第5話 森沢透子と両親

 つながりと言うのは意外な所で出来るものである。最も今回の場合はちょっと作為も有るが。


 決心が付かずに、水母ちゃんの領域でグズグズしていた私を、亜岳山から一度帰還した藤堂君が連れ出したのだ。

 その理由が驚きだった。


「え!?ウチの両親と藤堂君のご両親が知り合いなの?」


「まあ一応。ほら、森沢さんは表向き行方不明中なんだよね。それで、捜索願を出してたんだって。そんなご両親に俺の親が、「自分たちは2番目の息子を事故で無くしました。お嬢さんが無事だと良いですね」って声かけて相談に乗ったりしてるんだって」


「え?事故で無くした?ああ!」


 そう言えば藤堂くんは事故死してグールになったんだったね。すっかり忘れてたよ。


「ご両親は藤堂くんの現状知ってるの?」


「うん。電話で頻繁に連絡取ってるから」


 瘴気闘法を編み出すまでは、直接合えば邪気で傷つけるから会えなかったらしいけど、今は普通に会えるらしい。因みに私も邪気は抑えている。自分だけでは無理だけど、藤堂くんが私の邪気を操って抑え込んでくれたのだ。


「それで今日森沢さんのご両親がウチの親に呼ばれるから会いに行こう」


「だ、大丈夫かな?」


「それは会ってみないと解らないけど、このまま会わないままよりは良いと思うよ」


 藤堂くんの言葉に背中を押され、私は彼と共に彼の自宅へとやって来た。


「此処?」


「ああ」


 インターホンを押すと、玄関の戸が開き、女性が顔を出す。


「ああ。忍おかえり。そっちが例の森沢さん?」


「うん」


「あ!はじめまして!森沢透子です!」


「あらあら!はじめまして忍の母です。何時も息子がお世話になってるわね」


「いえ!そんな!何時も私が助けてもらってるんで」


 挨拶をして家の中に入る。ウチの両親はまだ来ていないらしいので、リビングでまずは作戦会議である。


「どういう感じで会う?私達からご両親に娘さんが見つかったって伝えましょうか?」


「え〜と」


 正直、妖魔となった今、家族とどう接するのか私の中でまだ、答えが出ていない。でも、1つだけ、確認しておきたいことが有る。


「私だって教えずに、ウチの親に会うって出来ますかね?」


「どういう事?」


 藤堂くんのお母さん、藤堂のおば様は訝しげな顔をする。そうだよね。こんな事言うと思わないよね。でも…


「今の私って、生前と大分外見が変わったと思うんです。いきなり見ず知らずの子どもが行方不明だった娘だって名乗っても事態が複雑になるだけだと思います。妖魔の話なんてしても信じられないでしょうし」


「それは、まあ、確かにね」


「え!?母さん達、結構すぐに順応したような?」


「うっさい黙れ!で、それが正体を隠して会うこととどう繋がるの?」


「どんな状況でも良いので、私だって教えずにウチの両親と会って、両親が私だって気づいたら、私の口から話します。私がどんな罪を犯したのかも、今どんな状況なのかも」


 私の考えを聴いた藤堂のおば様は、視線を鋭くする。


「誰にとっても辛いことよ。それ。貴女は、貴女が多くの人間を殺したことを貴女の両親に話さないといけないわけだし、貴女の両親は自分たちの娘の口から、娘一度死んでいてもう人間じゃない事と、娘が多くの人の命を奪った事を聞かされる。

