警察

 ネットに流出したこの映像を押さえ込もうと、ブリーチの監視課は朝からフル稼働だった。

 殺人現場をこれほどはっきりと捉えた映像がネットに流出することはなかなかない。さらに、アンドロイドの犯行だという話が広まり、人々の注目が集まった。

 希少性があり、重大なニュースは、例えそれが穢れを伴うものであったとしても人と共有したいと思うのが人間の性らしい。今までに経験したことがないような早さで映像は拡散された。

 映像がネットにアップされるたびに無数のコピーが作られ、加工され、再びネットに流される。ブリーチが審査をしている間に別バージョンが作られ、流され、またコピーされ――。

 そんなイタチごっこは、映像の流出が確認された早朝から、昼下がりになっても続けられていた。今日は夕方のシフトの予定だったぼくも、呼び出しを受けて午前中から監視作業に入っていた。

 殺人現場映像の十四個目のバージョンを削除したとき上司の坂上から声をかけられた。スキンヘッドの髪型は、本人が冗談めかして笑って言うには、五十歳を過ぎて髪が薄くなり始めたのを隠すためらしい。しかし、きちんとした栄養管理の下で形成されたスリムな体型と相まって、軽快な印象を人に与えている。

「ちょっといいか?」

「何でしょう?」

 目の前に開いていた拡張現実をスタンバイ状態にし、坂上の声に応じる。坂上は何も言わずについて来いという身振りでぼくをうながし歩き出した。

 坂上に連れ出された先はブリーチの応接室で、そこにはすでに二人の先客がいた。

「こちらが水城です」

 坂上がぼくを紹介する。どのようなスタンスでいればいいかわからず、とりあえず軽く会釈をする。

「こちらは警察の方だ」

 坂上が目の前に座る二人をぼくに紹介する。それに応じるように、二人が机の上に紙を滑らせるジェスチャーをして、ぼくに電子名刺を飛ばす。

「山上です」

 四十代くらいの中肉中背の男が言う。

「木下です」

 三十代くらいのスポーツマン風の男が言う。

 二人の電子名刺の情報を読み取った拡張現実が、二人の姿にネームプレートを重ねる。そこには政府の電子承認付で警察官を示すタグが付いていた。

「警察の方?」

「捜査に協力してほしいんだそうだ。適任だと思ったからお前を連れてきたわけだ。朝から監視課でかかりきりになっている映像があるだろう。アンドロイドが人を殺す。あれに関する話だ」

 坂上の後を山上が引き取り言う。

「あの映像を水城さんが見ていらっしゃるなら話は早い。ネット上では、アンドロイドの犯行だと言われていますが、製造元であるセレンディップは認めていません。われわれ警察も公式には認めていない」

 山上は「公式」というところを強調して言った。警察ではアンドロイドが犯人だと考えているというのが伝わってきた。

「現代社会はアンドロイドなしには成り立たない。一方で、アンドロイドに対する懐疑的な見方があることはご存じの通りです。今回の事件が本当にアンドロイドによるものだとしたら、その声はますます高まるでしょう。あの映像は決定的なものであるとは思いますが、社会状況を考えると安易にアンドロイドによる殺人事件だと公表するわけにはいかない」

 山上がアンドロイドの犯行と決めつけているのが伝わってきたので、釘を刺すつもりで口を挟む。

「ですが、まだ犯人は捕まっていない」

「恥ずかしながら、その通りです。正直なところ、現場から出てくる手がかりが少なく、長期戦を覚悟しています」

 あれだけはっきりと監視カメラに姿をさらすような人物が、他に手がかりを残していないというのは奇妙な気がした。

「犯人の特定には時間がかかるかもしれません。しかし社会的な影響を鑑みて、犯人がアンドロイドであるか、人間であるかははっきりとさせておきたいというのがわれわれ警察の考えです。言い方を変えれば、アンドロイドに人を殺せるかどうかを確認したい」

「なるほど」

「そこで我々は所内のアンドロイドに接続して、中身を調べてみました」

 坂上が口を挟む。

「警察にもアンドロイドがいるのですか。導入を見送られていると聞いていましたが」

「我々も時代の流れに逆らえなかったということです。来年から導入が予定されています。今は本格導入の前のテスト期間のようなものです」

「そうでしたか」

「話がそれましたね。我々はそのアンドロイドを使って、中身を調べてみました。多くは無害なプログラムだったのですか、一件、不自然なほど強力なセキュリティに守られたプログラムがあり、我々では中身を確認することができなかった。製造元のセレンディップに問い合わせましたが、いまのところ返信がありません。どうやら彼らもそのようなプログラムがあるということを認識していなかったようです」

「そんなことがあるのでしょうか?」

「アンドロイドの人工知能は開発者の邑岡による職人技のようなところがあったと聞きます。ですから、邑岡が亡くなった今、彼らにとってもブラックボックスのような部分があるのでしょう。我々としては、そのアクセスできないプログラムが無害であることを確認したい。しかし、セキュリティがかかっているのでこれ以上調べることができません」

「そのファイルのセキュリティを解除してほしいというのが、警察の方からの依頼だ」

 最後は坂上が引き継いだ。ぼくは疑問を山上にぶつける。

「しかし、それならセレンディップの回答を待つほうが早いのではないでしょうか? 何しろ製造元です。アンドロイドについて、セレンディップ以上に詳しいところはないと思いますが」

「それには問題が二つあります。まず一つは先ほど言ったように、彼らにとってもブラックボックスの側面があるということ。しかしこれは、次の問題に比べればあまり重要ではない。時間を与えれば彼らも答えをくれることでしょう。もう一つの問題がは致命的です。それは彼らがアンドロイドの製造元であること。最悪、そのプログラムについて、彼らは嘘をつくことだって可能なのです。セレンディップからの回答は待つにしろ、我々は第三者的な立場からの情報がほしい」

「そういうことだ。水城、とりかかってくれ」

 坂上が有無を言わせぬ雰囲気でぼくに言う。上司の指示では従うしかない。あながち興味がないわけではなかった。

「わかりました。納期はいつまででしょうか」

「可能であれば、明日の朝までに」

 山上が言う。無茶なことをと思ったが、無表情でぼくを見つめる山上からは、有無を言わせぬ雰囲気があった。

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