一章『九十九階層』1-1

                 1

  十五歳になる年が今日の夜が明けると訪れる。

それは城中の使用人一同が忙しなくあっちに行ったりこっちに行ったりとしている理由なのは間違いないことを時政は知っている。

 なぜならこの国、いや、この世界では十五歳で成人となり様々な権利が与えられる。例えば婚約する権利や、ギルドへの加入などが許される。だからこの世界ではその十五歳になる年というのは特別で、特に―――――。

「聞いてる?トキマサ」

 隣に座って談笑していた純白の雪のような髪を伸ばすベルに体を揺られ、気が抜けていたことを問い詰められる。

「ベル、トキマサが聞いてるかわからない時は絶対に聞いていないんだから一発シバイてやれ」

「聞いてるよ。ほんとにガルは暴力ばっかりだよ。あれだろ?あれ。‥‥‥なんだっけ?」

「ほら、聞いてねーじゃねかよ」

 ガルに肘で小突かれる。

「どういうテクニカがほしいかって話よ」

「テクニカってあれだよね。物を浮かせたりできるあれだよね」

 十五歳になる年が特別な年である理由の一番はテクニカと言われる能力が年の初めに授けられるからだ。テクニカとはこの世界の十五歳以上の人が持つ超能力のようなものだ。そんなものが存在しない世界で育った時政は初めに見た時は夢でも見ているような心地になった。

 今までに時政が見てきテクニカは使用人の物を浮かすテクニカだったり、第一王子の筋力増加など、世界には他にさまざまなものがある。

 世の子供たちは度々自分が欲しいテクニカの話で盛り上がったりするものだ。そうだ。

「セツはどんなものが欲しい?」

 話を続ける。

「‥‥‥」

 返事が返って来ない。辺りを見渡して、ガル、ベル‥‥‥。

「セツはまだ仕事中で来てないよ。トキマサ疲れているの?大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 そうか、ほかの使用人たちが忙しいのだから、ガルの側付きの使用人のセツも忙しいのは当たり前のことだ。

「俺はあいつより強いテクニカが欲しい」

「お兄さんにやり返すつもりなの?」

 昨日もガルは兄の第一王子に稽古の相手をさせられ右手首を怪我させられていた。今も痛そうに動かさないようにしている。

「やめといた方がいいよ」

 時政がなだめるようにそう言うと続いてベルもなだめる。

「そうだよ、やり返していたらいつまで経っても終わらないよ」

「いやいや、十五で俺はお前の国に行くんだから勝ち逃げしておきたいだろ」

 堂々とそんなことを言うから時政はついつい嫌味を吐いてしまう。

「そうやって行って返り討ちに合ったら傑作だよ、ガル」

 さっきのやり返しで拳を肩に押し込んでやる。

「んだよ。やるか!?トキマサのザコがぁ」

「やってやろうじゃねぇかよ、クソガル野郎」

 一発ガルの拳が飛んでくる。それにやり返す。いつものようにハチャメチャが起こる。

 結構痛い。

「もう一度森で眠らしてやらぁ!」

 全身全霊の力を入れんとして拳を引き、ガルが構えながら叫ぶ。

「ガルが眠れぇ!」

 時政もカウンターを決めようと構える。

 すると、それを止めようとする声が聞こえてくる。

「はい、ストップですよ、二人とも」

「「うぐぁ」」

 突然目の前が真っ暗になる。

「仕事終わったのね、セツ」

 黒を基調にした使用人の服を身にまとった少女のセツはスカートの裾をつまんで一歩引き綺麗にお辞儀をする。

 昼間から夜頃までガルに怒り心頭だったセツだが、今はそうでもないらしい。

「はい、先ほど本日の業務が終了いたしました。アイスベル王女」

「仕事は終わったのだから、そんなに改まった話し方はやめてよ」

 ベルはばつが悪そうに苦笑いする。

 セツが言ったようにアイスベルは王女様だ。詳しくは知らないが辺境にある国の第一王女で、十五歳になったらガルと結婚し、王家を継ぐ。と聞いた。しかし、セツとの関係はそういう身分を無しにして付き合いたいのだろう。

