閑章 森沢透子

第1話 森沢透子とお見舞い

 人生とは不思議だと思う。私はつい最近までクラスの皆からイジメられているデブスの根暗女子だった。それが、巨大な化物妖怪に成って沢山の人の命を奪い、最後にはもっと強い妖怪に殺された後、その人の眷属のグールとして復活した。

 更に血を分けてもらい、今はダンピュールに成ったが、これ以上は自力で進化するしか無いらしい。


「透子!此処に居ったか!」


「あ!水母ちゃん」


 声を掛けられてそちらを向くと、水色の髪の美少女が立っている。彼女は川姫の水母ちゃん。私が今暮らしているこの屋敷の家主で、この領域の主だ。


 今は仲良くしてくれるけど、最初に会った時は大変だった。藤堂君と一緒に来た私を見て、彼女が機嫌を悪くしたのだ。藤堂君は理由に気づかなかったけど、私はすぐに分かったよ。

 まあ、事情を説明すると、機嫌も治って、仲良くしてくれるようになったんだけどね。


「どうしたの?」


「うむ。朝餉が出来たのでな。呼びに来た」


「あ!そうなんだ!ありがとう!」


 食事を取る部屋に行くと、いつもの様に、和室に3人分のお膳が用意されている。川魚の塩焼き、煮物、お漬物、おみそ汁、白米と水母ちゃんのお屋敷の定番の朝食だ。


「美味しい!!」


 そして相変わらず美味しい。向かいでは藤堂君も美味しそうにご飯を食べている。その隣では水母ちゃんが嬉しそうにその様子を見ている。


 何て言うか、私の邪魔者感すごいよね。


 私は急いでご飯を平らげると、勢い良く手を合わす。


「ご馳走様でした!」


「ん?早いの!?」


 私の言葉に少し驚いた様子の水母ちゃん。


「うん。せっかくだし、外の様子を見てこようかと思って!」


「外とは言うても、今は朝じゃぞ?」


「あっ!!」


 水母ちゃんから突っ込まれ、私は間抜けな声を出す。


 そうだね!朝だね!うっかりしてた。


 藤堂君から見せてもらった私のステータスはこれだ。


名前  :森沢 透子


種族  :ダンピュール


種族特性:邪気放出・夜目・吸血・吸血衝動・動物操作(蝙蝠と鼠限定)


固有特性:病毒耐性


状態  :正常 


能力  :再生

     妖毒生成

     

備考  :ダンピュール族の弱点【日光・銀】


 正直言って同じ中級怪である水母ちゃんと比べると寂しくなるようなステータスだ。上級怪である藤堂君とは比べるのもおこがましいほど違う。

 そして、悩みの種が、ダンピュールの弱点だ。藤堂君は日光耐性あるが、私には無いのだ。以前日光を浴びて、皮膚が焼け爛れた。


「どうしようかな?」


「ふふ!これを着ていくと良い」


 水母ちゃんがフード付きの丈が長いコートを持ってきてくれる。どうやら用意してくれていたらしい。本当に頭が下がる。


「あ!ありがとう!!」


「ふふ。よいよい」


 水母ちゃんは私にそれを着せると、耳元でそっと囁く。


「気を使ってくれてるのであろう?気にせずとも良いが、気持ちは嬉しいぞ」


「あ!」


 流石!お見通しだね水母ちゃん。


「じゃあ!行ってきます!!」


「陰陽師に気をつけるのじゃぞ。今のお主なら簡単に滅される」


「う、うん」


 水母ちゃん!!そんな「車に気をつけるのよ」みたいなノリで、物騒なこと言わないで!!


 水母ちゃんに見送られて、私は領域の外に出る。


「うわぁ!!辛い!!やっぱり帰ろっかな?でも、せっかく水母ちゃんと藤堂君を二人っきりに出来たんだから、すぐ帰るのは水母ちゃんに悪いよね」


 コートのおかげで直接日光を浴びることはない。でも、明るい場所に居る以上、どうしても僅かに光は当たる。直接浴びなければ、そこまで焼けるのも酷くないし、再生で焼けた側から治っていくので、外見では問題ないが、妖気を結構消耗する。


「もっと陰に成ってる所に行こ!」


 お昼ご飯は欲しいから、それまでには帰るとして、今は8時だから約4時間。お昼が要るって伝えたいから1時間前には帰るとしても、約3時間。何して時間を潰そうかな。


 とりあえず、日光から逃げるようにビルとビルの間の暗い場所に入る。


「は〜。大分楽!!」


 フードを脱いで思わず安堵の息を吐く。


「え〜君〜こんな所に来たら危ないよ〜」


「うお!結構かわいいじゃん」


 うん。せっかく陰に入れたのに、見るからにチャラそうな男が3人近づいてくる。でも、かわいいなんて言われてちょっと内心嬉しい。だって言われたことなかったからね。蠱毒の一件で痩せたし、ダンピュールに成った時に顔が少し整ったけど、それでも今までのトラウマはある。


「ねぇ?こんな所に1人で来たら危ないよ〜」


「そうそう!俺達がボディーガードしてあげる」


 下卑た笑みを浮かべて私の肩を抱こうとするチャラ男。でも、そろそろかな?


