第23話 瘴気

 今日の朝飯は岩魚と山女魚、味噌汁や煮物、漬物などだ。昨日も今日も結構凝った和食が朝から出てくるのは、式神を複数使って作っているかららしい。


「美味かった!!」


「それは良かった」


 早朝から式神作りや傀儡操作の練習をし、竜化で戦う特訓もしていたのでかなり腹が減っていた。しかし今は満腹だ。満腹には成ったのだが…


「………」


「忍?」


「………」


「忍!!」


「え!?ああ!どうした水母?」


「どうしたは此方の台詞じゃ!いきなり神妙な顔で黙り込んで、普通に呼びかけても返事もせず。どうした?朝餉に何か障りが有ったかの?」


 水母が探るように顔を覗き込んでくる。


 うん。そんなに顔近づけないで!お前、外見は美少女だから!意識しないって無理だから!!


 気恥ずかしさから顔を背けながら、水母の肩を軽く押して前屈みから、普通の体勢に戻す。


「ああ。竜化だが、やっぱり制限時間が有るからな。何らかの方法で時間稼ぎをされたらかなり拙いし、どうしたものかと思ってな」


 竜化以外でもっと強力な戦闘方法が欲しいのが実情だ。


「それならば、邪気の操作を訓練すればどうじゃ?」


「邪気の操作?」


 そんなの出来るのか?


「うむ。邪気の濃度を意識して高めることで、瘴気に変わる。強い毒じゃ。瘴気の濃度や邪気事態の強さにも依るが、強力な瘴気は岩さえ溶かすほどじゃ」


 こんなふうにの。と言って水母が手を翳すと、掌の上に紫色の靄のような物が発生する。水母は手近にあった箸をそれに触れさせると、触れた部分が一瞬で溶けた。


「ええ!?」


「これが瘴気の威力じゃ。とは言っても、上級怪以上の妖や自身がより強力な瘴気を発生させられる妖のは効かんし、それ以外にも邪気を持った奴には効きが悪いがの」


「ダメじゃんそれ!!結構効かない奴多いよ!!」


「物は使いようじゃ。何も瘴気をそのまま使えとは言うておらん。何かしらに利用できるかもしれんぞと言うただけじゃ。妖の戦闘で大事なのは2つ。能力を使い熟す事と、能力を工夫して使うことじゃ」


「工夫ねぇ」


 とりあえず俺も水母を真似て瘴気を発生させてみる。これは結構簡単に出来た。


「でも、これどうしたもんかな?」


 食休みも終わったので、また、訓練している空き地に行き、瘴気を発生させてみるが、一向に良い方法が思いつかない。


「ん?妖気を纏わせた手でなら触れる?妖気で瘴気の干渉できるのか?」


 なら、妖気に巻き込めば、妖気をかさ増ししたり出来るかな?


「やってみるか!!」


 とりあえず試してみよう。俺は瘴気を巻き込むイメージで、妖気を動かそうとして…


……………

………


「全ッ然ダメだ!!」


 上手くいかなかった。


「どうすりゃ良いんだ!こんなの」


 暫くウンウン唸りながら、試すが一向に上手くいかない。妖気を自在に動かすのはかなり難しい。それを瘴気と混ぜようと言うのだから尚更だ。


「一体どうすれば…」


「忍様」


「え!?」


 考え込んでいる俺に声が掛けられる。振り返ると、式神が一体此方を見ていた。


「水母様より、伝言を言付かっております。昼餉は鮭でいいか?と」


「へ!?ひるげ?ああ。昼飯か。ああ。それで頼む。ありがとうって伝えといて」


「畏まりました」


 丁寧にお辞儀をして去っていく式神。その姿を見て、俺の中にひらめくものが有った。


「ちょっと待って!」


「はい?御用でしょうか?」


「筆と墨持ってきて」


「畏まりました」


 式神に持ってきて貰った筆と墨で、俺は手の甲に自分の紋を書き込む。通常式神を作る時に、式神に成る紙に書き込む紋だが、別に式神制作の為の物じゃ無い。妖気の流れを良くしたり、操作を補助したりする為の物だ。つまり、紋の助けを借りて妖気の操作をやりやすくすれば、妖気と瘴気を混ぜる事が出来るかも知れない。式神を見て思いついた。


