第20話 竜化

 思いがけない川姫、いや、水母の表情に、ついつい赤面する俺だが、何やらいい匂いが鼻腔をくすぐり、俺の意識はそちらに逸れる。


「ん?何の匂いだ?」


「おお!忘れておった!式神達に朝餉の用意をさせていたのじゃ。少し様子を見てくる」


 言いながら立ち上がった水母は、そのまま障子を開けて、廊下に出ていく。


「朝餉?今朝か?結構寝てたんだな」


 蛟と戦った時点で昼にもなっていなかったはずだから、丸一日近く眠っていた事になる。


「それだけ激戦だったって事か」


 言いながら伸びをすると、廊下から足音が聞こえてきて、障子が開く。


「朝餉の支度が出来ておった。運ばせて良いか?」


「ああ…。良いけど…。布団が…」


「解っておる」


 水母が二回手を叩くと、式神の女中さんが入ってきてテキパキと布団を片付け、俺に服を渡してくる。


「あ!これ、俺の制服!」


「うむ。生憎と妾の領域には男物の着物など無いのでな。お主の着ていた物を洗濯しておいたのじゃ。もう乾いておろう」


 制服の袖を通す。なるほど。確かに洗濯してくれた様だ。いたれりつくせりである。


「では、朝餉を運ばせるでの」


 川姫の言葉とほぼ同時に再び式神の女中さんが入ってくる。


「すげぇ!」


 座っている俺の目の前に置かれた膳を見て、俺は驚きの声を上げる。


 膳に乗っているのは、白米と5品の料理。川魚の塩焼き。お吸い物。お漬物。煮物。茶碗蒸しである。


「和食だ!!」


「忍が普段食べ慣れた物ではないであろうから、口に合うかは判らんがの」


 そうは言うが、かなり手の混んだ朝食で美味そうである。それに…


「ん?」


「いかがした?」


「この塩焼きの魚。違う種類か?」


 明らかに体も模様が違う。同じ種類では無いだろう。


「そうじゃ!これが、鮎。これがアマゴじゃ!」


「アマゴ?」


「聴いたことは無いか?川魚じゃ。綺麗な模様じゃろう?」


「そうだな」


 替わった模様の魚だ。初めて見るが美味いのだろうか?


「妾の領域の川にはこれらの魚の他に岩魚と山女魚や鰻も居る。岩魚と山女魚は明日の朝餉に用意しよう。鰻は朝には重いから昼餉で振る舞おうかの。夕餉は鴨でよいか?」


「なんか、有り難いけど、明日の朝まで居るのが前提になってないか?」


「なっ!」


 俺の疑問に川姫は言葉を詰まらせるが、すぐに頬を紅潮させながら捲し立てる。


「ち、違うぞ!別にずっと居て欲しいとかそういう意味ではない。何時出ていっても構わんが、何時まで居ても良いからの。客人の饗しを考えるのは当然の事じゃし!!」


 そんなに慌てた反応しないで欲しいんだが、こっちが恥ずかしくなるだろう!!


「ほ、ほれ!速く食べよ!」


「あ!ああ!」


 水母に促され、吸い物に口を付ける。


「あ!美味い!」


「そ、そうか!!」


「うん」


 何だろうこれ?味噌汁とは違うし…。


「追川で出汁をとった吸い物じゃ。口に合って良かった」


 オイカワ?初めて聞くけど魚の名前かな?何にしても美味いな。


 川で取れる物がメインのようだが、当然それ以外の材料も有る。まあ、外界から物を購入できるもんな。


「ん?」


「………」


 次に煮物を口ん運ぼうとすると、水母がジッと此方を凝視していることに気づく。


「あの…」


「ん?何じゃ?」


「いや、そんなに凝視されると食べづらいんだけど」


「なっ!別に凝視などしておらん!!くだらぬことを言わずにさっさと食べよ!!」


 いや!明らかに見てただろ!?