 そのベルの婚約者のガルガットール第二王子の近侍で使用人のセツが遅れて時政たちのいる城の端っこにある周りを迷路のように巡らされた生垣で囲まれた秘境の広場に合流した。

「いいえ、そういうわけにはいきません。それよりこのおバカ二人はどうしてまた喧嘩を?」

 王女には言葉を気を付けているようだが、主人のガルガットール第二王子はおバカ呼ばわりだ。

「人の顔をエプロンで包むなよ。それより直属の主人にはその態度かよ」

「いや、ガルにはその態度が正解だと思うよ」

 王子らしからぬガルにはそれが正解だろうと、ここ三人の総意だろうと時政は少し思ったりしている。そう思ってガルを見ているとまたガルに絡まれる。

「なんだよ、トキマサ」

「何がだよ」

「はいはい、喧嘩は暇つぶしにはなりませんよ」

 にらみ合い、一触即発の時政たちの間に入りエプロンを畳みながら片手で適当になだめるセツに、おバカ二人の喧嘩は見飽きたとばかりにベルが寄っていき話始める。

「ねぇねぇ!セツはどういうテクニカが欲しい?」

 その質問にセツは少し考えて、答えをだす。

「ん~そうですね。私は執事長の物を浮かせるテクニカとか、何でもウネウネさせられるテクニカとかですかね」

 セツの答えに何か意図があるのかと感じたベルは訳を聞く。

「どうして?」

「物を浮かせれば掃除が簡単ですし、ウネウネさせれればこの二人をすぐに止められますし、何かと便利かと思って」

 帰ってきた答えは全員が予想していた答えにそう違いはなかった。

「夢がないなセツは!もっとデカイ事を考えろよ。十五になれば好きなことできるできるんだぞ」

 セツは即答する。

「十五で私は無職です」

 絶望的だ。

 数年ほど前に城への侵入の罪を犯し、十五歳までこの城で労役させられているらしく、十五歳で無事釈放、無職になる。

「あと数か月間で考えときな。俺は一国の王になるんだぞ」

 と高らかに腕を伸ばし自慢するようにいう。が、

「ベルに膝枕されながら言っても説得力がないよ」

「なんだよ、またやってやろうか?」

 時政はベルに膝枕をされながら言うには些か残念な感じを醸し出す喧嘩口調にッフンと鼻を鳴らして挑発をする。

「「いて」」

 ガルはベルに額をペシと叩かれ、時政はセツにこめかみをピンっと弾かれた。いつものことだ。いつもの平和な日常だ。


                 2

 新たな年の新芽が息吹く頃、世界の街、荒野、はたまた森の中など決まったところには有らず、各地に点在する神の寝台と言われる結晶を有する教会に十五歳を迎える少年少女は大人への仲間入りの為に洗礼を受けに行く。

 十五のその年にしか立ち入りを許されないその教会に立ち入れる日が近ずくにつれて浮足立つのは当然のことで、オーズの周辺の十五歳は王城から始まる行列のパレードに参加をし、大人たちも祭り気分でその日を楽しむ。

 その日の前日は祭りの準備で城下街は賑わいで熱くなっている。その熱はガルにまで伝染し、いつものように城を抜け出している。

 今頃セツがガルを探して城中を東奔西走しているだろう。

 そして、ガルに怒り顔を向けてくることが目に浮かぶ。

「トル坊!そっちもう少し上げてくれ」

 手に持っている出店の看板を言われたどうりにあげる。

「上げ過ぎだ!」

 少し下げる。

 ガルの事をオーズの第二王子だと知っていたらこんなことを言ってこないだろう。

 そもそも、言っていないので知っている人は王家の者と使用人ぐらいなものだ。ぐらいと言っても使用人の人数はぐらいと言えるほどではないと思うが、ガルを知っているものはいないだろう。

