第19話 水母
蛟の速度自体は大して速くないのが幸いし、俺達はすぐに追いつく。
「下ろすぞ!」
「う、うむ!」
川姫を下ろした俺は、そのまま手刀に電流を纏わせて蛟に斬りかかる。
「ギシャァァ!!」
「のわぁ!」
俺の手刀は蛟の鱗を多少傷つけるに留まり、俺は蛟が体を捻った勢いで吹っ飛ばされてしまう。
「バケモンかよ!」
「おい小童!」
「何だ?」
川姫の声に振り向くと、彼女は近寄ってきて、俺の額に手を翳す。
「今より、妾はお主を味方と認める」
「え?おお!」
味方と認める?今の切羽詰まった状況で言うことか?
「ええい!なぜ気づかん!」
「え?気づく?」
何の事だ?
「ああ!知らぬのか!領域内でその主に味方と認められておらねば妖力も、異能も、身体能力も目減りする。お主はその特異体質の影響で身体能力に変化は無いようじゃが、雷の力は確実に外より落ちておるぞ」
そうなのか!?知らなかった!
「今この時よりお主は妾の味方じゃ!外と変わらぬ力を奮えよう!一方あの忌々しい蛇は外より大分弱体化しておる。倒すなら今じゃ!龍蛇の心臓を手に入れる好機じゃぞ!」
龍蛇の心臓?また気になるワードが、まあ、後で訊くか!
俺は全力の電流を掌に集めると、それを蛟に勢い良く叩きつける。
「喰らえ!!」
「ギィシャァァァ!!」
よし!今度は効果あり!
「え!?のわぁ!!」
全身に電流が流れた蛟は苦しむように悶えるが、その暴れる巨体がぶつかり、俺はまた吹き飛ばされる。
「痛ってぇ〜」
痛む体は、しかしすぐにその傷を自己修復させる。
「再生は本当に有り難いな」
しかしどうしたものか?今度は蛟に電流が効いたが、あくまで喰らっている時に苦しんだという程度だ。致命傷は与えられていない。
「やっぱり向こうの方が格上って事か?」
「小童!」
「何だ?」
「奴の鱗は貴様の体ほどではないが、妖気を減殺する力が有る。生半可では効きが悪い」
なるほど!それでか!妖気の減殺に高い身体能力って、大きさ全然違うけど似たタイプだよな。でも、アイツは鱗だけ?なら…
俺は一気に駆け出す。
「ギシャァァ!!」
「うおぉ!」
走って接近する俺に対して蛟は球状で紫色の液体を放ってくる。丁度一直線に進んでたから普通に喰らっちまった!ただ、ダメージは無い。紫色の液体がかかった地面が多少溶けてるくらいだ。
「妖毒じゃ!」
「俺には効かねえよ!!」
俺は勢いを殺さず、蛟の頭目掛けて跳躍する。
「シャァァァ!!」
「ぐぁぁ!!」
「小童!!!」
顔の前に飛び上がった俺を蛟は噛み付くことで迎撃する。
下腹と腰に蛟の毒牙が深々と突き刺さる。思わず呻いてしまったが、狙い通りでは有る。
川姫の悲鳴が聞こえたが、返事は出来ない。とにかく速く終わらせる。
「牙の毒も妖毒で幸いしたな。効かない」
俺は蛟の上下の歯茎を磁気化させる。上も下もS極だ。
「シャァ!ぁぁぁ!?」
歯茎同士が反発し、蛟の噛む力が弱まる。
「良し!」
更に斥力制御で斥力を強め、蛟の口を完全に開かせる。
「狙い通り!」
俺は蛟の口の中で上顎に電流を纏った手刀を突き入れる。
「ジャァァァ!!!」
「ぬぁぁ!!負けるか!!」
蛟は舌で俺の体を押し出そうとし、頭を振って吐き出そうと藻掻くが、俺の振り落とされない様に引力制御でしがみつく。
「もう一丁!!」
空いていた手も電流を纏わせて、蛟の上顎に突き刺し、そのままどんどん深く突き刺していく。
「ガァ!ガァガァガァ!!!」
痛みに苦しむ蛟。俺はそのまま腕を深く差し込んでいき、とうとう目的の場所に腕が到達する。
今までと違う柔らかい感触。そこに有る臓器は脳だ!