 水母は俺から視線を外し、自分の分の膳に箸を付けるが、未だにチラチラと此方を伺ってくる。


「あむっ!」


 気にしたらダメだな。とりあえず、里芋の煮物を口に運ぶ。


「お!この里芋も美味いな!」


 里芋の煮物とか、母さんがたまに買ってくる惣菜でしか喰ったことなかったけど、アレはこんなに美味く無かったな。 


「そ、そうか!!」


 水母の表情が途端に輝く。かわいいなおい!でも、何か此処まであからさまだと若干怪しくもある。川姫である水母にとって男を掌で転がすのはわけないだろうし。


「まあ、でも美味いのは事実だしな」


 次は焼き魚を食べる。おお!このアマゴって魚!美味いな!!


 水母の真意は解らないが、饗してくれている上に料理が美味いのは事実。此処はとりあえず難しいことは考えずに飯に集中しよう!


 せっかく美味いのに、余計なことを考えてると味が分からないしな。


 とにかく、飯を喰うことに集中する。お!この茶碗蒸し具が多い。


「ふふ!気に入ってくれたようで何よりじゃ」


「ん!!?あ、ああ。ありがとう。美味いよ」


 そんなこんなで時々赤面することもありつつ、豪華な朝食の時間が過ぎていった。


ーーーーー


ーーー



「さて!食休みもしたことじゃし、今後の話を進めていこうぞ!」


「今後の話?」


 朝食の後、出されたお茶を飲んでゆっくりしていると、水母が軽く手を叩いて口を開く。


「今後の話?」


「うむ!龍蛇の心臓はお主にとってまたとない獲物じゃろう。譲る。じゃが、それ以外の部分は妾に譲って欲しい」


 真剣な表情でそう言ってくる水母。困ったな。何が困ったって?


 だって俺、龍蛇の心臓とか言う謎ワード知らないし!!


 水母の口ぶりから重要そうなアイテムっぽいなとは思うけど、え!?本当に何?


「どうじゃ?やはり蛟の死体は全部欲しいか?」


 不安そうな表情で訊いてくる水母。うん。黙ってたら伝わらないし、教えてもらおう。


「いや、水母」


「ん?どうじゃ?」


「そのさ!取り分云々の話以前に、俺、龍蛇の心臓だっけ?そんな言葉初めて訊いたし。後、大きな蛇の死体とかいらないんだけど?」


「ぬ!?ああ!そうじゃったな!!お主知らんのじゃった!!」


 俺の言葉を訊いた水母は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに理解して大きな声を上げる。


「これは失敗したの。何も教えずに、全て手に入れていれば良かった」


 そう言いながらも水面は苦笑し、俺に視線を合わせる。


「龍蛇の心臓とは、龍蛇の生命力がもっとも集まった龍蛇の力の源じゃ。龍蛇は妖の中でも頭一つ飛び出た戦闘能力を持っておる。心の蔵に限らず、鱗や牙、骨なども何かと役に立つ。

 だが、なにより心臓は別格じゃ。特に、お主等死霊の系譜に連なる者にはの」


 此処で適当な事を言って俺に分け前を渡さない選択肢も有るだろうが、水母は律儀に説明してくれる様だ。


「何か良いことがあるのか?」


「お主、どうすれば力が増すと思う?」


「力?怨霊を喰えば強くなるんじゃないのか?」


「下級怪の頃はそれで良い。じゃが、お主は既に中級怪。力を増すために怨霊を喰らうのは、言うてみれば、川の堰を作るのに小石を積み上げるに等しい作業じゃ。全く無意味とは言わんが、気が遠くなるような時間がかかろう」


 なるほど。ゲームとかで強くなるほどキャラのレベルが上がりにくくなるのと似たようなもんかな?