「よし!これで!!」


 さっきよりもスムーズに動く妖気が瘴気を絡め取り、混ざっていく。相乗効果が有るのか明らかに両方を合わせた以上に増える。


「これを…」


 今まで妖気でやっていたのと同じように体に纏う。


「おお!!」


 殴ったら、岩が溶けて消滅した。体の強度も今まで以上だ。


「次は…」


 今度は皮膚から妖気と瘴気ミックスを体に染み込ませ、体内で流す。


「おお!!すげぇ!!」


 走ったり跳んだりして確認したが、明らかに今までとは桁違いな身体能力だ。


「表面に纏わせるのと、体内に流すの、半々が妥当かな?」


 敵や状況に応じて変えるとして、通常はそれくらいが妥当だろう。


「うん。良い感じだ」


 上手くいったところで、式神が昼飯だと呼びに来たので、屋敷に戻る。


 昼飯は鮭だった。しかし、やっぱり物が良いのでかなり美味い。イクラも出た。白米に乗せて食べると本当に美味い。


「お主、邪気が出ておらんの」


「へ!?」


 食事中に水母に言われて気づく。どうやら邪気を瘴気に変えて、全て妖気と混ぜてる現状、体の外に邪気は漏れないらしい。


「これなら街に行っても大丈夫かな?」


「まあ、陰陽師の目も有るので、大丈夫とは言い切れんが、人里に出ても、無意識に人に害を与える事は無いであろう」


 ふむ。結構ありがたいな。今度父さんと母さんに顔見せに行ってみるか。


ー○●○ー


「忍!着信です!!」


 昼飯を堪能して一息つく俺にスマフォが声を掛けてくる。この付喪神は本当に便利である。


「もしもし」


 どうやらフェイスタイムで着信が来ているらしい。掛けてきたのは妹の桜だ。


「桜?いきなりどうしたんだ?」


「どうかしたのか?」


「ああ。妹から電話だ」


「ほお!妹か!!」


 とりあえず出てみると、桜ともう1人の少女が画面に映る。


「もしもし!おにぃ!え!!?」


「桜。どうした?」


 電話に出ると、桜がいきなり驚愕の顔で固まる。


「お、おにぃが!あのおにぃが!女の子と一緒に居る!!しかもすっごい美人さんと!!」


「何でそこまで驚くんだよ!!」


「だって!顔面偏差値底辺の、あのモテないおにぃが!!」


「平均は有るって言ってるだろうが!!ていうか、嫌味言うために掛けてきたのか!?」


 本当に何?俺の心を折りに来たの?


「ふふふ。可愛らしい妹ではないか」


「可愛いかな?」


 水母。可愛いの基準が謎すぎる。これを可愛いと言えるのか?


「で、おにぃ。その人誰なの?まさか付き合ってるとか!?」


「いや、そういうわけじゃ…」


「何!?忍!!貴様、妾の唇を奪った上に同衾までしておいて、遊びじゃったのか!!」


 笑いを堪えながらわざとらしい泣き真似をする水母。


「えええ!!?おにぃサイテー」


「誰が最低だ!後水母。ややっこしくなるから、わざとらしい泣きまね止めろ」


「なんじゃまったく。冗談の判らん奴じゃ」


 お前らのテンションに合わせてたらこっちが持たねえんだよ。


「で!?どうしたんだ?」


「ああ。えっとね。用が有るのは私じゃなくてこっちの新城さんなんだ」


 桜が隣りに居る女の子について軽く紹介してくれる。妖魔と人間のハーフね。と言うか新城胡々乃って確かチャラい連中が噂してたよな?分厚いメガネ掛けてて何時も本を読んでる地味娘だけど、よく見ると可愛い顔してるとかなんとか。

 アホどもらが無駄な事に頑張って集計した校内美少女ランキングで10位だったはずだ。


「はじめまして藤堂先輩。新城胡々乃です!」


「はじめまして。藤堂忍だ。それで?俺に用って?」


「実は…」


 新城さんの口から頼みを聴き、俺は驚きに目を見張る。虫が幾つも集まった。怪物!それが人を襲う。しかも人も混ざっているとは。


「水母!」


「うん?」


「今聴いた妖魔。心当たり有るか?」


「ふむ。話だけなので確証はないが、おそらく蠱毒じゃろうな」


「蠱毒!?」


 水母から蠱毒の詳細を聴き、一気に俺の気が引き締まる。


「うちの実家の近くにそんなのが出るのか」


 普通に人喰うんだろ!ヤバすぎる。


「水母。ありがとうな!」


「行く気か?」


「ああ」


「既に陰陽師が動いておるやもしれんぞ?」


 ああ。その可能性は高い。でもさ…


「俺の生まれ故郷だよ。人任せには出来ない」


 後、実は少し打算も有る。蛇蠱だっけ、それって一応竜蛇に入るだろ。狩れば力を増すチャンスだ。


「行ってくる」


「夕餉までには戻れよ」


 水母の冗談めかした言葉に苦笑しつつ、俺は水母の領域を出た。

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