第25話 操呪

 「畜生!!」


 術で作った岩の大槌を軽々と防がれ、土倉宗次郎は悪態を吐く。


「流石は虫。頑丈ですな」


 磯辺も呪符術で援護するが、一向に勝機は見えない。その上、敵は自由に空中を飛ぶので、呪符術で拘束するのも一苦労だ。


「クソッタレが!!」


 怪我の影響で霞む視界と、崩れそうになる足になんとか力を入れ、宗次郎は蠱毒を睨む。


「(とは言っても流石に限界だ。どうする?どうすりゃ良い?)」


「ギチチッ!!」


「ぐっ!」


「土倉様!!」


 一瞬視界が霞んだスキを突いて、蠱毒が宗次郎に接近してその肩に顎で食らいつく。


「ち、畜生!!」


「土倉様!!」


 磯辺は慌てて宗次郎を助けようとするが、既に疲労で呪符術を満足に発動できない。


「ヤベェ!死ぬ!!」


 宗次郎の霞む視界の向こうに幼い頃に兄弟と遊んだ光景が見え始める。


「(ああ。これ、走馬灯か!もう死ぬんだな。俺)」


「ギチィィィ!!!」


「え!?」


 宗次郎が死を覚悟した瞬間、彼を食い殺そうとしていた蠱毒が真っ二つに両断される。その体は切断面が泡立ち、徐々に溶けていく。


「一体何が!?」


「弱いな。コイツでも無いのか」


 響かれた独り言に気づき、視線を向けると、そこには以前戦ったダンピュールが立っていた。


ー○●○ー


 工場に入ってすぐに蠱毒と思しき虫の化物を見つけ、即座に手刀で切り捨てる。


 一瞬で決着はついた。弱いしコイツは蛇や虱の特徴もない。


「弱いな。コイツでも無いのか」


「お、お前…」


「ああ!土倉さん大丈夫?」


 土倉さんと磯辺さんに『超回復付与』を掛けて治療する。


「これで大丈夫だと思いますけど?調子はどうですか?」


「ああ。治ってる」


「すいません。助かりました」


 呆然とする土倉さんと律儀に礼を言う磯辺さん。


「で、お前なんでこんな所に居るんだ?」


「実は妹から変な虫が沸いてるって相談されて駆除に来たんです。さっき前川君に会って、土倉さんが大変な事に成ってるって聴いて。いや〜間に合って良かった」


「ちっ!前川の奴!余計な事言いやがって!!」


 悪態をつく土倉さん。でも、本気で腹を立てては居ないだろう。


「俺は此処に来る前に蛇ベースの奴を倒しましたからこれで2体目ですけど。一体何体居るんです?」


「蛇ベース!?蛇蠱を倒したのか!!」


「ええ」


 そんなに驚くことかな?弱かったと思うけど?


「そんな事より…」


 俺は新城さんから聴いた蠱毒の容姿を土倉さんに伝える。


「人間が蠱毒に混じってるって言うのか?」


「人間が混じってる上に蛇と虱両方共使ってます」


「ヤベェなそれ。下手すりゃ上級怪クラスだぞ」


 やっぱりそうなるか!今までの雑魚と一緒とは行かないだろうな。


「ともかく、何体なんです?蠱毒」


「ああ。こっちで見つけた巫蠱の術の跡は七つだ。だから七体は確実に居る。だが、こっちが見落としてる可能性も有るし、更に行われた可能性も有るから、七体で全部とは言えない」


「更に行われた?どういう事です?」


「実は…」


 土倉さんから聞かされた話で、予想以上に自体が深刻だと解った。というか、何だその呪怨会って連中は!金儲けにしてもやりすぎだろ!!


「解りました。とりあえず後5体と思って探します」


 それだけ言ってその場を後にする。


「でも、ネットで売られてるんなら、この街だけで収まらないよな?」


 とにかく街を回って探すしか無い。暫く見て回るがそれらしい奴は見当たらない。


「一回家に行ってみるか?」


 今は邪気も出さないし、無事を確認するのが一番良い。


「今の時間だと居ないかもしれないけど」


 家に行き玄関のインターホンを押す。


「はい?」


 普通に居た!!え?2人共仕事は?


