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テクニカの印が右手の甲に刻まれてから早くも半月が過ぎた。
あの日からガルも忙しなく各方面からの謁見や初の舞踏会、様々な王子としての責務で忙しかったが、今日は全日休みになった。
残り数か月の勤務を残したセツは今まで以上に仕事に励み、ガルを威圧していた。
その間、ガルは街に行かずにずーっと城中で過ごしていた。城中は生まれて十年もした頃にすべての施設、敷地の端から端、隅々まで知り尽くし飽きている。だから外の街に出て遊んでいたのに、この前のパレードでガルが初めて表舞台に出てしまって面は割れているから遊びに行けない。なので今日の休みは途方もなく暇で暇で仕方がない。
仕方がないからガルは城中でトキマサらとでも遊ぼうかと思ったが、トキマサはどこかに出かけてしまい、ベルは勉強中でセツはガルが休みなので一緒に休みにしてやったら街に私物の消耗品の買い出しに出かけて行ってしまった。城中で暇なのはガルだけと来た。
クソー、トキマサは何処へ行きやがった。
ガルの予想ではセツに付いて行ったと考えている。用心棒だろうさ。
暇を持て余したガルは結局やっぱり城を飛び出した。と、言っても街で遊ぶことは当然無理なので、フード付きの外套を羽織り街を抜けて森に入った。教会のある方とは逆に存在するそこは世界で最も大きい大森林と言われるほど深い森林である。この森林はオーズ大森林と言われ、この国オーズが数多ある国の頂点に立っているのはこの国があるからだと言われるほど重要な大森林だ。なぜならこの大森林はほかの所にはないものがある。それは、ダンジョンだ。
そのダンジョンとは実際にはよく知らないが、ものすっごい何かが地下にあると言われている。入り口自体は何度も見ている。
苔むした石造りの古い建造物としか言いようがないものだ。
別に今日はそこに用があるわけではない。この国の管理下にあるオーズ大森林に勝手に住まう人に会いに来た。ガルの暇をつぶせる最後の砦と言ってもいいかもしれない。
これでその人まで不在ならガルはもうどうしようもない。
森の奥、平地を囲むように少し高く積もった丘に囲まれた土地に家を構えるその人はガルの先生であり、友人でもある。
「やぁ、トール君。久しぶりだね。元気にしていたかい?」
ヘルメス・オールはガルがここに今来るとわかっていたように茶を啜って待っていた。
「今日は、あれだね。暇だったんだね」
すべてを見透かしたように微笑みガルを家の中に招き入れ、茶を入れてくれる。
「よくわかるな、先生」
「それはもう、何年もの付き合いだからね。最近来てくれなかったのは何かあったのかい?」
確か前回来たのは先月あたりだっただろうか。
ここに来てすることと言えば、奥の書斎にある大量の本から一冊選んで読んだり、ヘルメスと話したり、ヘルメスがしていることを見ていたり。気が向くままガルの好きなことをさせてもらう。
このヘルメスという人はここに住む前は長らく世界中を旅していたと言う。そして変わった人でもある。ガルの事を、ガルガットールのトールの部分を抜いて呼ぶぐらいには少し変わった人だ。
「昨日のパレードはすごかったね。今までで見たパレードの中で一番皆の関心が君たちに集まっていたよ」
「そう言えばトキマサも同じことを言っていたよ」
「で、トール君はテクニカを貰えたのかい?」
「もちろん、ほら」
ガルの右手の甲を見せる。
ヘルメスはズズっと近寄り、掛けた眼鏡の位置を整えてまじまじと興味深々にみる。そして、悩ましげな顔になる。
「これは‥‥‥見たことがないね。僕も印大全をすべて覚えている訳じゃなんだけど、見覚えは全くないね」
そう言われ自分の右手の甲に刻まれた印を見る。
幾つもの武器類が散々している。
そういう印が刻まれている。
テクニカと言う物は刻まれすぐに扱えるものは数少ないだろう。生活の中で次第にテクニカが発動していくものだが、今か今かと待ち遠しい。
二歳年上の兄は筋肉増量というテクニカを持っている。単純だが便利なテクニカには違いない。
ヘルメスのテクニカはどいうものなのかは聞いたが『内緒♪』だそうだ。
「それよりあれは何?」
ガルは今居る部屋の席から見える扉の開いた部屋に置かれた物に目が着いた。
見るにすらりと腕程の長さがある金属製の何かが二本。丁寧に机の上に置かれている。
