第21話 今後の話し
目の前には豪華な器があり、その中にはこれまた美味そうな鰻のひつまぶしが有る。
「すげぇ!!」
「昼は鰻を振る舞うと言ったであろう!」
得意げに言いながら、水母が茶碗に鰻飯をよそってくれる。
「出汁や茶。薬味なども取り揃えておる。お主の好みで使うと良い」
「ああ!ありがとう!!」
先ずは鰻飯のままで一口。
「う!美味い!!」
「大げさな反応じゃのう」
「いや!マジで美味いって!!この鰻!身が絞まってるのに柔らかいし!!」
鰻なんて高価いから普段あんまり食べれないけど、これは解る!絶対高級なやつだ!
「この領域の川で泳いでおる物じゃからの。自然に近い環境で育って居るのでどちらかと言うと天然モノに近いと思うが」
いや!マジで美味い!でもちょっと疑問が。
「鰻って確かに川に居るけど、産卵場所は海だろ?稚魚も海に居るはずじゃ?どうやって稚魚を入手したんだ?」
「領域の中に深い湖を作っておっての。その環境を海に似せておる。此処の川に居る鰻はそこで産卵するのじゃ。鮭もそこで育つ」
マジか!!まだ人間が出来ていない鰻の完全養殖やり遂げちゃってるのかよ!
「こんなに喜んで貰えるとわの。妾一人ではあまり食べぬし、増えすぎて困っておったからちょうどよかった」
外では数が減ってて大変なんですよ!!すごいな水母!!
「気に入ったのならどんどん食べよ!遠慮は要らぬ。張り切って3匹捌いたでの」
そんなに!!確かにお櫃めっちゃデカイなと思ったけど!!
「流石に食える量には限界が有るぞ」
「心配せずとも良い。普段より食が進むはずじゃ。それでも残れば、握り飯にしておくので心配要らぬ」
水母の言葉に何処か引っかかりを覚えながら鰻飯を口に運ぶ。うん!やっぱり美味い!確かに幾らでも入りそうだ。
そんなこんなで鰻を堪能し、時々薬味や出汁を掛けて味を変えたり、お茶漬けにして楽しんだりする。
「美味い!幸せ!!でも…」
「どうした?」
「いや!いくら何でも異常だよな?」
既に鰻飯は7杯目である。いくら何でも喰いすぎだ。確かに幾らでも入りそうだとは思ったが、実際そんなことはない。
いくら喰いすぎると言っても3杯くらいが限界だと思っていた。しかし、既に7杯である。
「相撲部でもあるまいし、こんな量今までに喰ったことねえぞ?」
「ああ!その事か!言ったであろう?普段より食が進むと」
水母は何か知っているようだ。
「何か心当たりが有るのか?」
「簡単な事じゃ竜化したじゃろう。あれは体の活力を一気に使うからの。失った活力を体が食事で補おうとして居るのじゃ」
マジか!それで食欲がこんなに増したのか!
驚きつつも鰻飯を食べていき、ついに満腹になる。流石にあのデカイお櫃全部は無理だった。結構残った。
「ごちそうさま。堪能したよ」
「ふむ。それは良かった」
水母は式神にお櫃やその他昼飯の一式を下げさせる。
「さて。夕餉まで特にやるべきこともないが。どうする?」
「今は流石に腹がいっぱいだからな。ちょっと食休み。その後は竜化の性能をもっと詳しく確認しておきたいから能力試す場所が有れば良いんだけど」
「それならばちょうどよい場所が我が領域に有るの」
「そうなのか?」
「うむ。東の外れにの」
じゃあもうちょっとしたらそこへ行ってみるか。
「解ったちょっと休んだら案内頼むな」
「よかろう。ではそうじゃな。とりあえず今は膝枕でもしてやろうか?」
「へ!?」
思わず声が裏返ってしまう。水面は正座して、自身の膝をポンポンと叩く。
「いや!いい!!」
顔をブンブンと振って不要だと伝える。顔が赤くなっているだろうと自分でも解る。
「遠慮せずとも良いぞ?」
「遠慮とかじゃなくて」
恥ずかしすぎるだろう。俺の反応に満足したのかコロコロと笑った水母は俺の隣に場所を移して座る。
「では、この間に、今後の話をしておこう。お主これからどうするつもりじゃ?」
「え?だから水竜状態の能力の試し撃ちを」
「そうではない。これからの身の振り方じゃ。もう決めておるのか?」
身の振り方。その言葉で俺も水母の言わんとしていることを察した。
「とりあえず2つだな。一つは山で行方不明者の捜索ともし原因が妖魔だった時に対処する。ただ、彼処は陰陽師が行ってるらしいからな」
「山?」
「この近くの亜岳山って場所で行方不明者が続出してるらしいんだ。ただ陰陽師が調査してるから俺が行く意味無いかもな。陰陽師は経立って妖魔の仕業だって当たりをつけてるらしい」
「亜岳山?それはもしや老爺の!?」
「へ!?老爺?」
山の名前を聴いた途端に水母は目を見開く。
「ふむ。そこは強大な力を有した狹界が有っての。偶々そこを見つけた幸運な犬の経立が自らの領域にしておった」
経立!?犯人そいつか?でもおった?過去形?
