事件

 住宅街を男が歩いている。彼は酒を飲んでいるようで、足元がおぼつかない。

 男が踏む千鳥足のステップからは、陽気な音楽が聞こえてきそうだが、映像に音は無い。監視カメラの映像だった。

 道を照らすのは街灯だけだった。映像の隅にあるタイムスタンプを見ると真夜中を過ぎていた。住宅街の住人はすでに寝静まっているのか、街路の脇に建つ家々に明かりはなかった。

 男の足が止まる。かと思うと、ゆっくりと後ずさる。男は目の前の何かに怯えているようだった。

 男の正面にレインコートを着た人物が現れる。フードを目深に被っていて、映像からは顔が確認できなかった。雨も降っていないのにレインコートというのは異様だが、それ以上に手に握られた刃物が異常だった。街灯を反射して刃先が怪しく光っていた。

 ためらうようにゆっくりと後ずさりする男に向かって、レインコートの人物はまっすぐに歩く。怯える男まであと数歩というところまで近づくと、レインコートの人物は腰を落とし、男に向かって突進した。

 二人はぶつかり、千鳥足の男が地面に倒れる。胸には刃物が刺さっていた。痛みのショックから、男の身体が小刻みに痙攣しているのが、監視カメラの粗い映像からでもわかった。

 レインコートの人物は倒れた男に近づき、刃物に手をかける。傷口をえぐるようにひねりながら押し込んだ後、刃物を引き抜く。男の身体から血が噴き出し、レインコートを濡らした。

 レインコートの人物はその一刺しでは満足できないようで、倒れる男に馬乗りになり、一度、また一度とその身体に刃物を突き刺す。一刺しごとに男の身体から血が噴き出しレインコートを濡らす。噴き出す血の勢いは一刺しごとに弱まっていった。

 やがて千鳥足の男が痙攣もしなくなり沈黙したところで、レインコートの人物は立ち上がる。

 レインコートは真っ赤に染まっていて、街灯の光を鈍く反射していた。

 レインコートの人物は、レインコートをその場に脱ぎ捨て、何事もなかったかのように歩み去って行く。

 レインコートの下は真っ白なTシャツだった。

 Tシャツの向こうにぼんやりとした光が見えた。

 Tシャツの裏から透けて見えるその光は、アンドロイドに付けられるセレンディップのロゴマークを投影していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る