第3話 森沢透子と希少な主

 喉がカラカラになった様な感覚に私は不快感を抱いて目を覚ます。まだ、午前2時だ。草木も眠る丑三つ時。あれ?よく考えればダンピュールがバリバリ活動している時間ではないか?


「喉が乾いた!!」


 床から抜け出て井戸に向かい、水を飲む。


「全然駄目だ!!」


 どれだけ飲んでも喉がカラカラだ。でも、お腹はチャプチャプ鳴りそうだよ。


「なにこれ?」


 本当に乾きが酷い。苦しいくらいだ。


「ん?森沢さん?」


「あ!藤堂君」


 水音で目が覚めたのか、藤堂君がやって来る。


「ごめん。起こしちゃった?」


「いや、元々あんまり寝ないんだ。ダンピュールの時から睡眠時間は1日2〜3時間くらいだったけど、ヴァンパイアに成ってからは、長くても1時間も寝れば、大丈夫なんだよね。妖力を大量に使った後なんかは、寝てある程度回復するから、その分長く寝るけど、そうじゃなかったら、1時間で十分なんだよ。最近は毎日この時間から広場で新しい技の練習してる」


 そうなんだ!でも、私はダンピュールに成ってから常に眠いけどな?


「私は最近何時も眠いよ。どれだけ寝ても眠いし、喉が乾く」


 乾きについて伝えると、藤堂君は難しげな表情に成る。


「ちゃんと動物の血を飲んでるでしょ?」


「うん。昨日も藤堂君が狩ってきた鹿の血を飲んだよ」


 でも、全然駄目なんだよね。飲んでる時は乾きが和らいだけど、それだけ。すぐにまた乾いてくる。


「俺は全然そんな事ないけどな。日光耐性の影響かな?それにしても、同じ種族でそこまで違うものか?」


 それは私も気になる。藤堂君がヴァンパイアで私はダンピュールだけど、それは上位種と下位種族の違いで、同系列の種族なんだから同じ様な生態のはずだ。

 実際、藤堂君がダンピュールの時も私のような眠気や乾きは無かったらしい。


「夜が明けたら。水母に訊いてみるか」


 困った時の水母ちゃんだね。まあ、年長者で物知りだからな。


「夜が明けるまで我慢できそう?」


「ちょっと今のままだと…」


「じゃあ…」


 藤堂君は躊躇なく自身の頸動脈を爪で裂き、湧き出る血を手近に有った器に入れる。


「同族の血が効くか解らないけど」


 血が注がれた器を渡してくる藤堂君。結構猟奇的な光景なんだけど、慣れてしまった自分が怖い。


「ありがとう」


 お礼を言って器を受け取るが、大体こういうのって、同族だと意味無いんじゃ?


 とりあえず、せっかくのご厚意だ。器の中の血を飲む。


「あ!美味しい!!」


 一口舐めただけだけど、凄く美味しい!!それに何か気分が良くなる。


「うわぁ!凄い!!」


 チビチビと飲んでいくと、美味しいだけじゃなくて、気分が良くなりフワフワしてくる。


「ひゅごい!!おいちぃ〜」


「え?森沢さん?」


 何だか頭が回らない。体が火照るけど、気分は凄く良い。


「あちゅい!!」


「ちょ!!森沢さん!!」


 邪魔な服を脱ぐけど、まだ、暑い。


「はれ?もうらい?」


「ちょっと!!」


 器の中の血はもう無くなった。胸の奥も熱い。


 もっと、さっきのが欲しい。


「あ!とうと〜くんのへ」


「ちょっと!待って!その格好で俺の腕舐めるのはちょっと!!」


「おいちぃの!もっろ!!」


「正気に戻れ!!」


「なっ!!何を盛っておるか!!!」


 バチン!!と凄まじ音を最後に私の意識は暗転した。


ー○●○ー


「んん??」 


 目が覚めると、メチャクチャ知っている天井だった。水母ちゃんの屋敷の私の部屋だ。


「あれ?昨日どうしたんだっけ?」


 起き上がると、ズキリと頭が痛む。


「痛い!!あれ?なにこれ?」


 頭が割れるように痛い!吐き気も酷い。視界が霞む。なにこれ!?私死ぬの?


「二日酔いじゃ!!」


「え?水母ちゃん?二日酔い?」


 私まだ未成年でお酒とか飲んだことないんだけど?


「昨夜の事は覚えておるか?」


「昨夜?あ!」


 だんだん記憶が戻ってきた。て言うか、私、痴女じゃん!!素っ裸に成って、男の子に絡みついていって、腕舐めるとか、最悪じゃない!!


