第15話 式神と傀儡

 泊まって行けと言われたがまだ午前中、川姫もすぐさま襲ってくる意思は無さそうなので、ひとまず話を訊くことにする。


「此処じゃ!」


 案内されたのは小さな部屋。しかし、円形の大きな窓が有り、障子が開かれた先には庭が見えている。庭には色鮮やかな花が有って目を楽しませる。


 こういう部屋って確か〜。


「茶室じゃ!」


「ああ!そうそう!それ!!」


 川姫の言葉に俺は頷く。そうそう。茶室だ茶室!パッと出てこなかったのだ。


「話を訊くなら此処が良かろう」


 そう言って川姫は茶を点て始める。結構様になった所作である。


「それで、何から訊きたい」


 川姫が出してくれたお茶を手にとって、ちょっと戸惑う。だって…


「(作法知らねぇぇ〜!!!)」


 ヤバイ!どうしよう?え?回せば良いんだっけ?適当に回して良いの?


 嫌な汗が額から流れる。


「ほぉ〜」


 そんな俺を見た川姫はクスリと笑い、妙に優しい笑顔を向けてくる。


「作法は気にせんで良いぞ。そこまで畏まった席でもあるまい」


「あ!ああ」


 川姫の笑顔に促され、茶を口に含むと、口の中に茶の旨味が広がる。


「あ!美味い!」


 絶対に苦いと思っていたから少し驚いた。


「当たり前であろう。苦いだけの物がずっと好まれて飲まれ続けるものか」


 まあ、それはそうか。器を置くと、再び川姫が表情を引き締める。


「さて、では、再び問うぞ。何から訊きたい?」


「訊きたい事がたった今増えたんだけど」


「ほう!なんじゃ?」


 俺は器を指差す。


「これ、どうやって調達したんだ?」


「これ?」


「器と抹茶だよ」


 川姫は結構ヤバイ部類の妖魔。街に買いに行こうものなら陰陽師が総出で大童になるだろう。


「ああ!その事か!」


「ああ」


「幾つか手があるぞ。まず一つはネット通販じゃ」


「はっ!?」


 え?何?この妖魔今なんて言った?ネット通販?こんな和風の家に住んでる。こんな古風な口調の妖魔が、ネット通販?


「何を呆けた顔をしておる?お主らのような若者の方が馴染みが深かろう?」


 いや、そうだけど!何かもっとこう、ファンタジーな方法を期待してた。よりによってネット通販かよ!


 いや、でも待てよ?


「受取どうするんだよ!!此処まで宅配員来ないだろ!?」


 逆に来たら怖いよな。その宅配員完全に人外だろ!


「近場のコンビニで受け取る。支払いもコンビニで振り込む」


 夢も何もねぇな!ええ!マジで!?オイ!妖魔!買い物の仕方が唯の出不精じゃねえか!!!


「マジで唯のネット通販かよ!」


 まあ、今聴いたやり方なら俺もでき、ん?


「金どうするんだよ?持ってないだろ?後、受取って、自分で行くのか?」


 妖魔は金は持ってないだろうし、受取も、自分で行くとなると結構面倒だろう。幾ら街中以外の場所のコンビニを選ぶにしても、絶対に人の生活圏に近づいてしまうことになる。

 受取の度に陰陽師とバトルとか面倒臭すぎだ。


「受取は式神に行かせるぞ!支払いもそうじゃ」


「式神?」


 何か新情報来た!ついでにやっとそれっぽい話になってきた。さっきまでネット通販とか、コンビニで受取とか、とても妖魔の雰囲気とかけ離れた事しか話してなかった。


「そうじゃ。式神とは、これ!」


「はい」


 川姫が襖の向こうに向かって呼びかけると、静かな返事の後、音も立てずに襖が開く。そこには一人の女中さんが控えていた。あれ?川姫以外に此処の住人って居たんだ!!


 そう思って驚いたが、その考えはすぐに覆される。


「こやつが式神じゃ。作り方は簡単。紙と筆を持ってまいれ」


「かしこまりました」


 深々と頭を下げた式神?の女中さんが一度下がり、すぐに紙と筆や硯等の一式を持ってくる。


 どうでも良いことだが、さっきまでネットだのコンビニだの言ってたのに、やっぱりそこは和風なんだな。


「さてと」


 川姫は紙を小さな長方形の札に切り分けると、そこに筆で何やら見たことがない模様を描き始める。


「これで良いか」


「あ!妖気が!」


「ほう!解るか!」


 川姫の指先から漏れ出た妖気が札を包んでいく。俺も自分の体を硬化する時に使うが、札に使って意味が有るか?


