第4話 森沢透子と猫の運送屋さんとお狐さま

 今朝早くから藤堂君は亜岳山と言う山に向かった。何でも猿の経立っていう妖怪が、人間を攫ってるとかで、退治に行くらしい。前から思ってたけど、藤堂君、妖魔なのに陰陽師以上に妖魔を退治してるよね。

 できれば今日はついてきて欲しかったんだけど、伝え損ねたんだよね。


「仕方ない!1人で行くか!!」


「透子!」


「ん?どうしたの水母ちゃん?」


 出かけようとしたら、水母ちゃんに呼び止められる。


「外に出るならば、使いを頼まれてはくれんか?」


 お使い?何だろう?と言うか、妖怪の水母ちゃんがお使い頼むの?


「良いよ!何?」


「実は、三丁目の廃屋に住む猫又が運送屋をしておっての、この小包を渡して欲しいのじゃ。これが代金じゃ」


 水母ちゃんに細長い包と数枚の木の板を渡される。花札くらいの大きさの板には何やら変わった模様が描かれている。


「これがお金の代わり?」


 私でも解る。材質は唯の木だけど、結構な量の妖気が含まれている。


「金子の代わりと言えばそうかの。妖魔で、金子を欲しがる者は稀じゃ、大抵は欲しがるのは妖力。故に、他の妖魔に何かしてもらう時は、力ずくで従えるか、対価に妖力を渡す」


 なるほど。それで。


「解った。でもこれ、中身は何なの?結構重いね」


「忍の歯じゃ」


「え!?」


 今なんと言った?水母ちゃん!藤堂君の歯?


「ふふ。驚くか?しかし事実じゃ」


「いや、何で歯?それに歯にしては大きすぎ!」


「正確には竜化した時の牙4本と他の歯。そして爪や鱗じゃ。抜いても即座に生えてくるし、竜の爪牙や鱗じゃからの。刀の材料にうってつけじゃ」


「刀!?」


 え?刀の材料?


「そろそろ忍も武具を持つほうが良いと思っての。イッポンダタラに刀を打ってくれるように頼んだのじゃ」


「イッポンダタラ?」


「鍛冶を得意とする妖じゃ。かなりの山奥に住んでおるが、あの黒猫なら届けてくれよう」


「く、黒猫!!」


 え!?運送業してる猫又って黒猫なの!!どっかの運送業者の社名が頭に浮かぶんだけど!!


「どうかしたかの?黒猫だとなにか拙いのか?」


「いや、別に。解った!届けるね!」


 まずはその運送業の猫又さんだな。謝りに行くのはその後にしよう。


ー○●○ー


 言われた場所に有った廃屋は中々綺麗だった。多分その猫又さんが手入れをしているのだろう。


「ごめん下さ〜い」


「………」


「ごめん下さ〜い!誰か居ませんか〜」


「アホかにゃ〜!!」


「ええ!!」


 建物の奥から黒い猫耳と真っ黒な2本の尻尾を生やした少女が大声を上げながら駆けてきて、勢いのままに私の頭に猫パンチを炸裂させる!


「いだっ!!いきなり何するの!!」


「それはこっちの台詞にゃ!このあんぽんたん!!此処は住人の居ない廃屋にゃ!そんな場所に大声で元気よく入ってくるにゃんて!周りの人間が不審がるにゃ!鍵は掛けてないんだから、静かに扉をあけて奥に進めば良かったにゃ!!」


「え!?鍵掛けてないの!?危ないよ!!」


「人間なら忍び込んでも返り討ちにゃ。逆に強い妖魔なら、鍵なんて役に立たないし、抵抗する意味もないにゃ」


 まあ、そうか。妖魔は普通にこじ開けるもんな。


「で!何か用かにゃ?」


「あ!水母ちゃんからお使い頼まれて!」


「水母?誰にゃ?」


「え?川の領域に住んでる川姫の」


「ああ!アイツ、そんな風に名乗ってるのかにゃ!今まで群れないからって、呼び名を持たなかったのににゃ〜」


 そう言うと、猫又さんは私の顔をジーと見つめる。


「あの?何か?」


「いや、川姫と住んでるんにゃら、お前があの大暴れした蠱毒娘かにゃ?」


「え?蠱毒娘!?何で!?」


 え?何で知ってるのこの猫さん!


