第14話 経立と領域

 目の前に並べられた十五体の死体を見て、僕は表情を青くする。件の経立ふったちによって殺された黒服十一名、下位陰陽師一名、見習い陰陽師二名、僕と同じバイトの先天性異能者一名である。


「前川!」


「あ!つ、土倉さん!!」


「お前は初戦が藤堂相手だったから、まだ妖魔との戦闘の怖さを本当の意味で知らなかっただろうが、これが妖魔との戦いだ。負ければ死ぬ」


「………」


 血の気が失せた死体に再び目をやって僕は押し黙る。なんと言えば良いのか解らない。正直恐怖で頭がいっぱいだ。


「土倉様、前川様」


「ん?磯辺」


「磯部さん」


 後ろから声を掛けてきたのは黒服の磯部さん。仲間が十人以上も死んだというのに、表情を変えない。いや、サングラスのせいで表情解りづらいけど。


「至急作戦本部用のテントに集まって頂きたいと赤木様より、ご指示が」


「ん?赤木のおっさんが?なんでまた?」


「陰陽寮本部から高位陰陽師の応援が来ましたので」


 磯部さんの言葉に土倉さんは表情を変える。


「ようやくか!!誰が来た?」


水月みなづき しずく様です」


「ほぉ!五大守護家のお嬢かよ!こりゃぁ本部も本気ってことか!俺からの要請には結局答えなかったくせによ」


「アレは、本部が動く前に既に藤堂様との戦闘が終わってしまったためだと」


「まあ良い。作戦本部だな。すぐに行く」


 ズカズカと歩いていく土倉さんについて行く。


 そう言えば、聴いておきたいことが有った。


「土倉さん?」


「何だ?」


「五大守護家ってなんですか?」


「あ〜」


 僕の質問に土倉さんは少し考えた後、此方へ向き直る。


「解りやすく言うと陰陽師のボスみたいな家だ。五家有るんだよ。火宮・水月・土門・木王・金待ってな」


 へぇ〜。そんなの有るんだ。知らなかった。


「強いんですか?」


「………」


 何気なく訊いた僕の質問に土倉さんは押し黙ってしまう。


「土倉さん?」


「土倉家は土門家の分家の分家だ。一度だけ土門本家の次期当主と手合わせをさせてもらった事が有る」


「それで?」


「手も足も出なかったよ。同じ人間とすら思えなかった」


「…………」


「強えぞ。五大守護家は。そこの次期当主が来たんだ。すぐ終わるさ」


 土倉さんは僕を安心させるように言ってテントに入る。僕も続いてテントに入ると、既に大勢の人が集まっていた。


「土倉と前川です」


「よし!これで全員揃ったの」


 奥に座る四十代くらいの男性が大きな声を出す。


「赤木のオヤジ!態々全員集める意味は有ったのか?」


「勿論有るとも!!水月様より、お話が有る」


 赤木と呼ばれた男性が促すと、十代後半から二十代前半くらいの美しい女性が前に出る。


「改めまして。ご紹介に預かりました。水月雫です。これより皆さんに作戦の説明をさせて頂きたいと思います!」


ーーーーー

ーーー


 作戦自体は酷く単純な物だった。そして僕達には危険は無い。僕は晴れやかな気持ちで鼻歌でも歌いそうになりながら、双眼鏡を覗き込む。


「それにしても本当に綺麗な人ですね!」


 あんな人が彼女なら、きっと毎日楽しいだろうな!


「けっ!嬉しそうに話してんじゃねえよ前川!!あの女!俺達の獲物を横取りする気じゃねえか!」


 憤懣やる方ないと言った様子で吐き捨てる土倉さん。やっぱり引っかかってたのはそこか。


「でも、見つけれなかったのは事実ですよ」


 そう。僕達は大規模な捜索隊を組んでいたが、犠牲者七名の遺体しか見つけられず、それどころか、油断した十五名が犠牲になった。

 そこで水月さんが提案した作戦が囮を用意すると言うもの。犠牲者三十名の内二十三名が女性。見つかった七名の遺体は全て男性の物。

 この情報から、水月さんは対象が猿の経立さるのふったちであると考えた。


 猿の経立が、繁殖目的で人間の女性を攫うというのは、既に昔の書物に何件か前例が記されているらしい。


 捜索して見つからなかったのは、対象が大変臆病だからではないかと考えた水月さんは、自信を囮にすることで、経立をおびき寄せようとしたのだ。


「個人の力に頼った穴がありすぎる作戦じゃねえか!!」


 確かに囮の身には危険が及ぶ。その点は土倉さんが作戦会議の段階で苦言を呈したが、他の方たちが「水月様が囮役をやる以上問題ない!」「土門の姓も名乗れぬ末端分家の分際で水月様の実力を疑うか!?」と逆に責められてしまい、とにかく土倉さんは機嫌が悪い。

 ただ、水月さんも流石に土倉さんに不満を持たせすぎるのは問題が有ると考えたのか、遠距離攻撃が可能な者は双眼鏡で、水月さんと周囲を確認して、もしもの時は援護すると言う話になっている。

 最も、僕はモロに遠距離タイプなので援護要員に選ばれたのだが、土倉さんは近距離戦闘がメインで、中距離もある程度こなせると言う感じ。援護要員からは外れており、それが余計に不機嫌さに拍車をかけていた。


「仕事を横取りしやがって」


 一応土倉さんの仕事は僕の護衛のはずなんだけどな。


 援護要員に選ばれなかったメンバーの仕事は援護要員の護衛だ。言えないけど。


「ん?」


 そんな風に土倉さんのボヤキを聴きながら、双眼鏡を覗いていると、不思議な光景を見る。


 何もない所で蝶々が何かにぶつかった?


「あ!!」


「ん?どうした?」


 脳裏にその可能性がよぎった瞬間、すぐに僕は能力を発動する。


 ドゴォ!


「ギャギィ!!」


「え!?」


 何もない空間にかけた重力増大は、体毛の色を変えて、景色に溶け込んでいた“何か”を地面に押さえつける。


「おいおい!マジか!?」


 土倉さんも遠目にそれを見て声を上げる。


 押さえつけられた何かは唸り超えを上げながら藻掻き続ける。


 そうしている内に、それは体表が灰色に変わっていく。


ー○●○ー


「なるほど!猿の経立ですわね」


 水月雫は目の前で藻掻く体長二メートルは有る大猿を、彼女は見下しながら笑みを浮かべる。


「ギギィィ!!」


 必死に牙を向いて唸ってはいるが、一向に起き上がることは出来ない。


「それにしてもこの異能の威力、そして私よりも速く襲撃に気づいた観察力。支部にも優秀な方がいらっしゃいますわね」


 雫は指先から水で作った細身の刃を伸ばすと、経立に近づく。


「随分と用心深い様ですが、少し詰めが甘かったですわね」


 振り下ろされる水の刃はを睨みつけていた経立は…


「キキィ」


刃が当たる直前、ニヤリと笑った。


「なっ!」


 雫の刃が切り裂いた敵は、まるで抜け殻の様に潰れ、彼女の目の前には、短く茶色い体毛で覆われた大猿の鉤爪が迫っている。


「なるほど。奥の手ですか」


 涼しい顔で言った雫の周囲には、いつの間にか水の膜が現れ、大猿の鉤爪を阻む。


「ふふっ!」


 更に彼女が右手の指を動かすことで、水の刃は蛇のようにしなって大猿を後ろから斬りつける。


「ギギャァァァァ!!!!」


 背中から血を流しながら転がるように逃れる大猿に雫は嗜虐的な笑みを向ける。


「あら!ごめんなさい。少し浅かったみたい。次は痛くないようにちゃぁんと両断して差し上げますわ」


「ギギギャァァ!!」


 慌てて逃げようとする大猿だが、その体に通常の何十倍もの重力が掛かり、その身を押さえつける。


「ギ?ギギャァ!!」


 大猿は歯を食いしばりながら鉤爪を地面に突き立てる。


「あらあら。うふふ」


 大猿に近づいた雫が、水の刃を振り下ろす。


「あら?」


 その時、雫の体がまるで無重力空間に居るかのように軽くなる。


「これは!」


 驚くと同時に雫の足元から、五本の刃が地面を突き破って現れ、雫の身を守る為に展開された水の膜と雫の体を上空に押し上げる。形状からしておそらく大猿が鉤爪を変形させたものだろう。