「え!?」


 と、思ったのもつかの間。妖気を纏った札は形を変えて大きくなり、先程の女中さんと同じ女中さんになる。顔も背格好も全く同じだ。


「どうじゃ!これが式神じゃ」


「これが!?」


 紙切れが人に成った!結構ビックリである。


「そうじゃ!式神の生成と使役は妖術の初歩の初歩じゃが、式神の数と出来の良さで、その妖魔の妖気制御能力が大体図れる。どれだけ精巧な式神をどれだけ多く使役出来るかは重要じゃぞ!」


 そういうものか。それなら川姫はかなり妖気制御の能力が高いのだろうか?作られた式神はパッと見、人と区別が付かない。


「ん?妖気が無い?」


 そうなのだ。人と区別が付かない理由の一つとして式神に妖気が無いのだ。


「おお!気づいたか!その通りじゃ!式神は通常妖気を出さん。故に人里に出しても問題ないわけじゃ」


 ああ!それで!俺は式神をマジマジと見つめるが、やはり人との違いが解らない。凄いものだ。


「俺も作れるのか?」


「可能じゃ。もっとも、お主の紋を調べる必要が有るがの」


「紋?」


「そうじゃ。妾の紋はこれじゃ」


 川姫は先程式神を作る時に紙に描いた模様を描く。


「同じ模様じゃ駄目なのか?」


「駄目とは言わんが意味があるまい」


「意味が無い?」


 どういう事だ?


「大妖怪級の妖魔や最も妖気制御の上手い妖魔達ならそこらに落ちてる紙切れに妖気を流すだけで式神を作れる。紋はあくまで妖気制御を補助するための物で、どんな紋によって補助できるかはその者の妖気の質によって変わる。つまり、他人の紋で式神を作ろうとしても、紋無しで作ろうとするのと変わらぬ」


 なるほどな。


「自分の紋ってどうすれば解るんだ?」


「自分で探るしか無い。自身の妖気の流れを読み取り、それを補助するような形を考えるのじゃ」


 何か難しいし、面倒臭いな。もっと手っ取り早い方法は無いのか?あ!


「スマフォ!」


「久しぶりにお呼びが掛かりましたね。何ですか?」


「ほぉ!付喪神か!」


 スマフォの返事に、川姫は目を丸くするが、すぐに正体を見破る。


「アプリで俺の紋を探ったり出来ないか?」


「可能ですよ!」


「本当か!!」


 適当に言ったのに、出来るらしい!!


「忍の街で、怨霊を吸収して強くなったのは貴方だけではありません。当機も、あのアプリをカスタマイズする所でした。紋が解るモードを搭載します。少し待って下さい」


「解った!」


 スマフォの宣言通り、数分でアプリに新しいモードが追加され、俺は自分の紋を知った。


「便利な付喪神が居るもんじゃの」


「元々便利な機会が付喪神に成ったからな」


「そうかの!では!これが紙と墨じゃ!」


 川姫に紙と墨と筆を渡される。いよいよ式神作りである。


「よし!」


 俺は自分の紋を単語帳程度の大きさに切った紙切れに書き込む。


「いけっ!!」


 妖気を流し込みながら紙切れを投げると、そのまま空中で紙切れの形が変わり、何やら変な二等親の小人が出来る。


「え!?これ?式神?」


 どういう事だ!!全然予想と違う姿だぞ!?


 戸惑う俺に川姫は笑いかけてくる。


「まあ、初めては皆そんなものじゃ。妾もそうじゃった」


 カラカラと笑う川姫。楽しそうで何よりである。いや、俺は全然楽しくないけど!


「最初は鳥や虫などの形の式神を作って偵察などに放ち練習するが良い。式神を作る腕が上達すれば、傀儡も作れるようになろう」


「傀儡!?」


「ああ!そうじゃった!言うておらんかった!!」


 そうだよ!言ってないよ!いきなり新ワード来て頭に疑問符が浮かんだわ!!