「これで終わりだ!!」
手の先から今までで一番大きな放電を放つ!全身の妖気を注ぎ込んだ、正真正銘最大の攻撃である。
「イケぇぇぇぇ!!!」
「ジャァァァ!!!!!」
ズドンと大きな音を立てて蛟の体が倒れ、俺の口から外へ飛び出る。
「ハァ!ハァ!勝った!!」
電流の高温により、目が蒸発した蛟の空洞の眼窩からは未だに煙が吹き出ている。中がどうなっているかはお察しだ。
「ようやった!お主の勝ちじゃ!」
大の字に寝転ぶ俺の近くに座った川姫は俺の頭を膝に乗せる。
「今なら俺を殺せると思うぞ?」
最悪の場合も想定しながら冗談半分に言うと、川姫は穏やかな表情で返してくる。
「せぬよ。する意味もない」
そう言って俺の額を優しく撫で、微笑みかけてくる。
そう言えば、そもそも俺を殺そうとしたのは、領域を守るために力を欲してだったか?領域を狙ってた蛟を俺が倒したから、必要が無くなったんだろう。
「暫し眠ると良い。流石に妖気が空であろう?激戦じゃったからな」
「ああ。そうさせて、もらう…」
そう言えば、今更だがこの体勢、膝枕だな。美少女の膝枕とか、本来嬉しいシュチュエーションだが、疲労がピークに達していた俺はそのまま意識を手放した。
ー○●○ー
眠ってしまった血吸人の少年。その寝顔を見つめ、川姫はクスリと笑う。
「本当に無防備じゃのう。今なら寝首を掻くことも容易。じゃが、流石にそれは不義理に過ぎるな。うむ!からかうくらいは良いじゃろう」
川姫は数体の式神を作り出す。
「こやつを屋敷に運べ。起こさぬように丁寧にな」
ー○●○ー
目が覚めると、太い梁が使われた和風の天井が目に入った。
「知らない天井だ!とか、言ったほうが良いかな?」
確かに知らない天井だが、なんとなく場所の見当は付く。
「後、何か…」
何か暖かくて柔らかいものが体にくっついている。
大体の予想は付くが、俺は首だけを動かしてソレを見る。
「むにゃ」
「予想通り!!て言うか何故!?」
仰向けに眠るおれに体を絡みつけるようにして川姫が同じ布団で眠っている。お互い着てるものが薄い寝間着一枚だから非常に危険な状態だよ。何か色々な感触がダイレクトに伝わってくるもん!
しかし川姫、和服だから判りにくかったが、こうして触れていると結構大きいな。どこがとは言わないけど。
男にとっては嬉しい二つの柔らかさに意図せず頬が紅潮する。
ヤバイ!結構これは拙い!
「うむぅ?起きたか?小童」
眠気眼を擦りながら上体を僅かに起こす川姫。
「あ、ああ…」
「何じゃ?反応が悪いのう?」
「いや、その…」
「ほほ〜」
川姫は面白そうにニンマリと笑い、体を更に押し付けてくる。
「妾の領域を狙うあの忌々しい蛟は長年悩みの種じゃった。それを討ち取ってくれたお主には何か礼をせねばな。何をして欲しい?
何なら今からお主の高ぶりを受け止めてやっても構わんぞ?」
た、高ぶりを受け止める!!!!
ヤバイ!艶っぽく微笑む川姫の魅力に抗える気がしない。良いかな?このまま行っちゃって良いかな?
川姫の色気に当てられた俺は、まるで花の香りに誘われた虫のように判断力を無くし、彼女の肩に手を置く。
「ん?」
「良いのか?あ!」
「へ!?」
口走ってからヤバイと思ったが時すでに遅し、川姫の方も最初は俺の言葉の意味が理解できずに呆けた顔をしたが、すぐに意味を理解すると顔を真っ赤にして布団から飛び出る。
「ば、馬鹿者!!戯言じゃ!!本気にするでない!!」
身を守るように自身の体を抱き、此方を睨む川姫。何だその反応?今までと違い随分と可愛らしい反応だ。
まあ、だがおかげで此方も冷静さを取り戻せた。
「あ、うん!ごめん」
冷静さを取り戻せてもメッチャ気まずいのは変わらないが。
「あう!その、お主相手なら嫌ではないが、もっと時期と雰囲気が大切じゃと思うぞ。そもそも妾はまだ、お主の名も知らぬ」
嫌ではないんだ!
ちょっと頬が熱くなるが、今はぐっと堪える。確かに名前は名乗ってなかったな。
「
「うむ!藤堂忍か!妾は名は無いのでな」
そう言えば、鑑定アプリでも名前は『無し』になってたな。
名前が無いと不便だし…
「
「ん?水面?」
「名前だよ水母だ!」
「ふふふ!みなも!みなもか!良い響きだ」
気に入ったのか?川姫いや、水母はたおやかに微笑んだ。
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