第2話 森沢透子とお墓参り

 夜のお墓は中々に不気味だが、昼間よりは断然過ごしやすい。


「はぁ〜」


 霊園の前で私はため息を吐く。


「此処まで来て、ためらうなんて」


 別に霊園に入ること事態は躊躇っていない。ダンピュールの目は夜でもよく見えるし、ましてやダンピュールにとって夜の霊園なんてホームの様なものだ。

 何か出るとしたらそれは恐らく同類だろう。


 私が躊躇っている理由は別。


「もし、成仏せずに悪霊に成って居たら、なんて言おうかな?」


 正直会いたくない。エンカウントする可能性が高いお墓参りはしたくない。でも。


「謝らないとな!」


 殺した後で、謝っても、当の本人にしたら、巫山戯るなと思うだろう。私も思う。許せるかと問われると多分許せないはずだ。


「結局私の自己満足なんだよな〜」


 それでも、やらないと多分私は先に進めない。もうウジウジするのは止めると決めたんだから。


「よおぉし!!」


 意を決して、霊園に一歩を踏み入れる。


「え〜と!何処だっけ?」


 藤堂君の妹さんが仕入れてきてくれた情報を元に、目的のお墓を探す。


「あ!此処か!!」


 1つのお墓の前で立ち止まり、花を供えて手を合わせる。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 暫く手を合わせた後、次のお墓に向かう。お参りするお墓は全部で3つだ。


「悪霊には成ってないのかな?」


 霊園の中は綺麗なものだ。ダンピュールに成ってから、いや、気にしていなかったが、蠱毒に成っていた時から怨霊や悪霊は見えていたが、この霊園には悪霊どころか怨霊さえ1つもない。


「こういう所は陰陽師がこまめに浄化するのかな?」


 次のお墓に向かい、同じ様に花を供えて謝る。そして最後のお墓でも同じ様に謝る。


「3人共。私は、後600年近く生きるから。もし、生まれ変わってまた会うような事があったら、今度は仲良くして欲しいな。無理かも知れないけど」


『しょうがないわね〜』


「え!?」


 声が聞こえた気がして、私は霊園の中を見回すが、相変わらず綺麗なものだ。悪霊や怨霊など、何処にも居ない。


「気のせいかな?」


 ひょっとしたら、自分がそんな声を聴きたいと思ったから聞こえたと錯覚しただけかも知れない。でも、確かに彼女達の声が聞こえたと思った。いつも怖かった。でもあんなに堂々としていたいと、何処か憧れていた彼女達の声で、少し呆れたように自分の思いを受け取ってくれた様な気がした。


 死後の魂は、死霊系やゾンビ系の妖魔にならない場合は、大体24時間で消滅するらしい。


 消滅が、本当に文字通り消えて無くなっているのか、それとも天国に行っているのか。それは誰にも解らない。でも…


「待ってるから!私。600年間。ううん。上級怪に成って!千年間待ってるから!!」


 涙が溢れてくる。


「だから!今度はちゃんと、友達になってね!」


 その場で、私は暫く泣いていたが、やがて私の耳に足音が聞こえる。


「え?」


 動物の物じゃない。これは人間の足音だ!


