車中
腕にはめた端末に振動を感じて起きる。
都市部から乗ってきた自動運転車。寝ている間に車外の風景は様変わりして、山間部に入っていた。車は曲がりくねった道を器用に上っていく。
六文銭のメッセージを受け取ったのが昨日。
そこに添付されていたGPSの座標値は街から四時間程度の山間部を示していた。近くに公共の交通機関はなく、車を使うしかなかった。サロゲートのオペレーションルームを出てすぐに、カーシェアの手配をし、眠ったのが昨日の夜中。今朝は早朝からこの自動運転車に乗っている。睡眠時間が足りず、いつの間にか眠っていたらしい。
まだ腕の端末は振動を続けていた。
覚めやらない頭で端末を確認すると、相手は坂上だった。
坂上からの通話なんて珍しい。今朝の時点で、今日は休暇をもらうという旨の連絡はしてある。無断欠勤を咎める電話ではないはずだ。
「もしもし」
「お、水城か? 休暇のところ悪いな。体調不良か?」
「いえ、そういうわけではありません」
「そうか。それなら良かった。ところで、相談なんだが、その休暇、取り下げてもらえないか?」
「え?」
そのような要求をされるなんて思いもよらなかったので面食らう。
「何かあったんですか?」
「いや、急に浄化のペースを上げろという指示が上から降ってきてな。今のシフトだと人手が足りないんだよ」
「それはまた急な話ですね。なぜ今?」
「今、アンドロイド関連の話に世間の注意は向いているだろう? 拡散者たちもそこは同じようで、穢れたコンテンツの流入が減っているんだ。もともと破壊を好む人間たちだ。破壊されるのが人間でもアンドロイドでも、欲求は満たされるんだろう。人間を傷つける映像よりも、アンドロイドを破壊する映像をシェアすることに今は一生懸命になっているみたいだ」
「アンドロイドの破壊映像は穢れたコンテンツではない」
「そういうことだ。アンドロイドは血を流さないからな。そんなわけで穢れたコンテンツ市場は一時的に縮小している。それをお偉いさんたちが好機とみて、ブリーチ悲願のパーフェクトホワイトを実現しろと尻を叩いているわけさ」
「なんだか火事場泥棒みたいな話ですね。それにしても急だ」
「全くだ。どうやらかなり上のほうから来ている支持らしくてな。ブリーチが政府から受け取っている来期の予算額を左右するほどの話らしい。どこかの議員様が動いているとかいないとか」
「なんだかきな臭い」
「俺もそう思う。だが、俺だって組織の人間だ。上の目標設定に応えようとする努力は見せないとな。そのためにはまずは人員確保だ。どうだ? 行けるか?」
坂上は軽い感じで話しているが、こうしてわざわざ電話をかけてくるくらいだ。実は相当な圧力をかけられているに違いない。
けれど、今から戻れというのは無茶な話だ。目的地はすぐそこなのだ。
「すみません。今日はもう予定をいれてしまったので」
「そうか。しょうがないな」
「すみません」
「いや、いいんだ。どうしてもってわけではなかったしな。人手は多いほうがいいってだけで。正直、どれだけ人員をかけても、新しく降りてきた現実離れした目標を達成できる気はしないしな。もし用事が早く済むようなら、こっちにきてくれ」
坂上は愚痴を言って通信を切った。
坂上との会話で完全に目が覚め、ぼくは拡張現実をスクロールさせニュースフィードを閲覧する。トップに来ていたのはセレンディップの記事だった。
アンドロイドから発見された穢れについて、セレンディップはアンドロイドの不具合を認め、穢れの除去を無償で行うと発表したという。セレンディップはアンドロイドに穢れが含まれていたことは認めたが、先日の殺人事件の犯人がアンドロイドだとは認めていなかった。そのことがまた、世論の反感を買っているようで、ニュースのコメント欄には否定的なものが並んでいた。
現在稼働しているすべてのアンドロイドに対するリコールということで、颯太もさらに忙しくなることだろう。それが根本原因ではなく対処療法であると颯太は思っているだけに、納得もしていないはずだ。
何か励ましの言葉でも送っておこうか。
そう思い始めたところで、車は速度を落とし止まる。
目的地に到着しましたとナビゲーションソフトが告げた。
車を降りるころには颯太へメッセージを起こることなど頭から消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます