ダンジョンのある世界でダンジョンをくだる
鹿嶌樂
プロローグ
1
「坊主よぉ。本当にここに言えば金払ってくれるんだろうね」
そう言って時政を乗せたタクシーの運転手が片手でハンドルを握って左手に持つメモ用紙を揺らめかせる。
「そもそもな?タクシーは子供が手を挙げても停まらないもんなんだよ。わかるか?俺だって仕事なんだ」
はぁと溜息を吐きながら運転手のおっちゃんはバックミラーで僕の顔を覗き見て来る。
「でも、乗せてくれたよね?」
「ほんまにあきまへんで?」
さっきまでの言葉から一変して関西弁を出して来たのは、もう、今日は仕事辞めたことを表しているんだろうか。
「あんな急に飛び出して来たら誰だって停まるわ」
「いやー親切に停まっていただきありがとうございます」
「美化され過ぎや。走ってる車の前に出てきて無理やり停車させて勝手に乗り込んできたんやろ」
客をどこかの小道で降ろして、大通りに出ようとして走っていたタクシーの前に飛び出て、急停止させたのは真実だ。
だが、そんなこと記憶から消し去った。
「その上京都観光までしていただけるとは本当に感謝しか出てこないですよ」
「これで金がもらえなかったら悲しい」
最後の運転手の発言はもう誰に言うでもなく、一人嘆くだけなものだった。
たしか、その日は例年より遅く入った梅雨がいつもの平均的な日数で梅雨明けをし、空一面真っ青で梅雨中に雨を降らしていた雲が本当にそこあったなんて誰が信じるだろうか。
太陽は燦々と輝いて日本の気温を上げていき、名物気象予報士のお兄さんは熱中症に注いだとか言うぐらいには暑い日だった。いや、もう熱い日と言ってもいいぐらいだったと思う。
生まれて物心つくころには名家の次男として生まれた時政は本家から離れた屋敷で育てられた。
親の顔なんて見たことがなかった。見たくなかったから見なかったんだ。
それが今年に限っては乳母に連れられ八月のお盆で本家の屋敷に行くことになってしまった。今までは体調不良やらなんや適当な理由を付けて逃げてきたが、今年は僕が十歳になるからと本家に行かなくてはならなくなったのだ。最後の最後までごねるぐらいに嫌だった。
その嫌な本家には最終的に連れていかれたが、最低限の挨拶だけを両親と兄妹と交わし、屋敷から逃げて来た。
土地勘のない街で一、二時間炎天下の中で歩き回って捕まえたタクシーに京都案内をして貰っているわけだ。
渡月橋で川の涼し気な風景と嵐山の景色を車窓から眺め、しばらく走ったのちに稲荷大社の本堂まで行き、清水の舞台に上って運転手おすすめの甘味処で涼をとった。
どれも目新しく見え、新鮮なものばかりだった。
何より楽しかったのは普段なら時政に付いて回る乳母が居らず誰の監視もなく、楽しめているところだった。
だから運転手には感謝をしきれない程感謝をしている。
けど、それを言葉にすることはなく、会話が進まる
「それなりに」
「素直じゃないな」
窓の外の流れていく青空や観光客、運転手、すべて知らない人たち。僕の事を知らない人たち。
誰も時政を知らない。
十年間時政は『こうであれ』『そうでなくてはいけない』と周りの人が形成する者であるように努めてきたが、今は時政を形造ってくれる人はいない。ならば時政はいったいどんな人なんだろうか。そんなん考えを流れる人々と共に巡らせた。
「最後はここだ」
近くの駐車場にタクシーを止め、少しだけ歩くと赤い門の寺が見えてきた。
「六道珍皇寺だ。知ってるか?ここにある井戸は地獄に通じてるって伝説があるんだ。坊主みたいなガキは好きだろ、こんな話」
「どうかな」
「ま、あっちにあるから見てこいや。俺はあっちでお守り買ってくるから」
「また買うのか」
「あったりめぇだろうが」
稲荷大社と清水寺でもお守りを買っていた。
なぜかと聞くと近いうちに子供が生まれるだとかで願掛けをしまくっているという話だ。
僕はどうと言うことはなかったが、お守りにそんな力があるのかと思った。