「何で真夜中の霊園に!!」


 慌ててその場を離れ、霊園に植えられている木の陰に姿を隠す。


「肝試しにでも来たの?でも1人よね?」


 やって来たのは1人。どうやら若い女性の様だ。


「女の子がこんな時間に独り歩きって!普通に危ないでしょ!」


 彼女はさっきまで私が参っていたお墓の前で立ち止まり、手に持ったスプレー缶を振り始める。


「え!?まさか!!」


 嫌な予感がする。そしてその予感は的中した。彼女はスプレー缶で赤いスプレーを墓石にかける。


「ええ!!何してんの!!」


 更に彼女は供えられている花を引き抜き、地面に叩きつけようとする。


「ちょっと!ストップ!!」


「きゃぁぁ!!え!?何で人が!!」


 思わず飛び出し、彼女の腕を掴んで止める。


「何やってんのよ!!お墓にいたずらとか罰当たりにも程があるでしょ!!」


「煩いわね!!何も知らないくせに!!こいつ等がどんな奴らかも知らないでしょ!!最低の奴らなのよ!!こんな目に有って当然よ!!」


 彼女は叫びながら私の腕を振りほどこうとするが、ダンピュールと人間なら、腕力の差は歴然だ。

彼女の腕を掴んだ私の手はピクリとも動かない。


「とりあえず、花は戻すね」


 彼女の手から花を取り、またお墓に供え直す。


「何なのよアンタ!何でこんな時間にお墓に居るのよ」


「同じ質問をそっくりそのまま返すわよ。こんな時間にこんな所で何してるの?」


「復讐よ!!アンタこそこんな時間に何やってるのよ!」


「復讐って!幾ら何でもお墓にいたずらするなんて」


 彼女は目に涙を浮かべて言い募る。


「アンタ知らないでしょ!こいつ等は最低なのよ。いつもいつも私を地味子地味子呼んで笑って、命令して、気に入らないと皆で笑いものにして!!ずっといつか殺してやろうと思ってた!「呪怨会」で、蠱毒の術式を買って、漸く復讐できると思ったのに、交通事故で死ぬだなんて」


「え!?」


 彼女の言葉に私は驚いて固まるが、彼女は構わず言葉を続ける。


「大型トラックが突っ込んできて即死って。そんなの痛みは一瞬じゃない!アレだけ私を虐げておいて、そんなの許さない!!」


 ああ。この娘!私なんだ!多分、荷物が届いた時間の差だ。


「トイレで上から水を掛けられたり、お弁当をゴミ箱に捨てられたり、髪を切られたり、そんなのは序の口だったな〜」


「へ?」


 私の言葉に、彼女は驚いてこちらを見る。


「それに、一瞬で痛みもなく死んだなんて事は無いよ。だって、私が生きたまま内蔵をえぐり出して食べたんだもの」


「な、何を…」


「相当苦しかったと思う。泣き叫ぶ声が今も耳に残ってる」


「何を言ってるの!?」


「蠱毒だった頃はそれが心地良と思ってたけど、今は辛い。でも、これは私が一生背負っていく罪だから。何百年経っても、二度目の死まで、彼女たちの事を忘れずに居る」


「何を…」


 青い顔でこちらを見る彼女を、私は赤い瞳孔と鋭い犬歯を強調する様な角度で見つめる。


「何でこんな時間に此処に居るのか?だったね」


「なっ!何!その目!赤い目。歯も長すぎ、それじゃ、ま、まるで、牙」


「私が此処に居る理由はね」


「あ、ああ!!」


「ノコノコ迷い込んできた餌を捕まえるためよ!!」


「ひぃぃ!!」


 彼女は悲鳴を上げて尻もちを突き、その太ももに温かいものが流れる。


「アハハハ!!ゴメン!ゴメン!驚かせすぎたね」


 私は尻もちを突く彼女に微笑みかける。


「でも、3人を食い殺したのは本当。貴女と同じだよ。私も「呪怨会」からキットを買って巫蠱の術を使った。自分自身も巫蠱に混ぜて、直接3人を襲った」


「貴女、いったい?」


「森沢透子よ!私は貴女の事、覚えてないけど、あの3人と一緒に居たんなら、知ってるかな?」


「え?デブ沢!!でも、見た目が全然違うし、行方不明になってるって」


「デブ沢?」


「あっ!!」


 彼女は言った後で拙いと思ったのか、顔を青くして口を塞ぐ。


「アハハ!あの3人以外にも陰ではそんな風に呼ばれてたのか〜」


 あの3人を酷いと思っていたが、直接言うかどうかの違いで、案外他のクラスメートと大差無かったのかも知れない。そう思うと余計に悪いことをした。


「私が、貴女より先に巫蠱の術を使った。私が先にあの3人の命を奪った。でも、だから貴女はまだ人間でしょ?人間で家族と一緒に生きられるんでしょ?だったら、つまらないことで、自分の心を汚さないで!立派に生きてみなよ!人間として胸を張れるように生きてよ!化物に成った私の分まで」


「も、森沢さん!!」


 呆然とする彼女を立ち上がらせ、霊園の外へ向かう。


「こんな夜中に人間の女の子が1人で歩くのは危ないから送っていくね」


「は、はい」


 彼女を自宅まで送り届け、その場を去ろうとすると、後ろから再び声を掛けられる。


「も、森沢さん!」


「ん?」


「私!立派な人間に成ります!貴女の分まで」


「うん!お願い」


 思わず笑みを浮かべてしまった。


 そのまま走って霊園に戻る。


「さてと!掃除するか!!」


 朝日が出るまでに終わるだろうか?真っ赤に成っている墓石を見て私は苦笑した!


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