閑話3 新城胡々乃とヴァンパイア

 私の名前は新城胡々乃。お母さんが妖怪で母子家庭ていう、ちょっと特殊な家庭環境だけど、それ以外は至って普通の女子高生のつもりだ。


 こないだ下校の時にヤバい虫妖怪に襲われた事をクラスの藤堂桜さんに話したら、彼女のお兄さんが迎えに来てくれたんだけど…。


「趣味じゃないけどね!体弱そうだし、ヒョロヒョロだし!もっと健康的な細マッチョのイケメンが好み」


「相変わらず辛辣だなお前。変な虫が出没してるから迎えに来てやったのに」


「それはありがとう。でも、まだ倒せてないの?おにぃ役に立たない!」


「ちょっと桜さん。流石に言い方が…」


 桜さんからお兄さん。藤堂忍先輩への言葉に私は顔を青くしてしまう。


 桜さんは不思議そうに私のことを見てくるけど、それどころじゃない。だって、貴女は人間だから気づいてないだろうけど、貴女のお兄さんとんでもないよ!


 以前の化物虫とは違って妖気も感じないし、嫌な気配もしない。ともすれば人間かと勘違いしそうだ。でも、この人、心が読めない。それに私の狐妖怪の、野生動物の本能が逃げろって叫んでる。


 この人はヤバい!格が違う。私みたいな小物が機嫌を損ねようものなら、次の瞬間には骨も残って無い。


「大丈夫だよ胡々乃ちゃん!頼りないけど、こんなおにぃでも居ないよりマシだって!」


「ちょ!桜さん!!!」


 止めて!本当に止めて!もっと丁寧に接しよう!こっちに寿命がさっきから削れに削れてるから!!


 気分はまさにライオンの前の兎だ。私狐のはずなのに〜。


「すいません!本当にすいません!!」


 背中にびっしり冷や汗をかきながら謝る私に忍先輩は苦笑して送っていってくださるとおっしゃる。


 私みたいな雑魚妖怪の事は放っておいて頂いて結構です。貴方様みたいな強い妖怪の側に居たら生きた心地がしません。


「危ないしさ。気を使わなくても妹のついでだから」


「そ、それでは、お手数をおかけしますが…」


 此処まで来たら遠慮する方が拙いよね。でも、落ち着かないよ〜


 3人?(2匹と1人かな?それとも1体と1匹と1人?)でファミレスを出て先ずは私の家に向かう。


 とりあえず、桜さんに話させるとまた失礼なことを言うかも知れないし、先ずは私が話そう。


「あ、あの!」


「ん?」


 うわぁぁ〜。声かけちゃったけどやっぱり怖い!!頑張れ私!


「藤堂先輩はヴァンパイアなんですか?」


「ああ。ついさっき3体目の蠱毒を倒してな。それでヴァンパイアに進化したんだ」


 そうなんだ。だから桜さんはダンピュールだと思ってたのか!でも、蠱毒倒したら進化した?


 え?どういう事?別にレベルとか、経験値とかそういうシステも無いよね?


「つまり成りたてのひよっこなんだ!大丈夫かな〜」


 ちょ!桜さん!!


