第17話 苦悩と事件

 赤木さんと警察の人が話し合っている。結局山は封鎖することに決まった。


 警察が人が寄り付かないように立入禁止の立て札やバリケードを設置し、陰陽師がニ種類の結界を展開する。


「本当にこれで良いんですか?土倉さん!!」


「あ!?何が言いたい?」


「いや、だって、結局行方不明の女の人達、見つけられて無いじゃないですか!!」 

「仕方ねえんだよ。もう死んでるかも知れないしな」


「生きてる可能性の方が高いですよね!猿の経立が人間の女性を攫うのは繁殖目的でなんでしょ?猿の繁殖期はまだ先ですから行方不明の女性たちは生きてる可能性が高いですよ!!」


 僕の言葉に土倉さんは鬱陶しそうに首を振る。


「じゃあどうしろってんだ?」


「助けに行かないんですか?」


「領域の中にか?」


 領域?俺が解っていないことを表情で察したのだろう。土倉さんが説明してくれる。


「いいか?領域ってのは、一言で言えば妖魔の根城だ。元々有る狹界に妖魔が住み着いて根城にする」


「敵の本拠地って事ですか?」


「そうだ。そして、陰陽師は本当に例外的な場合を除いて、領域にまで妖魔を追っていかない」


「何でですか!?確かに敵の拠点なら多少は不利かも知れませんけど…」


「多少じゃねえんだ!!」


 土倉さんは声を大きくして僕の言葉を遮る。


「一から説明してやるよ」


「はい…」


「妖魔は拠点を得ると、拠点から力を得ることが出来るんだ」


「力?」


「妖力さ。地球には血管の様に龍脈が通っていて、その中を星そのもののエネルギーが流れてる。そして龍脈は狹界にも通ってるのさ。狹界の規模によって得られる力の量は変わるし、妖魔の格によって上限も決まってくるが、強くなるのは本当だ」


 なるほど。領域が有るって事は、絶対強化されてるって事なのか!え?でも、今の言い方なら… 


「敵が強くなってるのは外で戦っても領域の中でも一緒じゃないんですか?それとも領域の外では強化は適応されないんですか?」


「そこだ!問題は」


 土倉さんは苦笑して続ける。


「まず、領域を得ることでの強化の具合だが、小妖怪や下級怪クラスの妖魔なら自身の妖力の二倍の量のエネルギーを得られる。つまり妖気の量が三倍になるわけだ」


「さ、三倍!?」


 ゴクリと唾を飲み込む。三倍って相当な強化だよ。


「ただし、それは領域の中での話。外だと中の半分しかエネルギーが流れてこない。つまり小妖怪や下級怪だと、元の二倍程度の妖力にしかならないわけだ」


 なるほど。それで!つまり領域の中では妖力が外の五割増しになるのか!


「でも、五割増しくらいの強化なら強い人を送れば…」


「下級怪ならな」


「え?」


「その妖魔の格によって得られるエネルギーの上限は違う。中級怪なら自身の妖力の四倍。上級怪なら十六倍。大妖怪クラスなら二百五十六倍だ」


「え!!?」


 何そのメチャクチャな数字!!


「妖魔の格によってそんなに違うんですか!!」


「そうだついでに寿命だって違うぞ。小妖怪や下級怪の寿命は大体四百年くらい。中級怪は六百年。上級怪で千年くらいだ。大妖怪に至っては寿命が無いのではないかと言われているな」


 え?そうなの?妖魔は強さで寿命まで違ってくるんだ!!