「あれはね、まだ言えないんだけど僕の大切な友達のために造っているんだ。近くで見るかい?」
ヘルメスの声には少しの悲哀の感情が混じっているように聞こえたが、嬉しそうな感情も混じっているように聞こえた。
「いいのか、見せてくれ」
その金属製の何かをガルは近くで見るとそれに息を飲んでしまった。
「腕‥‥?何なんだこれは?」
腕なのは間違いなかった。
銀色の棒や丸いギザギザ。何がどうなってこんなものが形を成しているのか全くさっぱりわからないが、人の両肩から伸びる腕のように二の腕から前腕がきれい再現され、すらりと五指が伸びている。
それは剣や銃、金属の冷たさを感じさせ、ガルを緊張に駆らせる。人間のような温かさがないそれは何に使うための物なのか気になる好奇心より、なぜか湧く恐怖心がヘルメスへの質問をガルにさせてくれない。
しかし、先生はガルが質問をせずとも答えてくれた。
「これは僕の友達のための義手なんだ。いい出来だろ?」
「義手ってなんだ?それにこの金属は動くのか?」
目の前の銀の腕の中にある鈍色の何かが精密に組まれているのを見て直感的に思ったことだ。
「義手って言うのは腕をなくした人が腕の代わりに使う腕のことだよ。街にも一人フックの形の義手をしたご老人が居たろう?これも同じだよ」
確かに街に一人フックのように曲がった金属を付けている大工の棟梁はいたが、あまりにもその義手と言われる物と目の前にあるそれは違い過ぎていて理解が追い付かない。
トキマサならこういう時すぐに理解するのだろうか。
「いつか君はこれに救われるだろう。それより、今日は旅の話でもしようか」
それからガルたちはまた席に腰を下ろし、ヘルメスが今までしてきた旅の話をしてくれた。
いつも、考えられないような突飛で幻想的な話をしてくれて面白い。が、絶対に嘘だと思う。なぜなら、ヘルメスが旅をした場所では鉄の鳥が空を飛び、御伽話のような魔法が使われているからだ。
それでもヘルメスの話はガルを楽しませ、その世界へと引き込んでいってくれた。
ヘルメスの話に聞き入っているとすぐに外の太陽は傾き、空を橙色に染めようとしていた。
「さぁ。今日はここまで。暗くなる前に帰りなさい」
「そうだな、ありがとう。またな」
ガルは後ろのヘルメスに手を振って外に出る。
「黄昏時の森には気を付けてね」
「わかったよ。それじゃ」
ガルは早足で森を抜けて城に戻った。
「買い出しは終わったの?」
今日は朝からセツと街に出てきている。
ちょうどセツが一日暇になって買い物に行くと言っていたのでついてきた。
今頃ガルが暇を持て余して城中で遊び相手を探していることは容易に想像できる。
そして今、時政はそんな寂しいガルを想像で笑ってやりながら運ばれてきた食事に手を伸ばす。
燦々と寒空を照らしていた季節的に短い日はとっくに沈んで街は石畳の端に等間隔に並んだ人の背丈以上に大きい街灯と建物の窓から漏れる温かい光で照らされている。今だこの街は騒がしく人が行き交っている。
「うーん、そうだね。さしぶりに街で買い物ができて楽しかったよ」
そう言ってほほ笑むセツに時政は見惚れそうになり、目を逸らす。
「トキマサくんは今日何買ったの?ずっと私に付いて来てくれて買えてなかったでしょ?この後行こうよ?」
「うんん、大丈夫だよ。僕もセツと出掛けれて楽しかったよ。セツも息抜きになった?」
「うん、なったよありがと」
「それは良かった」
二人で今日街で見た面白い出来事やお留守番二人の事や食べている料理の事など他愛もないような会話をしながら晩御飯の時を過ごした。
そして会計はセツが‥‥‥。
セツは「今日のお礼」と言ってくれたが、我ながら情けない。
そりゃ、セツみたいに働いて稼いでいる訳でもないからほとんどお金を持っていないけど、それでも‥‥‥ね。
王城に帰るには城の周りの堀に沿って少し歩いたところにある裏口からしか出入りできない。この前開いた正門は祭事の際でしか使わないので基本的に出入りはそこからだ。その堀を沿って歩いている今、時政の心臓はいつもより働き者になって鼓動を速めていた。
「セツ、すこしいい?」
時政は隣を歩くセツの手を掴み、歩みを止める。
「どうしたの?」
セツは不思議そうに時政の顔を見てきた。
時政は言い淀む。
「えっとね」
堀沿いの街灯と街灯の間で暗くなっているからしっかりとセツの顔は見れないが、昼間の明るい時間でも時政はセツの顔は見れていないだろうと思う。
ポケットから物を出す。
