第22話 敗走

  目の前には破れた七枚の紙と壊れたプラスチック製の虫かごが写った写真が並べられている。


「結局七体ですか?」


「ああ。蠱毒の発生は七体だ」


 あれから調べ続けると、同じ術式の跡が七つ見つかった。因みに今の所倒せた蠱毒は居ない。


「元が虫なだけ有って隠れるのが上手いからな。これは難儀だぞ」


「でも、人を襲えるくらい大きいんでしょ?そんな虫が居たら騒ぎになると思いますけど?」


「デカさでは判断できねえよ。体のサイズを自在に変えられる個体も居た記録が有るしな」


 そうは言っても、7体だ。1体くらい見つかっても良いのにな。


「とにかく探すぞ!前川!遅れれば遅れるほど被害が増える」


 とにかく見つけないことには話しにならない。でも何処を探そうか?


 悩んでいると、黒服の磯部さんが近づいてくる。


「土倉様」


「磯部?何か手がかりは有ったか?」


「1体発見しました」


「おお!!」


 良かった!見つかったんだ!


 吉報に土倉さんの表情も明るくなる。


「何処だ?」


「此処から西へ進んだ所に有る廃工場です。ご案内します」


「黒服は?」


「既に現場に到着しています。そもそも捜索のために入った三名の黒服の内、一名が奇襲で食い殺されたことによって存在を確認しました」


 ええ!!犠牲者出たの!!それはキツイな。


 それに心してかからないといけない。黒服の人は全員呪符術を使える。つまり、少なくともそれを殺害できる戦闘能力がこれから戦う蠱毒には有る。


「ちっ!とにかく行くぞ!!相手の戦闘力は?」


「使われた虫はおそらく蟻と蝶、もしくは蛾と思われます。作ったのはおそらく女性かと」


「そうだろうな。虫嫌いでも許容できるような虫使ってるしな。でも、それなら大して強くもねえだろう?」


 確かにね。巫蠱の術って何気に材料集めるのハードル高いよね。蛇とか百足とか捕まえないといけないわけだし!


 蟻と蝶は比較的マイルドな部類だ。材料がその2種類って事は土倉さんの推測がおそらく当たりだろう。


「大きさが2mほどもありますので、蟻は自重の三十倍の重量を持ち上げられますから。それに蝶の羽が有るので飛行能力もあり」


「なるほど。それなりに厄介そうだな」


「はい」


 こっちは飛べないから飛ばれるのは痛いよね。でも、それなら!


「前川!」


「はい!」


「お前は着いたらすぐに対象に重力を掛けて飛べなくしろ!後は俺が殺る」


「はい」


 どうやら土倉さんも同じことを考えてたみたいだ。とにかく後方支援に徹しよう。


 何気に陰陽師に飛べる人が少ないから飛ばれると厄介だけど、逆に言えば、飛ばなければ土倉さんが接近戦で倒せる。


「地面に叩き落としてやります!!」


「おう!その意気だ!」


 僕達は走り続け、やがて廃工場に到着する。


「此処か!!」


「うわぁ〜」


 到着した廃工場では既に15人の黒服の人が敵の妖魔と戦っていた。


 なるほど。蝶の羽が生えてる蟻だ。普段はあんまり虫嫌いでもないけど、流石に2mあるとキモいな。しかも二足歩行してるし!


「ギチチチチィィィィィ!!!」


 独特の鳴き声を出しながら手をぶつける蟻蠱毒。火花が散っている。それだけで外皮の硬さがよく解る。


「前川!やれ!」


「はい!!」


 先手必勝!敵が此方に気づく前に能力を発動して敵に重力を掛ける。これで動けまい。


「よし!」


 工場の床に若干めり込んだ状態で、蟻蠱毒は羽をせわしなく動かすが、一向に飛ぶことは出来ず、ただ鱗粉が舞うだけだ。


「案外楽に終わった!」


「まあ、重力使うお前の能力は強力だからな」


 土倉さんはニヤリと笑って藻掻く蟻蠱毒に近づく。


「先ずは一匹目だ!!」


 土倉さんは土の呪術で大きな鎚を作る。え?土で鎚?ダジャレ?


 突っ込もうかどうしようか悩むが、土倉さんは真剣な表情でそれを蟻蠱毒に振り下ろす。


「ん?」


 何だろう?この嫌な感じ。何か見落としてるような?


「ギチチィィ!!」


「え!?」


「なっ!!」


 それは一瞬の出来事だった。蟻蠱毒が何度か顎を鳴らし、顎から火花が飛ぶ、それが炸裂した。


「ガハァ!!馬鹿な!!爆発だと!!」


 爆炎は廃工場内全てに及び、様々なものを焼き尽くした。そう、人間も…


「前川!!無事か?」


 何か土倉さんの声が遠くに聞こえる。体中が痛いが、今どうなってるのかも解らない。


「これは!?ちっ!コイツ防御は苦手だもんな。磯辺!生きてるか!?」


「はい!何とか。今の爆発は妖力によるものではありませんでした。おそらくは粉塵爆発かと」


「だな。畜生!だから羽を動かしてたのか!鱗粉を飛ばすために!虫けらが頭使いやがって!!」


「ギ、ギギギィィィ!!」


「相手も無傷ではないようですが、十分に戦闘は可能でしょうね」


 全身から脳に痛みの信号が送られてくる僕の視界には、大きく腕を振りかぶる蟻蠱毒とそれに対峙する火傷を負った土倉さんが見える。


「磯辺!他の生き残った黒服共と前川連れて逃げろ!!コイツは俺が殺る!」


「お一人でですか?その体で?死にますよ?」


「は!?死ぬ?誰に物を言ってやがる。これぐらい修羅場でも何でもねえよ!!」


 ヤバイ!何とか能力を使って蟻蠱毒を止めないと。でも、全身からの痛みでとても能力を使える状態じゃない。


「磯辺…」


「本田!後藤!お前たちは無事だったか?」


「ああ!」


「何とかな」


「2人共前川様を連れて撤退してくれ」


「なっ!磯辺!!」


「申し訳ありませんが土倉様。私はこれでも負けず嫌いでして、此処までやられて、この虫に一矢報いずに逃げるわけにはいきませんな」


「バカ野郎が!!」


 黒服の人が2人で僕を担ぎ上げる。


 運ばれる僕の目には蟻蠱毒に立ち向かう2人の姿がはっきりと写っていた。

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