第18話 蠱毒

 許せない!許せない!!少女は涙を溜めながら自身の頭を掻き毟っていた。


「くそっ!!なんで!!どうしてこんなこと!!」


 鏡に映る自身の顔を見て益々嫌気が差してくる。


「私だって!こんなブスが高山君に告白してOK貰えるなんて思ってなかったわよ!!だから、そっと思ってるだけで良かったのにぃぃぃ!!!」


 泣くことでメガネの奥に有る細い目は更に細くなり、大きな鼻の穴が開き、ソバカスまみれで、二重顎の顔が醜く歪む。


「アイツ等!!アイツ等!絶対許さない!!」


 彼女がクラスの中で目立つ女子グループに学校の屋上に呼び出されたのは昨日のこと。恐る恐る屋上まで行くと、そこにはなぜかギャル風の目立つ三人ではなく、彼女が密かに想いを寄せていた男子生徒高山の姿が有った。


 一瞬混乱した彼女であったが、その手に何やら紙が握られていた事で、彼女はある程度自体を察した。


 すぐに高山に事情を説明しよう。そう思った矢先、高山の口から予想外の言葉が飛び出した。


「いや、森沢。その何て言うかさぁ〜。確かに思いは個人の自由だろうけどさぁ〜。それを伝えるかどうかはもう少し考えた方が良くね?お前みたいな奴に告白される方の身にもなってみろよ」


 その言葉を聴いた瞬間、彼女は視界が真っ暗になった。確かに、思いが通じるとは思っていなかった。だが、此処まで酷いことを言われるとも思っていなかったのだ。


「高山君も高山君よ!何もあんな言い方!あんな言い方しなくても良いじゃない!!」


 涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、荒ぶる彼女の耳に玄関の呼び鈴の音が届く。


「来た!!」


 訪ねてきたのは案の定宅配業者。彼女は慌てて階段を降りると、鬼気迫る勢いで扉を開ける。


「うわぁ!」


「荷物?」


「あ、これに判子かサインを…」


 奪い取るように伝票を受け取ると、サインを走り書きして配達員に押し付け、ダンボールを奪い取るように受け取る。


 扉を閉め、ダンボール箱を抱えて自室へ持っていく。


「これだ!恨みを晴らす方法!!」


 ネットで見つけた物だ。呪怨会と言う怪しげな団体が運営していたサイトで売られていた物。半信半疑だが、今の彼女には他に縋る物がない。


「アイツ等!全員地獄に叩き落としてやる!!」


 アオダイショウや野良猫から採取したシラミを始め、鼠や様々な昆虫をプラスチックケースに入れていく。


「このシートを下に敷けば、巫蠱の術が!!」


 シートに書かれた意味不明な文字が鈍く光、プラスチックケースの中の動物たちがお互いを喰らい合い始める。


「凄い!!本物だったんだ!!」


 三万円は高価いが、その価値は有った。彼女は少しだけ嬉しくなる。


「これで、こんな巫山戯たことしたアイツ等にも、あんな酷いこと言った高山君にも復讐出来る!してくれる子が生まれる!!!」


「………」


 気分が突然再び沈む。


「それで終わり?アイツ等は死んで、私はそれを部屋で待ってるだけ?」


 チガウ!チガウ!チガウ!そんなのは違う!!


 少女は再び頭を掻き毟る。


「私自身で復讐しないと気が済まない!そうよ!!」


 喰らい合う虫達が蠢くプラスチックケースの蓋を開け、彼女は自身の左手を中に突き入れる。


「私も貴方達に混ぜて!私自身で復讐したいの!!」


 彼女の手に様々な昆虫の部位が体から突き出した蛇が噛み付く。


「うっ!アハァ!!」


 噛み付いた蛇の口と彼女の手がそのまま癒着する。


「あ〜ん!」


 次いで彼女は手を口元にやり、手と同化しかけている蛇の胴体に自らかぶりつく。


「んん!!!」


 彼女の口が蛇の胴体と癒着する。


 そのまま彼女自身も、巫蠱の術の中に飲まれていった。


ー○●○ー


「おえぇぇぇ〜!!」


 公衆トイレの中で僕は便器に向かって胃の内容物を吐き出す。全て出尽くしただろうが、まだ吐き気は収まらない。


「おい!前川!!大丈夫か?」


「ちょっと限界かもです〜」


 本当にヤバイよ!あんなグロい物そうそうお目にかかれないよ。


「なっさけねえな〜お前」


「だって!普通の人の死体でも見るのキツイのに、あんな猟奇的な死体見せられたら〜」


「妖魔に襲われた死体はどれも似たようなもんだ。大体お前、初任務で動く死体に遭ってるだろ!」


「藤堂さんは会った時はもう殆ど人間みたいな容姿だったじゃないですか!それに調べましたけど、ダンピュールってアンデッドですけど、死霊系じゃなくて悪性系なんでしょ?生物扱いじゃないですか!」


