暴徒

 セレンディップの社屋から、黒々とした煙が上がっていた。

 割れた窓ガラスの向こう側にチラチラと赤く光る炎が見えた。

 セレンディップの前の広場で連日抗議活動を続けていた集団の一部が暴徒となり、セレンディップ社内へ侵入した。暴徒は手当たり次第に火炎瓶を投げつけながら、非常階段を使ってビルの高層階へと移動していった。炎と煙は高いほうへと上るから、自分たちの身が危ないというのに、暴徒たちはそんなことはお構いなしに上を目指したという。

 火災によってエレベータは止まり、高層階にいた社員は非常階段を使うしかなかった。逃げ惑う社員のうちの何人かは暴徒と鉢合わせし、暴徒が持っていた刃物の餌食になったという。

 逃げ遅れて高層階で炎と煙に巻かれた人たちは、窓ガラスを割り、助かろうと外へ飛び出した。ビルの数十階から落下して、助かることなんて万に一つもないことは彼らにだってわかっていただろうに、そうしなければならないほど、背後に迫る炎と煙は彼らの恐怖を駆り立てた。

 セレンディップの社屋から身を投げた彼らの姿は、事態に気がつきカメラを向けた通行人たちのデバイスにおさめられた。事件の現場に立ち会ったことに彼らは興奮し、次々と映像をネットに上げた。

 それにより監視課の業務負荷は近年経験したことがないほど高まった。この前の殺人事件の映像のときも負荷は高かったけれど、その比ではなかった。野次馬たちが様々な角度から撮影したセレンディップの映像はどれ一つとして同じものがなく、それぞれに穢れの拡散者たちが亜種を作成するものだから、全く終わりの見えない持久戦だった。

 事件映像がネットに流れ始めたとき、ちょうどシフトだったぼくは、映像の審査を繰り返しながら、颯太の身を案じた。何度呼び出しを入れても颯太は応答しなかった。悪い予感がした。気づくと、審査対象の映像の中、セレンディップの社屋から飛び降りるシルエットの中に、颯太を探していた。けれど、颯太を見つけることはできなかった。

 端末に着信があったのは、セレンディップの事件映像の流入が一段落した夜遅くだった。その頃になるとすでに事態は沈静化していて、火災もおさまっていた。

 着信の相手は颯太ではなくアリスだった。

「陽」

 アリスは震える声でぼくの名を呼び、病院に来てほしいと言った。

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