第10話 決着

 悪夢だと思った。僕の目の前で土倉さんがグールの電撃を受けて倒れ込む。件のグールは屈んで土倉さんを覗き込む。どうするつもりだ?食べるのか?


「あ、ああ…」


 なんとかしなくちゃいけない!でも何にもできない。どうしてこんな事になったんだろう?


 土倉さんと一緒に件のグールが隠れているコンビニへ入った時は、若干の息苦しさを感じ、嫌な予感がしたが、此処まで大変な事に成るとは!


 いや、思えば最初から予定が狂っていた。当初の計画では、僕達がコンビニに入った時、グールは土倉さんの術で拘束されているはずだった。でも実際は、コンビニの床が壊れているだけで、グールは自由に動ける状態だった。


 すぐに戦闘が始まった。僕は土倉さん援護するためにグールに能力を掛けたが、全く通じない。それどころかグールは僕が能力を掛けていることに気づいてすらいないようだった。


 そうこうしている内に、土倉さんがグールが発した電撃で倒されて今に至る。


 ああ。もう駄目だ。殺される。逃げればまだ助かるのかも知れないけど足がすくむ。どうする事もできない。こんな危険なバイトをするんじゃ無かった。僕は迫ってくる死の気配に怯えながらも呆然とグールを眺めるしかできなかった。


ー○●○ー


 先ずはぶっ倒れた大男の脈を確認する。指先にドクドクと確かな生存の証。先ずは一安心だ。


「ぐぅ!くそっ!」


「うぉ!意識有るのか!?」


 驚いた!電流量は五ミリアンペアだったけど、電圧は宣言通り千万ボルトまで上げていた。あの電撃を喰らって意識あるって、すごくない?


「ま、前川!!」


「ひっ!え!」


 大男は前川くん?に向かって声をかけるが、当の本人は反応が変だ。もしかして怯えてる?この大男がそんなに怖いんだろうか?


「押し潰せ!お前の異能で!コイツを倒せ!!」


「で、でも、さっきから掛けてるのに全然効かなくて!!」


「威力を上げろ!!店の床は気にするな!!」


 何か物騒な会話がなされている。いや、気にしてあげようよう!店の床!壊れたら修理の費用とか馬鹿にならないよ?まあ、もう既に結構壊れてるけど!


「は、はぁぁぁ!!!」


 前川くんは意を決したのか、威勢の良い声と共に目をつぶって力む。


「おっと!」


「ぐぇぇ!!」


 能力が発動したのか?俺の足元が砕けて陥没し、俺はとっさに飛び上がる。一方で、近くに倒れていた大男の方はそのまま潰れたカエルの様な声を出して床を砕き、地面に埋まる。


 え?何その変な能力?味方の方がダメージでかくない?


「あ、あほ、か、ま、まえ、かわ、お前、お、おれ、を、つ、潰して、どう、する」


「す、すいません!!い、威力上げると、範囲も広がっちゃって!」


 能力を解いたのか、大男が苦しそうな声を出すのを止め、前川くんはオロオロしだす。


「お前なぁ。ちゃんと敵を狙え!!」


 何とかヨロヨロと起き上がった大男は肩で息をしており、顔色も悪い。立っているのがやっとと言った有様だ。

 まあ、あんだけ電撃を浴びた上にフレンドリーファイアまで喰らったら、ああも成るか。


「動けないか?」


「やかましい!!」


 強がっているがおそらくもう無理だろうな。今ならスマフォを操作しても大丈夫だろう。スマフォを取り出し、例のアプリで二人を撮影。


「へぇ〜」


「何が面白い!」


 ニヤけた俺に大男は怒声を浴びせてくる。虚勢だって解るから意味ないけどね。


 因みに画面に映る二人のスペックは此方。


名前  :土倉 宗次郎


種族  :人間


固有特性:土術式威力増強 見鬼(後天性)


状態  :感電 左半身麻痺 瀕死


能力  :身体強化(後天性)


備考  :土属性の術式を使用可能 木属性の術式を使用可能




名前  :前川  祐介


種族  :人間


固有特性:無し


状態  :恐怖 失禁(笑)


能力  :重力操作


備考  :足が竦んでいて動けない模様


 うん。やっぱり便利だなこの能力。色々解るよ。でも知らなくて良いことも解るね。どの項目とは具体的に言わないけど。


 それはともかく彼の能力は重力操作か!納得できる部分はある。さっきの現象はまさにそれだ。でも俺には効いてないんだよな?なんでだ?


「土倉宗次郎さん。貴方、左半身動かないでしょ?」


「あ!テメエなんで俺の名前を!!」


 驚いた顔をする土倉さん。


「まあ、それはどうでも良いけど、動けないんでしょ?」


「あ?そう見せかけてるだけかも知れねえぞ!」


 余裕そうな顔を作る土倉さん。虚勢を張ってる所悪いけどさ。


「あ、そういう駆け引きとか別にいいんで」


 面倒くさいんで土倉さん達にスマフォの画面を見せてあげる。


「なっ!」


「え!ステータス解るの!!」


 前川くんは目を見開いて驚き、土倉さんも驚愕の表情を作る。


「前川、てめぇ、漏らしてたのか!!」


「そっち!!!」


 土倉さんの言葉に前川くんは絶叫する。


「そっち!こっちの情報が筒抜けになってるとか、心配事幾らでも有るのにそっち!!」


 これは乗らねばなるまい!