 この世界では十五歳という年齢が特別に扱われる。

 民草で言えば就職がそれだが、王家の王子王女は政治のために結婚をし、世間に顔を出す。

 顔を知られていない時政は庶民のフリをして明日のための出店の製作途中だ。

 これが終われば明日の中央舞台の建設。そこでは楽器が鳴り、人が歌い踊る。それは楽しい催し物だ。

「おい!何をぼさっとしてんだ!早く釘を打て」

「あいよ!」

 トントントンと釘を打つ。王族でこんな事できるのはガルぐらいなものだろう。

「いつも遊びまわって使ってる体力を早く使えや!ドル坊!」

「うるせぇーよ」

「今年は張り切って造るぞー」

「気合入ってるな」

「そらそうだろー今年はダーカスが参列して舞台を見に来るだろうからな」

「‥‥‥ダーカスなぁー」

 ダーカスって言うのはこの国では殆ど忌み名として通っている名前のことだ。それを生きている人に付けるなんてことはない。生きている人を差して呼んでいる。

 その正体はガルだ。

 どこからか流れた第二王子が城下街で遊びまくっていると言う噂から、大昔この国の王子、ダーカスが十五歳になって尚も政治に関せず、街を歩き、世界を歩き、勝手気ままに放浪の旅に出た。

 実の父の王が企んだ隣国の当時オーズに次いで強い国力を持った国を手に入れようとして準備を進めていた政略結婚を破綻させた。憤怒した王はダーカスを国家転覆の大罪人とし、王家からの追放した。オーズは何度もダーカスを捕らえる為に遠征を繰り返した。

 しかしながら今に至るまで見つかることはなく、いつしか放浪の大罪人と呼ばれ、浮世話のように受け継がれる大罪人となった。

 そんな放浪の大罪人になぞらえて、ガルはダーカスと呼ばれるようになった。とガルが王子のガルガットールではなく、庶民の遊び人トールとして仲良くなった友達に聞いた。

 初めてそんな呼ばれ方をしていたと知っていた時は少し驚いたがそれよりうれしかったように心が弾んだような気がした。

 その意味は今でも解らないけど、嫌だと言う気にはなれなかった。

 そんなこんなで時政は結構有名人だ。

「最後の一枚打つぞ!」

「おー!」

 トントンカン!

「打ち損じた‥‥」

「閉まらないなー」

 トントントン!素早く打ち直す。

「ん?何が?」

 今の顔はさながらキョトンとした小動物的な顔になっているかもしれない。

「無かったことにはできないぞー」


 王城に戻ってすぐにトキマサに会った。

「ガル、いや、トルだったかな?セツがカンカンだぞ」

 今トキマサに馬鹿にされた気がしなくもないが、後半部分が気になった。

「どうしてだ?心当たりは適当に街に置いてきた」

 確かにあったが、うん、中央舞台の最後の釘で打ち付けて置いてきた気がする。

「拾ってこい。じゃなくて、朝は昼過ぎに帰るって言ってたからそれで予定組んだのにまだ帰ってこなかったって怒ってたぞ!」

 普段呑気な顔をしたトキマサが珍しく焦っている。相当セツがご立腹なのはわかる。

「僕とベル、怖くて怖くてもう、本当に怖かったんだぞ!」

「急がなければ」

 ガルはさながら浮世話に出てくる魔王を倒しに行く勇者の気分でセツがいるであろう自室に見遣る。

「‥‥‥‥そう思うなら走ってくれ!」

 背中を強めに押され初速を付けてガルの部屋に急いで向かう。

 ガルは自室のドアをぶち上げ転がり込む。

 息を大きく吸い込み――、

「セーフ!セーフセーフ!」

 両手を横に広げるジェスチャーで言葉の意味を伝えようとするが‥‥‥

「ガルガットール‥‥王子!どこに行っていたんですか!!」

 あ、ヤバい、目がヤバい!