「その犬の経立は中々思慮深い者での。他の妖が人を襲うのを諌めたり、生まれたての妖に生きる術を教えてやっていたりしとった。妾も昔世話になった」
「そいつが犯人なのか?」
「ありえぬよ」
俺の問いかけに水母はコロコロと笑う。
「老爺は昨年息を引き取った。下級怪の寿命は400年。いくら強力な領域を得ようともそれは変わらぬ。大往生だったらしい」
「じゃあ一体?」
「老爺の後を継ごうと老爺の子や孫、ひ孫の間で争いが起こっての。一族同士で争っている間に最近老爺の子分になっていた若い猿の経立に領域を横取りされたそうじゃ」
「え?何だそれ?」
ものすごく間抜けじゃねえか!
「泡を喰った犬どもは一族全員とまだ老爺への恩義を忘れておらぬ子分たちを率いて猿に戦いを挑んだが、領域の新たな主になり、力を増していた猿。一方猿に敵対するので、領域内では力が弱まる犬ども。しかも領域中に既に大量の罠が有ったらしい。犬どもは惨敗したそうじゃ」
「詳しいな」
「犬どもは近隣の領域主達に援軍を請い回っておったでの。あまりにも煩いので妾も能力を付与した式神を何体か貸した。結局負けたがの」
そんな事が有ったのか。何か妖魔の世界も複雑だな。
「犬たちはその後どうなったんだ?」
「大半は死に絶え。子分共も死ぬか犬どもを見限り離れていった。僅かな生き残りは新天地を求めて旅立ったはずじゃ」
「新天地?」
「運良く無主の狹界を見つけることができればそこの主に収まれるが、そうでなくては400年の寿命が尽きるまで放浪することになるであろう。下級怪では他の妖の領域を奪う力も無いじゃろうし」
なんと言うか世知辛い話だな。欲を出して領域を取り合ったりしなきゃそんな事にはならなかったのに。
「つまり、今、その強力な領域を持っているのは卑怯な猿の経立」
「そうじゃ。人を拐かしているのもおそらくこやつじゃろう。猿の経立が人間の女に自身の子を産ませようとすると言うのは割と有名な話じゃしな」
「なっ!?」
マジかよ!!じゃあ行方不明になった人達って!!
「まあ。猿の繁殖期はまだ先じゃ。おそらくまだそんな目には遭っておらんじゃろう。まだの」
猶予は有るって事か。陰陽師が助けられれば良いけどヤバイな。
「あれ?でも男性も行方不明になってるぞ?」
「女と一緒に居って、女を攫うために殺されたと見るのが妥当じゃな」
結局犠牲者出てるのかよ。畜生。
「猿の経立を倒すつもりか?」
「陰陽師が失敗すれば」
「失敗もなにも、陰陽師共は領域持ちには滅多に手を出さぬ。相手が領域持ちと知れば、これ以上被害が増えぬように山を結界で覆って終いじゃ」
「なっ!!それじゃぁまだ生きてるかも知れない攫われて人達は!!」
「まあ、時期がくればめでたく猿の慰みものになろうの」
ヤバイじゃねえか!!
「その顔を見るに、先程の質問の答えも自ずと解るが、一つ言っておく。猿の経立は所詮下級怪じゃ。お主が敗れる相手ではない。しかし、あの領域は強力じゃ。身体能力は良くとも異能は三分の一にまで弱まるぞ」
今までだったらヤバイと思った。でも、今は別だ。
「竜化がある」
「確かにの。まあ、もし負けても死なずに逃げてこい。妾の領域で匿ってやろう」
「ああ。ありがとう」
「とは言え、まだ数ヶ月の猶予が有る。それまでこの領域で能力の使い方を鍛錬したり、式神や傀儡を揃えて戦力を整えて行くと良い」
「解ったそうする」
「で、二つと言っておったの。もう一つは何じゃ?」
水母の言葉に俺は神妙に頷く。
「じつはな」
兄貴から見せてもらった写真について俺は水母に話す。
「それは、ふむ」
「やっぱり妖魔かな?」
「話を聴いただけでは正確な所は解らんが、妾の知っている妖から考えるとおそらく雪女か氷柱女房じゃろう」
「雪女は解るけど、氷柱女房?」
「両方共似たような妖じゃがの。雪女は邪悪なものとそうでない者がおる。邪悪な方が川姫とそう性質は変わらぬのでお主の兄は危険じゃな。そうでないものなら禁を破らねば問題ない」
「禁って?」
「その雪女の性質によって違う」
何だそれ?結局心配が増しただけだよ。
「因みに氷柱女房だった場合は?」
「その時は、もっと問題ない。氷柱女房は邪悪ではない。ただ氷柱女房は春になると姿を消し、また次に冬に男のもとに戻ってくる。その時に男が別の女と一緒になって居れば、裏切られたとその男を氷柱で刺し殺す。一生思い合うつもりで居れば大丈夫じゃ」
そこは雪女より安心か。まあ、兄貴も暫く大学に欠席届出してるからこっちに居るって言ってたし、居る間に一回会って話さないとな。
「さて、話してる間に時間が経ったの。竜化の力を試せる場所に案内しよう」
「ああ頼む」
先ずは山。その後兄貴の件だな。
俺は水母について座敷を後にした。
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