「前川くん。着替えたほうが良いよ。放っとくと匂いがきつくなると思うし」


「いや!何敵が訳知り顔で乗ってきてるんですか!!」


 どうやら恐怖心は取れたみたいである。すっかりツッコミ役が定着している。


 そんな風に空気が和んだ瞬間、土倉さんは表情を険しく戻して、地面に視線をやる。


「岩獲!!」


「うわっ!」


 足元から岩が隆起し、俺の足に迫る。


「逃げろ!!前川!!」


「え!?え!?」


 隆起した岩は俺の足を包み込もうとして俺の足にあたり、力なく崩れる。


「せっかく油断させたんだから俺を置いてさっさと逃げろ!岩弾!!」


 飛んできた岩を手で弾く。


「俺達じゃ、コイツには勝てねぇ!!」


 土倉さんの態度の変化に戸惑っていた前川くんだが、ようやく脳が言葉を理解したのか、その場で一度飛び上がり、脱兎のごとく出口へ駆け出す。


「なるほど。彼を逃したかったのか」


 いきなりアホっぽいこと言い出したからどういうつもりかと思ったけど、そういう事だろう。


「へへ!俺の命はくれてやるよ。だが、アイツは逃してもらう」


 前川くんがコンビニを出ると同時にやりきった顔をする土倉さん。さっきの馬鹿な掛け合いはおそらく前川くんが逃げれるように、恐怖によって足が竦んでるのを何とかするためだったんだろう。

 スマフォの備考欄に足が竦んでいるって書いてたわけだし。


 そう考えると、筋骨隆々でいかにも脳筋な見た目に反して頭は良いのかな?でも…


「どうして自分の身を犠牲にしてまで?」


 俺が土倉さんを殺す気なら今の状況は彼にとって最悪だろう。自身はまともに歩くこともできない状態なのに敵と一対一で対峙している。


「陰陽師って言うのは妖魔と戦うのが仕事だ。負けたら殺されるのは当たり前。けどな、アイツは金に釣られた唯のガキだ。覚悟も何もねぇ。そんな奴が妖魔に殺されるっていうのが我慢ならなかったんだよ」


 ニヤリと笑みを浮かべて土倉さんは腕をダラリと下ろす。


「さあ!とっとと殺せ!」


 死を覚悟した表情だ。でもね…


「いや、無理っす!人殺しとかハードル高すぎ!!」


 まだまだお天道様の下を堂々と歩ける生き方したいんだよね。ダンピュールの上にもう死んでるけどさ。


「お前、それ本気で言ってんのか?グールが人を殺さねえだと?」


「そもそも俺、今はもうグールじゃなくてダンピュールだしね」


「まじかよ!どおりで、強いわけだ」


 土倉さんはやっぱり体が辛いのだろう。その場に座り込みながらため息を吐く。


「しかし、ダンピュールだとしても普通とはなんか違うな?本気で俺を殺さないつもりか?」


「そりゃ、殺人犯には成りたくありませんから」


 俺の言葉に土倉さんは苦笑する。


「ダンピュールが殺人犯に成りたくないとは、笑える話だな」


 土倉さんは真面目な顔を作って此方を見る。


「お前は何なんだ?普通ダンピュールはグールが進化して行き着く個体だ。ゾンビがグールに、グールがダンピュールになる。ゾンビは怨霊や悪霊が死体に入って発生する。だから死霊系の妖魔は進化して知恵をつけても残虐な思考を持つのが普通だ。お前は違うよな?」


 お!何か対話ができそうな雰囲気だ!光明が見えたことで、嬉しくなった俺は、これまでのことを話す。


「つまり、悪霊ではなく、魂魄の段階で自身の死体に入ってゾンビ化したと?」


「まあ、そうなりますね」


 俺の言葉に土倉さんは考え込み始める。


「それが本当なら、だが〜」


 暫く悩んでいた土倉さんだが、意を決したように顔を上げる。


「藤堂忍君だったかな?」


「はい」


 眉間に皺を寄せ、意を決したように土倉さんは口を開く。口調もさっきまでと違う。重苦しい雰囲気だ。


「君の境遇には同情する。だが、俺、いや、我ら陰陽師は君を成仏させなくてはいけない。君の存在は居るだけで周囲の害になる」


 聴きたくなかったセリフ。心の何処かで、俺の精神が人間のままだと解って貰えれば、追われることはなくなると期待していた。だが、現実は残酷だ。


「どうしてですか?俺は人間を殺めたことは一度もない。それどころか怨霊を減らすことに貢献できる。なのに、なんで?」


「理由は死霊系の妖魔が邪気を出すからだ。そのうえ、ダンピュールには吸血衝動も有るはず。君のせいではないのは解ってる。だが、人のためには君を成仏させねばならない」


「邪気って何なんですか?」


「それは…」


 こうして俺は、決して人間と共存できない理由を聴いてしまった。

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