1-4

 朝からの寒いかった気温は昼になるにつれて多少は頭上に上った太陽が暖めてくれてはいるがまだまだ風が吹けば寒いし、風なんて時政を震えさせるには十分な冷たさだ。

 時政は焚火を焚いて折り畳みのベンチに腰を掛けてブランケットに包まれながら持ってきた本を読みつつ、たまに自分の白い息で遊んでいた。

「もうそろそろ昼か。昼飯はいつもどうりなんだよなー」

 家にあったベーコンを串にさして焚火で焼きつつ、バケットを火の近くで温めてチーズを挟み、しばらく待つ事数分――。

 ベーコンから油が滴り始めたらちょうどよく温まって芳ばしい香りがするバケットに挟む。

 森に逃げてきたときは大体、本を読んで昼飯にベーコン挟んだバケットを食べて夕暮れ頃に帰る。これがセツが家に来る日の流れだ。

 時政は自分が寒いのが嫌いなのは自覚している。なのにこうやって家から出てきている。

 ヘルメスから何度も聞いた。セツが家に来て本を読むのは俺に会うためだと。

 うれしかった。

 しかし――

(こんな腕‥‥‥見せられない)

 両肘から下の腕の機械の腕はセツには見せたくない、見られたくない。

 恥ずかしい、いや、こんな腕を見られたらきっと嫌われてしまう。こんな醜い機械の腕では。

 そう思うとどうしてもセツには会えない。

 そう思ってセツに会わないようにして一年が経った。

 自然とガルとも会えていない。

 あの時ベルを救えなかったのは俺があの時一度手を離してしまったからだ。そのせいでベルは穴に飲み込まれて消えてしまった。

 ガルがベルを愛していたのは知っている。だからそんなベルを穴に落としてしまった自分が許せない。そんな自分とどうやってガルと会えばいいのかわからない。 

「――――っ!!」

 もはやその一瞬は悪夢のような出来事で目の前でベルが居なくなったのは真実だ。

 もっとあの時踏ん張れていれば。

 だから、そんな事をした時政がどうやってガルと顔を合わせれるはずがなかった。

「おい、バカ野郎いつまでそんなバカ面下げてんだ?」

 はずだったのに。

 どこかの馬鹿王子は時政の目の前で偉そうで楽しそうに口角を上げて立っていた。

 なんとも太々しいその顔面になんとなく雪玉でも投げつけてやりたい気がしなくもないが、それよりもどうしてこの場所が分かったのかが時政は不思議に思った。

「どうしたの?」

 自然と腕を隠す。

「どうしたもこうしたもなぇよ。お前に言いたいことがあって探してたんだよ」

 会いたくなかった。どういう顔をすればいいのか、時政の表情は定まらないようで、自身でも自分がどんな表情になっているのかわからずに話が進んでいった。

「‥‥‥言いたいこと?ベルのことで僕を責めに来たのかい?だったらいくらでも聞いてあげるし、殴られてあげるよ」

 時政は立ち上がってガルの前に立つ。

「僕はガルに何されても言い返せないぐらいのことをした。殴れ。気が済むまで‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 暫く二人の間に静寂が続き、自然から出る音だけが支配した。

「あぁ、殴りてぇよ。殴ってやりてぇよ!」

「じゃぁ!早く僕を殴れよ!」

 ガルは右の拳に力を込めて構える。

 一息置いて左の頬に重く早いガルの拳が当たる。

 時政は当然のように守る子をせずに一発殴られた。続けて二発目が来るんだと思ったらガルは自分の右頬を強く打ち付ける。

 二人の頬は赤く腫れて口の中は切れて少しの血が垂れる。

 時政はガルがなにをし始めたのか理解が追い付かずに痛みを気にせず呆けてしまう。

「お前を殴ってもどうにも何ねぇだよ!俺を殴ってもだ!あの時もっと早く気づけていたらと思うともう、どうしようもなく自分が嫌になるんだよ!ベルの為に頑張ってくれたトキマサの腕はなくなるし、どうしたらいいんだよ!ってずっとこの一年間思ってきたんだよ」

 ガルは顔を両手で覆い俯いて声を震わせて続ける。

「ベルが戻ってくるなら俺はなんだってする。もしこの国のすべての民の命と引き換えにでもベルが返ってくるのなら俺は悪魔にでもなんにでもなる!」

「僕だってセツの為ならなんだって犠牲にしたっていいと思っている。‥‥‥それがどうしたんだよ。そんな手段でベルを取り戻す方法が見つかったのか?」

 時政の言葉の後にゆっくりと、ガルは人差し指を立てる。

「いや、犠牲は一人だ」

「どういうこと?」

 犠牲は一人。一人でベル一人を取り戻す。そんな等価交換のようなことがあり得るのかと思った瞬間だった。

 ガルは言った。

「お前一人だけだ」

 そして、携えていた二振りの剣を抜いた。

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ダンジョンのある世界でダンジョンをくだる 鹿嶌樂 @rakukasima

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