「う、何だ?気分が…」


「頭痛ぇ〜」


「うぅぅ。吐き気が…」


 邪気を出してる相手と長い時間一緒に居ちゃいけないよね。まあ、私程度の邪気じゃそこまで効果無いから一緒に薄い妖毒も気化させて撒いていた。


「なっ!!鼻血が!!」


「うえぇぇ!!何だこれ!!立てねぇ!!」


「頭がぁぁ!!割れる!!死にそうだ!!」


 蹲るチャラ男の1人の腕を持ち上げた私はその手首に牙を立てる。


「いでぇぇ!!!」


「ひっ!!コイツ!血を!!」


「な、な」


「私に近づいてきたって事は私のご飯に成ってくれるって事で良いんだよね?」


 笑顔を浮かべながら言い放ち、ビルの壁を手から出した妖毒で溶かす。


「ひぃぃぃ!!」


「化物!!!!」


「助けて!!」


 チャラ男3人は涙を浮かべながら這うように逃げていく。


「これで静かな日陰が確保できた」


 ちょっと此処で休もう。とは言っても3時間は長いな。


「は〜。どうしよう。あ!」


 唐突に思い浮かび、私は歩き出す。できればやりたくないけど、でも、やらないとな。


 やって来たのは病院。看護師さんに目的の人物の病室を聞く。


「おや!君も彼のお見舞いかい?」


「はい」


 白衣の女性に話しかけられる。きれいな人だな。


「柊先生!!次の患者さんお願いします!!」


「ああ!呼び止めてすまないね。他にもお見舞いの娘が来ているよ」


「はぁ」


 それだけ言うと、女医さんは去っていく。何だったのか?


 幾ら私が弱くて邪気の量が少ないとは言え、一箇所に居たら影響がある。さっさと要件を済まそう。


 階段を上がり、件の病室の前に来るが、なんとも入りづらい。だって中から…


「どういう事ですか!高山先輩!私と付き合ってくれるって言いましたよね」


「どういう事かしら?幸一君?」


「幸一さん。浮気してたんですか?」


 確実に中で修羅場が起こってるよね。でも、まあ良いか。


「すいませ〜ん」


「へ?」


「「「また女の子!!」」」


 病室の中には高山君と3人の女子高生。1人は知ってる。3年の谷口先輩だ。もう1人は1年生かな?顔だけ見たことある。もう1人は知らないけど、他校の娘かな?


「いったい何股かけてたの?」


 谷口先輩の背後に般若が出ている。こわっ!!


「いや!その娘は本当に知らない娘だから!!部屋間違えたか、他の人のお見舞いじゃないかな?」


 そう。この病室4人部屋だよね。こんな所で修羅場展開とか他の患者さんに迷惑だ。


「ごめん。高山くんに用事なんだけど」


「あらあら?」


 谷口先輩怖いですよ!!妖魔でもビビるレベルの怒気だ。


「いや、本当にそんな娘知らないって!それに多分他校の娘だよ。おれ、学校の女子でかわいい娘は全員覚えてるけど、そんな娘記憶にないもん。学校に居たら絶対声かけてるよ」


 高山くん。それは墓穴では?


「あら〜。そうなの。私と付き合ってたのに他の娘にも声を掛けてたのね」


 谷口先輩からの怒気がいよいよヤバいレベルになり、1年生と他校の娘は涙ぐんでいる。


 うん。話に割り込み辛いけど、長居したら此処に居る人達に悪影響だし、さっさと用事だけ済ませよう。


「谷口先輩!落ち着いて下さい。私は高山くんと付き合ってませんよ。こっぴどくフラレましたから」


「あら?」


「へ?」


 高山くんが間抜けな声を出す。気づいてないもんね。


 さっさと要件を済ませよう。高山くんの前まで行くと、深々と頭を下げる。


「ごめんなさい!!」


「え!!?」


「どういう事?」


 状況が飲み込めず目を白黒させる高山くんと、首を傾げる谷口先輩。


「高山くんの言葉で凄く傷ついた。でも、流石に殺そうとしたのはやり過ぎだった。謝って許されることじゃないけど、謝罪しないといけないと思ったの。本当にごめんなさい!!」


「え?ちょっと待って!俺、君とは初対面だよね?」


 私は顔を上げて、高山くんに微笑みかける。


「森沢透子です。それでは」


「え?森沢って!まさか!!」


 驚きの声を上げる高山くんを放置し、クルリと方向転換して、病室を後にする。速く病院から出ないと患者さんに悪影響だ。


 時計を見ると10時30分!丁度良い時間だ!


「よし!帰ろう!今日のお昼は何かな?」


 私は病院を出て、水母ちゃんの領域に向かって駆けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る