第3話 禁忌

 それから、幾年もの月日が流れ、巫女の力は徐々に薄まっていき、神を見ることができるのは巫女と神官の中でも選ばれた者のみということになってしまっている。

 神はここ数年間ひたすら暇だった。なぜなら、毎日のように話をしていた巫女や見えないながらに世話をしてくれた神官のような人間が来ないからだ。

 彼女たちがいないだけで、神の視界に映る世界は色あせていた。


 ある日、新しい巫女がやってくるというので、期待半分あきらめ半分の気持ちでいた。

 その娘は、神社の境内に入るや否や神のほうに視線を向け、会釈をした。付添人は少女のことを何やってるんだ?と訝しげに見ていたが、これではっきりした。彼女は見える子だ。

「君が新しい巫女さんかい?僕はこの神社に祭られている神だ。よろしく頼む」

 少女は神に向かって、満面の笑みを浮かべて

「はい!神様、これからよろしくおねがいします」

 といったが、やはり付添人には見えないようで、何言ってるんだ?状態である。しかし、この付添人は、なかなか空気の読めるやつで、巫女に夕暮れまでには帰ってきてくださいねといい、去っていった。


 けほっけほっ

 少女は付添人がいなくなった途端、せき込み始めた。

「え、えっ、大丈夫?今病気の症状抑えるからね」

 神は動揺していた。なぜなら症状が、神主の時と酷似していたからだ。何とかして、病気の進行を緩めたものの、やはりまだ、自分にはこの病気を完全には治すことができずにいた。

「えへへ、神様ありがとう。ちょっとだけ楽になったよ。私はあと、数か月しか生きれないんだって。お医者様が言ってたの。

 だからね、残りの人生をやりたいように過ごそうと思って、巫女さんに立候補したんだ。短い間だけど、よろしくね」

 少女は儚げな笑顔を浮かべ、言った。

「……君は、怖くないのかい?死というものが」

 神は目線を落としながら聞いた。

「もちろん怖いよ。むしろ怖くない人なんていないと思う」

 少女は遥か彼方を見ながら言った。

「……でもね、人って考え方ひとつで、ものの認識が変わるから。私はそこまで怖くないのかもしれない」

 少女は苦笑した。

「……君はどういう考えを持っているんだい?」


「えっとね、人は遅かれ早かれ皆死ぬ生き物なんだから、っていうのとか、生まれたときに泣いていたんだから、最期の一瞬は笑って終わりたいとかっていう感じかな」


 神は確信した。この子は巫女の生まれ変わりだということに。

 先ほどからなぜか既視感があったのだが、そのせいだといえば納得がいく。

「そうか、君は強いね。僕ならすぐにくじけちゃいそうだな」

 神は苦笑しながら言った。

「……そろそろ、日が暮れそうだ。さぁ、おうちにお帰り」

「はい。わかりました。……あの、明日もこうやってお話してくれませんか?」

 少女は遠慮がちに尋ねた。

 すると、神は一瞬目を丸くし、そして柔らかく微笑んで少女の頭を撫でた。

「もちろん。また会えるのを楽しみにしているよ」

「じゃあ、またあした、ですね」

 少女は少し頬を染めてあわてたように帰っていった。


 それから、ほぼ毎日といっていいほど、少女は神社で過ごした。もちろん神とともに。やがて、季節は巡り、神と少女はかつての神と巫女以上に親密な関係になっていた。しかし、彼らは決して自らの想いを口にすることはなかった。人間と神。たったそれだけの理由で彼らの想いは口に出すことができないのだ。なぜなら神界の掟で決まっているからだ。

『神ならざるものは、何人たりとも神への想いを伝えることを禁ず。また、逆もしかりである』

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