「傀儡と言うのは一言で言えば作るのは難しいが、性能の良い式神じゃ!普通の式神は妖気を出さんが、強度が脆く、どれだけ精巧に作っても、人と同じくらいの強度にしかならん。これはもっともよく出来た場合で、普通はもっと脆い。その上、能力も使えんか、付与できたとしてもせいぜいが一つまで、雑用や偵察には使えても戦闘の役には立たん。一方で傀儡は戦闘に使える。常に妖気を纏って居るから、陰陽師の目を欺くことはできんし、材料も、触媒や人形等、多くの物が必要じゃ。その上、作るのも技術が要り、難しい。しかし、強度は高いし、触媒にした物によって様々な能力を得る。自身の髪などを触媒にすれば、分身のような傀儡を作ることも可能じゃ」


 なるほど!確かに式神の強化版だ!でも、そんなの作れるなら…


「傀儡軍団を従えてる妖魔って居たりするの?」


 可能だよな。生きてるのは自分一人でもロボット軍団的なノリで、傀儡軍団従えてる妖魔とか居そうだよな!


「居るぞ!妾は傀儡を作る時は触媒だけでなく人形にも拘らねばならんので、一体しか作って居ないが、妖術が上手かったり、質の良い人形を幾つも揃えられる妖魔は、それこそ自身の領域に傀儡の軍勢を持っておる」


 やっぱり居るのか!そう言えば…


「一体作ってるの?」


「うむ!居るぞ!こやつじゃ!」


「え?」


 川姫が右の壁に視線を移し、俺も釣られてそちらを見た瞬間、左側から壁を壊して伸びてきた植物の蔦に俺は締め付けられた!


「なっ!がはっ!!」


 あまりにも強い力で締め付けられて息ができなくなる。蔦の太さは俺の腕くらい有る。絶対普通の蔦じゃない。


「な、何が!!」


 驚く俺に、川姫は邪悪に微笑みかける。


「愚かじゃな。妾がお主を自身に有利な場所に引き込んで殺そうとしておることくらい解っておったじゃろう?だが、貴様は油断した。妖術や妖力では自身は殺せないと。残念じゃがその蔦は唯の植物、妖気はそれを育てる時と、今、操るために使っておるが、その蔦自体が妖気でできてはおらん」


「なっ!!」


 しまった!!川姫の言う通り油断してた!てか、明らかに水タイプだったじゃん!!何で蔦!!こんなこと出来る能力あったのか?


 俺が何とか蔦を外そうと藻掻いていると、嘲笑う川姫のそばに二十代前半と思しき男が近づいてくる。


「ああ!そうそう!紹介が途中じゃったな。この者が妾の傀儡じゃ!二十年前に妾と戦った陰陽師の頭髪を触媒にしておる。

 あやつには殺されかけ、命からがら逃げ延びたが、戦闘のどさくさで手に入れた頭髪からこれ程の傀儡を作ることに成功した。まさに本物と瓜二つ!妾の忠実な下僕じゃ!!」


 あ!傀儡ってそういうのもアリなのか!?確かにそれなら本人が使えない能力持ってる場合も有るよな。


「締め上げよ!!」


「ぐぁぁ!!」


 更に強い力で蔦が俺を締め付け、俺は悲鳴を上げる。


「案ずるな。すぐに殺しはせぬ。妾と式神達とでそなたの精気を奪い尽くしてくれよう。口吸い程度では奪えなかったからな。もっと深く交わる必要が有る。快楽の中で死んで行けよう」


 妖艶な笑みを浮かべる川姫。拙いな!本当にジリ貧だ!さっきから全身から電流を放って蔦を焼き払おうとしているが、上手く行かない。多少は燃やせるのだが、すぐに次の蔦が襲い掛かってくる。しかも何だが電流の威力が弱い。全力で出してる筈なのにこの程度!?どういう事だ?


「ふふふ!領域の中ではな、その領域の主やその眷属は力が増大するが、他の者は力が半減する。唯でさえその蔦は電気を通しづらく、更に妾の粘液によっても防御しておる。その上でお主の力が半減しているのだ。逃れる術などあるまいて」


「ぐぅ!くそっ!」


「安心せい!手足を折るだけじゃ!その後は男が喜ぶことをしてやろう。そなたの命と引き換えにな」


 ヤバイぃぃぃ!!何か川姫見てたらこのまま最後までヤラれるのも有りかな?とか思い始めたけど、ヤバイ。流石にまだ死ぬ気は無い。ちょっと残念だけど!ちょっと残念だけどな!!


 どうする!?どうしよう!?

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