「まあ、そうだけどよ」


 あ!話してる内にちょっとだけ吐き気が治まってきた。


 トイレの個室から出て、公園の水道で口をゆすぐ。


「落ち着いたな。じゃあ、仕事の話に戻るぞ!」


「もうですか!!もうちょっと時間下さいよ!」


「時間なら十分やっただろ。文句言うな」


 殆ど吐いてただけで落ち着けてないんですけど!!


「現場検証に戻るぞ」


「ええぇぇ!!」


 またアレ見るの!!嫌なんですけど!!


 僕の反応などお構いなしにズイズイと進んでいく土倉さんについて行く。


「被害者は高校では名の知れた不良だったらしい」


 現場に戻ると、黒服の人達が遺体にブルーシートを掛けてくれていた。有り難い。


「不良と呪いが結びつかないんですが?」


「そうだな。おそらくコイツは呪った側じゃなくて呪われた側だろう」


「土倉様!」


「ん?どうした磯部?」


 後ろから声を掛けてきた磯部さんが土倉さんに何やら資料を渡す。


「ああ!」


 それを見た土倉さんの顔に理解の色が浮かぶ。


「おそらくこっちだな」


「どうしたんですか?」


「もう一人被害者が出た。死体の状態が同じだからおそらく同一の蠱毒だろう。新しい被害者は、不良の被害者の方に定期的にいじめを受けていたし、カツアゲもされてたらしい」


 なんと言うか、よく聞く話だ。


「それで恨みに思って?」


「おそらくな。だが、気になるな。蠱毒を使うのならはぐれ術者のはず。蠱毒なんて使わなくても、術で正面から不良ぐらいどうとでもできそうだが?」


「それが…」


 首を傾げる土倉さんに磯部さんは新たな資料を渡す。


「これは?」


「現場に有った巫蠱の術の痕跡です。しかし、従来のものとはかなり異なり…」


 僕も隣から土倉さんが持つ資料を覗き込む。どうやら写真も添付されているらしい。丁寧で有り難い。


「なにこれ?」


 写真に写っていたのは透明なプラスチック製の虫かごとその下に敷かれたA3用紙。A3用紙にびっしりと意味不明な文字が書かれている事と、虫かごの上の部分が割れている、いや、砕け散っていること以外は何も解らない。


「虫かごはおそらく蠱毒の材料を入れるための入れ物だろう。だが、この紙は?」


「おそらくこの文字が巫蠱の術式になっているのではないかと?」


「この意味不明な文字がか?」


「私達も詳しくは解らなかったのですが」


「解析できないのか?」


「所々破れておりまして…」


「ちぃ!」


 悪態をつく土倉さん。


「ともかく蠱毒を探すか!放っとくと犠牲者が増える」


「何処に居るか判らないんじゃ?」


「足で探す!!」


 じ、地道だ!


 土倉さんが蠱毒を探しに向かおうとした時、磯部さんのケータイが鳴る。


「はい!はい。了解しました」


「どうした磯部?」


「新たな蠱毒の犠牲者です」


「なっ!急ぐぞ!!」


 走り出す土倉さん。相変わらず速い!素でも速いのに身体強化を掛けてるから余計にだ。


「ちょっと!待って下さい!!」


 慌てて土倉さんを追いかけ、何とか次の現場で合流する。


「これか?」


「うわぁ〜」


 またエグい死体が、ん?