神など信じないという訳ではない。ただ、神は目の前居らず、現実があるのみだと幼心にわかっていたからだ。
「こっちって言ってたけ」
案内板に従って井戸を発見。想像していた井戸といった感じではなかった。
中がくり貫かれた四角形の石だった。中は闇一色だ。
「ここは普段から開いているのかな?」
その井戸の上には木が格子状に組まれた蓋のような物が子供一人分程度隙間を開けてずらして置かれている。
僕はその隙間に頭を入れ、どこまで続いているのか見てやろうとした。
その瞬間、掴んでいた井戸の淵から手が滑り、足が浮き、井戸の中に吸い込まれるように落ちて行ってしまった。
四年前のことだ。
目が覚めると知らない天蓋の内側が上にあり、起き上がりきょろきょろ辺りを見渡すと心当たりのない部屋の寝台の上だった。
部屋に置かれた家具はすべて高級そうな綺麗でアンティークなものが配置されていた。
寺の井戸に落ちて目覚めたのが和室とかならまだ、時政の理解が追い付いただろうが、残念ながらそうではなかった。
当時十歳の僕になかなかの事で、多分涙目になりながら部屋を歩き回ったと思う。
しばらくして同い年の少年が部屋に入ってきて、声を出した。
「―――――」
僕には言っていることがわからなかった。
外国語なら日本語しかわからない僕には理解できない言語だった。方言がすごくきつい場合もどうしようもない。
そんな僕はここが日本ではないことに気づくのにそう時間は掛からなかった。
2
「なんだこいつ?」
森の中、木漏れ日と木々の葉を揺らすそよ風が嫌なことを吹き飛ばし気持ちよくしてくれるここで散歩をしている途中、ガルは躓いた。そこに倒れていた同い年かそれぐらいの男の死体?に。
「お、おい。生きてるのか」
そこらにある木の枝でつついてみる。
「‥‥うぅ‥‥」
「生きてるのか?」
「ぅ‥‥‥‥」
この男との出会いがガルの、いや、ガルたちの人生を変える出会いにあるとは誰が想像しただろうか。
七歳の頃俺の城に来た七歳の隣国の姫は俺の妻となる人だと言われた。
その子は城下町の雑貨屋の目立つところに飾られた町一番の美形な人形のような女の子だった。
その昔、ダンジョンの入り口を囲む森と、その一帯の地域に建国したオールは幾許かの時が経った現在に至るまで衰えることのない国力を誇る。そのオールに媚びるように各国から姫がオールに嫁ぎに来る。
その中から王子たちは未来の嫁、改め領地を選んでいく。結局のところ姫を出してくる国はオールと対立しないための政治目的が大きく、王子の方も自分の領地になる国を見て姫を選び結婚する。
ガルはそんな政治的婚約に何の興味も湧かず、それ以前に国を持ったり権力を得ることに興味が無かった。
兄弟が受けていた教育をさぼり、一切王家の人間としての教育は受けず、城下町を見て回った。そこで必要だと思ったことだけは学び身に着けた。
やはり王家が学ぶ教育が必要なのかは十五歳になっても疑問に思う。
町に出ては遊び惚け、城では何もせずし続けていたら俺はいつも間にか大罪の王子と呼ばれるようになった。由来はこの世界に伝わる伝説からだろう。
ガルの妻となる姫のアイスベルは城に来てからガルの後をずっと追いかけてきたが悪い気はしなかった。
その姫は結婚に一切興味を示さなかったガルへ親父が勝手に決めたアイスベルという辺境の国で小さな領土の国だった。どうせ王家の名を汚す俺への当てつけだったのだろうが、ほかの兄弟のように領土の大きさなどで人を見るようなクッソったれではない。姫を邪険にすることはなく、最初は唯の友達のように接していた。
それから少ししてガルは好意を持ち始めた。多分アイスベルがガルが話すの話のに興味を示して楽しそうに笑ってくれたからだろう。
それから一年が経った頃に、もう一人仲間ができた。
城に不法侵入したセツだ。
そして三年後、森で倒れていたトキマサを捕まえた。
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