「その目は人を殺る目だぞ!」

 ガルはセツの剣幕に追いやられ後ずさりする。

「‥‥‥どこに行っていたんですか」

 それは質問のようで脅迫の拷問だ。

「え、と、そのぉ…街に‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥いや、あれだ。遊んでいた訳ではないんだ。櫓建てたり舞台を作ったり、し‥‥て‥‥遊んでいた訳じゃ‥‥」

 ガルの必死な弁明を聞いて尚、セツの目から優しさと慈悲が消えていき、日中ガルが居なかったことで滞った仕事の量だけ憎悪と殺意が増してきている。

 どうしよう‥‥。逃げるか?ガルの脳裏にそんなことが過った。過ってしまった。

「祭りの準備は例年昼過ぎに終わっているでしょう」

「いや、その、本当に‥‥」

 終わってから飯食って遊んでいたなんて言えない。言ったら、死ぬ。ガルは確信した。

 よし、逃げよ!

 さっきの考えを脳の裏から表に移動させる。

 ガルはくるっと振り返って低姿勢になって瞬間的に右足にありったけの力を込めて、この部屋の出口、ドアを目掛けて床を蹴る。

 本気の跳躍にセツは対応できず捕まらずにドアのノブを下げて扉を押し込む‥‥‥‥ん??。扉が開かない。

「は!?どうして?どうして開かないんだよ!」

 ドアが誰かに押されているように開かない。

「トキマサ、しっかりドアを抑えて」

 扉の奥からベルの声が聞こえる。

「トキマサか!押さえてるのは!」

「そうだよ!僕とベルだよ!」

「手を離せ!俺を助けろ!」

「‥‥‥‥」

「黙るなよ!」

 ガルの言った事とは逆に強く押される。

「‥‥すまない、今のセツには逆らえないよ」

 迫りくるセツの目には殺気以外はない。果たしてガルの死体は残るだろうか。

「ごめんねー。私も今のセツは止められないや」

「うそぉ!」

 最愛の妻になるはずのお姫様はセツの味方に周り、その後、セツに捕まったオール第二王子のガルガットールの断末魔が城中に響き渡った。


 オールという日本とは似ても似つかない世界のどこかに来てしまって、五年がたった。京都のあの井戸が伝説のように異世界に繋がっているとは誰が考えていただろうか。言えることは時政は考えていなかった。

 五年前に通っていた小学校の友達が言っていた話によると生まれ変わり異世界に行くと特別な力があってサイキョー?になれるとか、なんだとか。それで英雄になれるらしい。

「魔法とかバンバン撃ってモンスターをぼこぼこにするんだぜ?かっこいいだろー」

 その友達は異世界の話のアニメを見て興奮が冷めない状態のまま学校に来て、時政に休み時間毎に話していた。

 その中で時政は「異世界人と話はできるの?」と質問した。

 友達は不思議そうな顔をして時政に「話せるよ」と言っていた。文字だって読めるらしい。

「そんなものうそだろ!」と時政は嘆いてしまったのはこの世界に来て数十日程度が経った頃だ。

 森で時政を拾ったガルがこの世界で出会った初めての人間で、最初何を言っているのか分からなかった言葉も五年も経てば理解でき、話せるようになる。英語よりペラペラだ。字もを書けて読めるようになった。この世界には相当馴染めてきている。