「えっとこれ、プレゼント。いつものお礼?みたいな感じで……この前からみんな忙しかったから僕も街でちょっとだけ給仕の仕事をして」
気が焦ってか時政は説明しなくてもいいことを言ってしまったりして、顔はもう真っ赤になっているだろう。
ポケットから取り出したそれは素朴な一本のネックレス。凝った造りでもないそれはセツの瞳と同じ澄んだ若葉色と黒く輝く小さな貴石の球が一つづつ付いているだけだ。
今の時政に買う事の出来る値段でセツに似合いそうなものを選んだつもりだ。
それを受け取ってどう思うかはセツ次第だけど喜んでくれたらいいな。
時政はそう思いいながらセツを見る。
セツの右手を取り、ネックレスを手の平に置く。セツはキョトンとして、それから不思議そうに手の上に乗せられたネックレスを眺めていた。
時政は気に入らなかったのかと心配になる。が、セツが口を開いて声をだした言葉でもうその心配はなくなった。
「ありがとう。トキマサくん。うれしくて、涙が……」
セツは目元が自然に潤んでそれに驚いたように、恥ずかしそうに拭おうと何度も、何度も手を持っていくが頬を伝るその涙は収まるところを知らず、次々へと流れて時政たちを照らす街灯がそれに輝きを持たせる。
時政はその涙がなぜか美しいもに感じてしまった。そしてその美しい涙を流す彼女の名前を呼びたくなった。
「――セツ」
彼女は涙を拭きながら答えた。
「…はい、トキマサくん」
今、時政はこの瞬間に思いついた事を言う。
「十五に成ったら二人で旅に出ないか?」
時政には帰る場所もこれから行くべき場所もない。だから時政は旅に出ることに決めた。今そう決心した。そして、その旅をセツと共に行ければどれほどいいだろうか。そう思った。
それからセツの返答はすぐだった。
「はい、喜んでご一緒します」
セツは目元に涙の大粒を作りながらも、微笑んでそう言ってくれた。
その笑顔と返事に「あり、ありがと、う‥‥‥」
今度は時政の目から涙が流れそうになってしまい、堪えるのに必死で言葉がこれより後に続かなかった。
暫く、二人の間に珍奥が続く。そして、セツが
「今日は冷えますから帰りましょうか」
「…うん、帰ろうか」
城に帰る少しの道、別に手をつなぐことも引っ付きあうことも無かったけれども前より少し近く、横を歩いた。
4
ガルが城内の修剣場で滅多打ちにされ倒れていたのをセツが見つけた。誰がやったかは明確だった。その同じ場所に倒れていた第一王子と第三第四王子の三人だ。
以前からガルは三人の兄弟からいびられていじめられていた。ガル本人は「ガルに嫉妬しているんだろう」と言っていたが、その中に死んだガルの母親も関係しているんだと時政は考えている。
一度だけガルの母親と話したことがあった。その時「あの子だけは王室の中で何にも縛られずに生きれる子だから、出来るだけ外の世界を見させてあげたいの」そして、子供たちはすべて愛していると。しかし、ガル以外の子供にはガルだけが贔屓され愛されていると感じたんだろう。
それでも今回のように全員が意識を失うなんてことは以前までにはなかった。推測だけどテクニカを授かったガル相手に第一王子の筋力強化のテクニカで手加減しなかったんだろう。それでガルが倒れた事には納得いくが、兄弟が倒れた意味が分からない。いや、可能性だけで言うとガルのテクニカが発動したことが考えられた。
「やっぱり他の三人の傷はガルのテクニカがやったんでしょうか?」
「たぶんね」
「それにしてはしっかりと使えていたように思えました」
「たしかに、いや、逆なんじゃないだろうか。コントロールが出来なくて手加減なく木剣で打ったんじゃないかな」
「と言うことはガルのテクニカは無意識で発動して木剣を操れる物ってことなのですか?」
「ん~どうだろうね。そう考えるのは妥当だと思うけど。まぁ、ガルが起きれば聞けばいいよ」
「……そうですね」
なんだか空気が重たくなってしまった。
時政は話を変えようと話題を切り出す。
「そうだ、一番最初に行くならどこがいい?」
「えっとそれは、旅の話ですか?」
「うん、そうだよ。僕はベルの国を見てみたいな。聞くところによると国中に川が巡っているらしいよ。それにすっごくきれいだって、言ってた、よ」
話題を間違えた気がする……。
「そうですね。心配ばかりしていても仕方ありません!楽しいお話をしましょう!」
無理にでも元気を出そうとセツの言葉で自分までその気になって「ガルならひょっこり現れるだろう」と言った。。