「それで龍蛇の心臓?」


「そうじゃ。普通中級怪以上が力を付けようと思えば、他の妖の心臓を喰らうのが普通じゃ」


「ああ。そう言えば!だからお前も俺を襲ったんだったか?」


「そうじゃ!そして、喰らう妖じゃが、何でも良いと言うわけではない。適当な妖を喰ろうても力は上昇するが、自分と同じ性質を持つ妖の方が上昇量は多い。そして自身に無い性質を持つ妖を喰ろうた時の上昇量は更に多い」


 水母と俺は同じ悪性の系統だったはず、だから俺を襲ったはずだ。それならつまり…


「お前にとっても龍蛇の心臓はパワーアップに使えるんじゃないのか?俺と水母は同系統何だろう?」


「そうじゃが、川姫は死霊ではない。血吸人は悪性じゃが、元が死霊なので、死霊の性も持っておる。死霊にとって生命力の塊である龍蛇は対極に位置する妖じゃ。故にお主の方が効果が高い」


 なるほどな。それなら心臓だけは貰っといた方が良いか。でも、全部貰ったら水母の方がパワーアップ出来ないんじゃないのか?


 それに、それってつまり心臓を喰うってことだろ。強くなるには仕方ないだろうけど…


「心臓を俺が貰ったら水母は強く成れないんじゃないか?」


「それはそうじゃが、お主が倒したしの。鱗や牙、骨から武器を作れるし、上手くすれば傀儡も作れる。そうすれば妾が強くならずとも妾が持つ戦力は上がる」


 何か、領域を持ってるからか、強さの考え方が個じゃなくて勢力としてものになってるな。

 

 でも水母の協力も有った訳だし、流石に心臓を全部貰うのも悪いか。


「半分で良いぞ」


「ん?」


「蛟の心臓半分で十分だ。色々教えて貰ったしな」


「ほぉ〜」


 俺の言葉に水母は面白そうに頬を緩める。


「本当にお人好しじゃなお主」


 そう言う水母は立ち上がる。


「では少し待っておれ」


 部屋を出ていった水母だが、すぐに皿を持って戻ってくる。


「龍蛇の心臓じゃ」


「え?これが?」


 でっかい焼肉に見えるが?


 俺の疑問に気づいたのか、川姫が苦笑する。


「そのまま生で喰うのは流石に抵抗があろう?血抜きと妖力を高める処理をした後、塩を振って軽く炙っておいた。これならお主も食せよう?」


 本当に色々と気を使ってくれるな。ありがたい。


「ああ。ありがとう」


 半分に切り分け、片方を口に運ぶ。隣で水母も残りを食べ始める。


 うん。何か鳥の内臓系に似てる味だ。結構美味い。


「これは!!!」


 そのまま喰い続けていると、胸に痛みが走る。ああ!強くなる予兆だ。


「どうした?」


「何でもない」


 少し痛みを感じたが、すぐに引いていく。


「能力が増えたみたいだ」


「ほぉ!それは重畳」


「ちょっと確かめてみるよ」


 スマフォを取り出し、声を掛ける。


「起きてるか?」


「はい!問題ありません。当機に睡眠は不要ですから」


 スマフォから何時もどおりの声が響く。


「ふむ。確かその付喪神は妖の力を見抜けるのじゃったな」


「ああ」


 早速アプリを立ち上げて自撮りする。結果はどうだろうか?


名前  :藤堂 忍


種族  :ダンピュール(デイライトウォーカー)


種族特性:邪気放出・日光耐性・夜目・吸血・吸血衝動・動物操作(蝙蝠と鼠限定)


固有特性:反神威体質 流水耐性 竜化(水竜)


状態  :正常


能力  :再生   

     電磁支配

     斥力制御

     引力制御

     重力制御(New)


備考  :ダンピュール族の弱点【日光(耐性あり)・銀】


 何か、能力も増えたが、それ以上に固有特性が増えてる。特に気になるのが竜化だ。


「ほぉ!!」


 隣でスマフォの画面を覗き込んでいた川姫が声を上げる。


「アレだけで竜化を得られるとは幸運じゃの」


「竜化って強いのか?」


「使ってみれば解る」


 そう言われると、やってみたくなるな。


 竜になるのは広い場所が良いだろう。俺は外に出て、目を閉じて竜化を使おうと念じる。


「おお!!」


 自身でも体に何やら変化を感じ、目を開けると、水母が随分と小さくなっている。


「いや、俺がデカくなったのか?」


「付喪神よ!此処を押せば良いのか?」


「はい!」


「ん?」


 見ると水母がスマフォを俺に向けて写真を撮っている。


「ほぉ〜強くなったの。ほれ!」


 水母にスマフォの画面を見せられて俺は驚く。先ずは写っている自分の姿。蛟と似ているが、アレよりデカく、姿も洗礼されている。水色の鱗で蛇のような胴体。蛇には無いはずの手足。まさしく竜と呼ぶに相応しい見た目である。ただ気になるのは角が無いところか?竜には角が有ると思ってた。