 そして、十五歳になる年の子が街の中央道りを闊歩し、教会で洗礼を受ける。その祭りが行われる今日まで来てしまった。

 時政は少し話せるようになった頃に『以前までの記憶がない。記憶以外見つからない』と伝えた。

 だから、時政はどこかの国から来た記憶喪失の男の子と思われている。

 そんな時政も当然儀式に参加する、らしい。

 神聖なその洗礼に余所者の時政が参加していいものなのかと聞いたら、この世界に生きる十五歳全員が教会で洗礼を受けなくちゃいけないとガルが答えていた。

 時政はガルに以前までの記憶がないと説明している。だからガルは時政がどこかの国からか迷い込んで森の中で気を失っていたんだと思っているに違いない。

 そういう意味では時政が自分を余所者と言っていることをしっかりと理解していないんじゃないかと思う。

 そもそも時政みたいなものが来ることが想定外なのだろう。

 だからと言って時政が重要な儀式に参加することに引き目を感じないわけではなくて‥‥‥。

「なんだよ、まだ、気にしてるのかよ」

「いや、うん、まぁ」

 やっと着替えが済んで部屋から出てきたガルが後ろから話しかけてきた。

 出てきたガルは黒と赤の正装に腰には両方に各三本ずつ剣が携帯されている。

「重々しい衣装だことで」

「ほんとだよ、邪魔で仕方がない」

 体を振って剣が重い音を出す。

「確か、昔の名残だったよね」

「武力で誇ったから、こういう物らしいな。よくわからん」

 きっぱりそう言うガルの本心は興味ない。だろう。

「そうだね。勉強出来ないからね、ガルは」

「なんだと!」

「はい、終わりだよ二人とも~。姫も準備が完了したから行くよ」

 ガルと出てきてベルの様子を見に行ったセツが戻ってきた。

「アイスベル王女は先行かれましたよ」

 いつものように言い争いを始めそうになっている二人も見て呆れた様子出す。

「‥‥すぐ行くよ、セツ」

「大丈夫?トキマサくん?」

「大丈夫だよ?」

「俺らもすぐ行くよ。先行ってくれ」

 少し躊躇ったが「それじゃ」っと心配そうな顔をして去って行った。

「トキマサも正装着たらそれなりに様になるんだな」

「‥‥‥うっせーよ」

 時政はガルの付き人としての位置を歩き儀式に参加をする。

 この世界の住人じゃない時政がこの世界で大切な儀式に参加していいのだろうか。たまたまここに来てしまっただけなのに‥‥。

「なんだ、ガルの話聞いているのか?」

「正直聞いていないよ」

「おい!」

 そう言ってから改めて、ガルは時政の顔を見る。

「あれだ。お前は元居た場所に帰りたいのか?元の生活に戻りたいか?」

 元居た場所‥‥‥、元の生活‥‥‥。

 どうなんだろう?時政は帰りたいのか、元のあの生活に戻りたいのか答えはすぐに出てこない。

 その問題に対する時政の答えは時政の中をどれだけ探しても見つからない。

「どうなんだろうね。わっかないや‥‥‥」


「わからないなら、今を楽しめよ。トキマサ」


 その本人は何気ない感じで言った言葉が時政の重い気持ちを蹴っ飛ばすように消えて行ったように感じた。普段からそれを実行するように生きているガルが言うからこそ時政はそう感じたのかもしれない。

「そうだね、僕記憶ないし。たまにはいいこと言うね、ガルも」

 前の世界に居たころには出会えなかったガルや、ベル、セツに嘘で胸が刺されるような感覚に襲われる。

 今はとりあえず、今を楽しんでいくことにしよう。

 本当にたまにはいいことを言う。


「「開門ー!」」

 衛兵たちが祭りの開幕を世界中に示すように、豪勢な音楽が鳴り響き、祭事の際にしか開かない城の門が地響きを鳴らしながら開く。

 遅刻ギリギリで時政たちは辛うじて門の前に並んだ。

 門が完全に開き切ると、さっきまで響き渡っていた音楽が止み、国の中の音がなくなったように静寂に包まれる。そして、すべての視線が王城の門の奥の上がった架け橋に集まる。

 門の奥の堀を渡るための架け橋が下げられ、広場に居る今年十五歳の子供たちが現れる。

 視線は下りた架け橋のその奥のガルガットール第二王子とアイスベル王女に集まる。

 ここに居る子供たち全員が綺麗な恰好をしているが、王子と姫が居る年の子たちは些か不憫だ。と感じる。

 この祭りのメインの子供たちの行進はガルと姫が並び先頭を歩く。

 同い年の子らは興奮で浮足立ち落ち着かないようにはしゃいでいるが、時政の前の二人は圧倒的に何かが違う。正装を着ている二人は確かに皆より豪華で絢爛としているが単にこれが理由ではない。この子供らと圧倒的に差を付けているのは二人の威厳だ。王子としての。姫としての。