「え?なんで、あんな事?」


「酔っておったからじゃ」


 水母ちゃんは不機嫌そうな顔で呟く。そう言えば、最後に聞いたあの声。水母ちゃんだよね。


「ああ!!」


 さ、最悪な事しちゃった!!よりによって、水母ちゃんの眼の前で!!


「で、忍からおおよその事情は聞いた。今のお主の状態について話してよいか?」


「へ?怒ってない?」


「怒らんよ。お主こそ、忍と顔を合わせられるか?できるなら呼ぶが、忍も居った方が話が捗る」


「う、うん」


 どうやら水母ちゃんは昨日の件については許してくれるらしい。と言うか、表情からして真面目な話なのかな?


「忍!入って良いぞ」


「ああ」


 水母ちゃんが外に向かって声を掛けると、襖を開けて忍君が入ってくる。


「さて、では話そうかの」


 水母ちゃんが真剣な表情で言い、藤堂君も真面目な顔で聞く体勢になる。


「まず!前提として血吸人も血吸鬼も人の血を飲む必要が有る。獣の血でもある程度代用できるが、どうしても限界は来る」


 血吸人がダンピュールの和名。血吸鬼がヴァンパイアの和名らしい。この時初めて知ったが、ヴァンパイアは完全に鬼扱いだが、ダンピュールはまだ死“人”扱いらしい。


「え!?でも俺、一回も人の血飲んでないし、飲まなきゃいけないのを我慢してもいないぞ?」


 確かに!藤堂君は人の血を飲む必要はない。血なら何でも良い。水母ちゃんの話と矛盾している。


「うむ!じゃから妾は忍を見た時驚いたものじゃ。しかし、今なら何故忍だけが血吸どもの業から逃れられているのか見当は付いておる」


「何でなんだ?」


「その前に、透子よ!乾きはどうじゃ?」


 え?乾き?アレ?そう言えばもう喉は乾いてないな?


「今は大丈夫だけど。アレ?でも何で大丈夫になったの?」


「それはお主が忍の血を飲んだからじゃ」


「藤堂くんの血?」


 首を傾げる私に水母ちゃんは苦笑しながら頷く。


「うむ。恐らく、忍の血は稀血と呼ばれる珍しい血なのじゃろう」


「稀血?」


 聞いたこと有る!確かバーディーバーとかだよね?


「それってあの―D―とか言うやつか?」


「稀血とは何も1種類ではない。幾つか種類が有るはずじゃ。どれかまでは解らん。

 解っておるのは稀血は少量で血吸どもの腹を満たすと言うことと、物によっては強化までするということ、そして、その稀血が希少であればあるほど効果は大きいということじゃ。

 そして、これは透子の状態を聞いて解った事じゃが、恐らく稀血は人間の物でなくとも効果を発揮するのじゃろう。

 これなら忍が人の血を飲まんでも済んでいる事に説明が付く。恐らく忍は自身の血を消費することで乾きを満たしているのじゃ。血が足りなくなった分は畜生の血でも飲めば、体内で自身の血と同様の物に変換出来るのじゃろう」


 なにそれ!?スゴイ!!だから私は人の血が飲みたくなるけど、藤堂くんは全然平気なんだ。


「森沢が酔っ払ったのは?」


「それは恐らく妖気の濃度の違いじゃ」


「妖気の濃度?」


「妖気の強さは量と濃度で決まる。人間にとっては妖気は毒じゃが、妖にとっても高濃度の妖気は毒じゃ」


「え?でも、苦しんだとかじゃなくて酔っ払ったよ?」


 毒って普通は苦しむんじゃない?


「自身の妖気の10倍以上の濃度の妖気は致死性の毒じゃが、そうでなければ前後不覚になる程度、丁度酒に酔った様な状態になる。血にも妖気は含まれておるからの」


 なるほど!それでか〜


「ともかく!これからも透子には忍が血を与えると良かろう。それで乾きは収まるはずじゃ」


「え!?頻繁にあんな事になるよ!!」


 それはそれでちょっと恥ずかしいんだけど!?水母ちゃんにも悪いし。まあ、嫌ではないけど。


「量を加減すれば大丈夫じゃろう。忍もそれで良いか?」


「まあ、それで森沢の体調が戻るなら」


「うむ。では、それで対処せよ」


 こうして私は定期的に藤堂くんから血を貰うことになった。水母ちゃんの手前、良いのかとも思うけど、まあ生命維持のための行為だから仕方ないよね。

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