「凄いな!これが竜か!」


「最下位の水竜じゃがな。それでも上級怪じゃ」


 次いで気になったのはその能力である。


名前  :藤堂 忍


種族  :水竜


種族特性:竜燐 清流化  水中呼吸 高速遊泳


固有特性:反神威体質 流水耐性 竜化(水竜)


状態  :竜化


能力  :再生   

     電磁支配

     斥力制御

     引力制御

     重力制御

     流水操作

     雨雲操作

     


備考  :竜化中は常に体力を消耗し、疲労が溜まる。疲労が一定以上になると自然と竜化は解ける。

     竜燐は外部からの衝撃を半減させる。また、呪いや妖気、神威等を一定量吸収し、自身の

     妖気に変換する。


「おお!メチャクチャ強い!!」


 特に竜燐が強い。外部からのダメージ半減の上に妖力吸収とか強すぎる。しかも、竜燐自体がかなり硬いよ。これもしかして竜は標準装備か?

 ただこれデメリットとして体力の消耗が激しいのが有るんだな。もしかしなくても本物の竜は常にこの状態?

 ヤバイ!絶対勝てない。


「一時的とは言え、上級怪に変化出来る力を手に入れたのは重畳じゃな。これでそこらの陰陽師には負けんじゃろうて」


 確かに。身体能力も高いしヤバイ戦力だよこれ。ただ、小回りは効かないな。


「とりあえず一旦戻るか」


 戦闘中でもないのに竜化してたら疲れるだけだし。


 人形に戻って、水母からスマフォを受け取る。


「そう言えば、何で蛟の心臓喰ったのに、水竜に成れたんだろうな?」


「お主の元の妖気が蛟より多かったからじゃろう。蛟の上が水竜じゃからな。上位種に成れる力が開花したわけじゃ」


 なるほどな。そう言えば!


「水母は強くなったのか?」


「どうであろうな。見てみてくれ」


 水母に促され、彼女の写真も撮影する。


「へぇ〜!」


名前  :水母


種族  :川姫


種族特性:精気吸収・魂魄吸収・邪気放出・魅了・性吸衝動・水中呼吸・高速遊泳・水上歩行

     邪気制御(New)


固有特性:動物操作(魚類と両生類、爬虫類限定)・植物操作(水草限定)


状態  :正常


能力  :液体操作

     粘液発生

     変化

     幻術

     発情

     催眠

     妖毒生成

     判断力阻害

     理性阻害

     認識阻害

     流水操作(New)

     水圧操作(New)

     妖糸生成(New)

     妖水生成(New)

     

備考  :川に現れる妖魔。男性を魅了して川に引き込んだり、魂や精気を吸い取ったりする。

     初歩的な水の妖術を習得している。


 うん。大分強くなったよね。何気に爬虫類まで操作出来るようになってるのは蛇を喰ったからだろうか?ただ、俺と違って竜化は無いようだ。


「ふむ。中々じゃの。領域を守るには良いじゃろう」


 俺の肩に顎を乗せて、スマフォの画面を覗き込む水母も嬉しそうに微笑む。


「竜化は出来ないんだな」


「川姫で竜化を得るのは無理じゃな。血吸人はいけるがの」


 種族によって変わるのか。


「さて!そろそろ昼餉の支度をするかの。鰻を食わせてやる約束じゃしの」


 俺から身を離した水母は屋敷の中へ入っていく。


「鰻か!楽しみだな」


 アレ、結構高価いんだよな。楽しみだ。


 俺も水母に続いて屋敷に戻った。

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