 この威厳は普段のガルからは考えられないが、この国の王子の中で最も王子たる威厳を持ち、すべての視線の元の人々を圧倒している。

「進めぇ!!」

 王の号令の下にガルとベルが一歩踏み出し、石畳を踏みならす。

 六本の剣が揺れる音とベルの持つ杖の鈴が一鳴すると静まった国が一気に歓声が上がり、さっきまで演奏されていた音楽が再開した。

 時政はそこで気が付き、思い出した。

 国中が静寂になったのは門が開いて、すべての人が見えない第二王子らに圧倒され息をのみ、演奏をすることを忘れていたのだと。去年までは音楽も人のざわめきも止んでなんかいなかった。

 歓声の中、街中で遊びまわり民たちが少しばかり近くに感じていた王子が目の前に現れた、が、しかし、国民を圧倒したこの王子を誰が放浪の大罪人ダーカスと言われたその王子などと思うだろうか。

 時政とセツはガルととベルの一歩後ろで従者としての正装を身に纏い、教会に歩みを進めた。

 しばらく後ろに同じ年の子を引き連れ道を進むみ森に入る。大人たちが列について見れるのは森の入り口までだ。

 左右は木々に挟まれた石畳を歩いて行く。ここまで来ると子供たちに緊張し始め、静かになった。

 森の静寂と子供たちの静寂がガルの六本の剣とベルの鈴が森全体に響き渡らせる。この音も皆の緊張の糸を張り詰めさせる。

 森の中の一本道、奥。白亜の教会が見えてくる。

 この教会では全ての教会をまとめる主教様が祈りの言葉を読み上げ祈る。

「皆さま、右手を前に」

 主教が祈りをささげる大きな地球儀のような物の中で燃える炎が教会の天井に広がり七色の帳を下ろした。 そこから幾多の光の線が舞振り、時政は頭を下げていたがその幻想的な光景に感動を覚えていた。

 皆の差し出された右手に降る光が落ちていく。

 何度も何度も時政の手の甲には光が落ちて来る。

 横目に見える他の人たちはもう右手を引いている。時政も引こうとするが動かせないことに気づく。前のガルもまだ手を引いていない。

 しばらくその光が止むのを待っていると、手の甲にじんわりと模様が浮かび始めた。

 これがこの世界で大人の印であり個人の印のテクニカの印だ。


 半日前、右手の甲に浮かんだ印はくっきりとした。

 星空の下時政は考える。時政はこれからどうしたいんだろうと。十五歳は日本では丁度中学三年生ぐらいか。だったら進路を決めているころだろう。

 どこの世界でもこの年齢になると将来のこととか考えないといけないらしい。

 日本に戻るか、この世界に住み続けるか。

 いや、日本に戻れるかわからないし。

 この世界で居続けるにもどうするか決めないと。この城に居られないし。いっそうの事旅にでも出ようか。

 そもそも自分のテクニカに合った仕事などに着くと言っていたから時政もそうするべきか‥‥。時政のテクニカって何だろう。

 右手の甲の印に目を遣る。

 久しく見ていない時計のように長針と短針が掛かれている。

 それがどのようなテクニカなのかはさっぱりである。時計職人にでもなれって話か?無理でしょ。

 そう言えばセツはどうするんだろう。

 時政がこの世界に来て一年ほど経ち言葉を理解した頃、ガルから聞いた話ではセツは街の子供だったらしいが、ある日街で遊んでいたガルの後を追ってこの城の抜け穴から中に入ってきてしまったい、最初はガルが見つけ遊び相手になてもらっていたらしいけど、城の者に見つかってしまい、王城への不法侵入は死罪になることが決まっていて、裁判でもそう判決が下された。そこでさすがのガルとしか言えないような行動にガルが出た。