「大丈夫だよダンピュールの頃から蠱毒を倒してたから」


「でも、例の胡々乃ちゃんが見つけた奴は倒せてないんでしょ?」


「遭えてないからな。遭えれば解らないけど」


 確かにアイツはとんでも無い奴だった。けど、おそらく藤堂先輩のほうが強いよね。


 そんな事を考えながら歩いていると、嫌な気配が漂ってくる。


「げっ!」


「どうしたの?胡々乃ちゃん?」


 思わず声を出す私に桜さんは首を傾げ、藤堂先輩は苦笑しながら頷く。


「ああ。来たな。でも、これは…」


 藤堂先輩が苦笑しながら視線をやる先には、1体の化物が居た。


「蠱毒ですか」


 思わずため息が出てしまう。蠱毒に遭遇したのも悲劇だけど、コイツ、前に高山先輩狙ってた奴とは違うよね。


 何で私こんなにエンカウント率高いの?陰陽師の人とか藤堂先輩は探し回って中々見つけれないのに。


 私は遭いたくもないのに、2回も遭遇してるよ。


「お、おにぃ…だ、大丈夫だよね」


 桜さんは青い顔をして藤堂先輩の背中に隠れる。さっきまで元気だったが、やっぱり実物を見ると、怖くなってきたのだろう。ただ、一言だけ言わせて欲しい。コイツより貴女がさっきまで失礼な態度取ってたそこのお方のほうが何倍もヤバいと思うよ。


 一方、藤堂先輩は、蠱毒を見て残念そうな顔をする。


「蛇じゃないのか。ハズレだな」


 え?蛇じゃないからハズレ?どういう事?まあ確かに、コイツには蛇の特徴はない。大きな4本鎌が有る蟷螂に蛾の羽が生え、腹の部分が蜘蛛になっているだけだ。


「えっ!?おにぃ??」


「なっ!!」


 私が蠱毒の特徴を確認してると、横から桜さんの戸惑った声が聞こえる。何事かとそちらを見ると、さっきまで桜さんの前に立っていた藤堂先輩が消えている。


 何処に行ったのかと思いながら、蠱毒に視線を戻すと、一瞬目を離した間に、蠱毒が正中線に沿って真っ二つに切れており、ドシャリと音を立てて崩れ落ちる。蠱毒の死骸の向こう側には藤堂先輩が立っている。


「い、いつの間に、い、移動を!!?」


 全く解らなかった。しかもあの蠱毒、弱い方かもしれないけど、妖怪としての格は私と同格くらいだ。戦闘能力はおそらく向こうの方が高かった。それを瞬殺である。つまり、やろうと思えば私も瞬殺出来るって事だ。


 両断された蠱毒の断面は泡立って溶けており、何で切ったのかも解らない。


「死骸が邪魔だな」


 藤堂先輩が蠱毒に向けて手を翳すと、その瞬間、私の背中に悪寒が走る。例の蠱毒よりもヤバい。襲われたら無抵抗で天国へ行けるように祈るレベルだ。やっぱり力を隠してただけで、相当ヤバいお方のようだ。