「母さん!俺だけど!」


「何!?オレオレ詐欺?」


「イヤイヤ、カメラで顔写ってるよね?」


「アハハ!そうね!でもどうしたの?「うっ!俺の邪気が、皆を傷つける!!」とか言って会えないって言ってたのに」


「そんな厨ニ臭い言い方したっけ俺!?」


 絶対してないと思う。


「似たようなもんだったわよ」


「ええ!!!」


 嘘だ!そんな馬鹿な。


「それで?どうしたの?」


「あ、うん」


 落ち込む暇もくれないわけね。


「実は蠱毒って化物がこの近く彷徨いてるらしくてさ。家は大丈夫か様子見に来たの。一応邪気は抑えられるようになったから会えるし」


「邪気抑えれるなら一緒に暮らせるの?」


「それはどうだろう?無理やり抑えてるだけだから、寝てる時とか緩んで漏れるかも?」


「それだけ聴くとおねしょみたいね!!」


「違うから!!」


「まあ良いわ!入りなさい。父さんも希も居るわよ!」


「え!?2人も居るの?」


 兄貴はともかく、父さん。仕事は?


「父さんも母さんもアンタが死んだって事で、特休貰ったのと、気を使って貰って有給も結構取らせて貰えたから、明日まで休みなのよ。明後日から仕事に復帰よ!」


 それは良かったのか?まあ、休みなのは解った。兄貴の彼女の話もしたいけど、兄貴の居る前じゃな。まあ、とりあえず家に入るか。


 母さんが家に入れてくれて、リビングに顔を出す。久しぶりの我が家だ。


「それで、蠱毒だったか?」


 ソファーに座ると、父さんが問いかけてくる。


「うん。虫とかを集めて食い合わせることで出来る妖魔だ。蛇や虱を混ぜると、更に強い奴が生まれる。人とか普通に喰うから暫く気をつけて」


「気をつけてどうにかなるレベルか?」


「とりあえず、休みの間は家から出ないで!」


「忍は?」


「残りの蠱毒倒しに行く」


「止めなさい!危ないことは!」


「でも、蛇が混ざってると、心臓を喰えばパワーアップ出来るし、悪いことばかりでないから」


「それでも…」


 なおも父さんは止めようとするが、キッチンから現れた母さんがバシッ!と俺の背中を叩く。


「良し!行ってきな!!これ弁当!」


「ちょ!母さん!」


「何、情けない声出してんのよ!息子が世のため人のために頑張るって言ってんだから、快く送り出してやるのが親ってもんでしょ!」


「それは…」


「良し!行ってきな忍!負けんじゃないよ!」


「うん。なんか相変わらずのテンションで安心した。もし危ないことが有ったら、電話して、駆けつけるから」


「解ったわ!」


 血の気の多い母さんに促され、弁当片手に俺は再び蠱毒刈りに向かった。


ー○●○ー


「すごい!」


 首が刎ねられた蛇蠱の死体を前にして、少女は感嘆の声を上げる。


「蛇蠱が一撃とは、凄まじい戦闘能力ですね」


 少女と共にやって来た3人の男女は顔を引きつらせる。


「陰陽師の仕業?高位陰陽師や『守護』が出てきたのかな?」


「『潜り』の報告ではその様な情報はありませんが」


「でも、下位陰陽師じゃ、一撃は無理でしょ?倒せるかどうかすらも怪しいよ。ん?」


 少女は蛇蠱の死体に違和感を覚え、眉を顰める。


「いかがいたしました?」


「どういう事なんだろうと思って」


 少女は腰まで伸びた金色の頭髪を一房手で弄びながら首をかしげる。


「どういう事、とは?」


「この断面。溶けてる。コレ。瘴気の影響だよね?」


「なっ!まさか!!」


 驚く3人に反して少女は笑みを浮かべる。


「瘴気を使う陰陽師なんて居ないよね?」


「ええ。陰陽師どころか。はぐれ術者でも瘴気を使う者など居りません。人間には瘴気は出せないはずです」


「じゃあやっぱり!コレは妖魔の仕業って事だ!ちょっと興味出てきたよ」


「興味?」


「会ってみたいなと思って。コレをやった妖魔に」


 愛らしい顔に狂気を孕んだ笑みを浮かべる少女に、3人の中で一番年嵩の男性がため息を吐く。


「無駄だと解っているので止はしませんが、コレだけは言わせてください。貴女は『呪怨会』に無くてはならない方なのですよ」


「うん!解ってるよ!でも、私達の目的に近づくためにも、コレをやった妖魔に会うのは無駄じゃないよ!普通に瘴気を当ててもこうはならない。何か特殊な使い方を知ってる」


 少女の言葉に男性は更に深くため息を吐く。


「本当にお願いしますよ。『六呪』の一人。『操呪の糸井いといゆい様」


 男性のその言葉に少女・唯はニコリと微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る