第2話 始まりの巫女

 あれから十数年。人々の信仰心が集まり、つもりに積もって、とうとう神が人間の姿をして具現化した。……とは言っても、その姿を見ることができるのは巫女だけだった。どんなに信仰心があろうと、村長には見ることができなかった。

 村長に巫女がその旨を告げると、悔しそうにするどころか、むしろ歓喜した。

 曰く「神は特別なお方。誰彼構わず見えていいものではない。しかし、巫女は例外だ。お前は神様のお世話をさせていただいている。だから、今までと同じようにお世話をして差し上げたらいい」だそうだ。それから、「具現化したということは、人に興味があったからかもしれん。神様が飽きないように、交流をしなさい」とも言っていた。


 それからというもの、巫女は神に挨拶とちょっとした会話をしながら、神との穏やかな日々を過ごしていた。

 やがて、月日が過ぎ、巫女が病に倒れた。この病気はさすがの神でも治せないらしく、すごく悔しそうだった。

 毎日の交流から、彼女は神と親友とも呼べるほどの仲になっていたのだった。

 巫女は自分の死期が近いということに気が付いていた。それこそ、己の親友が治せないほどの重い病気なのだということも。

 だからこそ、巫女は悲しかった。人間はいつか死ぬものというものを理解しているからこそ、神が静かに泣いていることが。神だけでなく、自分の妹の神官が自分に縋り付いて泣いていることが。

 神と神官を残して先に逝ってしまう自分自身がとても不甲斐なく思えてしまった。

「……ねぇ、神様、妹。最期のお願いをしてもいいかな。私の最期の瞬間はね涙じゃなくて、笑顔で、おくりだして…ほしいな。……そして、次の生が君たちと再び会えて、幸せな日々を過ごせるように…祈ってほしいんだ」

 巫女は息も絶え絶えに、優しく微笑んで言った。

「………うん、うん。絶対よ。また遊びましょう。お花見をして、紅葉狩りをして、……まだまだ沢山やりたいことあるんだよ、おねえちゃん。だ、だから最期とか言わないでよ。私とおねえちゃんは、また姉妹になるんだよ。だから、だから……」

 神官は涙を流しながら、少しだけ笑みを浮かべながら言った。

「……ごめん。ごめんね。僕がまだ未熟者だから、君を助けることができなかった。ごめんね」

 神は涙を流し、懺悔の言葉を並べていた。巫女の最期の瞬間だからだろう。神はついに神官の前にも姿を現した。

「神様。人はいつか死ぬものです。それが少し早まっただけですよ。そもそも私がここまで生きていられたのも神様のおかげなんです。

 私は、神様に感謝はしていますが、謝られるほど悪いことをされた覚えなんてないんです。

 だから、笑って。私はあなたの笑顔が大好きなんです。最期くらいあの笑顔を見たいという、私の願いを聞いてはくれませんか?」

 それに、神様からの笑顔で逝けるなんて、こんな贅沢な話聞いたことがありませんし、と少しおちゃらけた様子でいうと、神はようやく笑顔になった。

 その様子にほっとしたのか、巫女は一気に力が抜け、瞼を閉じた。

「神…さ…ま。ありがとう…」と、言い残して。

 この日、巫女は輪廻の輪へ向かい旅立った。彼女の墓前には彼女の好きだった豆大福がそなえられている。


 のちの時代に神とここまで仲良くなったこの巫女は人々に崇められ、姫巫女なんて呼ばれている。

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