「お前は世間知らずにゃ!何も知らないにゃ。下級怪の平均寿命は実は人間より短いにゃ」


「え?でも400年って!」


「それは天寿を全うできた場合にゃ。大体下級怪の半分は30になる前に死ぬにゃ。それは陰陽師に滅されたり、下級怪同士の殺し合いで負けたり、高位の妖魔に喰われたり、理由は色々にゃけど、半数が30にならずに死ぬのは本当にゃ。50まで生きれる奴で3割くらい。100まで生きれるのは大体全体の1割くらいにゃ。最も百越えたら老獪に成って中々死なにゃいから400まで生きる奴が多いけどにゃ」


 そう言って猫又は出来の悪い教え子を見るような目で私を見る。


「領域でぬくぬくと生きていれば解らにゃいけど、領域を持たない妖魔には危険がいっぱいにゃ!下級怪なら尚更にゃ!近隣の情報は常に仕入れておかないと命に関わるにゃ」


 な、なるほど。妖魔の世界も中々厳しいな。


「だから、お前は知能の有る奴にはまず襲われないにゃ」


「え?どうして?」


 私の問に、猫又さんはため息を吐く。


「お前はあの恐ろしいヴァンパイアの眷属。誰も上級怪。それも大妖怪級の戦闘能力がある奴に喧嘩を売りたくないにゃ」


 その後、私は猫又さんに小包と木板を渡して、届けてくれるように頼むと、了承の返事と共に、水母ちゃんに渡されたのとは少し違う木板を渡される。


「これは?」


「荷物を預かった証拠にゃ!荷が届いたらその模様が光るにゃ!」


「そうなんだ!ありがとう!お願いね!」


「任せるにゃ!!」


 最後に軽く挨拶をして猫又さんの廃屋を出る。これでお使いは終わり。後は自分の用事だ。


 なるべく木陰を歩くように注意しながら目的のアパートにやって来る。


「此処か!」


 立ち止まったのは1つの扉の前。表札には『新城』の文字。


「巻き込んじゃったもんね」


 ちゃんと謝ろう!許してもらえる保証は無いけどね。


「よし!」


 気合を入れてインターホンを鳴らすと、中から1人の女性が顔を出す。


「あら?珍しいお客さんね。どういった御用かしら?」


 綺麗な女性だと思った。大人の色気が出ていて同性でも思わず見とれそうになる。


「えっと!あの、新城胡々乃さんのご自宅でしょうか?」


「あら?胡々乃のお友達かしら?」


 女性は柔らかく微笑みながら訊いてくる。でも、この人誰だろう?確か胡々乃さんは、狐の半妖で、妖怪である母親と二人暮らしのはず。でも、この人からは妖気を感じない。


「あの、えっと、友達って訳では無いんですけど、以前胡々乃さんにご迷惑をお掛けしてしまって、謝りに来たんです」


「あらあら」


 私の言葉に、女性はクスクスと笑う。


「あの?」


「ああ!ごめんなさい。流石人から転じただけあって律儀だと思って。妖同士の殺し合いは日常茶飯事。あの子は貴女から逃げることが出来たのだから、別に大丈夫よ。それに仮に貴女があの子を食い殺していても、負ける方が悪い。そう考えるのが妖の世界よ」

「あの、貴女は?」


 ニコリと微笑んだ女性の頭部から狐の耳が現れ、いつの間にか背後で尾が揺れている。そして、今は確かな妖気を感じる。


「胡々乃の母です。おさん狐で、名を「柳葉」と言うわ。人に化けてる時は「ナギ」で通しているからよろしくね」


「よ、よろしくおねがいします!!」


 嘘!!なんで今まで妖気感じなかったの!!


「ふふふ。貴女の周りには強い妖ばかりよね。川姫もあのヴァンパイアも。でも若いわ。川姫すら100年も生きてないもの。100を越えた老獪な妖は妖気を隠すようになるのよ」


 確かに、藤堂くんは私と同い年だし、水母ちゃんもまだ2桁だよね。


「さて、じゃあ立ち話も何だし、狭いところだけど中に入って、そのうち胡々乃も帰ってくるわ」


「お出かけ中ですか?」


「ええ。お友達の藤堂桜さんとね」


「え!?」


 その娘、藤堂くんの妹なんじゃ!?ああ。それで藤堂くんが胡々乃ちゃんの事知ってたのか!!


 暫く中で待っていると、やがて目当ての人物が帰ってくる。


「ただいま!!あれ?お客さん?」


「ええ。貴女のお客さんよ胡々乃」


「へ?私の?」


 訝しげにこちらを見る少女、胡々乃さん。


「改めまして、森沢透子です!その節はご迷惑をおかけしました!これはつまらないものですが」


 菓子折りを差し出し、深々と頭を下げる。


「………」


「………」


「………」


「え〜と」


 無言に耐えきれなくなり、私が顔を上げると、胡々乃さんはあっけにとられたような目で私を見ていた。


「あの?」


「………」


「本当に申し訳なかったと思ってるんです」


「………」


「え〜と、胡々乃さん?」


「ああ!!ごめん!あまりにも印象が変わりすぎてたから」


 はっと我に返った胡々乃さんは苦笑しながら菓子折りを受け取ってくれる。


「あまり気にしないで下さい。結局怪我もしなかったわけですし」


 その一言に私は安堵の息を吐く。行ったことは無くならないし、私の罪も消えない。胡々乃さんも心の底から許してくれてるか判らない。それでも許しの言葉をもらえて気持ちが楽になった。


「あ、ありがとうございます!」


 その後、少し談笑した後、私は帰路につく。これで、陰陽師以外の巻き込まれた人達への謝罪は終わった。後、話をしなくちゃいけないのは…

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