閑話2 新城 胡々乃2

 翌日の学校は高山先輩が入院した噂で持ちきりだった。警察に保護された後、目を覚ました高山先輩は虫の化物に殺されると叫んで発狂したらしい。今は精神病院に居る。


 クズ男にはいい薬になったかな?でも、愛川さんが可愛そうだ。付き合い始めたばかりの相手が入院。今日は朝から暗い顔をしている。


 なんと声を掛けたものかと考えていると、教室の扉が開いて、生徒が1人入ってくる。今は朝で皆登校してきているタイミングだ。教室に生徒が来るのは当たり前である。騒ぐことじゃない。でも、その人物が意外すぎた。


「おはよ〜!!」


「え!?藤堂さん!!」


 教室に入ってきたのはクラスメートの藤堂桜さんだ。もう学校に来て大丈夫なの?お兄さんの藤堂忍先輩が亡くなったのはついこの間だよ?


「お、おはよう!桜?大丈夫なの?」


 クラスメートの1人がおそるおそる声を掛ける。普通にまだショックだろうしね。しかし、藤堂さんの反応は違った。


「へ?大丈夫って何が?」


 キョトンとした顔で聞き返す藤堂さん。まるで何のことを訊かれているのか判らない様子だ。


「え?何がって。その。お兄さん」


「へ?おにぃ?」


 ちょっと首を傾げた藤堂さんだったが、すぐに瞳に理解の色が浮かぶ。


「ああ!おにぃの事ね。ありがとう!大丈夫だよ!」


 あっけらかんと返す藤堂さん。本当になんとも思っていない様子だ。しかし本当だろうか?お兄さんが亡くなってこんなに早く立ち直るかな?確かにすごく仲が良いという感じではなかった。でも別に不仲だったわけでもなさそうだったし、普通もうちょっとショックを受けてると思うけど?


 あの態度が周りに心配を掛けまいとする演技なら不用意に話しかけるのは拙い。そっとしておいて欲しい時も有るだろう。


「一応読んどくか」


 本を取り出し、視線を活字に向けて能力を使い、藤堂さんの思考を読む。


「(は〜。いきなりおにぃの事訊かれちゃったからビックリしたよ。でも、よく考えると皆はおにぃの事死んじゃったと思ってるみたいだし、こういう反応になるよね)」


「え!?」


「どうしたの胡々乃?」


 思わず声を出してしまった。隣に座っていた友達が不思議そうに声を掛けてくる。


「いや、ごめん。ちょっと推理と違ったから」


 広げていたミステリー小説の表紙を見せながら謝罪する。


「相変わらず本が好きね」


 苦笑するその娘から視線を外し、考える。


 今読み取った藤堂さんの思考。あれは何だろう?アレではまるでお兄さんが生きているみたいではないか?


「もう一度」


 また藤堂さんの思考に意識を集中する。


「(でも、今日一日どんな風に過ごそうかな?皆はおにぃがダンピュールになったなんて知らないから当然死んでると思って接してくるし。まあ、一回死んじゃってるわけだから間違いではないけど、生き返ってるからな。悲しくもないし、でもあまりにも平然としてるのも変かな?)」


「嘘!!」


 今度は驚きすぎて大きな声が出てしまい、クラス中の視線を集めてしまう。


「ちょっと胡々乃」


「ごめん」


 隣の友達には苦笑されてしまった。でも今のはしょうがないと思う。え?結局何?ダンピュール?母さんと違って西洋系だけど妖怪かな?しかもダンピュールってフィクション作品のイメージだけど結構強いよね。


 私の脳裏に昨日遭遇した化物が浮かぶ。


 ダメ元だけど。


 私は席を立つと、藤堂さんに近づく。


「藤堂さん!」


「はい?あ!新城ちゃんだったけ?」


 藤堂さんは少し自身がない様子で私の名前を呼ぶ。普段あんまり話さないもんね。


「ちょっと良い」


「え?もうホームルームだよ?」


「じゃあ次の休み時間に!」


「え!?うん」


 私の勢いに藤堂さんが若干引いている。ごめん。びっくりするよね。でも大事なことなんだよ。


 休み時間になり、人気がない校舎裏に藤堂さんを連れてくる。


「え!?なに?このシチュエーション!?まさか!!校舎裏に怖い先輩達がいっぱい待ってて私カツアゲされちゃう?それか不良の男子が屯してて乙女の大事なものを奪われるとか!!」


「いや!違うから!!」


 いきなり変なのこと言い出さないでよ。


「でも、人目につかない所に誘導されたし!!」


「ちょっと内緒の話がしたかっただけよ。心配しないで」


「内緒の話し?何?」


 読んだ私が赤面するような妄想を脳内で展開していた藤堂さんだけど、漸く落ち着いたようだ。後、藤堂さん。不良の男子に乱暴されそうになっても格好いい先輩が颯爽と登場して助けてくれる可能性は現実にはかなり低いし、普通の不良は貴女が想像するほど顔が良くないよ。


「で、話したいことなんだけど」


「うん。何?」


「藤堂さんのお兄さんって生きてるの?その妖怪になって」


「え!?」


 藤堂さんは一瞬驚いた顔になったが、みるみる表情が険しくなり、読まなくても解るほどの敵意を向けてくる。


 え!?何?この反応?何か拙かった?