「話を戻すが、あの猿の経立はおそらく下級怪の上の方か、中級怪の下の方くらいだろう。もし、中級怪だった場合、外での妖気は素の状態の三倍だが、領域の中での強さは素の状態の五倍だ。後、領域の外だと身体能力は素の状態のままだが、領域の中だと、領域の格に応じて身体能力が二倍から五倍まで高まる」


「身体能力まで上がるんですか?」


 それは確かに慎重にもなるか。


「まだ今言ったのは序の口だ」


「え?他にも何か?」


「領域に入った時、その領域の主に味方と認められなかった場合、領域内では身体能力や異能等の威力、呪力や霊力等の神威が半減する。ひどい場合は三分の一まで減る」


「え!?なんっすかそれ!?ありっすかそんなの!?」


「ああ!有りだ。しかも、領域の主は領域内で異能や術を使う時、外で使うときの半分から三分の一程度の妖力しか消費しないのに対し、侵入者はニ倍から三倍の神威を消費する」


 なんと言うか。あまりにも酷い。領域の中に侵入するのってそこまで不利を強いられるの。


「ついでに言えば、領域の主は侵入者対策で好きなだけ罠の妖術を仕掛けられるが、侵入者側は中がどうなってるのか知らないから満足に準備も出来ない」


 なるほど。中まで追いかけないはずだ。


「解ったか?」


「はい。行きたくても行けないことが解りました」


「それで良い」


 背を向けて帰路につく土倉さん。その握りしめた手から血が滴り落ちる。


「(爪が食い込むほど握りしめてたのか!)」


 多分悔しいのは皆一緒だ。でも、中に追いかけて行っても十中八九勝てない。


 歯を食いしばりながら歩を進める土倉さんに黒服の人が近づいていく。アレは磯部さんだ!


「どうした?磯辺」


「はい。山の封鎖と結界構築は赤木様にお任せして、土倉様と前川様には別件の調査をお願いしたいと」


「別件?」


「はい。蠱毒が発生したようでして」


「蠱毒だと!!」


 磯部さんの言葉に土倉さんの眉間の皺が一気に深くなる。


「何ですか?こどく?って?」


 寂しい妖魔なのかな?


「呪術によって作り出す妖魔だ」


「何種類もの虫や小動物を一つの容器の中に入れて、殺し合わせる呪術です。お互いに喰らい合う事で、最後に残った一匹には複数の虫や動物の特性が受け継がれ、蠱毒という妖魔になります」


「え!なにそれ!?」


 虫や小動物に殺し合いさせるの!エグくない?


「普通の蠱毒は下級怪だが、蛇を使った蠱毒は蛇蠱、虱を使った蠱毒は虱蟲と呼ばれて中級怪に分類される」


「補足させていただくと、普通の蠱毒でも、使われている材料によっては妖気は下級怪レベルでも、中級怪クラスの戦闘能力を有する個体もあります」


「どうしてそんな物作るんですか?」


「………」


 土倉さんは少しの間黙った後、再び口を開く。


「蠱毒を作る呪術は巫蠱の術と言うんだが、呪殺方の一種に分類される」


「え!?それって…」


「生まれた蠱毒に殺したい相手を襲わせるんだ」


「うわぁ!?」


 え?なにそれ?嫌いな相手に妖魔をけしかけるって事!?


「問題はその後でして、呪殺対象を殺した蠱毒は呪術者の制御下から解き放たれます。つまり、作った者も襲えるようになるのです」


「ついでに言うと、対象を殺した時点で、蠱毒にとって一番在り処が判りやすい餌は呪術者だ」


「それって、つまり…」


「人を呪わば穴二つ!巫蠱の術で誰かを呪殺した者は、怨敵を殺した蠱毒に襲われる覚悟をしておく必要が有ります」


 なんと言うか、メチャクチャな術だ。そんな術使う人が居るのだろうか?


「そんなリスクの大きな術を使う人居るんですか?」


「結構居るぞ。大体二パターンで、リスクを知らない場合と、リスクを知ってるが、蠱毒に勝つ自身が有る場合だ。まあ、前者が多いがな」


 リスク知らずに使って大きな虫の集合体みたいな妖魔の餌になるとか…


「うわぁ〜」


「行くぞ!」


「え?その虫の化物退治やるんですか!?」


「ああ。上からの命令だからな」


 僕としては経立の方が気になるんだけど、でも、何も出来ないのも事実だよな。


「おい!ぼさっとするんじゃねぇ前川!行くぞ」


「あっ!はい!!」


 結局、経立は向こうから出てくるのを待つ以外何も出来ないもんな。蠱毒も放っとくと拙いんだろうし、今は目の前の仕事を一生懸命やろう!!

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