「と、溶けてる!!」


 藤堂先輩が手から何かを出し、それに当たった蠱毒の死骸はブクブクと泡を点てながら、ものすごい勢いで溶けていき、最後には何も無くなる。


「よし!死骸の処理完了!これで騒ぎにもならないだろう。でも、俺だけで4体って。陰陽師の連中、ちゃんと仕事しろよ」


 藤堂先輩は深くため息を吐くとこちらに視線を移す。


「新城さん」


「ひゃ!ひゃい!!な、何でしょうか!!!」


「いや、そんなに慌てなくても、大丈夫だった?」


「は、はい。それは大丈夫でしたけど」


 優しく話しかけてくれる藤堂先輩。蠱毒は貴方が瞬殺しましたからね。怪我させられる余地が無かったですよ。


「そうか。良かった!桜。行くぞ」


「うん」


 まだ恐怖が残っているのか、しばらくぼうっとしていた桜さんだが、すぐに気を取り直して、藤堂先輩に近寄る。


「ねぇ!おにぃ!さっきの化物が真っ二つになったのって、おにぃがしたの」


「ああ。言っただろう。倒し慣れてるって」


「はぁ〜。おにぃ強かったんだ!人は見た目に依らないね」


「お前、本当に一言多いな」


 げんなりした顔をする藤堂先輩。本当に一言多いよ桜さん!!まあ、さっきのアレを見ても態度を変えない度胸だけは尊敬するけど。


「でもおにぃ。どうやったのアレ。刃物とか持ってないよね」


「手で」


 会話をしながら藤堂先輩は足元の大きめの石を拾うと、人差し指と中指でそれを挟んでその石を切る。ぱっくりと切られた石の断面はさっきの蠱毒と同様泡立っている。


「ええ!!なにそれ!!指がハサミ代わりになるの!!」


「そういう訳じゃ無いけど、切ろうと思えば大体のものは素手で切れるんだよな」


「なにそれ!!全身凶器じゃん!!」


「人を危険人物みたいに言うな」


 藤堂先輩。性格はともかく、スペックだけで言ったら完全に危険人物です。人じゃないけど。


 そんなこんなで談笑を続けながら歩いていると、私の家が見えてくる。


「ここです!ありがとうございました」


「じゃあ。俺達はこれで」


「じゃあね胡々乃ちゃん!また明日!!」


「うん」


 家の前で2人と別れ、自宅の扉を開ける。


「ただいま〜」


「おかえり胡々乃。随分と珍しいお友達が居るのね」


 家に居た母さんは若干顔を青くしながら出迎えてくれる。


「母さん。気づいたの!」


「あんな化物が自分のねぐらのすぐ側まで来てるのに気づかない奴はよっぽど鈍感よ。少なくても野生動物ではないわね」


 歳を経た妖怪である母さんは私よりも正確に藤堂先輩の実力を把握できているらしい。


「上級怪ね。早々会わないわよ」


「友達のお兄さんなの。危ないから送ってもらったんだ。実際一回妖怪に襲われたから助かったよ」


「襲われた?」


「実は…」


 母さんは店に寝泊まりする日が多くて週に2,3回しか帰ってこない。だから前に高山先輩と襲われた話もまだ出来ていなかった。これまでの経緯を説明すると、母さんは神妙な顔で頷く。


「なるほどね。あんたが襲われやすいのは当然よ。人間を喰うタイプの妖怪は多いわ。人間を喰えば、腹が満たされるのはもちろん。妖気が回復するし、多く喰えば、力も増す。でも、そういった奴らも人間より別の妖怪を喰った方が効率は良いのよ。それをしないのは、妖怪を狙うとなれば、反撃に合う可能性が高くてリスクが大きいから。

 で、下級怪である「おさん狐」と人間の間に生まれた半妖のあんたは低能な連中からすると、反撃のリスクが少なくて、価値の高い、極上の獲物なのよ」


 嫌なこと聴いた〜。え!?私が蠱毒とのエンカウント率高い理由はそういう事!!


「あれ?じゃあ藤堂先輩に取っても私って美味しい獲物なの?」


 そういう事だよね。吸血鬼も人を喰うタイプでしょ。


「上級怪までになれば、あんたも人間も差がないと思うわよ。それより蛇妖怪の心臓とかの方が良いはずだけど」


「ああ!そう言えばそんな事言ってた!!」


 藤堂先輩が呟いた蛇じゃないからハズレってそういう意味だったんだ。


「蛇蠱を狩ってるのね。そんな妖怪に守ってもらえてよかったじゃない」


 そう言うと母さんはおもむろに立ち上がる。


「じゃあ。母さんは店に戻るから」


「え?もう?」


「やっと2店目をオープン出来たのに色々大変なのよ。休んでいられないわ。胡々乃、蠱毒の件は気をつけなさい」


「気をつけろってどうすれば良いの?」


「その吸血鬼の下僕になって守って貰うか、常に感覚を研ぎ澄まして近くに来たら逃げるかね」


 言うは易しだけど、実行は難しいよ。藤堂先輩が守ってくれる保証無いし、感覚全開にすると耳と尻尾出てくるから日常生活では使えないし。


「もう一つ単純なのはそのお友達。妹の藤堂桜ちゃんと行き帰り一緒にすることね。妹を守るついでに守ってもらえるわよ」


 ずるいけど、それが一番かな。


「解った。行ってらっしゃい」


「ええ。行ってきます」


 扉を開けて母さんが出ていった後、どっかりと畳に寝転がる。


「蠱毒騒動が収まるまでは、桜さんには悪いけど、一緒に行動するようにしようかな」


 目を閉じると、私はそのまま睡魔に引き込まれていった。

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