「貴女」


「はい!!」


 地の底から響くような声を出されて思わず私は背筋を伸ばす。


「陰陽師なの?おにぃを殺すための人質にしようと思って近づいてきたの?」


「え!?ちょっと待って!!何!?」


 陰陽師!?人質!?お兄さんを殺す!?全然意味が解らない。意味が解らないけど、物凄い誤解が有ることだけは解る。


「ちょっと待って!聴いて!!私は妖怪なんだよ!!」


「へ!?」


 咄嗟に出た私の言葉に今度は藤堂さんが目を丸くする。


「妖怪?嘘?人間じゃん」


「近くに人は居ないし、良いかな」


 信じて貰うにはコレが一番だ。私は妖気を解き放ち狐の尻尾と耳を出す。


「え!?なにそれ!!あざと!!」


「この姿見て一言目がそれぇぇぇ!!!」


 あざとって何よ!!あざとって!!


「だってあざといもん。女子高生で狐耳に尻尾とか、ソッチ系の趣味の人対象にしてるとしか思えないあざとさだよ」


「はぁ〜。まあさっきまでの敵意は無くなったか。で、信じてくれた?私が妖怪だって」


「う〜ん」


 藤堂さんはおもむろに近づいてくると、私の耳や尻尾を触りだす。


「ちょっと!何!?て言うか、尻尾の付け根は敏感だからダメ!!」


「ごめんごめん!!本物か確認したくて!!」


「本物よ」


 偽物なわけ無いでしょ。


「で、狐の妖怪さんって事?」


「正確にはハーフね。父親は人間で母さんが「おさん狐」って言う妖怪なの」


「おさん狐?」


「美女に化けて妻帯者や恋人が居る男性に言い寄る狐の妖怪よ。おさん狐はそれで恋人同士の関係や夫婦仲が壊れて修羅場になったりするのを面白がる妖怪なの。ただ、ウチの母さんはちょっと特殊でね。寝取った人間の男性の事を本当に好きになっちゃって子どもまで作っちゃったんだよね」


 て言うか考えれば考えるほど不思議な話よね。いくら美女に化けるって言っても本性狐でしょ?良く子どもできたわね。


「へ〜。そう言えば新城さんのお家って母子家庭だっけ?」


「そう。母さんは私の父親に当たる男性。その人に本気になったから私を妊娠した後、その人の元を離れて婚約者にその人を返してあげたの」


「え?何で?本気になったんなら逆じゃない?」


「私もよく知らないけど、その人の幸せを考えた結果らしいよ」


「へ〜。なんかちょっと切ない話!!」


 目を輝かせる藤堂さん。拙いこのままだと話が脱線する。


「それはともかくお願いが有るの。貴女のお兄さんがダンピュールになったんでしょ!だったら…」


「ねえ?何で知ってるの?」


「へ!?」


 藤堂さんは不思議そうな表情で尋ねてくる。


「だから私は妖怪だから」


「幾ら妖怪でも、それだけの理由でおにぃがダンピュールに成ったことを知ってるわけないよね?知ってるのは家族と陰陽師だけのはずなんだけど?」


 痛いところを突いてくる!できれば思考が読めることは黙っていたかったんだけどな。勝手に自分の考え覗かれてたって解って気分が良い人は居ないだろうし。

 後微妙に気になるワードが混ざってる。「陰陽師」って何?まさかあの陰陽師?平安時代とかならまだしも、今も居るの?現代の陰陽師なんて物語やフィクションの中だけの存在だと思ってたけど?

 まあ、それを言ったら妖怪もそうか。


「実は…」


 もし陰陽師と藤堂さんのお兄さんが敵対してるなら、そっちの陣営と思われるのが一番面倒くさい。 どんな反応が返ってくるか解らないけど、正直に話そう。


「私は人の思考が読めるんだ」


「え!?なにそれ!?それもおさん狐の能力!?」


「おさん狐の能力ではないよ。実際母さんは出来ないし」


「じゃあ何で?」


 思ってたのと違う反応だ!もっと嫌悪されると思ったけど興味津々で訊いてきてるよ。


「人の思考が読める妖怪は妖怪「覚」だよ。ただ、本来この「覚」は「サトリワッパ」と呼ばれる童子の姿の妖怪だった。昔は「覚」とは狐狸やその他の感覚が鋭い動物系の妖怪が感覚を高めて他者の思考まで読めるよう成った妖怪全てを指したの。そういう意味では私も妖怪「覚」ただ、今の「覚」は「サトリワッパ」とイコールに成っちゃてるけど」


「つまり、努力して手に入れた能力って事?」


「そういう事!とにかくその能力で貴女の思考を読んだの。どうやって励ませば良いか解かんなかったから」


「それで、私の思考を読んでおにぃがダンピュールに成ってるって知ったの?」


「そういう事」


 藤堂さんは少し考えた後、此方に再び視線を向ける。


「それで、どうして声を掛けてきたの?単に妖怪仲間の情報が手に入ったからってわけじゃないでしょ?」


「助けて欲しいの!!」


 私は藤堂さんの両手を握って見つめる。


「はっ!?助ける?」


「貴女のお兄さん。ダンピュールって事はヴァンパイアと似たような物よね!アニメとかのイメージだけど強いでしょ!!」


「それは………。どうなんだろう?」


 藤堂さんの困惑した声が校舎裏に虚しく響いた。

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