「わたしは、えっとですね。ベル様の国からは少し離れたところにある大森林の中の木の上にある国に行ってみたいですね。どうにも神秘的な国だと聞いています」
「想像するだけで楽しいところだね」
「はい、いつか行ってみたいです」
「行こうよ、多分出発地点はベルの国になるだろうけど」
「どうしてですか?」
「それはね、ガルが寂しくて僕たちを連れて行こうとするはずだからだよ」
時政は少しおどけたように言ってやる。
「ふふ、そうですね。ガルくんなら言いそうです」
口元に手を当てて笑った。
「なにがだ?ガルがなんだって?」
どこからか声が聞こえてきた。色々考慮した結果ベルの部屋のベットで寝ているガルの声が。
「ガルの幽霊!?」
「ガルくんは死んでいないですよ!」
「勝手に死んだことにするんじゃねぇーよ」
数日は歩けるはずのない怪我をしていたガルが顔の傷諸共消えた状態で今居るこの場所の入り口にベルと居た。
それもうすっかりと治ってしまったかのようにぴんぴんとしていて、まるでガルが滅多打ちにされる悪い幻覚でも見ていたかと思わせるほどに。
「なんだか私のテクニカで治ったらしいの」
ベルが申し訳なさそうにそう言った。
そりゃそうか、滅茶苦茶心配させた自分の旦那が以前より元気にその場に居たら。
ガルがベルのテクニカで回復したことにより、ベルのテクニカが何かは大方解り、四人で興奮しながらテクニカの話をしていると、自然とガルのテクニカの話になった。結局ガルはその時のことを覚えていなかった。正確にはガルが意識を失った時までは兄弟たちは地に足で立っていたと言っていた。
このままだといつまででも時政らは話を続けてしまいそうだ。
「それじゃ、お開きにしましょうか。時間も時間ですし」
「そうね、私は眠くなってきたわ」
「はい、ガルくんも明日は仕事がありますので早く寝なくてはいけません」
「うげぇ」
「よし、帰ろうか」
そう言ってガルが真っ先にその場に立ち、歩き始めセツも続き、ベルが立ち上がろうとした瞬間だった。ベルの足元に大きな、月明かりしかない暗闇の中よりも黒く深淵の穴がポカリと大きく開き、ベルの姿が吸い込まれるように消えそうになった。瞬間時政は落ちてはダメなものだと瞬時に理解し、助けなきゃと思った。するとその一瞬だけ、世界の時の流れがゆったりと緩やかになった。一瞬のことだ地面を蹴ってどうにかベルの片腕を掴んだ。が時政が持っている腕以外はもう穴の漆黒に飲み込まれ見えていない。
それに何かに引っ張られているかのように引き上げようとする力に抵抗がある。
「クッソ!なんだこの重さ!」
徐々に徐々にベルの腕は沈んで行っている。もう時政の拳ほどまで入っている。
時政の怒声で後ろの異変に気づいたガルが状況を理解しないまでも時政の腕をつかんで引っ張り上げようとするが、抵抗する力は増すのみで、手の力の限界が近づいてきていた。
「ヤバい!」
セツも手伝って引っ張っているが全くこちら側に引っ張れている感じがしない。差し詰め落下速度を落としているだけに過ぎないようだ。
力の限界で一度手からベルの腕が抜けてしまう。『少しぐらい限界超えたって死にはしないだろうが!』自分を奮い立たせ、もう一度掴んだ。ありったけの力で持ち上げる。今度こそ持ち上がったと思た手元にはベルはいなかった。
ガルが再度掴んだのは赤黒く只々禍々しく、己はどこの世界にもこの一振りを超えるものは存在しないと傲慢に感じ取れる気迫の一振りの太刀だった。
最初から掴んでいたのはベルの腕だった。しかし、最後に掴み出したのは太刀だ。二度目掴んだ時に掴み間違えたのか?
「トキマサ、ベルは……?」
ガルは目の前で起こっていたことが何なのか理解はできていないように呆然としているが、ベルがその奇異な穴に消えたことはわかっていた。
「……ごめん、ダメだった……っ!」
「おまっ!………いや、すまない」
ガルは掴みかかったトキマサの胸ぐらから手を解く。しかし時政はそんなことは気にならず、それよりもベルが目の前で落ちて行っていたのに救えなかった自分に嫌気ともっと時政に力があればと悔しい思いが混在し頭はもう働いていない。
「クッソ!」
翌日、城中はアイスベル王女が消えたことで騒然となった。
その同日、トキマサの両腕が爆ぜた。
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