「三人目の犠牲者か。早く見つけねえと…」


「土倉さん!」


「ん?どうした?」


「この人って、さっきの二人と同じヤツに殺られたんですかね?」


「ん?そりゃそうだろ?何だ?違うとでも言うのか?」


 不思議そうに訊いてくる土倉さん。どうやら同じヤツに殺られたと思っているらしい。でもさぁ〜。


「こっちの死体、変色してないんですけど」


「あ?」


「前の死体は変色してましたよね。アレ何でだったんですか?」


「そりゃお前、蠱毒の毒針か毒の牙か。とにかく毒でだよ。ん!?」


 言った後、土倉さんも異常に気づいたらしい。死体に近づき、手袋をはめて、確認し始める。


「毒がない。傷口の形もよく見ると若干違う。まさか!!」


 土倉さんの顔色が一気に悪くなる。


「磯辺!これを!」


 そんな時、黒服の人(名前は知らない)が磯辺さんに資料を持ってくる。


「なっ!これは!!」


 それを見た磯部さんは驚愕の表情を浮かべて土倉さんに声を掛ける。


「どうした?」


「四人目の犠牲者です。そして現場にコレが」


「マジかよ!!」


 磯部さんが土倉さんに差し出した資料には先程の資料と同じ、虫かごと文字の書かれた紙が写っていた。


「これで二体目が居ることが確実になったな」


「巫蠱の術式も全く同じです。同じ組織か流派でしょうか?」


「どうだかな」


「組織?流派?」


 土倉さんと磯部さんの会話について行けず、首を傾げると、土倉さんが解説してくれる。


「はぐれ術者で単独行動する奴は、よっぽどの馬鹿か、よっぽどの手練かだ。大抵の奴は徒党を組む。それが、組織や流派だ。だがな」


「どうしたんですか?」


「はぐれ術者の組織や流派で大きいものは合わせて七つほど有るが、どれも蠱毒なんて馬鹿げた術を使うほど、統制が取れてない連中じゃねえ。逆にそんだけ馬鹿なら、とっくに潰せてる」


 土倉さんの言葉に、磯部さんも同意する。


「そうですな。おそらく多すぎて確認できていない中小の組織や流派。その中でも過激な組織や流派かと」


「厄介だぞコレ」


 気づいたら僕への説明から土倉さんと磯部さんの話し合いになっちゃった。


 僕はもう一度資料を見返す。


「ん?」


 あれ?コレって…ひょっとすると…


 僕はスマフォを取り出し、ロックを解除する。


 うん!充電も十分!


 アプリを立ち上げ、ネットに接続する。


 検索ワードは「蠱毒」「復讐」こんなもんで良いかな?


「ん?おい前川!!お前何してんだ!」


「いえ、ちょっとスマフォを見てて」


「今、仕事中だぞ!」


「これも仕事ですよ!」


「何?」


「いや、ちょっと気になって。あ!これかな!」


「ん?」


 ちょっとやばい感じの掲示板からリンクが出てた。此処だろう。


「ん?何だ?」


「何かのホームページですか?呪怨会?」


 土倉さんと前川さんも画面を見て首を傾げる。


「実はですね。さっきの二つの現場写真に写ってたシート。どっちも手書きで書かれてるのに、文字の形からバランスまで寸分違わず同じだったんです。だから、ひょっとすると一枚の手書きの紙をコピーした物じゃ無いかと思ったんですよ」


「手書きの物をコピーだと?」


「はい。だからその人達が書いたものじゃなくて誰かに貰ったんじゃないかって思ったんです。その組織や流派で貰った可能性も有りますけど、その二人が術者だとは思えないなと思ってだから別の可能性、ネットで手に入れた可能性を考えたんです。ビンゴでした!」


 僕はもう一度スマフォの画面を二人に見せる。


「それがこれだと?」


「はい!此処にあるでしょ」


「ん?復讐キッド三万円。貴方の恨みを晴らす妖蟲蠱毒を手軽に召喚。おい!コレって!!」


 ホームページの一角にある商品の広告文を見て、土倉さんは表情を引きつらせる。


「三万円ですか。少々高価いですが、高校生でも頑張れば払える額ですな」


「もしかしたら、術とかの知識や才能がなくてもコレが有れば使えるんじゃないですかね」


「そんな馬鹿な話が有るか!巫蠱の術は確かに簡単な術式だが、それはあくまでベテランから見ればだぞ!?実際駆け出しのままはぐれ術者になった奴が使おうとして失敗した例はごまんと有る!」


「でも、調べてみる価値は有ります!」


「確かにな。だが、どうやってだ?」


 土倉さんもこういうところは鈍いな。


「買えば良いじゃないですか!ネット通販で買えますよ。相手に住所がバレると嫌なんでダミーの家とか用意できます?」


「可能です」


 僕の質問に磯部さんが答え、土倉さんがなるほどと頷く。


「確かにその手が有るな。蠱毒捜索とは別に、その未確認な術式と思しき物の調査は現物を買って進めるか」


「はい」


 黒服の人達が頷き、各々任務に向かう。


「よし!前川!行くぞ!!」


「え!?」


 結局蠱毒を足で探すのは変わらないのね。まあ、そっか〜

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