の妖気を流し込まれた影響だろう。魂が体内に残っていたので、すぐに目を覚ました。どうやら自我もありそうだ。


「あれ!?俺は?ここは一体?」


 状況が飲み込めていない男性に、簡単に今の現状と妖魔や俺の事、男性のさっきまでの状況について説明する。


「なるほど。そんな事が」


「あれ?納得するんですか?」


 こんな荒唐無稽な話普通は信じないと思うんだけどな?


「昨日の夜、おそらく妖魔であろう少女に襲われた記憶が若干残ってるからなぁ〜」


「え!?そうなんですか?」


「ああ。牙を突き立てられて痛みで目が覚めたんだ。小さな少女だったが、すごい力で押さえつけられて、抵抗も出来なかった」


「少女ねぇ」


 やったのは女の子のヴァンパイアかダンピュールかな?


 因みにこの大柄の男性の名前は大島おおしま大輔だいすけと言うらしい。プロレスラーで結構有名な選手らしい。確かに言われてみれば、大柄なだけじゃなく、筋肉も凄いもんね。


 本人の希望でダンピュールに進化させた。能力はこれだ。


名前  :大島 大輔


種族  :ダンピュール


種族特性:邪気放出・夜目・吸血・吸血衝動・動物操作(蝙蝠と鼠限定)


状態  :正常


能力  :再生 

     剛力

     振動操作

     

備考  :ダンピュール族の弱点【日光・銀】


 なんと言うか大体予想通りだけど、能力が面白い。膂力を爆発的に高める『剛力』と打撃等の威力を上げたり、打撃を飛ばしたり出来る『振動操作』は両方共肉弾戦に特化した能力だ。どうやら発現する能力と、生前の得意分野などは影響するらしい。


「日光が駄目なんですね。ご家族と相談して俺の領域に住みますか?」


「できれば頼みたいな。はぁ〜息子は水族館を楽しみにしてたんだが、仕方ないなぁ〜」


 家族旅行中に襲われたからね。奥さんとお子さんが二人部屋に泊まって、この人は一人部屋に泊まっていたらしい。ホテルの部屋で3人部屋は少ない。一般的に二人部屋に3つベッドを入れた様な状況に成る。大柄な彼が居れば、更に狭くなるからと、旅行の時はいつも奥さんとお子さんで二人部屋に泊まって、彼は一人部屋らしい。


「でも、不幸中の幸いかな。犠牲に成ったのはオレ一人で済んだ」


 確かにそういう考え方も有るね。同じ部屋で寝てれば、一家全員餌食に成ってただろうし。


「兄貴の彼女の件も有るけど、こっちもちょっと首を突っ込んでみるかな?」


 結構ヤバイ奴みたいだしね。


―○●○―


 夜の静寂を破るように、深夜の街中に破壊音が響く。


「何?お前たち!!」


 少女は厳しい表情で襲撃者を睨みつける。


「実験動物になる妖魔が聴いても意味はないだろう」


「実験動物?誰が?」


 少女の足元のアスファルトが水面の様に波打ち、少女の体がアスファルトに沈み込む。


「なっ!?」


「逃げたか?」


 取り逃がしたかと歯噛みする襲撃者達だが、その判断が誤りであったとすぐに悟る。


「へ!?」


 足元のアスファルトから伸びてきた少女の手が襲撃者の足を掴んで地中に引きずり込む。


「うわぁぁ!!」


「なっ!?」


「くそっ」


 仲間たちが慌てて引きずられる男を引っ張るが、襲撃者の男は腰まで沈んでしまう。


「た、助け、げばぁ!!」


「「「え!?」」」


 青い顔で助けを求めていた男が突如血を吐いて息絶える。


「な、何が!?」


 よく見ると、地面は普通のアスファルトに戻り、沈んでいた男の下半身は無くなって、上半身だけになってしまっている。死因は明らかだ。


「こ、これが、敵の能力!?」


「浮遊の呪術だ!敵は地面から来る!浮遊すれば、あげぁぁぁ!!」


 仲間に指示を出しながら浮かび上がった襲撃者が隣の高層ビルの壁から伸びてきた少女の手によって半身をビル壁に引き込まれ、汚い悲鳴を上げて地面に落下する。その左半身は無くなり、見るも無残な惨状だ。


「地面だけじゃなくてビルの壁からも!!」


「ふふふ」


 死体がアスファルトに沈み込み、干からびた状態で外に排出される。


「やっぱり!あなた達全員人間なんだね!襲われた時は頭にきたけど、美味しご飯がいっぱい来てくれたと思えば嬉しいかな?」


 少女の笑い声が聞こえ、襲撃者達は顔を見合わせる。


「勝てるのか?コレに?」


「コイツを生け捕りとか無理だろ?」


 戦意を喪失する襲撃者達に少女の声が掛かる。


「皆美味しくいただくね!?」


「「「ひぃぃぃ!!!」」」


 襲いかかる吸血鬼の少女に襲撃者達は只々悲鳴を上げた。


―○●○―


「まったく駄目じゃない!!」


 糸井唯は遠方から『呪怨会』の下っ端達とターゲットのダンピュールの戦闘を見ながら呟いた。


「あれは、『炎呪』様の配下の方たちですね」


「うん。確かに、あの娘も例の藤堂忍と同じで、死後に生前と同じ魂魄が死体に入ってゾンビ化した存在。ダンピュールである以上、ヴァンパイアで『竜化』持ちの彼よりも弱いだろうし、捕まえれば例の実験の為に使える。でも、無理そうね」


「ええ。唯でさえ、ダンピュールは中級怪。その上中々特殊な能力を持っているようです」


「そうだよねぇ〜それに彼と違って人を殺すことに躊躇がないことも怖い理由かな?」


 忍は強力な反面、殺人を忌避する倫理観が有った。一方で、少女にその倫理観は期待できない。


「西沢夏恋」


 唯は手元の資料を見ながら呟いた。


「中々刺激的な経歴ね」


 表向き、彼女西沢夏恋は20年前に死去している。原因は脳内出血、死体からは他にも複数の痣や打撲の後が見つかっている。所謂虐待だ。彼女の特殊な点は母親の再婚相手に殴り殺された後、グールとして生き返っている点だ。

 最初に食い殺したのが蘇った時、側に居た病院関係者ではなく、自分を撲殺した義父でもなく、実母と言うのも興味深い。血の繋がった相手を捕食する理由でも有ったのだろうか?

 まあ、結局義父もその後で彼女に殺されてはいるが、その死体はグチャグチャだった反面、パーツは全て残っており、殺すことが目的だった事が伺える。一方で、母親の遺体は髪一本でさえ、残っていなかったという。


 何か有るはずだ。


「私達も参戦しようかな?」


「本当にアレと戦うのですか?」


「うん!それに、アレと戦うのと藤堂忍と戦うのならどっちが良い?」


「それはまあ、あちらですが」


「でしょう!」


 唯は微笑を浮かべて、軽く床を蹴って跳躍する。


「彼らに任せて置いても戦果は期待できなし、私がいきましょう!」


 呪いの糸がダンピュールの少女に襲いかかった。


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