『今日からこいつはガルの侍女だ』

 その時八歳のガルがそう言った。

 しかし、元からいる執事はどうするのかと聞かれたガルは一言こう言った。

「死刑だ」

 さすがに死刑されることはなかったが王城を追い出され国外追放になったらしい。

 ザクザク

 後ろから芝生を踏んで寄ってくる足音が聞こえる。

「何を考えていたんですか?トキマサくん」

 セツだ。仕事を終えてここに二番乗りだ。今頃王城内の広間で宴が行われガルは色々な大人にあいさつ回りでもしているころだろう。

「ん~?いや、なにガルの前の執事ってどうなったのかなって思てさ」

「確かあの人なら国外追放で国を去ってからこの国の機密情報を持ち出そうとしていたとかなんだとかで問題になっていましたよ?」

 時政の隣に腰を下ろす。

「てことはガルはこの国を救ったのか?」

「えぇ。でも、ガルくんはセツを助けてくれた時に言っていましたよ。『あのおっさん嫌い』って」

「ただの私情か」

「かもしれないですね」

 二人して笑ってしまった。

「そうだ、セツのテクニカって何かわかったのか?」

「いえ、まだです。が、次第にわかると思いますよ。今頃街では子供たちが色々なことを試しているんじゃないんでしょうか」

 セツは微笑んで一つ一つが眩く光空を照らす星が浮かぶ空を見た。

 つられて時政もその夜空を見る。

「本当に星がきれいだ‥‥」

「いつも言っていますね、それ」

 日本では殆ど見られない星空が時政の頭上に広がっている。

「僕の国ではこんなに星は見えないから」

「星が見えない、どうしてです?」

 どうしてだろう。テレビでは地上が明るすぎるって言っていたけど。

「どうしてだろう。でも、星より美しいものや楽しいものはあったよ」

 セツは時政の言葉を興味深く聞いてくれた。

「トキマサくんは帰りたいですか?元居た国に、親が待っていてくれる家に」

 パレードの前にガルに聞かれた同じ質問だ。

 時政は少し悩んでしまい、答えを探すが、無いものを探したところで見つかるはずがない。

「どうだろ。ガルにも聞かれたけど質問の答えが見つかる気がしないよ。それに‥‥‥親は‥‥セツはどうしたい?十五だからこの城からも出て家に帰れるんだろ?」

「えっと‥‥‥」

 セツは言い淀んだ。

「私には帰る家はないんです。もともと私は孤児院の子ですから。でも、両親には会ってみたいです」

「‥‥そっか」

「はい」

 言葉に困る。

 沈黙がこの場を支配する。

 どう言葉を掛けてやったらいいんだろう。時政はそう言う事を考えたことがなかったから共感も何も出てこない。

「トキマサくん、今は楽しいですか?」

 空気を響かせてセツはポツリと問いかけてきた。

 その問いかけに時政は口がすぐに開かない。

「‥‥‥‥うん楽しいよ。でも、今の僕があるのは何かしらの犠牲があるから」

 時政が一時の楽しみのために屋敷を飛び出して行方不明になって今頃乳母は本家から解雇されているかもしれないし、タクシーの運転手だって時政を乗せたことで何か不幸になっていたりするんじゃないかと考えてしまう。

 セツが時政の言葉を聞いて微笑をこぼした。

「ガルくんとは正反対ですね」

 セツは時政の頭にそっと手を置き、続けた。

「だから、二人は一緒に居られるんだと思います。

 いつも二人が楽しそうにして、喧嘩して、話し合っているところを見るのが大好きで楽しいです。

 大丈夫です。トキマサ君が楽しんで誰かが不幸になんてなっていませんよ」

 本当の事を知らないからそう言える。言っていないから仕方がないのだけれど。

「‥‥‥ありがとう、セツ」

「それに今がどうだかわからないなら、できるだけ自分が今、楽しいと思えることをやって楽しみましょうよ」

 ガルにも同じような事を言われた。

「まぁ、でもこれはガルくんからの受け売りですけどね」

 ほんとうにガルってやつは‥‥‥。


 しばらくの間、二人は他愛のない話をしてその時間を楽しんだ。

 セツのあの質問がどういうものだったのかわからないで終わった。

「やっと終わった!」

 ぴょこっと茂みからガルが顔を出した。

 宴はお開きになってこちらに来たのだろう。ベルももうしばらくした来るはずだ。それまでいつものように中身がなくて仲間内でしか笑えないような他愛もないことでも話して楽しもうか。

 これから時政たちはそれぞれ違った自分たちの道を歩まなければいけない。

 もう、この四人で居られる時間は有限だと理解しなければいけない時期にまで来てしまったのだから。

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