「キキィ!?」


「本当に優秀ですわね!」


 雫は目を丸くして呟く。彼女の身に危険が迫れば、自動的に水の膜が展開し彼女の身を守る。だが、仮に水の膜が無くとも今回は怪我をしなかったはずだ。一時的に無重力状態に成っている彼女の体は、刃に貫かれず、空中に押し上げられて難を逃れたであろう。


「本部にスカウトしたいくらいですわ」


 雫は空中から水の槍を作り、大猿に投げつけようとするが、大猿は既に次の手を打っていた。


「あら?」


 大猿の下の地面が崩れ、その身が地中の落下していく。


「ああ。なるほど!見えなければ良い。と言うことかしら?」


 この重力使いは対象を視認しないと上手くピンポイントで重さを変えられないはずだ。その可能性に気づいた大猿は、変化した爪で地中を掘っていたのだろう。雫を狙ったのはついでに過ぎない。


「さてと!」


 重力が元に戻り、地上に降り立った雫は周囲を見渡す。何処から出てくるか?


「ん?」


 ボコッ!と音を立てて雫の真後ろの地面が盛り上がり、何かが飛び出る。


「はっ!」


 雫が迎撃しようとするが、それより前にその何かは重力によって押さえつけられてしまう。しかし…


「これは!?」


 押さえつけられているのは変化した巨大な鉤爪だけ、本体ではない。


「あ!?」


 慌てて周囲を探った雫は、とある木の前に音を殺して這い出た本体を見つける。


「逃しませんわ!!」


 雫が水弾を放ち、援護の重力使いが重さを増やそうとするが、それに先んじて大猿は木の幹に手を付く。


「なっ!?」


 大猿は手を付けた幹に吸い込まれる様にして、その場から姿を消す。


「既に“領域持ち”と言うことですか!これは想像以上に厄介な事になりそうですわね」


ー○●○ー


 川姫に手を引かれて川へと足を踏み入れた俺は、そのまま川姫に手を引かれるままに川の中を歩いて行く。暫く歩くと、橋が掛かっており、橋の下を潜ると、当たりの風景が一変する。


「これは?」


「これが狭界じゃ。空間と空間の境目に有る場所。この世なのにこの世ならざる者共が住む場所じゃ」


 川姫は楽しそうに、歌うように説明する。


「場所としては同じなのか?人の手が入ってないだけ?」


 川から上がると、河川敷の地形は同じだ。だが、掛かっている橋はコンクリート製ではなく木製だし、アスファルトが敷かれていた道は土がむき出しになり、鴉麦や雀の帷子が生い茂っている。


「此処が妾の領域じゃ」


「領域?」


 俺の問いかけに川姫は艷やかに微笑む。


「妖が自分が住みやすいように整えた狭界を領域と言うのじゃ。狹界事態、出来方は二つ有る。一つは空間と空間が折り重なった事により、自然に生じる狹界。もう一つは、大妖怪級の妖魔や神霊が、己の力で作り出した狹界じゃ。

 狹界の中に入った力有る者は、己の力を狹界に染み込ませ、狹界を好きに作り変える。それが領域じゃ。領域の中は、その地の主の思いのまま、これまで妾がこの地に誘い込んだ男で、生きて再び現し世に帰れた者は居らぬ」


「へぇ〜」


 もろに殺る気じゃねえか!


 俺は体に電撃をためて臨戦態勢を整える。


「ああ!誤解するでない。無論お主は別じゃ」


 川姫は穏やかな笑みを浮かべて俺の手を引く。


「屋敷に案内するぞ!こっちじゃ!」


 少し川姫に引かれて歩いていくと、川の流れの上に建つような大きな屋敷が見えてくる。古風な造りの日本家屋だが、大きく豪邸だと言うことが俺でも解った。


「此処が我が屋敷じゃ!入るが良い!」


 川姫に促されて屋敷に入ると、中も畳敷きの和室と障子が多いが、幾つも部屋が有る大きな屋敷だと解る。


「今宵は泊まっていくと良い!お主も何か訊きたいことが有るようじゃし、妖の習慣についてはじっくり語って聞かせよう」


「解った。そういう事ならお願いする」


 俺は特に拒まなかった。知っておく必要が有った。妖として生きるにはどうすれば良いか。そして、自身の領域に相手を引き込むということがどれくらいのアドバンテージなのかと言うことを。


 実際俺は、この滞在で多くのことを学ぶ。中でも一番助かったのは、どうやって領域を奪えば良いか解った事だ。

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