 それに、忍!」


「ん?」


「アンタ。この娘をダンピュールにする時に一回、心臓抉り出して、始末してるんでしょ?」


「ああ」


「今まで相談に乗ってくれて、信じてた人達の息子が自分達の娘を一度殺したとも聞かされる」


 解ってる。決して楽な道じゃないって。でも、此処で逃げたら今までと同じだ。


 私は真剣な目で藤堂のおば様と視線を合わせる。


「それに、解ってると思うけど、気づかれない可能性も有るわよね。その時はどうするの?」


 それが多分、一番可能性が高い。自分だって今の自分と昔の自分が同一人物だと思えないもの。


「それなら、両親には何も言いません。こ、今後会うこともありません。両親と、私の、き、絆は、その程度だったと言うことです」


 言い切った。力を込めて藤堂のおば様と向き合う。


「そう。解ったわ。じゃあこうしましょう!貴女はウチの桜の友達。今日桜と家に来る約束をしていて家に来たけど、当の桜が約束をすっかり忘れて、買い物に行っていた。

 私が桜に帰ってくるように電話を掛けて、貴女は家で桜を待ってるところ。どう?」


 確かに!それなら居ても不自然じゃない。勝手に約束すっぽかした事にされた桜ちゃんには申し訳ないけどね。


「解りました!それでお願いします」


「よし!じゃあそうしましょう!忍!アンタは部屋にでも居なさい。居たらややこしいわ!」


「解ったけど言い方が有るでしょ母さん」


「良いからとっとと部屋行け!ついでなんだし、部屋の整理しときなさい。ベッドの下とか見られたくない物も有るでしょ」


 ベッドの下の見られたくないものって…


「ちょ!母さん女子の前で!!」


「良いからさっさと行け!」


 ブツブツ文句を言いながら藤堂くんがリビングを出ていく。


「さて!お茶でも入れるわ!座ってて頂戴!」


「あ!お構いなく」


「駄目よ!ウチの桜が呼びつけて待たせてる設定だもの。お茶くらい出さないと!」


「ああ!じゃあお願いします」


「ええ!」


 入れてもらった紅茶に口を付け、待つこと十数分。インターホンが鳴り、2人の男女が部屋に入ってくる。


「(少し痩せた?いや、やつれたって言い方が正しいか)」


 入ってきた2人。私の両親は記憶の有るよりも、少しだけ頬が痩け、顔色が悪かった。


「お招きいただき、ありがとうございます」


「いえいえ。狭いところですけど、どうぞ!」


 2人がテーブルまで来て、まずは母と私の目が遭う。


「あっ!」


 解ったのだろうか?一瞬母がわずかに声を出す。


「お嬢さんですか?」


 しかし、父のこの問で、すぐに私の勘違いだと気づく。


「いえ、その、お恥ずかしい話なんですけど、ウチの娘が、友達と家で会う約束をしていたらしんです。なのに、あの娘ったら、それを忘れて買い物に出てしまって。帰ってくるように電話はしたんですけど、待って貰ってるところなんです」


 藤堂のおば様の演技力がスゴイ。よくあんな平然と自然に言葉が出るものだ。


「どうも」


 私はそれだけ言って視線を逸らす。だって絶対ボロが出るもの。


「他の方が居たらちょっと話しにくいかしら?」


「いいえ。お気になさらず、ただ、そちらのお嬢さんに悪いかと」


 父さんの言葉を聴いた藤堂くんのおば様は私に水を向けてくる。


「そうね。ごめんなさい。悪いのだけど、桜の部屋にでも…」


 もう十分だろう。気づかれる事は無かったのだから。


「いいえ。すいません、次の予定までに時間が押してまして、今日はお暇いたします。桜ちゃんにはよろしくお伝え下さい」


 言ってすぐにリビングを出る。なんだろう?覚悟していたのに、何で涙が出そうなんだろう?


 玄関から外に出る。そう言えば、藤堂くんがまだ自分のお部屋に居るはずだ。近くで待ってようかな?


 何処か落ち着ける場所はないかと、周囲を探る。日陰じゃないと拙いしな。今は午後2時くらい。お日様は絶賛仕事中である。せっせと降らせる日光が私の肌を焼く。

 急がねば、私は日光を遮るフード付きコートに身を包み、早足で移動しようとする。


「透子!!」


「え!?」


 突然名を呼ばれて立ち止まる。誰だろうか?藤堂くん?いや、違う。女性の声だ!今まで何度も聴いた。


「あ!ああ!」


 ゆっくりと振り返ると、そこには母が立っていた。丁度藤堂くんのお宅のから出てきた所なのだろう。玄関の扉が開けっ放しになっている。


「透子。何処へ行くの?せっかく会えたのに」


「あああ!」


 何でだろう。何で!我慢していた涙が溢れる。


「ど、どうじて!き、気づいて、無かったのに」


「気づいてたさ。僕たち2人とも」


「ああ!!」


 開けっ放しの玄関から、ゆっくりと父さんが出てきて、母さんの隣りに立つ。


「どういう事情で居なくなったのか知らない。ただ、あまりに回りくどい会い方だったから、面と向かって会うのは気まずいのかと思って」


「どうしてそんなに外見が変わったのか解らないわ。でも、自分でお腹を痛めて産んだ娘だもの。すぐに解ったわよ」


「あ、あああ。ご、ごめんなさい。私!私ぃぃぃ」


 涙が溢れてくる。話したいのに、話せない。どうして?どうして?


 私は両親との再会を果たした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る